「裕ちゃん、一緒に宿題でもしない?」
勉強道具を持った雅人が俺の家にやってきて、いつもと同じように笑った。でもその顔は、いつもとは全然違う。
泣き過ぎたのか腫れて赤くなっている目は見ているだけで痛々しい。
……こいつ、本当にきたな。
今朝、今日は裕ちゃんの家に行くね、とメッセージが送られてきた。昨日俺を振ったばかりだというのに。
明日からはいつも通りにする、って言ったのを守ろうとしてるのか?
それとも日が空けば空くほど、俺に会いにくくなるから?
「裕ちゃん? 宿題は嫌だった? でもさすがにそろそろやらないと終わらないでしょ。休み明けには定期テストもあるしさ」
「あ、ああ。そうだな。そろそろやらないと」
「でしょ。じゃあ、そうしよう。おじゃまします」
そう言って、雅人が靴を脱いで家に上がった。そのまま一緒に俺の部屋へ向かう。いつも通りの行動だが、もちろん俺たちはいつも通りじゃない。
ただ俺も雅人も、いつも通りを演じようとしている。それだけだ。
◆
気まずさのせいか、いつもよりも勉強が進む。雅人もたぶんそうなのだろう。部屋に入ってから、ほとんど無言で俺たちは宿題を続けている。
俺が金城と文化祭で歌を披露することは、雅人にはまだ内緒だ。どうせ正式に申請を出した後、ステージ発表のプログラム一覧が発表されれば分かることだが、それまでは黙っておく。
それに曲も、当日まで雅人には言わないつもりだ。
まずは行動で。そしてその後、ちゃんと言葉で愛を示す。そう決めたから。
「なあ、雅人」
名前を呼んだだけで、びくっと雅人の肩が震えた。やっぱり、全然いつも通りなんかじゃない。
「どうしたの、裕ちゃん」
「これ教えて」
分からなかった問題をシャーペンで指す。うん、と雅人が頷いた。
◆
「起きて、裕ちゃん。新学期早々、遅刻なんてできないでしょ」
久しぶりに、俺の一日が雅人の声で始まった。いつも通り掛け布団をはぎとって、雅人が強引に俺を起こそうとする。
冬場に比べればこの季節は掛け布団への未練はない。そのまま再度眠ろうとしていると、今度は腕を引っ張って強引に起こされてしまった。
「もう、裕ちゃんは。夏休みの間に狂った生活リズム、まだ戻ってないんでしょ」
「……そりゃそうだろ。昨日まで夏休みだったんだから」
「まったく。夏休みが終わる少し前から、ちゃんと生活リズムは整えないと、っていつも言ってるのに」
俺が立ち上がると、雅人はすぐに俺の腕を離した。俺に全く触らなくなったわけじゃないけれど、以前より触れられることは減った。
雅人なりに気を遣っているのだ。そんなこと、俺は全く望んでいないけれど。
「すぐ着替えてね。俺、部屋の前で待ってるから」
前は俺が着替える時にわざわざ外へ出たりしなかった。なのに今日はそんなことを言って、部屋を出ていってしまう。
そもそも俺たちは男同士で、学校の更衣室だって一緒に使うというのに。
両手を頬で軽く叩き、なんとか意識を明瞭にする。もう少し眠っていたいけれど、そういうわけにもいかない。
「……あと、1ヶ月ちょっとか」
文化祭は10月3日、4日の2日間だ。ステージ発表は両日開催される予定で、日時を発表者が決めることはできない。
発表日時が決まるのは大体9月の中旬だと金城が言っていた。
夏休みの間、俺と金城は何度か一緒に練習した。会うたびに金城のギターは上達していたし、いつの間にか『二つの星』のアニメを全話視聴していた。
俺の歌が上達したかどうかは、正直なところ自分ではよく分からない。ただ、歌詞を一切見ずに最後まで歌えるようになったし、前より大きい声が出るようになったのは確かだ。
「裕ちゃん、まだ?」
もうすぐ! と慌てて返事をし、俺は急いで制服に着替えた。
◆
「今日が始業式だったのに、明後日からテストとかあり得なくね!?」
顔を合わせるなり、智哉が大声でそう主張した。完全に同意だ。夏休み気分が抜けきる前にテストをするなんて狡い。
「ていうか俺、宿題も終わってないし。裕樹は?」
「宿題はちゃんと終わった」
「マジ? 雅人のやつ、写してないよな?」
「理系とは内容が違うだろ」
「あ、それもそうか。じゃあ本当に自分でやったのか!? 裏切者め……!」
「なんだよそれ。俺、元々宿題はやってるから」
宿題は面倒くさいから嫌いだ。でも、怒られるのはもっと面倒くさい。それに結局提出しなければならないのだから、最初から期日を守る方が楽である。
「しかも俺、今回は絶対追試になるなって部活の奴らにもめちゃくちゃ言われてるんだよな」
「追試になったら、部活の時間が減るから?」
「そう! 文化祭前に追試はまずい」
どうしよう、と智哉が頭を抱えた。そんなに慌てるくらいなら、ちゃんと勉強をしておけばよかったのに。
まあ俺もあんまり人のことは言えないけど。
ていうか、追試になるのは俺も困る。金城と文化祭の練習をしなきゃいけないから。
夏休みは個別練習が中心だったけれど、今日からは違う。今後は二人での練習を中心にやっていく予定だ。
「俺も今回はテスト、頑張るわ」
「裕樹がそんなこと言うの珍しいな。一緒に赤点回避、目指そうぜ」
低い目標を掲げ合って、俺たちは拳を交わした。
勉強道具を持った雅人が俺の家にやってきて、いつもと同じように笑った。でもその顔は、いつもとは全然違う。
泣き過ぎたのか腫れて赤くなっている目は見ているだけで痛々しい。
……こいつ、本当にきたな。
今朝、今日は裕ちゃんの家に行くね、とメッセージが送られてきた。昨日俺を振ったばかりだというのに。
明日からはいつも通りにする、って言ったのを守ろうとしてるのか?
