「やっと待ちに待った夏休みだな」
一学期最後のホームルームが終了し、智哉が満面の笑みで話しかけてきた。既に帰り支度を終え、リュックを背負っている。
「夏休みの予定は?」
「大半が部活。でもまあ、ばあちゃん家に帰省もするし、中学の友達と海とかも行くし、結構充実してる」
「部活、忙しいんだっけ?」
「そうそう。文化祭で発表があるから」
智哉はダンス部に所属している。発表が近づくといつも以上に忙しくなるらしく、結構過酷な部活だ。
文化祭は10月の頭に開催される。まだかなり時間があるものの、早めに準備をするのだろう。
「裕樹は? 夏休み、なにすんの?」
「あー、まあ、基本家にいるな。決まってるのは夏祭りくらいか」
「それ、雅人とだろ」
「……まあ」
「本当仲直りできてよかったわ。夏休みはもう喧嘩すんなよ」
じゃあな、と言い残し、智哉は足早に教室を出ていった。他のクラスメートたちも、続々と弾んだ足どりで教室を出ていく。
俺もさっさと帰りたいが、それはできない。今日は、生徒会の仕事がある雅人を図書館で待つ日だ。
◆
「裕ちゃん、おまたせ」
図書館についてから30分もしないうちに、雅人がやってきた。どうやら今日の生徒会活動は早めに終わったらしい。
俺が雅人を生徒会室へ迎えに行く時もあれば、今日みたいにその逆の時もある。
「せっかくだし、どこかで昼ご飯でも食べて帰らない?」
一学期最終日の今日は、午前中で学校が終わった。だからいつものように弁当は持ってきていない。
「うん。何がいい?」
「学校の近くだと、ファミレスとか、ラーメン屋?」
「ラーメンはさすがに熱いだろ、この時期」
「そう? 暑い時こそ熱いものを食べるっていうのもありだと思うけどね」
確かに雅人なら、この暑い中でも大盛りのラーメンを完食できるだろう。でも俺は雅人と違って、暑い時は普通に冷たいものが食べたい。
「ファミレスにしようぜ。長く居座れるし」
「分かった」
微笑んだ雅人がいきなり近づいてきて、俺の耳元で幸せそうに囁いた。
「放課後デートだね、裕ちゃん」
俺にしか聞こえない小さい声だ。周囲の人に気を遣ったのは、ここが図書館だからじゃない。
俺たちが付き合っていることを、誰にも言っていないからだ。
「ああ、そうだな」
返事をして、読んでいた本を鞄の中にしまった。今日は図書館の本じゃなくて、家から持ってきた本を読んでいたのだ。
学校帰りの寄り道。中学時代からずっとやっていたことだ。放課後デート、なんて呼び方になっても内容は変わらない。
デートって言うだけで雅人が喜ぶなら、それでいい。
「行くか、デート」
雅人の真似をして耳元で囁くと、雅人は幸せそうに笑った。
◆
「ねえ裕ちゃん。俺、裕ちゃんに見てもらいたいものがあるんだけど」
そう言いながら雅人が取り出したのは一冊のノートだった。学校の購買やコンビニで買えるシンプルなデザインのものじゃなくて、文房具屋で一冊ずつ購入するような凝ったデザインのノートだ。
「これは?」
「今年の夏、裕ちゃんとやりたいことを考えてきた」
雅人がノートの表紙をめくる。1ページ目の一番上に『この夏、裕ちゃんとやりたいことリスト』と書かれていた。
そして、箇条書きでいろんなことが書かれている。
「……これ、何ページあるんだよ」
ノートを手にとり、ぱらぱらとめくる。さすがに全てのページが埋まっている、なんてことはなかったけれど、10ページ分くらいはびっしりと書いてあった。
「さすがに全部は無理だって」
「分かってるよ。夏以外にもできることだってあるし、今年できなかった分は来年以降にやれたらいいなとも思ってる」
どんな顔をすればいいか分からなくて、とりあえず水を一気飲みした。するとすかさず、雅人がピッチャーを持って空になった俺のコップに水をそそぐ。
