「私と茜ちゃんって年も違うし、すぐ仲良くなったわけじゃないんです。ただなんとなくですけど、漠然とした憧れみたいなものはずっとありました」
「憧れ?」
「はい。茜ちゃんは昔から大人っぽくて美人で、格好良くて。近所では有名な子だったんです」
佐々木は長身でスタイルがいい。ショートヘアの似合う中性的な顔立ちで、女子たちにきゃーきゃー騒がれているところはよく見かける。
でも、女子らしい見た目の金城が佐々木に憧れていたというのは意外だ。
「私って、昔から可愛かったんですよ」
「……は?」
「なんですかその顔。事実を言ってるだけなのに」
はあ、と溜息を吐いて金城が頬を膨らませた。確かに華やかで整った顔立ちをしているが、それにしたってかなりの自信家ぶりだ。
「小学校って私服登校じゃないですか? 私はリボンやレースのついた服ばかりを着ていて、ぶりっ子だってからかわれたりしてたんです。今思えば、可愛い私への妬みでしょうけど」
金城は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。でもたぶん、こんな顔ができるようになったのは最近のことなんだろう。
根拠はないけれど、そんな気がした。
「その時に、茜ちゃんが言ってくれたんです」
「なんて?」
「可愛いって」
はあ、と金城はわざとらしい溜息を吐いた。
「分かります。単純ですよね。可愛いって褒められて嬉しくなっちゃうなんて。でも私、すっごく嬉しくて。それからは周りの目よりも、いかに茜ちゃんに可愛いって言ってもらえるかを考えるようになったんです」
笑いながら金城が長い髪を耳にかける。ほのかに甘い匂いがしたのは、たぶん香水のせいだろう。
「茜ちゃんはどんな髪型が好きかな、とか。茜ちゃんはどんな服が好きかな、とか。私の頭の中は茜ちゃんでいっぱいになっていきました」
金城があまりにも幸せそうで、つい目を逸らしてしまう。だってこの笑顔は、絶対に俺に向けられたものじゃないから。
「分かってるんです。茜ちゃんが最初に私を褒めたのは、私を励ますためだってことくらい。でもその一言で、私の恋は始まったんです。だからですね、穂村先輩」
金城は俺をじっと見つめ、くすっと笑った。
「私は最初から一貫して、ずっと茜ちゃんに恋してるんです。私は茜ちゃんのこと、友達だなんて思ったことないんですよ」
馬鹿だな、俺。
同性同士だから、始まりは友情だったのだろうと決めつけてしまっていた。でもそうじゃない。金城は最初から佐々木に恋をしていたのだ。
雅人はいつ、俺に恋をしたのだろう?
金城に聞けば、答えを知っているかもしれない。でもそれじゃ駄目だ。俺はちゃんと雅人の口から聞きたい。
「恋を知らない先輩に、一つ教えてあげます」
「なんだよ」
「恋って、すごく楽しいですよ」
からかうように笑い、金城は残っていたスポーツドリンクを一気飲みした。
「じゃあ、そろそろ練習再開しましょうか」
「ああ、そうだな」
◆
「ごめん。遅くなった」
「気にしなくていいよ。図書館、結構集中して勉強できるし」
雅人が荷物をまとめるのを待って、一緒に図書館を出た。いつもより校舎内が賑やかなのは、文化祭に向けて文化部の活動が活発だからだ。
ダンス部の智哉はもちろん、新聞部の渉も大忙しらしい。新聞部は文化祭での発表はないものの、文化祭後に文化祭特集号の新聞を発行する。それに向けて、いろんな部活を取材中だそうだ。
「……練習、上手くいった?」
「まあまあ」
「……そう」
こいつ、あからさまに元気ないな。
どうにかしてやりたいけど、本当のことはまだ話せない。
「なあ、雅人。今日どっか寄って帰るか? 雅人の行きたいとこ、付き合うけど」
「……裕ちゃんは優しいね」
「そんなこと、お前にしか言われたことないけどな」
立ち止まって、雅人の顔を覗き込む。雅人が黙ってしまったから、10、9、8……とカウントダウンを始めてみた。
「10秒以内に言わなかったら、俺が行くとこ決めるから。……5、6、4」
「待って!」
いきなりの大声に驚いたのは俺だけじゃない。雅人自身も目を丸くしていた。俺たちは無言のまましばらく見つめって、そして、同時に声を出して笑った。
こんなことで笑えるのも、雅人とだけだ。
「32に行きたい」
「32?」
「うん。期間限定のアイス、美味しそうだったから」
32は有名なアイスクリーム屋だ。学校の近くにはないけれど、家の最寄り駅から徒歩5分くらいのところにある。
「いいじゃん。まだ暑いし。期間限定って何味だっけ?」
「紫芋味」
「紫芋か。秋っぽいな。まだこんなに暑いのに」
正直、紫芋味にはあまり惹かれない。でも久しぶりに32には行きたい気がする。
雅人って昔から、期間限定が好きなんだよな。アイスでもフラペチーノでも、絶対期間限定のやつ頼むし。
「裕ちゃんはどうせいつもの味でしょ。クッキーアンドクリーム」
「……たぶん」
「俺の紫芋、一口分けてあげる」
「ありがと。期間限定のやつって、一口くらい食べてみたいんだよな」
だからといって美味しいかどうか分からないものを自分で買う気にはなれない。
そういう時、期間限定を頼む雅人がいると助かる。
「そう言って裕ちゃん、一口ちょうだいって毎回言うよね」
「あー、確かに言ってるわ、ほぼ毎回」
「ほぼじゃなくて絶対」
