「……別れよう、なんて、言わなきゃよかったのかな」
今頃裕ちゃんはなにを考えているだろうか。
恋人関係が終わったことに安心してる? それとも、俺を傷つけたって悲しんでる?
家を出ていった時の裕ちゃんは、俺と同じで泣きそうな顔をしていた。
裕ちゃんに恋心がバレた時、終わった……素直にそう思った。裕ちゃんが俺を恋愛的な意味で好きじゃないことは分かっていたから。
でも裕ちゃんは、付き合おう、と俺に言ってくれた。
「裕ちゃんと付き合えて、本当に幸せだったな」
小さい時から、ずっとずっと裕ちゃんが好きだ。男同士なのに、なんて違和感は持たなかった。そういう世間の常識を知る頃には、とっくに裕ちゃんを大好きになっていたから。
裕ちゃんと付き合えたら、という妄想は数えきれないほどしてきた。でも、それが現実になるとは思っていなくて、いつか伝えたいと思いながらも、ずっと気持ちを伝えられずにいた。
そっと唇に触れる。
昨日俺は、裕ちゃんにキスをした。狡くて、最低なキスだ。裕ちゃんがキスをしたくないことも、俺が言えば断れなくなっちゃうことも、全部分かっていた。
これ以上付き合いを続けていたら、俺はどんどん裕ちゃんに甘えてしまう。ここで踏みとどまらなきゃいけない。
キスをした後の顔を見て、今まで以上にそれを実感した。
好きだから、付き合おう、という裕ちゃんの誘いを断れなかった。
好きだから、これ以上付き合っていられないと思った。
どちらも、紛れもなく俺の本音だ。
◆
泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。目を覚ました時には、既に午後一時過ぎだった。
あと少しで家を出なければ、夏期講習に遅刻してしまう。
分かっているのに、身体が重くて動かない。今日くらいは休め、と身体が労わってくれているのだろうか。
「……もうなんか、どうでもいいや」
眠くはないけれど、もう一度瞼を閉じる。こうしていればきっと眠れるだろう。今は、一秒だって起きていたくない。
もし自分が望んだ夢を見られるのなら、夢の中でくらい、裕ちゃんと本当の恋人同士になりたい。
◆
塾からかかってきた電話で目を覚ました。連絡もなしに欠席したから、家に電話がきたのだ。
両親がいなくてよかった。もし両親がいたら、なにがあったのかと詮索されただろう。
日頃真面目に塾へ行っているおかげで、具合が悪かったのだと言えば心配されるだけで済んだ。
勉強する気にはなれないし、裕ちゃんのところへも今日は行けない。
他にしたいことだってない。
「……裕ちゃん、なにしてるのかな」
寝ても覚めても、裕ちゃんのことばかりを考えてしまう。だって裕ちゃんは、俺の全てだ。
面倒くさがり屋で、結構マイペースで、案外流されやすくて、ちょっと我儘。そんな裕ちゃんが、俺は可愛くて仕方ない。
見た目だって大好きだ。白い肌も、切れ長の瞳も、左目の下の涙ボクロも、薄い唇も、全部。
やっぱり別れなきゃよかったかな、なんて一瞬でも考えてしまう俺は最低だ。大好きだからこそ、裕ちゃんを傷つけるわけにはいかないのに。
「俺と裕ちゃんは幼馴染。親友で、ただの友達で……」
言い聞かせるように何度も呟く。スマホに手を伸ばし、メッセージアプリを起動した。裕ちゃんからのメッセージはない。
いつもは、他愛ないメッセージをくれるのに。
昼飯は何を食べた、とか。この動画が面白かった、とか。
裕ちゃんは連絡がまめってわけじゃない。むしろその逆で、裕ちゃんに連絡がつかないから、という理由で他人から連絡されたことが今までに何度もある。
裕ちゃんと言えば俺、と周りに認識されるのは気分がいい。
それに裕ちゃんは、俺には頻繁にメッセージをくれた。まあ、読書やゲームに夢中になって、全然連絡をくれない時もあるけれど。
写真フォルダを開いて、裕ちゃん、というタイトルのアルバムを開いた。中には、今まで撮ってきた裕ちゃんの写真が大量に保存されている。
この前夏祭りに行った時は、浴衣の裕ちゃんが可愛すぎて何枚も写真を撮った。
「もうちょっと髪が伸びたら、結んでも似合うだろうな」
来年も裕ちゃんは、俺と一緒に夏祭りに行ってくれるだろうか。
裕ちゃんと浴衣を着て夏祭りに行った。人混みの中で裕ちゃんが手を繋いでくれた。
裕ちゃんとこの夏はたくさんデートをした。キスをして、一緒のベッドで眠った。
恋人同士としての思い出はたくさんある。これ以上更新されることはないだろうけれど、俺にとっては大切な宝物だ。
「……だから、大丈夫」
これがあればもう、俺はこれからの人生を我慢できる。一生この夏を思い出して生きていける。
それくらい、幸せな夏だった。
「久しぶりに手紙、書こうかな」
裕ちゃん宛ての、渡せないラブレター。
いつからか、伝えられない気持ちを手紙に綴るようになった。
心の中にため込んでおくには、裕ちゃんへの気持ちは大きすぎるから。
机の中からペンと便箋を取り出す。裕ちゃんへ、と一行目に書いただけで涙がこぼれてきた。
便箋に小さなシミがいくつもできてしまう。本人に渡すラブレターなら、こんな便箋はもう使えない。
でも、いいか。
どうせこのラブレターは、裕ちゃんには渡せないんだから。
今頃裕ちゃんはなにを考えているだろうか。
恋人関係が終わったことに安心してる? それとも、俺を傷つけたって悲しんでる?