「……分かってるよ。浮かれ過ぎだって」
「いや、別にそんなことは言ってないけど」
「でも思ったでしょ」
「まあ……」
「しょうがないじゃん」
それ以上は何も言わず、改めてノートの中身を確認する。あまりの量に驚かされたものの、書いてある内容の一つ一つは普通のことだった。
映画館に行きたいとか、買い物に行きたいとか、今までにやったことがあることも多い。
「なあ、雅人」
「なに?」
「この中で、お前が一番やりたいことってなに?」
俺からノートを奪い、雅人は真剣な表情でノートを確認し始めた。その間、俺はファミレスのメニューを見ながら注文するものを考える。
腹減ってるし、唐揚げ定食とかでいいか。
「そろそろ注文するけど、雅人はなんにする?」
「裕ちゃんと一緒のやつ頼んどいて。今俺、昼ご飯とか考える余裕ないから」
なんだよそれ、と思いつつも、タッチパネルで二人分の唐揚げ定食を注文した。
◆
「決まったよ、一番やりたいこと」
雅人がそう言ってきたのは、ちょうど猫の顔をしたロボットが唐揚げ定食を運んできてくれた時だった。
ロボットから昼食を受け取りつつ、なに? と聞き返す。
「お泊り会」
「……え?」
「だから、お泊り会」
俺が雅人の家に泊まったことも、雅人が俺の家に泊まったことも、数えきれないほどある。今さら動揺するようなことじゃない。
でも、友達同士の泊まりと、恋人同士の泊まりじゃ意味が変わってくるよな。いや、俺たちの場合どうなんだ?
「俺の家に泊まりにきてほしいんだけど。……駄目?」
俺たちは付き合い立てのカップルで、おまけに付き合いの長い幼馴染で。
こんなに必死な顔で頼まれたら、断れるはずがない。
「いや、全然いい。行くわ、お前ん家」
そう答えた俺の声は、みっともないくらい震えてしまっていた。
一学期最後のホームルームが終了し、智哉が満面の笑みで話しかけてきた。既に帰り支度を終え、リュックを背負っている。
「夏休みの予定は?」
「大半が部活。でもまあ、ばあちゃん家に帰省もするし、中学の友達と海とかも行くし、結構充実してる」
「部活、忙しいんだっけ?」
「そうそう。文化祭で発表があるから」
智哉はダンス部に所属している。発表が近づくといつも以上に忙しくなるらしく、結構過酷な部活だ。
文化祭は10月の頭に開催される。まだかなり時間があるものの、早めに準備をするのだろう。
「裕樹は? 夏休み、なにすんの?」
「あー、まあ、基本家にいるな。決まってるのは夏祭りくらいか」
「それ、雅人とだろ」
「……まあ」
「本当仲直りできてよかったわ。夏休みはもう喧嘩すんなよ」
じゃあな、と言い残し、智哉は足早に教室を出ていった。他のクラスメートたちも、続々と弾んだ足どりで教室を出ていく。
俺もさっさと帰りたいが、それはできない。今日は、生徒会の仕事がある雅人を図書館で待つ日だ。
◆
「裕ちゃん、おまたせ」
図書館についてから30分もしないうちに、雅人がやってきた。どうやら今日の生徒会活動は早めに終わったらしい。
俺が雅人を生徒会室へ迎えに行く時もあれば、今日みたいにその逆の時もある。
「せっかくだし、どこかで昼ご飯でも食べて帰らない?」
一学期最終日の今日は、午前中で学校が終わった。だからいつものように弁当は持ってきていない。
「うん。何がいい?」
「学校の近くだと、ファミレスとか、ラーメン屋?」
「ラーメンはさすがに熱いだろ、この時期」
「そう? 暑い時こそ熱いものを食べるっていうのもありだと思うけどね」
確かに雅人なら、この暑い中でも大盛りのラーメンを完食できるだろう。でも俺は雅人と違って、暑い時は普通に冷たいものが食べたい。
