金城に連れられて中庭にやってきた。俺と雅人が付き合うことになった場所だ。夏休みの今日も、いつも通り誰もいない。
「……いきなりすいません。でもどうしても、穂村先輩に話が聞きたくて」
「別にいいけど」
勉強には飽きていたところだし、話をするのは何も問題ない。でも、金城が俺に聞きたいことってなんだ?
俺と金城は裕樹を介して話したことがあるくらいで、二人きりで話したことはない。廊下ですれ違ったら挨拶くらいはするが、その程度の関係だ。
「穂村先輩、会長と付き合ってるんですよね?」
「あ、えっと……」
「隠さないでいいです。私、先輩から直接聞いたんで」
雅人が金城に話をしているのなら、俺が隠しても無駄だ。ああ、と俺はゆっくり頷いた。
「今から聞くこと、正直に答えてくれませんか。会長にも言わないって約束するので」
「……」
「もし破ったら、私の秘密をみんなにバラしてください」
すう、と軽く息を吸い込んだ後、金城は覚悟を決めた瞳で俺を見た。見た、というより、睨んだ、と言った方が適切かもしれない。
「私の好きな人、女なんです」
……うん、知ってる。
なんて言えるわけないし、かといって、驚いたふりもできない。しかし金城は、そんな俺の反応なんて気にしていないようだった。
「佐々木茜。穂村先輩だって、知ってますよね?」
「えっ、あ、佐々木なんだ」
「はい。私と茜ちゃん、家が近くて、昔から仲いいんです」
佐々木茜。俺のクラスメートだ。特に仲がいいわけではないけれど、クラスメートの顔くらいは分かる。
運動神経抜群で女子剣道部の部長。そんな佐々木が、いかにも女子らしい見た目の金城と仲がいいのは意外だ。
「先輩と会長と、私と茜ちゃんの関係ってちょっと似てるんです。幼馴染同士で、そして、片方が一方的な片思いをしている」
確かに……と納得していると、やっぱり、と金城が薄く笑った。
「一方的な片思いじゃない、って否定しないんですね?」
「あっ……」
まずい。これでは、雅人が一方的に俺に片思いをしていたことを認めたのと同じだ。
一方的な片思いではなかった、と否定するべきだった。
「ですよね。でも先輩は、雅人先輩からの告白を受け入れた。どうしてです?」
俺だってずっと雅人に片思いしてたから。たぶん、そう答えるのは簡単だ。でも、こんなに必死な顔で聞かれたら嘘はつきにくい。
ちょっと前なら、俺は金城のこの顔を見てもなんとも思わなかっただろう。だけど今なら分かる。
これは、本気で誰かを好きな顔だ。
「お願いです。教えてください」
金城が勢いよく頭を下げた。生意気で、気が強そうな金城が。
「私、絶対に茜ちゃんと付き合いたいんです」
土下座しそうな勢いの金城に、分かったから、と声をかけた。すると金城はすぐに顔を上げて、俺にぐいっと顔を近づけてくる。
あまりの圧に一歩後ろへ下がり、頭の中を整理しつつ話し始める。
「……二つ理由がある」
「二つ?」
「ああ。一個目は、あいつと気まずくなりたくなかったから。もう一個目は、あいつが他の奴と付き合うのが嫌だったから」
「……他の人と付き合うのが嫌とか、先輩、会長のことめちゃくちゃ好きじゃないですか」
他人から指摘されると照れくさい。でもその通りだ。
「そう。俺、雅人のことめちゃくちゃ好きなわけ」
ただそれが、雅人と同じ種類の好きじゃなかっただけ。好きという感情の大きさだけなら、雅人と俺は釣り合っているのかもしれない。
「でもそれ、恋愛的な意味じゃなかったんですよね?」
金城は鋭い。それに、ここまで話しておいて誤魔化しても意味はないだろう。
「そう」
「それって、めちゃくちゃ愛ですね」
「……え?」
「恋じゃないかもしれないですけど、間違いなく愛じゃないですか? そんなの」
「愛……」
「会長が大事で一緒にいたいし、会長の気持ちを受け入れて恋人になったわけでしょう」
恋じゃないけど、愛。
そんな風に考えたことは一度もなかった。そうか。俺の雅人への気持ちは愛だったのか。
「いいなぁ、会長。こんなに先輩に好かれてて。羨ましいですよ、本当」
「……恋じゃなくても?」
「当たり前じゃないですか。だって考えてもみてくださいよ。愛って、ずっと一緒にいるには恋より大事なレベルですからね」
はあ、と盛大な溜息を吐いた後、金城はぶつぶつと呟き始めた。
「でもまあ、恋愛対象としてだけじゃなく、単純に好きって気持ちを大きくしていくって方法も有効ってことよね……茜ちゃんも押しに弱いところもあるし……」
独り言が終わったかと思うと、パシッ、と金城は両手を叩いた。そして、鞄からスマホを取り出す。
「先輩。連絡先交換しましょう」
「は?」
「いろいろ相談に乗ってください。私も、なにかあれば聞きますから」
「……じゃあ、よろしく」
他の人には雅人と付き合っていることも伝えていないし、俺の気持ちが恋じゃないことなんて言えない。
両方を知っている金城は、いい相談相手になる可能性もある。
「今日のことはお互い、会長には内緒ってことで」
「分かってる」
「私はそろそろ行きますね。茜ちゃんに差し入れ、渡さないといけないんで」
笑顔で言うと、金城は走り去っていった。どうやらさっき買っていたスポーツドリンクは佐々木への差し入れだったらしい。
俺もそろそろ、自習室に戻らないとな。
「……いきなりすいません。でもどうしても、穂村先輩に話が聞きたくて」
「別にいいけど」
勉強には飽きていたところだし、話をするのは何も問題ない。でも、金城が俺に聞きたいことってなんだ?
