「裕ちゃん!」

 ホームルームが終わった瞬間、雅人が俺の教室に飛び込んできた。右手に持っているプリントはおそらく、先程配布された文化祭ステージ発表プログラムだろう。
 そこには俺と金城の名前も書かれている。俺たちの発表は10月3日の木曜日、14時からに決まった。当日もちゃんと確認する時間がとれるし、悪くない時間だと思う。

「なに?」
「いいから、ちょっときて」

 強引に腕を掴まれ、そのまま教室から引きずり出される。そして空き教室まで連れていかれた。

「これ、どういうことなの?」

 予想通り、雅人は文化祭ステージ発表プログラムが書かれたプリントを俺の顔の前に突き出した。
 俺と金城のところには、ちゃんとマーカーが引かれてある。

「パフォーマンス内容は歌とギターってなってるけど、裕ちゃんが歌うんだよね? 裕ちゃん、ギターなんて弾けないし」
「……そうだけど」
「なんで俺になにも教えてくれなかったの? いつの間に金城と仲良くなってたの?」

 雅人が俺の両肩を掴む。あまりの力に顔を顰めると、ごめん、と手を離してくれた。

「でも……本当に、ちゃんと説明してよ、裕ちゃん」

 俺は今まで、雅人に隠し事をしたことなんてない。親友だから全部言わなきゃ! なんて思っていたわけではなく、ついつい雅人になんでも話してしまうだけだ。
 雅人はどんな話をしても、楽しそうに聞いてくれるから。

 こいつ、めちゃくちゃ動揺してるな。

「説明って……金城に誘われたんだよ」
「なんで? いつ? 裕ちゃん、夏休みの間に金城と話したの?」
「そう」

 雅人にまだ全てを話すつもりはないけれど、嘘もつきたくない。これ以上質問を重ねられたら、うっかり真実を口にしてしまう可能性もある。

「じゃあ、悪いけど俺行くわ。金城と練習の約束してるから」
「裕ちゃん!」
「本番、雅人もちゃんと見にこいよ」

 悪いと思いつつ、そのまま空き教室を出ようとした。しかし雅人に再び腕を掴まれてしまったせいで動けない。
 雅人と俺では握力の差が10以上ある。抵抗しても無駄だ。

「……裕ちゃん、答えてよ。なんで俺に何も言ってくれなかったの? 俺たち、親友なのに」

 親友、と口にした瞬間、雅人の表情が少し曇った気がした。

「もしかして裕ちゃん、俺のこと嫌いになった?」
「違うって」
「じゃあ、なんで?」
「……サプライズだから」

 これ以上はさすがに言えない。

「終わったら、ちゃんと全部説明する。だからとりあえず、発表が終わるまで待ってて」

 俺の言葉に、雅人はゆっくりと頷いた。絶対に納得していないことは顔を見ればすぐに分かる。

「今日、練習してから帰るけど、雅人はどうする? 先に帰るか?」
「……裕ちゃんはどうしてほしいの」
「図書館ででも待っててくれ。終わったら迎えに行くから」

 いつもの逆だ。なにか言われるかもしれないと思ったけれど、雅人はあっさり頷いて俺の腕を離した。
 また後で、と手を振って空き教室を後にする。辛そうな顔の雅人を見るのが嫌だったから、振り返らずにそのまま音楽室へ向かった。





「まあそうなりますよね。会長、隠し事とかされるの嫌いそうですし」

 俺の話を聞いた金城が、大変でしたね、とねぎらってくれた。

「私も会長と顔を合わせるの怖くなりましたよ。っていうか既にこれです、ほら」

 金城がうんざりした表情でスマホの画面を見せてきた。表示されているのはトークアプリで、雅人から30件以上ものメッセージが届いている。

「これ全部、どういうことなんだって質問ですよ。私からは言えませんって言ったのにこれですからね」
「……マジか」
「先輩にしつこく聞いて嫌われたくないけど、私相手にならそんな気は遣わなくていいからでしょう」

 金城の言う通りかもしれない。俺のスマホには大量のメッセージなんて届いていないから。

「それにしても会長、馬鹿ですよね。私と一緒にステージ発表するだけでこんな風になるのに、先輩と友達に戻っちゃうなんて」

 言葉は少しきついけれど、金城の表情は柔らかかった。
 ギターを取り出して、よし、と両手を叩く。

「あんまり会長を待たせても悪いですし、練習始めちゃいましょう」
「ああ」

 本番まで、もう半月ちょっとしかない。少しでもクオリティーを上げて、雅人を驚かせてやらないと。





 5回ほど実際に歌い終わったところで、音楽室の扉が控えめにノックされた。歌っている最中だったら気づけなかっただろう。
 もしかしたら雅人かもしれない。曲を聞かれていたらどうしよう……そう思いながら扉を開けると、そこに立っていたのは佐々木だった。
 俺のクラスメートで、金城の想い人である。

「あ、茜ちゃん!?」

 駆け寄ってきた金城が俺を押しのけ、佐々木の正面に立った。こんなに瞳を輝かせた金城は見たことがない。

「どうしたの?」
「これ、持ってきた。差し入れね」

 佐々木がコンビニの袋を金城に渡すと、ありがとう! と金城が満面の笑みを浮かべた。
 俺と話している時と比べると声もかなり高いし、あまりにも好意が分かりやすい。それでも気持ちが伝わってないのは、二人が女子同士だからだろうか。

「穂村の分も入ってるから」

 佐々木がそう言った瞬間、金城に睨まれた。ありがとう、と軽く頭を下げて佐々木から距離をとる。

「優里亜のことよろしくね」

 手を振って、佐々木はすぐに音楽室を出ていった。元々差し入れを持ってきてくれただけだったのだろう。
 金城が受け取ったコンビニの袋を覗き込む。中には二人分のスポーツドリンクとポテトチップスが入っていた。

「休憩するか?」
「言っておきますけど、先輩は私のおまけで茜ちゃんから差し入れをもらえただけですからね」
「分かってるって。そんなに喋ったこともないし」
「それならいいんですけど!」

 拗ねたように言いながら、金城がポテトチップスの袋を広げた。

「なあ、金城」
「なんです?」
「お前はなんで、佐々木のことが好きって気づいたんだ? 友情じゃないって確信したきっかけとかあるわけ?」

 俺の質問に金城は目を丸くした。こんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。俺は今まで、金城に佐々木の話を聞かなかったから。
 休憩がてら、なんとなく尋ねてみただけだ。金城はなにがきっかけで、自分の気持ちが恋だと気づいたのだろう。

「そうですね……」

 軽く深呼吸をしてから、金城はゆっくりと話し始めた。