カフェを出て、俺たちはそのまま学校へ向かった。金城の荷物がやたらと大きかったのは、ギターを持ってきていたからだったのだ。
 ギターも弾けて歌も歌える、なんて場所はあまりない。カラオケはうるさいからギターの練習には向かないだろうし、公園などの外で練習すれば注意されてしまうかもしれない。
 その点、学校は最高だ。文化祭に向けた練習であれば校舎内で演奏しても問題ないし、申請すれば防音の音楽室だってタダで使える。

 とりあえず俺たちは、生徒会室にやってきた。防音ではないが密室だし、なにより、誰かが入ってくる可能性は低い。

「とりあえず、何の曲を歌うか、ですよね。正直何曲もやるのは厳しいです。私もまだ、ギターは始めたばかりなので」
「俺としても、何曲もやるのはきついな」

 一曲だけならなんとか頑張れるだろうが、何曲も歌い続けるのはきつい。
 それに、一曲に集中した方がクオリティーも上げられるはずだ。

「どうします? 会長の好きな歌とかですかね」
「そうだな。で、なおかつ俺の気持ちがちゃんと伝わりそうな歌」
「バラード系とか? あんまり難しいのは無理なので、いくつか候補をあげてから決めましょうか」

 金城が鞄からメモ帳を取り出す。俺はスマホの音楽アプリで、雅人が好きだと言っていた曲をいくつか検索してみた。

 ほとんどが、一緒に見たドラマやアニメ、映画の主題歌だ。雅人はそんなに歌を聴くタイプではないから。
 いくつか曲名を言うと、金城がそれをメモしていった。

「この中でも、特に会長が気に入ってるやつってあるんですか?」
「そうだな……これ、とか」

 金城のメモの、一番上に書いてある曲名を指差した。
『星々を数えて』というゆっくりとしたリズムの曲である。

「これって、何の歌でしたっけ?」
「SFアニメのエンディング。ほら、『二つの星』っていう……結構長めの」
「あー、分かりました。見たことはないんですけど」
「カラオケに行くたびに、絶対歌ってってあいつに言われるんだよな」

『二つの星』は、異なる惑星で生まれた主人公二人の絆を描いた作品である。
 二人が生まれた星同士は長年戦争をしていたが、幼い頃に互いの出身星を知らないまま親しくしていた時期があった。
 大人になり、軍人になった二人が戦場で再会してしまい……というスペースオペラである。

 これ、アニメも泣いたし、劇場版もめちゃくちゃ泣いたんだよな。
 中一の時にハマって、原作が長いからって理由で、半分ずつ原作コミックスを買った。
 俺が1巻から23巻で、雅人が24巻から47巻。当時は今よりも小遣いが少なくて、俺も雅人も、47巻をまとめ買いすることができなかったのだ。

「聴いてみたいので、流してもらってもいいですか?」
「おう」

 再生ボタンを押す。そういえば俺も、この曲を聴くのは久しぶりだ。
 ゆったりとしたメロディーで、柔らかくもあり、どこか切なさがある。勢いがあって耳に残る主題歌とは違って、しんみりするような歌だ。

 やっぱりこれ、いい歌だな。

 この曲は、主人公の一人である、アンドレアの視点から書かれた曲だ。彼はもう一人の主人公であるカルロと再会した際、既にかなり軍で上の立場になっていて、頑なにカルロと話そうとはしなかった。
 しかしアンドレアはカルロを殺せなかったし、心の中ではカルロ以上に再会を喜んでいた。
 そんなカルロの、言葉にできない思いをつづった曲だ。

 曲が終わると、なるほど……と金城が呟いた。

「いい曲じゃないですか」
「アニメ見てなくてもそう思うか?」
「はい。それに会長、もしかしたらこの曲を聴きながら穂村先輩のこと考えてたんじゃないですか? 歌詞も、共感できそうなところありましたし」

 ほら、と金城が歌詞を検索したスマホの画面を見せてきた。

「こことか」

『今日もまた星を数える いくつもの星を 君と見た星は見つからない なのにどうしても忘れられない』

「アニメの内容はあらすじくらいしか知らないからあれですけど、二人がすれ違いまくるやつですよね?」
「いやまあそうかもしれないけど、いろいろあるんだって。二人が育った星じゃ政治体制も違うし、法律も倫理観も違う。だからこそ二人が目指す理想も違って……」
「いいですいいです、そういう細かいのは」

 俺の熱い語りをあっさり止めて、金城は溜息を吐いた。これ以上話は聞かない、と顔にはっきり書いてある。

「これって、先輩たちの状況にも合いません? 会長は恋で、先輩は愛。その考え方の違いですれ違ってるわけですから」
「……似てる、と言えなくはないかもしれないけど、あまりにも状況が違うぞ」
「分かってますよ。でもちょっとでも重なる部分があれば、感情移入くらいはできるでしょう」

 そういうものだろうか。俺にはあまりピンとこないけれど、そういうものなのかもしれない。

「その二人って結局、仲良しに戻れるんですか?」
「ああ。二人はちゃんと話ができるし、お互いに思っていたことを伝え合える」
「なら、縁起もいいですね」

 そして二人はそれぞれの星に別れを告げ、旅に出るのだ。物語はそこで完結してしまったけれど、二人の旅の様子が見たいと望む声も多い。
 俺としては続きが読みたいような、読みたくないような気持ちだ。物語としていい終わり方をしていたから。

「これにしましょう、先輩。ネットにギターのコードもありましたし。あ、コード見たらすぐに弾けるほど上手くはなので、期待しないでくださいね」
「分かってる」
「ちょっと練習してみます。先輩も部屋の端で歌っててください」

 そう言うと、金城は一人でギターの練習を始めた。

 金城が言ったように、雅人はこの曲を聴きながら俺のことを考えたりしていたのだろうか。
 俺が歌うこの曲をどんな気持ちで聴いていたのだろう。

「……大丈夫だよな、きっと」

 カルロとアンドレアだって、最後はまた仲良くなれた。互いの理想や主張、価値観や生まれ育った星を捨ててでも、共に生きる道を選んだのだ。
 俺たちだってきっと、好きの種類が違っても、一緒にいられるはず。

 すう、と息を吸い込む。『星々を数えて』を歌い出した瞬間、ほんの少しだけ涙がこぼれてしまった。