自習室へ戻ると、扉の前で雅人が仁王立ちしていた。目が合うと睨みつけられる。
「裕ちゃん、どこ行ってたの」
「……ちょっと休憩に、自販機のとこ」
「ちょっとって時間じゃなかったけど。宿題、ちゃんと進んだの?」
「まあ、多少は?」
「それに、休憩するなら俺のこと誘ってくれてもよかったじゃん」
「だってお前、集中してたから」
むっとした顔で雅人がまた俺を睨んだ。
「そんなに集中できないなら、今日はもう遊びにでもいく?」
「え? マジ?」
「久しぶりにゲーセンとかどう?」
「行く。絶対行く」
決まりね、と雅人が笑った。せっかくの夏休みだ。遊びたいのは雅人だって一緒だったんだろう。
◆
「ゲーセンって、たまにくるとめちゃくちゃ楽しいよね」
「分かる。駄菓子屋とかもそうだよな」
「いいね。裕ちゃん、今度駄菓子屋も行こっか」
夏休みのゲームセンターはかなり賑わっている。定番のアーケードゲームの前には列ができているほどだ。
小学生くらいの頃は、雅人とも親ともよくゲームセンターにきていた。アーケードゲームにハマったこともあるし、無心でコインゲームをやり続けたこともある。
年齢が上がるにつれてあまりこなくなったものの、こうやってたまにくると楽しい。
ゲームセンターにきて最初に行くのがクレーンゲームのコーナーだ。全ての台を見てまわって、めぼしい景品がないかを確認する。
なにも言わなくたって、なんとなくのこのルールが共通しているのが俺たちだ。
「見て、裕ちゃん。このクマ、結構可愛くない?」
雅人が指差したのは、やたらと大きいクマのぬいぐるみだ。胸元には大きな赤いリボンがついていて、くりっとした目でこちらを見つめている。
可愛い。確かに可愛い。……が。
こんなにでかいの、部屋にあったら邪魔じゃね?
「どう? 裕ちゃん。可愛くない?」
「……可愛いけど」
「欲しかったりしない?」
期待でいっぱいになった瞳で見つめられ、とっさに目を逸らす。するとくりっとした瞳のクマと目が合った。
こういう時、幼馴染というのは厄介だ。なにを考えているかがはっきり分かってしまうんだから。
たぶんこいつ、クレーンゲームで恋人になにかをとってやる、ってシチュエーションに憧れてるんだろうな。
「裕ちゃんがいらないなら、他の……あっ、あのお菓子とか、裕ちゃん好きでしょ?」
「まあ、好きだけど」
雅人が次に見つけたのは袋詰めのチョコレートだ。細かいチョコチップが中に入っていて、かなり美味しい。
「じゃあ、あれとろうか?」
「いやでもお前、クレーンゲーム下手だろ。絶対、買った方が安いって」
「そうだけど、そういうんじゃないじゃん、クレーンゲームって」
「まあ、それもそうだな」
損得を考えたらクレーンゲームなんてできない。
それと一緒で、恋人になったらやりたいこと、っていうのも損得とか理屈で考えるものじゃないんだろうな。
ゲーセンで恋人にぬいぐるみをとってあげるデートってかなり定番だし、こいつがやりたくなってもおかしくない。
「雅人」
「どうしたの、裕ちゃん」
「せっかくだから、やっぱ、これとってくれよ。なんか見てたら愛着沸いてきたわ」
笑いながらクマのぬいぐるみを指差す。絶対に部屋にあったら邪魔だけれど、別に置き場所がないわけじゃない。
俺の部屋にはぬいぐるみが一つもないから、一個くらいあったっていいだろう。
「俺に任せて、裕ちゃん。絶対とってあげる」
「おう、期待してるわ」
「じゃあちょっと両替してくるから、待ってて!」
雅人は駆け足で両替機へ向かった。背中を見ただけで、雅人がにやけていることが分かる。
あいつは本当に、俺と恋人っぽいことがしたくてたまらないんだな。
そう思った瞬間、ずき、とわずかに胸が痛んだ。
恋人でも友達でもたいして変わらない、なんて考えているのが、雅人に対して酷く不誠実な気がする。
なんで俺も、雅人と同じ気持ちじゃなかったんだろう。
俺が雅人に恋をしていたら、もっと簡単なことだった。今頃は俺も浮かれて、手を繋がないと歩きたくない! なんて馬鹿みたいなことを言っていたかもしれない。
◆
「……雅人。さすがにやめるか?」
「ううん。あとちょっとだから。あっ! ほら、今動いたでしょ、これはもうあと少しでとれるんだって!」
興奮気味に雅人は叫んだが、クマは1ミリくらいしか動いていない。
もう、15回以上もやっているというのに。この台は1回200円だから、既に3000円の出費である。
「本当にあとちょっとだから」
そう言いながら、雅人はまた1000円を台に投入した。
真剣な眼差しでアームを操作し、狙いを定めてボタンを押す。しかしアームの力があまりにも弱いせいで、クマはろくに動いてくれない。
これ、さすがにやめさせるべきか? いやでも、雅人は絶対にとりたいんだよな。だったらそれより、喜ぶ準備をしておくべきなのか?