俺と金城は裕樹を介して話したことがあるくらいで、二人きりで話したことはない。廊下ですれ違ったら挨拶くらいはするが、その程度の関係だ。
「穂村先輩、会長と付き合ってるんですよね?」
「あ、えっと……」
「隠さないでいいです。私、先輩から直接聞いたんで」
雅人が金城に話をしているのなら、俺が隠しても無駄だ。ああ、と俺はゆっくり頷いた。
「今から聞くこと、正直に答えてくれませんか。会長にも言わないって約束するので」
「……」
「もし破ったら、私の秘密をみんなにバラしてください」
すう、と軽く息を吸い込んだ後、金城は覚悟を決めた瞳で俺を見た。見た、というより、睨んだ、と言った方が適切かもしれない。
「私の好きな人、女なんです」
……うん、知ってる。
なんて言えるわけないし、かといって、驚いたふりもできない。しかし金城は、そんな俺の反応なんて気にしていないようだった。
「佐々木茜。穂村先輩だって、知ってますよね?」
「えっ、あ、佐々木なんだ」
「はい。私と茜ちゃん、家が近くて、昔から仲いいんです」
佐々木茜。俺のクラスメートだ。特に仲がいいわけではないけれど、クラスメートの顔くらいは分かる。
運動神経抜群で女子剣道部の部長。そんな佐々木が、いかにも女子らしい見た目の金城と仲がいいのは意外だ。
「先輩と会長と、私と茜ちゃんの関係ってちょっと似てるんです。幼馴染同士で、そして、片方が一方的な片思いをしている」
確かに……と納得していると、やっぱり、と金城が薄く笑った。
「一方的な片思いじゃない、って否定しないんですね?」
「あっ……」
まずい。これでは、雅人が一方的に俺に片思いをしていたことを認めたのと同じだ。
一方的な片思いではなかった、と否定するべきだった。
「ですよね。でも先輩は、雅人先輩からの告白を受け入れた。どうしてです?」
俺だってずっと雅人に片思いしてたから。たぶん、そう答えるのは簡単だ。でも、こんなに必死な顔で聞かれたら嘘はつきにくい。
ちょっと前なら、俺は金城のこの顔を見てもなんとも思わなかっただろう。だけど今なら分かる。
これは、本気で誰かを好きな顔だ。
「お願いです。教えてください」
金城が勢いよく頭を下げた。生意気で、気が強そうな金城が。
「私、絶対に茜ちゃんと付き合いたいんです」
土下座しそうな勢いの金城に、分かったから、と声をかけた。すると金城はすぐに顔を上げて、俺にぐいっと顔を近づけてくる。
あまりの圧に一歩後ろへ下がり、頭の中を整理しつつ話し始める。
「……二つ理由がある」
「二つ?」
「ああ。一個目は、あいつと気まずくなりたくなかったから。もう一個目は、あいつが他の奴と付き合うのが嫌だったから」
「……他の人と付き合うのが嫌とか、先輩、会長のことめちゃくちゃ好きじゃないですか」
他人から指摘されると照れくさい。でもその通りだ。
「そう。俺、雅人のことめちゃくちゃ好きなわけ」
ただそれが、雅人と同じ種類の好きじゃなかっただけ。好きという感情の大きさだけなら、雅人と俺は釣り合っているのかもしれない。
「でもそれ、恋愛的な意味じゃなかったんですよね?」
金城は鋭い。それに、ここまで話しておいて誤魔化しても意味はないだろう。
「そう」
「それって、めちゃくちゃ愛ですね」
「……え?」
「恋じゃないかもしれないですけど、間違いなく愛じゃないですか? そんなの」
「愛……」
「会長が大事で一緒にいたいし、会長の気持ちを受け入れて恋人になったわけでしょう」
恋じゃないけど、愛。
そんな風に考えたことは一度もなかった。そうか。俺の雅人への気持ちは愛だったのか。
「いいなぁ、会長。こんなに先輩に好かれてて。羨ましいですよ、本当」
「……恋じゃなくても?」
「当たり前じゃないですか。だって考えてもみてくださいよ。愛って、ずっと一緒にいるには恋より大事なレベルですからね」
はあ、と盛大な溜息を吐いた後、金城はぶつぶつと呟き始めた。
「でもまあ、恋愛対象としてだけじゃなく、単純に好きって気持ちを大きくしていくって方法も有効ってことよね……茜ちゃんも押しに弱いところもあるし……」
独り言が終わったかと思うと、パシッ、と金城は両手を叩いた。そして、鞄からスマホを取り出す。
「先輩。連絡先交換しましょう」
「は?」
「いろいろ相談に乗ってください。私も、なにかあれば聞きますから」
「……じゃあ、よろしく」
他の人には雅人と付き合っていることも伝えていないし、俺の気持ちが恋じゃないことなんて言えない。
両方を知っている金城は、いい相談相手になる可能性もある。
「今日のことはお互い、会長には内緒ってことで」
「分かってる」
「私はそろそろ行きますね。茜ちゃんに差し入れ、渡さないといけないんで」
笑顔で言うと、金城は走り去っていった。どうやらさっき買っていたスポーツドリンクは佐々木への差し入れだったらしい。
俺もそろそろ、自習室に戻らないとな。