「ファミレスにしようぜ。長く居座れるし」
「分かった」
微笑んだ雅人がいきなり近づいてきて、俺の耳元で幸せそうに囁いた。
「放課後デートだね、裕ちゃん」
俺にしか聞こえない小さい声だ。周囲の人に気を遣ったのは、ここが図書館だからじゃない。
俺たちが付き合っていることを、誰にも言っていないからだ。
「ああ、そうだな」
返事をして、読んでいた本を鞄の中にしまった。今日は図書館の本じゃなくて、家から持ってきた本を読んでいたのだ。
学校帰りの寄り道。中学時代からずっとやっていたことだ。放課後デート、なんて呼び方になっても内容は変わらない。
デートって言うだけで雅人が喜ぶなら、それでいい。
「行くか、デート」
雅人の真似をして耳元で囁くと、雅人は幸せそうに笑った。
◆
「ねえ裕ちゃん。俺、裕ちゃんに見てもらいたいものがあるんだけど」
そう言いながら雅人が取り出したのは一冊のノートだった。学校の購買やコンビニで買えるシンプルなデザインのものじゃなくて、文房具屋で一冊ずつ購入するような凝ったデザインのノートだ。
「これは?」
「今年の夏、裕ちゃんとやりたいことを考えてきた」
雅人がノートの表紙をめくる。1ページ目の一番上に『この夏、裕ちゃんとやりたいことリスト』と書かれていた。
そして、箇条書きでいろんなことが書かれている。
「……これ、何ページあるんだよ」
ノートを手にとり、ぱらぱらとめくる。さすがに全てのページが埋まっている、なんてことはなかったけれど、10ページ分くらいはびっしりと書いてあった。
「さすがに全部は無理だって」
「分かってるよ。夏以外にもできることだってあるし、今年できなかった分は来年以降にやれたらいいなとも思ってる」
どんな顔をすればいいか分からなくて、とりあえず水を一気飲みした。するとすかさず、雅人がピッチャーを持って空になった俺のコップに水をそそぐ。
「……分かってるよ。浮かれ過ぎだって」
「いや、別にそんなことは言ってないけど」
「でも思ったでしょ」
「まあ……」
「しょうがないじゃん」
それ以上は何も言わず、改めてノートの中身を確認する。あまりの量に驚かされたものの、書いてある内容の一つ一つは普通のことだった。
映画館に行きたいとか、買い物に行きたいとか、今までにやったことがあることも多い。
「なあ、雅人」
「なに?」
「この中で、お前が一番やりたいことってなに?」
俺からノートを奪い、雅人は真剣な表情でノートを確認し始めた。その間、俺はファミレスのメニューを見ながら注文するものを考える。
腹減ってるし、唐揚げ定食とかでいいか。
「そろそろ注文するけど、雅人はなんにする?」
「裕ちゃんと一緒のやつ頼んどいて。今俺、昼ご飯とか考える余裕ないから」
なんだよそれ、と思いつつも、タッチパネルで二人分の唐揚げ定食を注文した。
◆
「決まったよ、一番やりたいこと」
雅人がそう言ってきたのは、ちょうど猫の顔をしたロボットが唐揚げ定食を運んできてくれた時だった。
ロボットから昼食を受け取りつつ、なに? と聞き返す。
「お泊り会」
「……え?」
「だから、お泊り会」
俺が雅人の家に泊まったことも、雅人が俺の家に泊まったことも、数えきれないほどある。今さら動揺するようなことじゃない。
でも、友達同士の泊まりと、恋人同士の泊まりじゃ意味が変わってくるよな。いや、俺たちの場合どうなんだ?
「俺の家に泊まりにきてほしいんだけど。……駄目?」
俺たちは付き合い立てのカップルで、おまけに付き合いの長い幼馴染で。
こんなに必死な顔で頼まれたら、断れるはずがない。
「いや、全然いい。行くわ、お前ん家」
そう答えた俺の声は、みっともないくらい震えてしまっていた。