「裕ちゃん!」
悩んでいたら、大声で名前を叫ばれた。慌てて視線を戻すと、先程までとは比べ物にならない力で、アームがクマを掴んでいる。
そしてそのまま、クマが取り出し口に落下した。
「とれたー!」
クマを丁寧に拾い上げ、裕ちゃん、と満面の笑みで差し出してくる。近くで見るとやっぱり大き過ぎるけれど、ふわふわで手触りもよさそうだ。
「ありがとう、雅人」
受け取って、ぎゅっと抱き締めてみる。ふわふわな上に、なんだかいい匂いがする気がした。
「……こいつの名前、どうしようかな」
「名前つけてくれるの?」
「そりゃあ、まあ」
「そっか。嬉しいな。頑張ってよかった」
クマの頭を撫でつつ、名前を考える。なるべく呼びやすくて、分かりやすい名前がいい。
「クマだから……くま吉」
「くま吉? なんか、裕ちゃんっぽいかも」
どういうことだよ、と言おうとしてやめた。雅人があまりにも幸せそうに笑っていたから。
「くま吉、今日からはずっと一緒だぞ」
声をかけて頭を撫でてやる。もちろん返事なんてないけれど、やっぱり可愛い。
「そうだ裕ちゃん。明後日のことなんだけどさ」
「うん」
明後日、雅人の家に泊まりに行く。この夏、雅人が一番楽しみにしていたことだ。
「……うち、誰もいないから。だからって、何も気にしなくていいけど」
「裕ちゃん、どこ行ってたの」
「……ちょっと休憩に、自販機のとこ」
「ちょっとって時間じゃなかったけど。宿題、ちゃんと進んだの?」
「まあ、多少は?」
「それに、休憩するなら俺のこと誘ってくれてもよかったじゃん」
「だってお前、集中してたから」
むっとした顔で雅人がまた俺を睨んだ。
「そんなに集中できないなら、今日はもう遊びにでもいく?」
「え? マジ?」
「久しぶりにゲーセンとかどう?」
「行く。絶対行く」
決まりね、と雅人が笑った。せっかくの夏休みだ。遊びたいのは雅人だって一緒だったんだろう。
◆
「ゲーセンって、たまにくるとめちゃくちゃ楽しいよね」
「分かる。駄菓子屋とかもそうだよな」
「いいね。裕ちゃん、今度駄菓子屋も行こっか」
夏休みのゲームセンターはかなり賑わっている。定番のアーケードゲームの前には列ができているほどだ。
小学生くらいの頃は、雅人とも親ともよくゲームセンターにきていた。アーケードゲームにハマったこともあるし、無心でコインゲームをやり続けたこともある。
年齢が上がるにつれてあまりこなくなったものの、こうやってたまにくると楽しい。
ゲームセンターにきて最初に行くのがクレーンゲームのコーナーだ。全ての台を見てまわって、めぼしい景品がないかを確認する。
なにも言わなくたって、なんとなくのこのルールが共通しているのが俺たちだ。
「見て、裕ちゃん。このクマ、結構可愛くない?」
雅人が指差したのは、やたらと大きいクマのぬいぐるみだ。胸元には大きな赤いリボンがついていて、くりっとした目でこちらを見つめている。
可愛い。確かに可愛い。……が。
こんなにでかいの、部屋にあったら邪魔じゃね?
