「普通に感動したな、これ」
呟いて、読み終わった本を閉じる。窓の外を見ると、いつの間にか空が茜色に染まっていた。
少し前までは、この時間なら薄暗くなっていたのに。
「すっかり夏だな」
立ち上がり、本を本棚へ戻す。図書館の本は自由に借りられるけれど、基本的に俺は図書館で読むようにしている。
家に帰るとなかなか読書をする気分になれないし、つい、返却期限を忘れてしまうから。
今日読んだ小説は、ちょっと前に話題になっていた恋愛小説だ。確か映画化もされて、それなりに流行っていた気がする。
主人公の男が保健室登校のクラスメートと恋に落ちるが、彼女が実は病気で、余命が残りわずかだということを知ってしまう……という感動ものだった。
別に、恋愛小説が特に好きってわけじゃない。ミステリーも読むしホラーも読む。
正直俺は、恋愛感情はよく分からない。だから上手く感情移入はできないのだが、だからこそ、恋愛小説は興味深く読んでしまう。
恋愛の好きと、友達とか家族への好きは、なにが違うのだろう。
いろいろと本を読んできたけれど、まだ答えは見つけられずにいる。
「あ。そろそろ、時間か」
◆
図書館を出た俺は、生徒会室へやってきた。雅人を迎えにきたのだ。
生徒会の活動は毎日あるわけではないものの、最近は夏休みに向けて少しバタバタしているらしい。
終業式の準備や、夏休み前に配布するプリント等の作成があると言っていた。
声かけもせず、いきなり生徒会室のドアを開ける。中にいたのはいつも通り、二人だけだった。
「わっ、裕ちゃん。開ける前に声くらいかけてよ」
驚いた様子の雅人が椅子から立ち上がる。その正面には、一年生で副会長の金城優里亜が座っていた。
「別にいいだろ」
「よくないって。心臓に悪いし。ねえ?」
雅人が金城と目を合わせる。そうですよ、と深く頷いて、金城は俺を睨んできた。
女子らしい見た目とは裏腹に、眼光はかなり鋭い。
「いきなり開けるなんて、本当にデリカシーがないですね」
「……見られちゃまずいことでもあるわけ?」
「そういうことじゃないですよ。穂村先輩には分からないかもしれませんけど」
言いながら、金城はテーブルの上におかれていた一枚の紙を手にとった。
「私が職員室に持って行くので、会長はもう帰っていいですよ」
「いいの? ありがとう」
「はい。今日もおつかれさまです」
「うん。おつかれ」
金城に手を振った後、雅人は鞄を持って俺のところへやってきた。
「待っててくれてありがとう、裕ちゃん。帰ろっか」
「……別に。本も読みたかったし」
「でもありがとう」
柔らかい笑顔で何度も礼を言われたら、さすがに照れる。こういう時に顔を隠せるから、伸びた髪も悪くないのかもしれない。
◆
「今日で夏休み前に配るプリント作り終わったから、明日からは暇になると思う」
「あー、金城が職員室に持ってったやつ?」
「そう。基本は新聞部が作ってくれるんだけど、生徒会が書くコーナーもあるし、最終チェックは生徒会だから」
「おつかれ」
「ありがとう」
雅人は部活には入っていないものの、塾に通っているし、生徒会活動もそれなりに忙しい。暇を持て余している俺とは大違いだ。
「今日も生徒会、金城しかいなかったな」
「まあ、他の人は部活とかで忙しいから」
「お前も塾とかあるじゃん」
「俺が行かないわけにはいかないよ。俺、生徒会長だしね」
もっと文句を言っても許される立場なのに、雅人が愚痴を言っているのは聞いたことがない。
いいところだとは思うけれど、そんなんだから、仕事を押しつけられるんじゃないだろうか。
「金城だけでもきてくれてありがたいくらいだよ」
「……あいつも、いっつもいるよな」
俺が生徒会室に行くと、中にいるのはいつも雅人と金城だけだ。
そのせいもあって、雅人はかなり金城と仲がいい気がする。基本的に雅人は、女子とは一定の距離を保っているのに。
特定の女子と仲良くすると面倒なことになるから……という他の男子が聞けば羨ましがりそうな理由で、雅人はあまり女子に近づかない。
だが金城とは、連絡先を交換するくらいには仲がいいらしい。
「裕ちゃん」
「なに?」
「暑いし、コンビニでアイスでも食べて帰らない? じゃんけんで負けた方が奢り! とかで」
「……いいけど、お前、じゃんけん弱いじゃん」
「今日こそは絶対勝つから。ほら、じゃんけん……」
ぽん! で雅人はパーを出し、俺はチョキを出した。いつも通り、俺の勝ちだ。
「また負けた。本当、裕ちゃんってじゃんけん強いよね」
「お前が弱いんだろ」
雅人はじゃんけんの時、最初にパーかチョキを出す可能性が高い。だから、チョキを出しておけば負けることはない。
小さい頃から何度も雅人とじゃんけんをしてきたせいで、その癖に気づいてしまった。
「次こそは絶対勝つから」
「はいはい。次も俺が勝つけど。今日、ダッツにしようかな」
「え? ちょっとそれはさすがに……」
「冗談だって」
笑いながら、二人でコンビニへ向かう。
きっとこれからだって、こんな日々が続いていくんだろう。
