(怪我がよくなったらまた会えるだろ?)

(でも、彼が辛いときにそばにいられないのはいやだ)

(それはそうだよな)

 もっと気の利いたことが言えればいいのだが。西原が言う。
 
(やっぱり男同士じゃ駄目なのかな)

(そんなことないよ。世の中にどれだけゲイがいると思ってるんだ)

 それに、西原が恋人を思う気持ちが真剣だということは、俺がよくわかっている。
 
 
 西原からのメッセージが途切れてしまったので、心配になって電話をかけた。
 
「おい、大丈夫か?」

「生野……」

 久しぶりに聞いた西原の声は、か細く震えている。そして、鼻をすするような音。
 
「泣いてるのか?」

「ごめん……」

「いいけど、今一人?」

「うん」

 西原の母親は、夜は仕事でいないのだ。こんな時間に一人ぼっちで泣いているのかと思うと、胸が痛くなる。

「飯は食べたのか?」

「食べてない」

「ちゃんと食べないと駄目だろ」

「うん……」

「食べるものはあるのか?」

「うん」

「じゃあ、このまま待ってるから食べちゃえよ」

 西原が言った。

「生野はもう食べたの?」

「あぁ。さっき伯父さんと伯母さんと一緒に」

「そう」
 
「今日のメニューは?」

「ミートボール入りのグラタン」

「ずいぶん洒落た料理だな」

「そうかな。いつもママが作って……あっ」

 俺は思わずにやける。
 
「へえ。お前、お母さんのことママって呼んでるのか」

「別にいいだろ」

「いいよ。お前らしくてかわいい」

 西原は黙ってしまった。機嫌をそこねてしまっただろうか。
 
 そう思っていると、しばらくして、電話の向こうで「チン」と音がした。レンジでグラタンを加熱していたのだろう。
 
 それから、ガタガタという音。食卓に着いたのだろうか。
 
「お~い」

「うん?」

「食べてる?」

「うん」

「美味いか?」

「うん。いつも、その、母親がいろいろ作って冷凍しておいてくれるんだ」

「ママでいいよ」

「うるさい」

 少しは元気が出て来たみたいだ。俺はごろりとベッドの上に寝転がると、そのまましばらく待った。
 
「生野」

「うん?」

「食べ終わったよ」

「そうか、よかった」

「あのさ……」

「うん」

「ありがとう。生野が電話してくれなかったら、多分何も食べないまま、ずっと泣いてたと思う」

「このくらいなんでもないさ」

 なんなら、今すぐ新幹線に乗って家まで行きたいくらいだ。そして、細い体を抱きしめて……。
 
 だが俺は、西原の言葉で現実に引き戻される。
 
「門田くんとは、その後どう?」

 そうなのだ。西原は、愛しい恋人を思って泣いていたのだった。
 
 そして彼は、俺の気持ちはとっくに門田に移っていると思っている。でも、実際は……。
 
「それはまあ、適当に」

 正直、今は門田の話をする気になれないが。
 
「門田くんおすすめの本、読んだ?」

「うん」

「タイトル、なんていうの?」

「『蝙蝠探偵シリーズ』って言って、それぞれにタイトルが付いてる」

「へえ。僕も読んでみようかな。作者名は?」

「峰野坂舟」

「ミネノサカシュウ? どんな字書くの?」

「峰打ちのミネに野晒しのノに坂道のサカにハロ無しのフネだよ」

 西原が情けない声を上げた。

「え、わかんないよ……」

「ネットで検索しろよ」

「もしかして、門田くんとあんまりうまくいってない?」

「そんなことはねえよ。まあ、これといって進展はないけど、友達としてはうまくいってる」

「そう。……じゃあ、僕のこと怒ってるの?」

「そんなわけないだろ。なんでだよ」

「だって、なんか急に不機嫌そうになったから」

「別に不機嫌じゃねえよ。もともとこういうしゃべり方なんだ」

「そうかな……」

 本当は、めちゃめちゃ不機嫌だ。だが、その理由を言うわけにはいかない。
 
 本当は今も西原のことが好きで、久しぶりにしゃべったせいで、ますます気持ちが傾いて、苦しくてたまらないなんて。
 
 俺は、無理矢理話題を変える。
 
「なあ、俺のSNS見てくれた?」

「ごめん、まだ」

「なんだよ。まあしょうがないか」

 いろいろ大変だったようだし。
 
「じゃあ、アカウントも作ってないんだな」

「やっぱりアカウント作らないと駄目かな」

「そりゃそうだろ。アカウント作って、それで俺をフォローしろ」

「そうか、わかった。じゃあ、後でするよ」

「うん」

 やった。これでSNSでも西原とつながれる。
 
「じゃあ、今日は本当にありがとう」

 西原は電話を終えようとしているようだ。まだ声を聞いていたいが、しかたない。
 
「ああ。また泣きたくなったら、いつでも電話して来いよ」

「ありがとう」

 西原はふふっと笑ったが、俺は本気だ。

「フォロー、忘れるなよ」

「うん」



翌朝チェックすると、yuukiというフォロワーが増えていた。西原に違いない。

さっそく見に行ってみるが、アイコンもデフォルトのままで、何も書かれていない。

うずうずしながら夜まで待って、俺は西原にメッセージ送った。

(yuukiってお前だろ?)