それとも日が空けば空くほど、俺に会いにくくなるから?
「裕ちゃん? 宿題は嫌だった? でもさすがにそろそろやらないと終わらないでしょ。休み明けには定期テストもあるしさ」
「あ、ああ。そうだな。そろそろやらないと」
「でしょ。じゃあ、そうしよう。おじゃまします」
そう言って、雅人が靴を脱いで家に上がった。そのまま一緒に俺の部屋へ向かう。いつも通りの行動だが、もちろん俺たちはいつも通りじゃない。
ただ俺も雅人も、いつも通りを演じようとしている。それだけだ。
◆
気まずさのせいか、いつもよりも勉強が進む。雅人もたぶんそうなのだろう。部屋に入ってから、ほとんど無言で俺たちは宿題を続けている。
俺が金城と文化祭で歌を披露することは、雅人にはまだ内緒だ。どうせ正式に申請を出した後、ステージ発表のプログラム一覧が発表されれば分かることだが、それまでは黙っておく。
それに曲も、当日まで雅人には言わないつもりだ。
まずは行動で。そしてその後、ちゃんと言葉で愛を示す。そう決めたから。
「なあ、雅人」
名前を呼んだだけで、びくっと雅人の肩が震えた。やっぱり、全然いつも通りなんかじゃない。
「どうしたの、裕ちゃん」
「これ教えて」
分からなかった問題をシャーペンで指す。うん、と雅人が頷いた。
◆
「起きて、裕ちゃん。新学期早々、遅刻なんてできないでしょ」
久しぶりに、俺の一日が雅人の声で始まった。いつも通り掛け布団をはぎとって、雅人が強引に俺を起こそうとする。
冬場に比べればこの季節は掛け布団への未練はない。そのまま再度眠ろうとしていると、今度は腕を引っ張って強引に起こされてしまった。
「もう、裕ちゃんは。夏休みの間に狂った生活リズム、まだ戻ってないんでしょ」
「……そりゃそうだろ。昨日まで夏休みだったんだから」
「まったく。夏休みが終わる少し前から、ちゃんと生活リズムは整えないと、っていつも言ってるのに」
俺が立ち上がると、雅人はすぐに俺の腕を離した。俺に全く触らなくなったわけじゃないけれど、以前より触れられることは減った。
雅人なりに気を遣っているのだ。そんなこと、俺は全く望んでいないけれど。
「すぐ着替えてね。俺、部屋の前で待ってるから」
前は俺が着替える時にわざわざ外へ出たりしなかった。なのに今日はそんなことを言って、部屋を出ていってしまう。
そもそも俺たちは男同士で、学校の更衣室だって一緒に使うというのに。
両手を頬で軽く叩き、なんとか意識を明瞭にする。もう少し眠っていたいけれど、そういうわけにもいかない。
「……あと、1ヶ月ちょっとか」
文化祭は10月3日、4日の2日間だ。ステージ発表は両日開催される予定で、日時を発表者が決めることはできない。
発表日時が決まるのは大体9月の中旬だと金城が言っていた。
夏休みの間、俺と金城は何度か一緒に練習した。会うたびに金城のギターは上達していたし、いつの間にか『二つの星』のアニメを全話視聴していた。
俺の歌が上達したかどうかは、正直なところ自分ではよく分からない。ただ、歌詞を一切見ずに最後まで歌えるようになったし、前より大きい声が出るようになったのは確かだ。
「裕ちゃん、まだ?」
もうすぐ! と慌てて返事をし、俺は急いで制服に着替えた。
◆
「今日が始業式だったのに、明後日からテストとかあり得なくね!?」
顔を合わせるなり、智哉が大声でそう主張した。完全に同意だ。夏休み気分が抜けきる前にテストをするなんて狡い。
「ていうか俺、宿題も終わってないし。裕樹は?」
「宿題はちゃんと終わった」
「マジ? 雅人のやつ、写してないよな?」
「理系とは内容が違うだろ」
「あ、それもそうか。じゃあ本当に自分でやったのか!? 裏切者め……!」
「なんだよそれ。俺、元々宿題はやってるから」
宿題は面倒くさいから嫌いだ。でも、怒られるのはもっと面倒くさい。それに結局提出しなければならないのだから、最初から期日を守る方が楽である。
「しかも俺、今回は絶対追試になるなって部活の奴らにもめちゃくちゃ言われてるんだよな」
「追試になったら、部活の時間が減るから?」
「そう! 文化祭前に追試はまずい」
どうしよう、と智哉が頭を抱えた。そんなに慌てるくらいなら、ちゃんと勉強をしておけばよかったのに。
まあ俺もあんまり人のことは言えないけど。
ていうか、追試になるのは俺も困る。金城と文化祭の練習をしなきゃいけないから。
夏休みは個別練習が中心だったけれど、今日からは違う。今後は二人での練習を中心にやっていく予定だ。
「俺も今回はテスト、頑張るわ」
「裕樹がそんなこと言うの珍しいな。一緒に赤点回避、目指そうぜ」
低い目標を掲げ合って、俺たちは拳を交わした。