家を出ていった時の裕ちゃんは、俺と同じで泣きそうな顔をしていた。
裕ちゃんに恋心がバレた時、終わった……素直にそう思った。裕ちゃんが俺を恋愛的な意味で好きじゃないことは分かっていたから。
でも裕ちゃんは、付き合おう、と俺に言ってくれた。
「裕ちゃんと付き合えて、本当に幸せだったな」
小さい時から、ずっとずっと裕ちゃんが好きだ。男同士なのに、なんて違和感は持たなかった。そういう世間の常識を知る頃には、とっくに裕ちゃんを大好きになっていたから。
裕ちゃんと付き合えたら、という妄想は数えきれないほどしてきた。でも、それが現実になるとは思っていなくて、いつか伝えたいと思いながらも、ずっと気持ちを伝えられずにいた。
そっと唇に触れる。
昨日俺は、裕ちゃんにキスをした。狡くて、最低なキスだ。裕ちゃんがキスをしたくないことも、俺が言えば断れなくなっちゃうことも、全部分かっていた。
これ以上付き合いを続けていたら、俺はどんどん裕ちゃんに甘えてしまう。ここで踏みとどまらなきゃいけない。
キスをした後の顔を見て、今まで以上にそれを実感した。
好きだから、付き合おう、という裕ちゃんの誘いを断れなかった。
好きだから、これ以上付き合っていられないと思った。
どちらも、紛れもなく俺の本音だ。
◆
泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。目を覚ました時には、既に午後一時過ぎだった。
あと少しで家を出なければ、夏期講習に遅刻してしまう。
分かっているのに、身体が重くて動かない。今日くらいは休め、と身体が労わってくれているのだろうか。
「……もうなんか、どうでもいいや」
眠くはないけれど、もう一度瞼を閉じる。こうしていればきっと眠れるだろう。今は、一秒だって起きていたくない。
もし自分が望んだ夢を見られるのなら、夢の中でくらい、裕ちゃんと本当の恋人同士になりたい。
◆
塾からかかってきた電話で目を覚ました。連絡もなしに欠席したから、家に電話がきたのだ。
両親がいなくてよかった。もし両親がいたら、なにがあったのかと詮索されただろう。
日頃真面目に塾へ行っているおかげで、具合が悪かったのだと言えば心配されるだけで済んだ。
勉強する気にはなれないし、裕ちゃんのところへも今日は行けない。
他にしたいことだってない。
「……裕ちゃん、なにしてるのかな」
寝ても覚めても、裕ちゃんのことばかりを考えてしまう。だって裕ちゃんは、俺の全てだ。
面倒くさがり屋で、結構マイペースで、案外流されやすくて、ちょっと我儘。そんな裕ちゃんが、俺は可愛くて仕方ない。
見た目だって大好きだ。白い肌も、切れ長の瞳も、左目の下の涙ボクロも、薄い唇も、全部。
やっぱり別れなきゃよかったかな、なんて一瞬でも考えてしまう俺は最低だ。大好きだからこそ、裕ちゃんを傷つけるわけにはいかないのに。
「俺と裕ちゃんは幼馴染。親友で、ただの友達で……」
言い聞かせるように何度も呟く。スマホに手を伸ばし、メッセージアプリを起動した。裕ちゃんからのメッセージはない。
いつもは、他愛ないメッセージをくれるのに。
昼飯は何を食べた、とか。この動画が面白かった、とか。
裕ちゃんは連絡がまめってわけじゃない。むしろその逆で、裕ちゃんに連絡がつかないから、という理由で他人から連絡されたことが今までに何度もある。
裕ちゃんと言えば俺、と周りに認識されるのは気分がいい。
それに裕ちゃんは、俺には頻繁にメッセージをくれた。まあ、読書やゲームに夢中になって、全然連絡をくれない時もあるけれど。
写真フォルダを開いて、裕ちゃん、というタイトルのアルバムを開いた。中には、今まで撮ってきた裕ちゃんの写真が大量に保存されている。
この前夏祭りに行った時は、浴衣の裕ちゃんが可愛すぎて何枚も写真を撮った。
「もうちょっと髪が伸びたら、結んでも似合うだろうな」
来年も裕ちゃんは、俺と一緒に夏祭りに行ってくれるだろうか。
裕ちゃんと浴衣を着て夏祭りに行った。人混みの中で裕ちゃんが手を繋いでくれた。
裕ちゃんとこの夏はたくさんデートをした。キスをして、一緒のベッドで眠った。
恋人同士としての思い出はたくさんある。これ以上更新されることはないだろうけれど、俺にとっては大切な宝物だ。
「……だから、大丈夫」
これがあればもう、俺はこれからの人生を我慢できる。一生この夏を思い出して生きていける。
それくらい、幸せな夏だった。
「久しぶりに手紙、書こうかな」
裕ちゃん宛ての、渡せないラブレター。
いつからか、伝えられない気持ちを手紙に綴るようになった。
心の中にため込んでおくには、裕ちゃんへの気持ちは大きすぎるから。
机の中からペンと便箋を取り出す。裕ちゃんへ、と一行目に書いただけで涙がこぼれてきた。
便箋に小さなシミがいくつもできてしまう。本人に渡すラブレターなら、こんな便箋はもう使えない。
でも、いいか。
どうせこのラブレターは、裕ちゃんには渡せないんだから。