「行くぞ、雅人」

 昼休みになってすぐ、一組の教室にやってきた。椅子に座っている雅人の腕を引っ張って、強引に立ち上がらせる。
 さすがの雅人も、ここまでされて無視はできないだろう。

「行くって、どこに?」

 最後の抵抗とばかりに、雅人が質問してくる。

「中庭。あそこ、人いないから」





 夏場の中庭には、ほとんど人が寄りつかない。陽当たりがよすぎて暑いからだ。おまけに植物が多いせいで虫も多いし、蝉もうるさい。
 俺も苦手な場所だが、二人きりで話すのにこれ以上ぴったりなところはないだろう。

「雅人」
「……なに」
「まず、ごめん。勝手に手紙見て、悪かった」

 とりあえず謝罪だ。勢いよく頭を下げてから、おそるおそる雅人の顔を窺う。雅人は相変わらずの仏頂面だけれど、逃げ出す様子はない。

 で、俺はこれから何を話せばいいんだ?
 手紙の内容には触れるべき? それともなかったことにするべき?

 どうしよう、と悩んでいると、雅人が深い溜息を吐いた。そして、覚悟を決めたような目で俺を睨みつけてくる。

「裕ちゃん」
「は、はい」

 あまりの圧に、思わず敬語が出てしまった。

「手紙見たなら知ってると思うけど、俺、裕ちゃんのこと好きなんだよね」
「……うん」
「友情じゃなくて、恋愛的な意味で」
「……知ってる」
「裕ちゃんが悪いんだよ。俺はまだ言うつもりなんてなかったのに、勝手に見るから」

 もう一度溜息を吐いた後、雅人がぎゅっと俺の右手首を掴んだ。

「俺の気持ち知って、気持ち悪いって思った? そうだよね。友達だと思ってた男に好かれてるなんて、気持ち悪いよね」

 だんだん、俺の手首を握る雅人の力が強くなっていく。まるで、俺が逃げることを怖がっているみたいだ。

「でも俺は、ずっと裕ちゃんが好きなんだよ。だから、こうやって裕ちゃんに触りたいとも思うし、裕ちゃんが他の奴と仲良くしてたら気に入らない」
「雅人……」
「だけど、裕ちゃんに気持ち悪いなんて思われたくないし、嫌われたくないし、必死に気持ちを隠してきた。なのに、裕ちゃんが……」
「マジでごめん」

 再び謝ると、雅人はゆっくりと俺の手を離した。そして一歩後ろへ下がる。

「裕ちゃん。俺たち、距離置こうか」
「……は?」
「自分を好きな男なんて気持ち悪いでしょ? それに俺も、何事もなかったみたいに今まで通り振る舞うのは無理だよ。元々、限界も近かったし」
「……なんだよ、限界って」
「裕ちゃんは分かんないでしょ。近くにいるのに好きって言えない俺の辛さなんて」

 ああ、そうだよ。お前の言う通りだ。俺にはお前の気持ちなんて分からない。
 だって俺は、恋と友情の違いを知らないから。
 なんでお前は俺への気持ちが恋だって、ちゃんと分かるんだよ。

「ねえ裕ちゃん」
「……なに?」
「俺のこと、嫌いになった?」

 あ、こいつ、泣くわ。

 反射的にそう思ったのとほぼ同時に、雅人の瞳から涙がこぼれ落ちた。

「裕ちゃん。やっぱり俺のこと、気持ち悪い?」

 雅人の目から、どんどん涙があふれてくる。大量の涙が地面に零れ落ちて、小さなシミを作った。

 ああ、そうか。
 こいつ、怒ってたんじゃなくて、怖がってたんだ。俺に嫌われるのを。

「嫌いになってないし、気持ち悪いとも思ってないから」

 雅人が恋愛的な意味で俺を好きだと知ってから、ずっと俺の頭は混乱している。
 だけど、一度だって雅人を気持ち悪いと感じたことはない。

「本当に?」
「本当だって。俺が今、嘘ついてるように見えるか?」

 雅人の手をぎゅっと握って顔を近づける。よく見れば、目の下には酷いクマがあった。

「お前、昨日寝てないだろ」
「……こんな状況で寝れるわけないじゃん。これからどうしようって、それしか考えられなかったのに」
「で、出た結論が、距離を置こう、なわけ?」
「……だって、それしかないと思って」

 雅人の言った通り今距離を置いたとして、俺たちが元通りになれる日がくるとは思えない。
 距離が開いたまま高校を卒業して、別々の大学に進学して、そのまま社会人になる。そうなれば、もう会うこともなくなるかもしれない。

 その間に雅人は、俺以外の人に恋をするかもしれない。その相手が男なのか女なのかは分からないけれど。
 そいつはちゃんと雅人の好意を受け入れて、二人は恋人になるかもしれない。
 そんな日がきたらきっと、雅人は俺を忘れるだろう。

「なあ、雅人。俺から一個、提案があるんだけど」
「……なに?」

 俺には恋なんて分からない。雅人が俺を好きだって思う気持ちと、俺が雅人を好きだって思う気持ちの違いなんて、知らない。
 でも俺だって雅人が好きだ。距離を置くのは嫌だし、俺以外の誰かが、当たり前のような顔で雅人の隣にいる未来だって嫌だ。

 だから。

「俺たち、付き合うってのはどう?」