「……は? え? 今お前、なんて……」
「だから、別れようって言ったの。俺たち」
「なんでだよ。なあ、雅人、俺なんかやったか?」

 昨日だってちゃんと、雅人の頼みに応じてキスを受け入れた。浴衣を着て祭りにも行ったし、手を繋いだりもした。
 ちゃんと、雅人の恋人をやれていたはずだ。

「だって裕ちゃん、俺のこと恋愛的な意味で好きじゃないでしょ」
「……そんなことない」
「分かるよ。俺が何年、裕ちゃんの幼馴染やってると思ってんの」

 呆れたように溜息を吐いて、雅人が部屋を出ていこうとした。振り向いて、泣きそうな顔で俺に聞いてくる。

「食パン、なんか乗せて焼く? それとも焼いた後にジャム塗る?」
「……今、そういうのいいから」

 食パンをどう食べるかなんてどうでもいい。
 なんでお前は、別れようなんて言い出したんだよ。お前、俺のこと大好きなのに。

「裕ちゃん。知ってるだろうけど、俺は裕ちゃんが大好きなんだよ。だから、裕ちゃんに無理してほしくないわけ」
「……無理なんてしてないし」
「してるでしょ。俺、ずっと分かってたから」

 はあ、と雅人が溜息を吐く。泣きそうな顔で無理やり怒った表情を作っているみたいで、見ているこっちまで泣きたくなってきた。

「でも、裕ちゃんに付き合おうって言われて嬉しくて浮かれたのは本当。裕ちゃんと恋人同士になれて、嬉しかったから」
「じゃあ、別れなくていいだろ。俺は別れたいとか思ってないし」
「それ、俺に気を遣ってくれてるからでしょ」

 違う、とすぐに言えなかった俺を見て、雅人はまた溜息を吐いた。

「裕ちゃんはさ、自分が思ってるよりたぶん、嘘が下手だよ」

 なんだよそれ。
 じゃあなんで、今まで俺と付き合ってきたんだよ。

「今までごめんね、裕ちゃん」

 ぽん、と雅人が俺の肩を軽く叩いた。恋人としての触り方じゃない。明らかに、友達としての触り方だった。

「……謝るなよ」

 ごめんね、なんて言葉が聞きたかったわけじゃない。俺は雅人が喜んでくれるなら、キスだってするし、それ以上のことだってやれた。
 本当だ。俺は雅人が好きだから。

「ごめん。でもね、裕ちゃん。俺も結構きついんだよ。俺ばっかり好きなんだって、分かっちゃうからさ」

 雅人の瞳から涙があふれた。

「これからも今まで通り、ちゃんと裕ちゃんの親友でいるから。だから、心配しないで」
「雅人……」
「裕ちゃんが俺以外を好きになっても、誰かと付き合っても、俺はずっと、裕ちゃんの親友でいるから」

 違う。俺は雅人にそんな顔をさせたかったわけじゃない。
 手を繋いだのも、キスをしたのも全部、雅人に笑ってほしかったからだ。

「ごめん裕ちゃん。やっぱり、朝ご飯は用意できないかも」

 手の甲で必死に涙を拭く雅人に、どんな言葉をかけてやればいいんだろう。なにが正解で、そうすれば俺はまた、雅人の笑顔を見られるんだろう。

「明日からはちゃんと、いつも通りの俺に戻るって約束する。今までありがとう、裕ちゃん」

 嫌だ。別れたくない。そうやって縋ったところで、きっと意味なんてない。俺が雅人と同じ気持ちを持っていないことが、もうバレてしまっているのだから。

 それでも俺は一緒にいたい。雅人が望む気持ちをあげたい。
 それは我儘で、同じ色の感情じゃないから、雅人を傷つけてしまうんだろうか?

「なあ、雅人。いつから、別れようなんて思ってたんだよ」
「最初から。期間限定の恋人だって、ちゃんと分かってたよ。……どこかで、本当に俺を好きになってくれないかなって、期待はしてたけど」

 ああ、そうか。
 最初から雅人は気づいていたのか。上手く誤魔化せているだなんて、俺の思い上がりだったんだ。

「でも、もうおしまい。これ以上恋人でいたら、俺はきっと裕ちゃんを傷つけちゃう。無理させて、嫌な思いもさせる」
「そんなこと気にしなくていい」
「気にするよ。だって俺、裕ちゃんが大好きなんだから」

 こうなった雅人はかなり頑固だ。とっくに自分の中で結論は決まっていて、今はそれを口に出しているだけ。

「……昨日キスしたのは、なんで?」
「どうしても、裕ちゃんの初めてのキスは俺がよかったから。本当ごめん、裕ちゃん。あんな風に頼めば、裕ちゃんが断らないのは分かってた」

 俺が雅人のことが分かるのと同じくらい、雅人も俺を理解している。そのことについて、俺はもっとちゃんと考えるべきだったのかもしれない。

「大好きだよ、裕ちゃん。だから俺たち、友達に戻ろう」





 結局、朝食を食べないまま、俺は雅人の家を後にした。あれ以上、雅人になにをどう伝えればいいのかが分からなかったのだ。
 嘘をついても、本音を話しても、雅人を傷つけてしまうような気がして。

「……明日から本当に、元通りになるわけないよな」

 少なくとも、俺は絶対に無理だ。雅人の気持ちを知ってしまった以上、何も知らなかった頃の俺には戻れない。

 深呼吸して、ポケットからスマホを取り出す。ちょっとだけ迷ったけれど、思いきって発信ボタンを押した。

『もしもし? どうしました、穂村先輩?』

 金城だ。連絡先を交換したものの、こうして電話をするのは初めてだし、メッセージのやりとりもたいしてしていない。

「雅人に振られた。諦められないから、相談に乗ってくれ」
『……はぁ!?』