「裕ちゃん起きて。朝だよ」
軽く身体を揺さぶってみても、裕ちゃんは目を開けない。元々寝起きがいいわけではないけれど、ここ最近はさらに酷い。
理由は明白だ。毎日金城とステージ発表の練習をして疲れているから。
「……裕ちゃん」
ちら、と時計を確認する。あと5分くらいなら眠っていても大丈夫だろう。ギリギリの登校になってしまうけれど、今は少しでも裕ちゃんを休ませてあげたい。
最近の裕ちゃん、勉強も頑張ってるんだよね。追試や補講で練習時間が減ると困るから、って。
夏休み明けの定期テストだけでなく、日々の授業で実施される小テストも、最近はいつも合格しているらしい。
元々裕ちゃんは頭がいいから、やる気さえ出せばできるのだ。
でもいつも裕ちゃんは面倒くさがって、滅多にやる気なんて出さない。仕方ないなあ、なんて言いながら裕ちゃんをなんとかやる気にさせるのが俺の役目だった。
勉強を自主的に頑張るようになったのはいいことだ。でも、どうしたって素直に喜べない。
音を立てないように、そっと裕ちゃんに近づく。人差し指で軽く頬をつつくと、少しだけ顔をしかめられた。
裕ちゃんはまだ、金城とステージ発表をすることになった経緯を教えてくれない。金城もだ。
見かけるたびに二人の距離が縮まっている気がしていつもひやひやする。金城に好きな人がいることは分かっているのに。
俺たちが友達に戻って、そろそろ一ヶ月経つ。頑張ってはいるけれど、元に戻れたとは思えない。裕ちゃんだってそうだろう。
それに今だって、裕ちゃんに触れたくて仕方ない。
思い出だけで我慢できる。本気でそう思っていたのに、俺はずいぶんと欲が深い人間だったらしい。
裕ちゃんが俺に黙って金城とステージ発表をすることに決めた。その事実を知っただけで、暴れたくなるほど悔しかった。
この先裕ちゃんが俺以外の誰かを選んだら、俺は本当に気が狂ってしまうかもしれない。
「……雅人」
「裕ちゃん? ……寝言?」
相変わらず裕ちゃんは目を閉じて、気持ちよさそうに眠っている。こんな風に俺が悩んでいることなんて、裕ちゃんは分かってないのかな。
分かっていなくていい。困らせたいわけじゃないから。
そう思うのと同じくらい、この恋心を受け入れてほしいと望んでしまう。
裕ちゃんの優しさに縋ってでも、恋人のままでいればよかったのかな。
裕ちゃんが大好きだから、無理してほしくない。裕ちゃんには幸せになってほしい。でも、俺以外と幸せになんてならないでほしい。
「裕ちゃん」
両手でそっと、裕ちゃんの頬を包む。
「……起きてない、よね?」
鼓動がどんどん速くなっていく。駄目だと分かっているのに自分でもとめられない。
本当にごめん、裕ちゃん。
心の中で何度も謝りながら、裕ちゃんの唇にそっとキスをした。
◆
「どうした雅人。朝から顔色悪いぞ」
教室に到着するなり、渉がそう声をかけてきた。心配してくれるのはありがたいけれど、正直今は放っておいてほしい。
「ちょっと寝不足なだけ」
「そうか? 最近ずっと調子悪そうだし、ちゃんと寝ろよ」
「うん、そうするよ」
自分の席に座り、机に突っ伏す。
思い出すのは、今朝のことばかりだ。
眠っている裕ちゃんにキスをした。
越えちゃいけないはずのラインを、俺は越えてしまった。
本当に最低だ、俺。
時が経つごとに、どんどん罪悪感が増していく。だけどきっと時間を巻き戻せたとしても、俺は裕ちゃんにキスをするだろう。
文化祭で歌ったら、裕ちゃんは歌が上手いってことにみんなが気づくだろうな。
裕ちゃんのことを格好いい、って思う女子も増えるに違いない。もしかしたらその中に、裕ちゃんの未来の彼女がいるかもしれない。
彼女ができたら、裕ちゃんはその子に面倒を見てもらうようになるのかな。それとも彼女の前では、ちょっと格好つけたりするんだろうか。
見たい映画が公開された時、最初にその子を誘うのかもしれない。面白い本を買った時、最初にその子に貸してあげるのかもしれない。
無理だ。そんなの、絶対に受け入れられない。裕ちゃんの一番が俺じゃないなんて耐えられない。
本人が気づいていないだろうけれど、裕ちゃんは普通の人よりもパーソナルスペースが広い。でも、俺相手にだけは違う。
俺にだけ懐いてくれる裕ちゃんが可愛くて仕方なくて、どんどん裕ちゃんの世話を焼くようになった。
マイペースなのに、俺のペースには合わせようとしてくれる。いつだって裕ちゃんは、当たり前のように俺を特別扱いしてくれる。
だけどそれが恋じゃないことが、どうしようもなく切ない。
裕ちゃんへの恋心が消えたら楽になれるのだろうか。
でもそんなの、絶対に無理だとも分かっている。
こんなに大きな気持ちが消えるはずがないのだから。
「……どうしたらいいんだろ、俺」