まったく、なんて言いながら、雅人が幸せそうに笑ってくれた。
「憧れ?」
「はい。茜ちゃんは昔から大人っぽくて美人で、格好良くて。近所では有名な子だったんです」
佐々木は長身でスタイルがいい。ショートヘアの似合う中性的な顔立ちで、女子たちにきゃーきゃー騒がれているところはよく見かける。
でも、女子らしい見た目の金城が佐々木に憧れていたというのは意外だ。
「私って、昔から可愛かったんですよ」
「……は?」
「なんですかその顔。事実を言ってるだけなのに」
はあ、と溜息を吐いて金城が頬を膨らませた。確かに華やかで整った顔立ちをしているが、それにしたってかなりの自信家ぶりだ。
「小学校って私服登校じゃないですか? 私はリボンやレースのついた服ばかりを着ていて、ぶりっ子だってからかわれたりしてたんです。今思えば、可愛い私への妬みでしょうけど」
金城は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。でもたぶん、こんな顔ができるようになったのは最近のことなんだろう。
根拠はないけれど、そんな気がした。
「その時に、茜ちゃんが言ってくれたんです」
「なんて?」
「可愛いって」
はあ、と金城はわざとらしい溜息を吐いた。
「分かります。単純ですよね。可愛いって褒められて嬉しくなっちゃうなんて。でも私、すっごく嬉しくて。それからは周りの目よりも、いかに茜ちゃんに可愛いって言ってもらえるかを考えるようになったんです」
笑いながら金城が長い髪を耳にかける。ほのかに甘い匂いがしたのは、たぶん香水のせいだろう。
「茜ちゃんはどんな髪型が好きかな、とか。茜ちゃんはどんな服が好きかな、とか。私の頭の中は茜ちゃんでいっぱいになっていきました」
金城があまりにも幸せそうで、つい目を逸らしてしまう。だってこの笑顔は、絶対に俺に向けられたものじゃないから。
「分かってるんです。茜ちゃんが最初に私を褒めたのは、私を励ますためだってことくらい。でもその一言で、私の恋は始まったんです。だからですね、穂村先輩」
金城は俺をじっと見つめ、くすっと笑った。
「私は最初から一貫して、ずっと茜ちゃんに恋してるんです。私は茜ちゃんのこと、友達だなんて思ったことないんですよ」
馬鹿だな、俺。
同性同士だから、始まりは友情だったのだろうと決めつけてしまっていた。でもそうじゃない。金城は最初から佐々木に恋をしていたのだ。
雅人はいつ、俺に恋をしたのだろう?
金城に聞けば、答えを知っているかもしれない。でもそれじゃ駄目だ。俺はちゃんと雅人の口から聞きたい。
「恋を知らない先輩に、一つ教えてあげます」
「なんだよ」
「恋って、すごく楽しいですよ」
からかうように笑い、金城は残っていたスポーツドリンクを一気飲みした。
「じゃあ、そろそろ練習再開しましょうか」
「ああ、そうだな」
◆
「ごめん。遅くなった」
「気にしなくていいよ。図書館、結構集中して勉強できるし」
雅人が荷物をまとめるのを待って、一緒に図書館を出た。いつもより校舎内が賑やかなのは、文化祭に向けて文化部の活動が活発だからだ。
ダンス部の智哉はもちろん、新聞部の渉も大忙しらしい。新聞部は文化祭での発表はないものの、文化祭後に文化祭特集号の新聞を発行する。それに向けて、いろんな部活を取材中だそうだ。
「……練習、上手くいった?」
「まあまあ」
「……そう」
こいつ、あからさまに元気ないな。
どうにかしてやりたいけど、本当のことはまだ話せない。
「なあ、雅人。今日どっか寄って帰るか? 雅人の行きたいとこ、付き合うけど」
「……裕ちゃんは優しいね」
「そんなこと、お前にしか言われたことないけどな」
立ち止まって、雅人の顔を覗き込む。雅人が黙ってしまったから、10、9、8……とカウントダウンを始めてみた。
「10秒以内に言わなかったら、俺が行くとこ決めるから。……5、6、4」
「待って!」
いきなりの大声に驚いたのは俺だけじゃない。雅人自身も目を丸くしていた。俺たちは無言のまましばらく見つめって、そして、同時に声を出して笑った。
こんなことで笑えるのも、雅人とだけだ。
「32に行きたい」
「32?」
「うん。期間限定のアイス、美味しそうだったから」
32は有名なアイスクリーム屋だ。学校の近くにはないけれど、家の最寄り駅から徒歩5分くらいのところにある。
「いいじゃん。まだ暑いし。期間限定って何味だっけ?」
「紫芋味」
「紫芋か。秋っぽいな。まだこんなに暑いのに」
正直、紫芋味にはあまり惹かれない。でも久しぶりに32には行きたい気がする。
雅人って昔から、期間限定が好きなんだよな。アイスでもフラペチーノでも、絶対期間限定のやつ頼むし。
「裕ちゃんはどうせいつもの味でしょ。クッキーアンドクリーム」
「……たぶん」
「俺の紫芋、一口分けてあげる」
「ありがと。期間限定のやつって、一口くらい食べてみたいんだよな」
だからといって美味しいかどうか分からないものを自分で買う気にはなれない。
そういう時、期間限定を頼む雅人がいると助かる。
「そう言って裕ちゃん、一口ちょうだいって毎回言うよね」
「あー、確かに言ってるわ、ほぼ毎回」
「ほぼじゃなくて絶対」
まったく、なんて言いながら、雅人が幸せそうに笑ってくれた。