アラームが鳴るよりも早く起きて、昨夜選び抜いた服を何度もチェックした。
 朝食の席で母から「頑張ってね」と言われ、「来ないでよ」と喉元まで出かかったが耐えた。恥ずかしいけど、去年のような下手くそなバンドではないのだから。恭平とのユニットなら堂々と胸を張るべきだ。
「一時から第二体育館だから」
「うん。変装して行くから大丈夫」
 誰も母の顔など知らないというのに変装なんて無意味だろう、と思っておかしかったが、「気をつけて来て」と言うだけにして家を出た。

 本番は午後からで、午前中はリハーサルをする。順序は先にメインの演劇部がして、次にダンス、そして最後にDoinel(ドワネル)の二人と続く。第二体育館へ行くにはまだ早い時間だったため、響は真っ直ぐに部室へと向かった。
 恭平はまだ来ておらず誰もいなかったが、なぜかドラムセットもなかった。
 首を傾げながらも、エレアコをケースから取り出して練習を始めた。
 リハーサルは11時頃の予定だ。10時近くになっても、恭平はまだ現れない。
 こんな大事な時に部室に顔を出さずに何をしているんだと焦りながら、時間になる前に一人で第二体育館へ向かった。

 ステージのうえには演劇部のセットが既に建てられていて、演劇部の出番以外は緞帳を下げてそれらを隠し、パフォーマンスをする予定になっている。今はバンドセッティングの状態なので、緞帳は下げられ、その前にアンプ類が並べてあった。
 部室になかったドラムセットが、キーボードの斜め後ろに置いてあるのが目に入った。それに響のギターアンプだけでなく、ベース用のともう一つ別のギター用のアンプもセッティングされている。
 不思議に思い、壇上で指示を出している恭平の元へ近づいた。

「なんでバンドセッティングなわけ? 俺らアコースティックユニットじゃん」
「あれだ。急に一年がプログラムにねじ込んできたらしい」
「そうなの? でもそいつらは? なんで恭平が指示出してんの?」
「さっきまでいたんだが、緊張してるのかなぜかいなくなった。だからその代わりをしてたんだ。一応先輩だし」
「へえ」
 響以上に他人を避けているはずの恭平が、そこまでするほど一年と関わりがあったことに驚いた。響は顔どころか名前すら忘れているというのに。
「午前どこにいたんだよ?」
「あ、ずっとここに……」
「なんで?」
「あのー……その、一年が相談に乗って欲しいって言ってきたから……」
 珍しく目が泳いでいる。
「それより、持ってきたか?」
「当然」
 右手に持っていたエレアコを掲げて見せる。
「じゃあ俺らのリハを始めよう」

 恭平はキーボードの前に立って音を流し、アンプの出力を確認し始めた。
 響は待つ間にエレアコのチューニングを再確認し、次にアンプに繋いで、いつ音響チェックの声がかかってもいいようにした。
 番が来たので、先にエレアコ、次に歌唱用のマイクのチェックをする。
 終えたあと、一曲目に選んだ『ツキカゲ』を演奏した。
 続いて二曲目の『ディスコミュニケーション』に移る。
 音の出方も演奏状態も良好だ。大丈夫だろうと思ったが、念の為恭平にも聞いてみる。
「どう?」
「いいんじゃないか? 最後に……『露光』を」
「は? 最後は『ゼロ・カウント』だろ?」
「あれは死ぬほどやったから、万が一アンコールになったとき用に『露光』も合わせておきたい」
 アンコールなんてあるはずがないのに、意外にも自信満々な恭平に驚きつつも、『露光』は一番ライブ向きの曲なので、アコースティックバージョンとは言え弾いていてテンションが上がる。ステージで思いきり演奏する機会なんて二度とないかもしれないと考えて、結局は誘惑に負けた。

「じゃあ昼飯食いにいこう」
「あー、俺はちょっとやることあるから」
「なにを? 昼飯より大事なこと?」
「いや、『ゼロ・カウント』は無事にアップできたけど、『ディスコミュニケーション』の投稿予約がちゃんとできているか不安で……自宅に行って確認したいから」
「アップするのなんて夜だろ? 帰ってからでいいじゃん」
「いや、まあ、そうだが、響と打ち上げするし……」
 二人のことなのだから途中で作業してくれても構わないのに、そんなに打ち上げに集中したいのかと驚きながらも、当時に嬉しさも込み上げて、響はそれ以上追求しなかった。

 部室に戻って一人で弁当を食べ、12時半になったため私服に着替えて第二体育館へと向かった。
 恭平は白のオーバーサイズロンTに薄いグレーのワイドパンツ。普段通りと言えるが、ピアスもしていて、やけにかっこいい。ライブだからって気合いが入りすぎだ。恭平がKyoであることを知られてしまう日に、そんなにかっこよくキメていたら騒がれてしまう。
「なんだその格好……カート・コバーンかよ」
「よくわかったね!」
 かくいう響は、ボーダーのオーバーサイズニットに、ダメージパッチワークデニムだった。
「お前、ニルヴァーナ好きだったっけ?」
「いや、ファッションがさ」
「Kawaseさんは何も言わなかったのか?」
「え? 兄貴? なんで兄貴が帰ってきてること知ってんの?」
「あ、いや、LINE来てて」
 また焦ったように視線を彷徨わせた。響のほうも緊張やら恭平への想いやらで落ち着きがないが、恭平のほうもいつもと様子が違う。
「デニムはまだしも令和にそのボーダーニットは勘弁してくれ。その下は何を着てるんだ?」
「え、普通のTシャツ。暑くなったら脱いでもいいように下着ではないよ」
「じゃあ、それにしよう。Tシャツとジーパンでいい」
 その場でニットを脱いだら、「いいじゃん、シンプルで」と恭平は片方の口角を上げた。
 しかし響は、これじゃあただの小僧みたいだと思って不満に思った。