「どう? 裕ちゃん。可愛くない?」
「……可愛いけど」
「欲しかったりしない?」
期待でいっぱいになった瞳で見つめられ、とっさに目を逸らす。するとくりっとした瞳のクマと目が合った。
こういう時、幼馴染というのは厄介だ。なにを考えているかがはっきり分かってしまうんだから。
たぶんこいつ、クレーンゲームで恋人になにかをとってやる、ってシチュエーションに憧れてるんだろうな。
「裕ちゃんがいらないなら、他の……あっ、あのお菓子とか、裕ちゃん好きでしょ?」
「まあ、好きだけど」
雅人が次に見つけたのは袋詰めのチョコレートだ。細かいチョコチップが中に入っていて、かなり美味しい。
「じゃあ、あれとろうか?」
「いやでもお前、クレーンゲーム下手だろ。絶対、買った方が安いって」
「そうだけど、そういうんじゃないじゃん、クレーンゲームって」
「まあ、それもそうだな」
損得を考えたらクレーンゲームなんてできない。
それと一緒で、恋人になったらやりたいこと、っていうのも損得とか理屈で考えるものじゃないんだろうな。
ゲーセンで恋人にぬいぐるみをとってあげるデートってかなり定番だし、こいつがやりたくなってもおかしくない。
「雅人」
「どうしたの、裕ちゃん」
「せっかくだから、やっぱ、これとってくれよ。なんか見てたら愛着沸いてきたわ」
笑いながらクマのぬいぐるみを指差す。絶対に部屋にあったら邪魔だけれど、別に置き場所がないわけじゃない。
俺の部屋にはぬいぐるみが一つもないから、一個くらいあったっていいだろう。
「俺に任せて、裕ちゃん。絶対とってあげる」
「おう、期待してるわ」
「じゃあちょっと両替してくるから、待ってて!」
雅人は駆け足で両替機へ向かった。背中を見ただけで、雅人がにやけていることが分かる。
あいつは本当に、俺と恋人っぽいことがしたくてたまらないんだな。
そう思った瞬間、ずき、とわずかに胸が痛んだ。
恋人でも友達でもたいして変わらない、なんて考えているのが、雅人に対して酷く不誠実な気がする。
なんで俺も、雅人と同じ気持ちじゃなかったんだろう。
俺が雅人に恋をしていたら、もっと簡単なことだった。今頃は俺も浮かれて、手を繋がないと歩きたくない! なんて馬鹿みたいなことを言っていたかもしれない。
◆
「……雅人。さすがにやめるか?」
「ううん。あとちょっとだから。あっ! ほら、今動いたでしょ、これはもうあと少しでとれるんだって!」
興奮気味に雅人は叫んだが、クマは1ミリくらいしか動いていない。
もう、15回以上もやっているというのに。この台は1回200円だから、既に3000円の出費である。
「本当にあとちょっとだから」
そう言いながら、雅人はまた1000円を台に投入した。
真剣な眼差しでアームを操作し、狙いを定めてボタンを押す。しかしアームの力があまりにも弱いせいで、クマはろくに動いてくれない。
これ、さすがにやめさせるべきか? いやでも、雅人は絶対にとりたいんだよな。だったらそれより、喜ぶ準備をしておくべきなのか?
「裕ちゃん!」
悩んでいたら、大声で名前を叫ばれた。慌てて視線を戻すと、先程までとは比べ物にならない力で、アームがクマを掴んでいる。
そしてそのまま、クマが取り出し口に落下した。
「とれたー!」
クマを丁寧に拾い上げ、裕ちゃん、と満面の笑みで差し出してくる。近くで見るとやっぱり大き過ぎるけれど、ふわふわで手触りもよさそうだ。
「ありがとう、雅人」
受け取って、ぎゅっと抱き締めてみる。ふわふわな上に、なんだかいい匂いがする気がした。
「……こいつの名前、どうしようかな」
「名前つけてくれるの?」
「そりゃあ、まあ」
「そっか。嬉しいな。頑張ってよかった」
クマの頭を撫でつつ、名前を考える。なるべく呼びやすくて、分かりやすい名前がいい。
「クマだから……くま吉」
「くま吉? なんか、裕ちゃんっぽいかも」
どういうことだよ、と言おうとしてやめた。雅人があまりにも幸せそうに笑っていたから。
「くま吉、今日からはずっと一緒だぞ」
声をかけて頭を撫でてやる。もちろん返事なんてないけれど、やっぱり可愛い。
「そうだ裕ちゃん。明後日のことなんだけどさ」
「うん」
明後日、雅人の家に泊まりに行く。この夏、雅人が一番楽しみにしていたことだ。
「……うち、誰もいないから。だからって、何も気にしなくていいけど」