「……え? 裕ちゃん、自分がなに言ってるか分かってる?」
「それくらい分かってるって。付き合おうって言ったんだよ。恋愛的な意味で」
「つまり俺と裕ちゃんが恋人になるってこと?」
「そういうこと」

 え? 嘘? なんで? と雅人が目を丸くし、頭を両手で抱えた。長年一緒にいるけれど、ここまで慌てている雅人を見るのは初めてだ。

「お前は恋愛的な意味で俺が好きなんだろ」
「そりゃあ、そうだけど……」
「で、俺もお前が好き。だったら俺たち、付き合えばいいじゃん。そうすれば、距離置く必要もないだろ」

 俺も雅人が好きなのは本当だ。ただ、俺の好きは、雅人の好きとは違う。
 でもそれに何の問題があるのだろう。恋愛感情が分からない俺が他の誰かを好きになることはないだろうし、雅人と恋人になったって何の問題もない。
 友達じゃなくて恋人。俺たちの関係を示す名前が変わるだけで、相変わらず俺たちは一緒にいられる。

「本気で言ってる?」
「本気だけど。で、返事は? 俺と付き合うの、付き合わねえの」

 心臓がうるさいのを必死に隠しながら、じっと雅人の顔を見つめる。雅人は眼鏡を一度外すと、手の甲で乱暴に涙を拭った。

「裕ちゃん!」

 いきなり抱き締められた。裕ちゃん、裕ちゃんと何回も俺の名前を呼びながら、雅人が俺の肩に顔をうずめる。
 雅人の髪が頬にあたってくすぐったい。こんな風に抱き締められるのは、さすがに久しぶりだ。

 まあでも、小さい頃は別に普通だったよな。幼稚園の時とかは当たり前に手も繋いでたわけだし。

 そっと雅人の腰に腕をまわす。それだけで、雅人がまた泣きそうになったのが分かった。

「夢みたい」
「……大袈裟だろ」
「大袈裟じゃないよ。裕ちゃんと付き合えたらって、ずっと思ってたから」

 幸せを噛みしめるように言って、雅人はゆっくりと俺から離れた。

「恋人になれたってことは、これからはデートもできるし、裕ちゃんが他の奴と仲良くしてても、彼氏として抗議できるってわけでしょ」
「まあ、そういうことだな」

 今までだってよく二人で出かけていた。それがデート、という呼び名に変わるだけ。大丈夫、俺たちは何も変わらない。
 それに、雅人が文句を言いたくなるほど仲がいい相手だっていない。

「ねえ裕ちゃん。今年の夏はいっぱいデートしようね。夏祭りも一緒に行こう」
「毎年行ってるだろ」
「今年も行くの。そうだ。付き合ったんだから、裕ちゃんに一個お願いしてもいい?」
「……なに?」

 つい身構えてしまう。そんな俺の反応には気づかないのか、雅人は浮かれたまま話を続けた。

「今年の夏祭り、浴衣で行かない? 俺、ずっと裕ちゃんの浴衣見たかったんだよね」
「浴衣?」
「うん。できれば黒とか紺とか、そういう色がいいな。あっ、でも裕ちゃん、赤とかも絶対似合うよね。悩むなぁ」

 なんだ。そんなことか。
 特に必要性を感じないから、夏祭りに浴衣を着て行ったことはない。暑そうだし、動きにくそうだし、なにより着替えが面倒くさそうだから。
 でも雅人がこんなに喜ぶんなら、ちょっとくらい頑張ってやってもいい。

「分かった。母さんに頼んでみるわ」
「本当!?」
「うん」
「よかった……。毎年頼みたくて、でも、ずっと我慢してたんだよね。裕ちゃんに気持ち悪いって思われたくなくて」
「そんなこと思わないから」
「これからはどんどん、裕ちゃんに俺の気持ちを伝えていいってことだよね」

 本当に嬉しい、と雅人が何度も呟く。
 いつも以上に甘い眼差しにも、聞いたことがないような甘い言葉にも、胸焼けしてしまいそうだ。

「裕ちゃん。大好きだよ。世界で一番、裕ちゃんが好き」

 ありがとう? 嬉しい? いや、そんな返事じゃ駄目だ。ここはちゃんと、俺も同じ気持ちで返さないと。

「俺も、雅人が大好きだよ」

 慣れない言葉に、ほんの少し身体が震えた。でもそんなこと些細な問題だ。雅人がこんなに喜んでくれるんだから。
 恋が分からなくたって、恋人同士にふさわしい言動はちゃんと頭に入っている。だから、俺だって上手くやれるはずだ。

「そろそろ教室戻るか。飯食わないと、昼休み終わるだろ」
「うん。そうだね」
「渉たちにもいろいろ聞かれるだろうな。あいつら、俺と雅人が喧嘩したって騒いでたから」
「……うん。そうだ。裕ちゃん、前から言いたかったんだけど」
「なに?」
「たまに智哉と距離が近過ぎる時あるから、ちゃんと気をつけてね」

 真剣な眼差しで見つめられ、反射的に頷く。雅人が気になるのなら、気にしておこう。

「あー、もう、本当に夢みたい。夢なら、一生覚めなくていい」
「現実だって」

 でも、一生覚めなくていい。
 俺の気持ちがお前と一緒じゃないなんてこと、お前は一生知らなくていい。