 彼の名前は有希というのだ。
 
(うん)

(俺の投稿見てくれた?)

(うん。イラストがいっぱいで面白いね)

(そうか)

(アイコンの猫の絵もかわいい)

(あれは子供の頃飼ってた猫がモデルだよ)

(そうなんだ)

(お前は投稿しないの?)

(うん)

(すればいいじゃん)

(だってなんにもないもん)

(またまた。彼氏の料理とかいろいろ撮りためてるんだろ)

(あれは人に見せるためのじゃないもん)

 ちぇっ。だが、そこでひらめいた。
 
(じゃあ鍵垢にして、俺だけに見せてくれよ。鍵付ければ、フォロワーしか見られないんだ)

(そういうふうにできるんだ)

(そうだよ)

(そうか)

(それで、別に彼氏の料理じゃなくていいから、お前の自撮りとか上げてくれよ)

 正直、恋人の料理には興味がない。
 
(わかった。後でやってみる)

 そこですかさず送信する。

(今やれよ。やり方がわからなかったら教えるから)

(じゃあ、ちょっと待ってて)

 しばらくしてメッセージが来た。
 
(できたよ)
 
 見に行くと、yuukiの横に鍵マークが付いている。
 
 俺は、今度はSNS内のDMで送信した。
 
(ついでに写真投稿してみて)

(わー、こっちか。ちょっと待って)

 少しのタイムラグがあった後、TLに写真が投稿された。
 
 おぉぉ。写真を見た俺は、思わず声を上げた。めっちゃかわいいではないか……。
 
(今撮ったのか?)

(急いだから、ちょっと変になった)

(そんなことない。それパジャマ?)

(うん)

(なんかエロいな)

(何言ってんの?)

(冗談だよ)

 冗談ではない。本当は、襟元からのぞく白い肌に目が釘付けになっている。
 
 もっと下まで見たい……。
 
 これから、こんな画像がちょくちょく見られるのかと思うと、にやにやが止まらない。すると、西原からメッセージが来た。
 
(生野も自撮り投稿してよ)

(俺は鍵付けてないから駄目だよ)

(みんなに見られるの恥ずかしいの?)

(当たり前だろ)

(僕にも?)

(そんなことはないけど、俺の顔なんか見たい?)

(うん)

 え……。「うん」に込められた意味をあれこれと想像してドギマギしつつ、動揺を隠して送信する。
 
(じゃあ、今度チャットアプリのほうでな)

(わかった)

 え……。ずいぶんあっさり引き下がるんだな。
 
 ただの社交辞令だったのか。どうしてもと言われたら、DMで送るつもりだったのに……。
 
(でも、お前はここにいろいろ投稿しろよ)

(投稿することなんてなんにもないよ)

(今みたいな自撮りでいいから) 

(毎日おんなじ顔ばっかり?)

(それでもいいよ。なんなら裸でもいいけど)

 かわいくてエロい西原をたくさん見たい。

(バカ)

(冗談だよ。同じ顔でいいから投稿しろよ。楽しみにしてるから)

(裸じゃなくていいの?)

(見せてくれるの?)

(見せないよ)

 裸を見せるのは恋人だけか。まあ、それはそうだろう。
 
 でも、毎日西原の顔が見られるならうれしい。楽しみがひとつ増えた。
 
 にやにやしていると、メッセージが来た。
 
(なや)

 ……なや? 何かの略語か? それとも、悩みの「なや」なのか?
 
(どうした?)

(ごめん。くしゃみしたときに、知らない間に送信してた)

 そういうことか。
 
(風呂上りか?)

(うん)

(風邪引くといけないから、そろそろ終わりにするか)

(ベッドに入るから大丈夫だよ)

(そうか)

 布団にもぐってスマホを操作している西原の姿を想像して、またも俺はにやにやする。
 
 だが、それきりメッセージは途絶えた。
 
(おーい)

 ……。

(寝ちゃったのか?)

 返信はない。やはり寝てしまったのだろう。ベッドに入るなり寝落ちするなんて子供か。
 
 だが、その寝顔はめちゃめちゃかわいいに違いない。見たい……。(終)