(これあげる)

 落ち込んでいると、西原から画像が送られて来た。子供が描くような絵で、マッチ棒のような手足の眼鏡をかけた人物だ。
 
(僕が描いた西原だよ)

(今描いたのか?)

(うん。そっくりでしょう)

(どこが)

 そう言いながらにやけてしまう。やっぱり西原はかわいい。
 
(これ、待ちうけにしようかな)

(それはやめたほうがいいよ)
 
 
 
 この頃は、夜寝る前に西原にメッセージを送るのが習慣になった。さすがに恋人がいる彼に毎晩は送れないし、送っても、デート中で返信がないこともあるのだが。
 
 今日はめずらしく、西原のほうからメッセージが来た。
 
(昨日はごめん)

 昨日も、そんな日だったのだ。
 
(気にするな)

(あれからどんなことがあったか教えて)

(彼に、どんなラノベを読んでるのか聞いてみた)

(それで?)

(おすすめを教えるから連絡先を教えてくれって)

(連絡先交換したの?)

(うん)

(やったじゃん。てか、それなら僕より門田くんとチャットすれば?)

(いや、それは)

(門田くんは、おすすめを教えてくれたの?)

(うん)

(どんな本?)

(明治時代の話で探偵が出て来るシリーズもの)

(へえ。で、生野はなんて返信したの?)

(ありがとうって)

(それだけ?)

(うん。どうせ学校で毎日会うし)

(それを言うなら、おすすめだって学校で教えられるのに、わざわざスマホに送ってくれたんでしょ)

 言われてみれば、たしかに。

(でも、今度の休みに一緒に本屋に行く約束した)

(やったね。初デート)

(デートじゃねえよ)

(デートだよ)

 こういうの、水掛け論というのだろうか。
 
(ちなみに、お前と彼氏との初デートは?)

(彼のマンション)

 出会ったその日にマンションに行って、「愛し合った」とか言っていたが。
 
(そうじゃなくて、初めて出かけたのは?)

(忘れた)

 え……。初めて二人で出かけたことを忘れるわけがないだろう。何か言いたくない事情でもあるのだろうか。
 
 まだ西原とのやり取りをを終わらせたくない俺は、あわてて話を変えた。
 
(それで、本屋に行くときのことだけど)
 
 特に機嫌をそこねたふうでもなく、すぐに返信が来た。
 
(本屋って、門田くんのほうから誘って来たの?)

(うん)

(連絡先もむこうから交換しようって言ったんだよね)

(うん)

(いい感じじゃん。脈ありかも)

(簡単に言うなよ。連絡先を交換するくらい普通だし)

(休みの日に一緒に本屋に行くのも?)

(自分の大好きな小説のよさをわかってもらいたいだけなんじゃないのか?)

(それはあるかも)

 ちぇっ。そこは全力で否定してもらいたかったのに。
 
 俺は気を取り直して書き込む。
 
(そのとき、どんなふうにすればいいかな)

(普通でいいんじゃない)

(普通って?)

 それがよくわからないのだ。好きな相手の前だと、つい力んでおかしな感じになってしまう。
 
 それで西原にもいやがられた過去がある。
 
(学校では、どんな話してるの?)

(授業のこととかSNSのこととか)

(生野って、SNSやってるの?)

(うん)

(知らなかった!)

(普通だろ)

(僕はやってない)

(それって今どきUMAなみにめずらしいぞ。やっぱりお前って変わってるな)

 西原は、出会った頃から周りを気にすることなくマイペースで自由で、それが、俺の目にはとても新鮮に映ったのだったが。
 
(だって興味ないもん)

(おまえの興味は彼氏だけか)

(うん)

 俺はツッコミを入れる。

(そこは一応否定するところだぞ)

(だってホントなんだもん)

 この期に及んで西原の恋人がうらやましいと思ってしまう俺。そして、また話が脱線している……。
 
(門田くんもSNSやってるんでしょ?)

(うん)

(それで相互フォロー?)

(うん)

(じゃあやっぱり僕とチャットしてる場合じゃないって)

(それはそれ、これはこれだよ)

 もちろん門田のSNSはチェックしているし、「いいね」もするが、西原とのチャットはまた別だ。
 
(それなら本屋に行くときも、そんな話をすればいいんじゃない?)

 突然話が元に戻った。
 
(そうか)

(そうだよ)

(もしかして、そろそろ話を終わらせようとしてる?)

(そんなことないよ。なんで?)

 俺は正直に答える。

(なんか投げやりになってきた気が)

(だって、わざわざ僕に聞かなくても、話すことたくさんありそうだから)

(妬いてる?)