呟いて、読み終わった本を閉じる。窓の外を見ると、いつの間にか空が茜色に染まっていた。
少し前までは、この時間なら薄暗くなっていたのに。
「すっかり夏だな」
立ち上がり、本を本棚へ戻す。図書館の本は自由に借りられるけれど、基本的に俺は図書館で読むようにしている。
家に帰るとなかなか読書をする気分になれないし、つい、返却期限を忘れてしまうから。
今日読んだ小説は、ちょっと前に話題になっていた恋愛小説だ。確か映画化もされて、それなりに流行っていた気がする。
主人公の男が保健室登校のクラスメートと恋に落ちるが、彼女が実は病気で、余命が残りわずかだということを知ってしまう……という感動ものだった。
別に、恋愛小説が特に好きってわけじゃない。ミステリーも読むしホラーも読む。
正直俺は、恋愛感情はよく分からない。だから上手く感情移入はできないのだが、だからこそ、恋愛小説は興味深く読んでしまう。
恋愛の好きと、友達とか家族への好きは、なにが違うのだろう。
いろいろと本を読んできたけれど、まだ答えは見つけられずにいる。
「あ。そろそろ、時間か」
◆
図書館を出た俺は、生徒会室へやってきた。雅人を迎えにきたのだ。
生徒会の活動は毎日あるわけではないものの、最近は夏休みに向けて少しバタバタしているらしい。
終業式の準備や、夏休み前に配布するプリント等の作成があると言っていた。
声かけもせず、いきなり生徒会室のドアを開ける。中にいたのはいつも通り、二人だけだった。
「わっ、裕ちゃん。開ける前に声くらいかけてよ」
驚いた様子の雅人が椅子から立ち上がる。その正面には、一年生で副会長の金城優里亜が座っていた。
「別にいいだろ」
「よくないって。心臓に悪いし。ねえ?」
雅人が金城と目を合わせる。そうですよ、と深く頷いて、金城は俺を睨んできた。
女子らしい見た目とは裏腹に、眼光はかなり鋭い。
「いきなり開けるなんて、本当にデリカシーがないですね」
「……見られちゃまずいことでもあるわけ?」
「そういうことじゃないですよ。穂村先輩には分からないかもしれませんけど」
言いながら、金城はテーブルの上におかれていた一枚の紙を手にとった。
「私が職員室に持って行くので、会長はもう帰っていいですよ」
「いいの? ありがとう」
「はい。今日もおつかれさまです」
「うん。おつかれ」
金城に手を振った後、雅人は鞄を持って俺のところへやってきた。
「待っててくれてありがとう、裕ちゃん。帰ろっか」
「……別に。本も読みたかったし」
「でもありがとう」
柔らかい笑顔で何度も礼を言われたら、さすがに照れる。こういう時に顔を隠せるから、伸びた髪も悪くないのかもしれない。
◆
「今日で夏休み前に配るプリント作り終わったから、明日からは暇になると思う」
「あー、金城が職員室に持ってったやつ?」
「そう。基本は新聞部が作ってくれるんだけど、生徒会が書くコーナーもあるし、最終チェックは生徒会だから」
「おつかれ」
「ありがとう」
雅人は部活には入っていないものの、塾に通っているし、生徒会活動もそれなりに忙しい。暇を持て余している俺とは大違いだ。
「今日も生徒会、金城しかいなかったな」
「まあ、他の人は部活とかで忙しいから」
「お前も塾とかあるじゃん」
「俺が行かないわけにはいかないよ。俺、生徒会長だしね」
もっと文句を言っても許される立場なのに、雅人が愚痴を言っているのは聞いたことがない。
いいところだとは思うけれど、そんなんだから、仕事を押しつけられるんじゃないだろうか。
「金城だけでもきてくれてありがたいくらいだよ」
「……あいつも、いっつもいるよな」
俺が生徒会室に行くと、中にいるのはいつも雅人と金城だけだ。
そのせいもあって、雅人はかなり金城と仲がいい気がする。基本的に雅人は、女子とは一定の距離を保っているのに。
特定の女子と仲良くすると面倒なことになるから……という他の男子が聞けば羨ましがりそうな理由で、雅人はあまり女子に近づかない。
だが金城とは、連絡先を交換するくらいには仲がいいらしい。
「裕ちゃん」
「なに?」
「暑いし、コンビニでアイスでも食べて帰らない? じゃんけんで負けた方が奢り! とかで」
「……いいけど、お前、じゃんけん弱いじゃん」
「今日こそは絶対勝つから。ほら、じゃんけん……」
ぽん! で雅人はパーを出し、俺はチョキを出した。いつも通り、俺の勝ちだ。
「また負けた。本当、裕ちゃんってじゃんけん強いよね」
「お前が弱いんだろ」
雅人はじゃんけんの時、最初にパーかチョキを出す可能性が高い。だから、チョキを出しておけば負けることはない。
小さい頃から何度も雅人とじゃんけんをしてきたせいで、その癖に気づいてしまった。
「次こそは絶対勝つから」
「はいはい。次も俺が勝つけど。今日、ダッツにしようかな」
「え? ちょっとそれはさすがに……」
「冗談だって」
笑いながら、二人でコンビニへ向かう。
きっとこれからだって、こんな日々が続いていくんだろう。