軽く身体を揺さぶってみても、裕ちゃんは目を開けない。元々寝起きがいいわけではないけれど、ここ最近はさらに酷い。
理由は明白だ。毎日金城とステージ発表の練習をして疲れているから。
「……裕ちゃん」
ちら、と時計を確認する。あと5分くらいなら眠っていても大丈夫だろう。ギリギリの登校になってしまうけれど、今は少しでも裕ちゃんを休ませてあげたい。
最近の裕ちゃん、勉強も頑張ってるんだよね。追試や補講で練習時間が減ると困るから、って。
夏休み明けの定期テストだけでなく、日々の授業で実施される小テストも、最近はいつも合格しているらしい。
元々裕ちゃんは頭がいいから、やる気さえ出せばできるのだ。
でもいつも裕ちゃんは面倒くさがって、滅多にやる気なんて出さない。仕方ないなあ、なんて言いながら裕ちゃんをなんとかやる気にさせるのが俺の役目だった。
勉強を自主的に頑張るようになったのはいいことだ。でも、どうしたって素直に喜べない。
音を立てないように、そっと裕ちゃんに近づく。人差し指で軽く頬をつつくと、少しだけ顔をしかめられた。
裕ちゃんはまだ、金城とステージ発表をすることになった経緯を教えてくれない。金城もだ。
見かけるたびに二人の距離が縮まっている気がしていつもひやひやする。金城に好きな人がいることは分かっているのに。
俺たちが友達に戻って、そろそろ一ヶ月経つ。頑張ってはいるけれど、元に戻れたとは思えない。裕ちゃんだってそうだろう。
それに今だって、裕ちゃんに触れたくて仕方ない。
思い出だけで我慢できる。本気でそう思っていたのに、俺はずいぶんと欲が深い人間だったらしい。
裕ちゃんが俺に黙って金城とステージ発表をすることに決めた。その事実を知っただけで、暴れたくなるほど悔しかった。
この先裕ちゃんが俺以外の誰かを選んだら、俺は本当に気が狂ってしまうかもしれない。
「……雅人」
「裕ちゃん? ……寝言?」
相変わらず裕ちゃんは目を閉じて、気持ちよさそうに眠っている。こんな風に俺が悩んでいることなんて、裕ちゃんは分かってないのかな。
分かっていなくていい。困らせたいわけじゃないから。
そう思うのと同じくらい、この恋心を受け入れてほしいと望んでしまう。
裕ちゃんの優しさに縋ってでも、恋人のままでいればよかったのかな。
裕ちゃんが大好きだから、無理してほしくない。裕ちゃんには幸せになってほしい。でも、俺以外と幸せになんてならないでほしい。
「裕ちゃん」
両手でそっと、裕ちゃんの頬を包む。
「……起きてない、よね?」
鼓動がどんどん速くなっていく。駄目だと分かっているのに自分でもとめられない。
本当にごめん、裕ちゃん。
心の中で何度も謝りながら、裕ちゃんの唇にそっとキスをした。
◆
「どうした雅人。朝から顔色悪いぞ」
教室に到着するなり、渉がそう声をかけてきた。心配してくれるのはありがたいけれど、正直今は放っておいてほしい。
「ちょっと寝不足なだけ」
「そうか? 最近ずっと調子悪そうだし、ちゃんと寝ろよ」
「うん、そうするよ」
自分の席に座り、机に突っ伏す。
思い出すのは、今朝のことばかりだ。
眠っている裕ちゃんにキスをした。
越えちゃいけないはずのラインを、俺は越えてしまった。
本当に最低だ、俺。
時が経つごとに、どんどん罪悪感が増していく。だけどきっと時間を巻き戻せたとしても、俺は裕ちゃんにキスをするだろう。
文化祭で歌ったら、裕ちゃんは歌が上手いってことにみんなが気づくだろうな。
裕ちゃんのことを格好いい、って思う女子も増えるに違いない。もしかしたらその中に、裕ちゃんの未来の彼女がいるかもしれない。
彼女ができたら、裕ちゃんはその子に面倒を見てもらうようになるのかな。それとも彼女の前では、ちょっと格好つけたりするんだろうか。
見たい映画が公開された時、最初にその子を誘うのかもしれない。面白い本を買った時、最初にその子に貸してあげるのかもしれない。
無理だ。そんなの、絶対に受け入れられない。裕ちゃんの一番が俺じゃないなんて耐えられない。
本人が気づいていないだろうけれど、裕ちゃんは普通の人よりもパーソナルスペースが広い。でも、俺相手にだけは違う。
俺にだけ懐いてくれる裕ちゃんが可愛くて仕方なくて、どんどん裕ちゃんの世話を焼くようになった。
マイペースなのに、俺のペースには合わせようとしてくれる。いつだって裕ちゃんは、当たり前のように俺を特別扱いしてくれる。
だけどそれが恋じゃないことが、どうしようもなく切ない。
裕ちゃんへの恋心が消えたら楽になれるのだろうか。
でもそんなの、絶対に無理だとも分かっている。
こんなに大きな気持ちが消えるはずがないのだから。
「……どうしたらいいんだろ、俺」