(言ってる意味がわからない)

 それはそうだろうが、門田とどんなふうに接すればいいのか模索中なのも、アドバイスがほしいのも事実だ。
 
 それと同時に、西原とチャットがしたいのも。
 
 門田のことも、西原のことも好きなのだ。自分でも気持ちを持て余している。
 
 ふと思いついて聞いてみる。
 
(お前の彼氏はSNSやってないの?)

(やってないんじゃないかな)

(「かな」って、聞いたことないのか?)

(やってれば教えてくれるはずだもん)
 
(二人とも恋人に夢中でSNSどころじゃないってわけか)

(そうだね)

(それでやりまくってるってわけか)

(そうだね)

(だから、そこは一応否定しろって)

(僕は正直だから)

(はいはい。今日から二人のことをUMAカップルって呼ぶよ)

 SNSにはラブラブぶりをアピールするカップルがあふれているが、西原と恋人は、そんなことなど必要ないくらい、二人だけの世界に浸り切っているのだ。
 
 本当に強く深く愛し合っていれば、周りのことなど目に入らないし、気にもならないのだろう。俺も、そんなふうになりたい。
 
 
 
 土曜日の夜、西原にメッセージを送った。
 
(明日は彼氏の部屋に泊まりに行く日だな)

(うん)

(じゃあ、早く寝ないとだな)

(部屋に行くのは夕方だから)

(そうか)

(今日、門田くんと初デートだったんでしょ? 話、いくらでも聞くよ)

(デートじゃないけど)

(デートだよ)

 デートじゃ……いや、それはもういいって。
 
(本屋で、例のシリーズものを何冊か買って、その後カフェに行った)

 西原とも、二度ほどカフェに行ったことがある。デートの申し込みをするときと、デートで美術館に行った後に。
 
 そのほかにも何度か一緒にものを食べたことがあるのだが、どれも切なくて、忘れられない思い出だ。
 
 甘酸っぱい気持ちになっていると、次のメッセージが来た。
 
(カフェで何頼んだの?)

(苺のパンケーキ)

(えーーーーーっ)

 大げさに驚かれて、おれは憮然とする。

(なんだよ)

(僕と一緒に行ったときとずいぶん違う)

 たしかに、西原と一緒のときは、やたらとヘビーなものばかり食べた気がする。
 
 俺が大盛りのカルボナーラを食べている前で、西原はかわいらしくフルーツ杏仁を食べていたっけ。
  
(門田が頼んだから、同じものにしただけだよ)

(僕のときとは本気度が違うね)
 
(そんなことない。俺はお前のときだって本気だったよ)

 ただ、最初から1ミリの可能性もなかっただけで。いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。
 
(それで、どんな話をしたの?)

(本のこととか)

(ほかには?)

(俺のイラストのこととか)

(見せたの?)

(SNSにあげてるんだよ)

(へえ。僕も見てみたい)

(じゃあフォローしろよ)

(アカウント教えて)



 SNSのアカウントを教えてほしいと言われたので、さすがの西原もようやくアカウントくらいは作る気になったのかと思ったのだが、いくら待っても音沙汰がないのでメッセージを送った。
 
(俺のSNSフォローしてくれないのかよ)
 
 だが、時間がたっても既読にすらならない。返信があったのは、何日もたってからだった。
 
 
 
(ずっと返信出来なくてごめん)

 もう俺のことなんてどうでもよくなったのか。そう思って落ち込んでいた俺は、秒速で返信する。
 
(いいよ。何かあったのか?)

(彼が仕事中に怪我した)

(包丁で?)

 西原の恋人は料理人なのだ。
 
(いや。棚が倒れて肩を強打した)

(大丈夫なのか?)

(骨はなんともないけど仕事を休んでる)

(心配だな。それでずっと付き添ってたのか?)

(そうでもない)

 え? 部屋に泊まり込んでかいがいしく恋人の世話を焼いていたのかと思ったのだが。
 
(何か事情でも?)

(彼のお母さんが来てるから)

(そうか)

 西原の母親は、二人の関係を認めているらしいが、多分、恋人の母親は何も知らないのだろう。それが普通だ。
 
 それきり返信が来ないので、さらに送信する。
 
(おい、大丈夫?)

(大丈夫じゃない。彼に会いたい)

(ずっと会えてないのか?)

(うん)

 それは辛いだろう。
 
(俺でよかったら話聞くけど)

(ありがとう)

 泣き虫の西原は、こうしている今も涙をこぼしているかもしれない。