おいおい。とんでもなく大胆なことをさらっと……。
 
(お前らエロいな)

(恋人同士だもん。普通だよ。生野だって、前の恋人としてたでしょ?)

(それはそうだけど)

 だが、恋人と別れてから、もう何年にもなるし、当然、誰ともしていない。
 
 頭の中で、西原と男前の彼氏が絡み合う映像が勝手に流れて、ひどく妖しい気分になる。
 
 西原が言う。
 
(だからって、その彼にいきなり迫っちゃ駄目だよ)

(迫るかよ)

 人を、まるで飢えた獣みたいに言いやがって。まぁ、愛に飢えてはいるかもしれないが、別に性欲を持て余しているわけじゃない。
 
(でも、生野には前科があるから)

(うるせえ)

(もう寝ようかな)

 俺は慌てる。

(ちょっと待てよ。まだ相談終わってないだろ)

(だって相談する気ないみたいだし)

 西原とチャットするようになって、わかったことがある。西原はSだ。
 
 ほかの相手、たとえば恋人に対してはどうだか知らないが、少なくとも、俺に対しては。
 
 ちなみに俺は、横恋慕しながら、西原と恋人との話を聞きたがって、彼にMだと言われたのだが。
 
 急いで送信する。
 
(する気あるよ)

(セックス?)

(おい!)
 
(まずはクラスメイトとして普通に会話しながら、その中で、さりげなく彼女がいるかどうか聞いてみたら?)

(そうだな。でも、いるって言われたらショックだな)

 西原に年上の恋人がいると知ったときも、ひどくがっかりした。それでも、しかたないと思いながらも、なかなか諦めがつかなくてジタバタしたのだ。
 
(聞いてみないとわからないよ)

(そうだな)

(まずは聞いてみて、その先のことはそれからだね)

俺は尋ねる。

(そのときは、また相談してもいいか?)

(もちろん)

 相談したいのはもちろんだが、こんなことを打ち明けられるのは西原しかいないし、正直なところ、西原とつながっていたいという気持ちもなくはない。
 
 我ながら往生際が悪いと思うが。
 
 
 月曜日の夜、西原にメッセージを送った。
 
(今、時間ある? 今日は疲れてる?)

(ちょっとね。でも時間はあるよ)

 西原の恋人は月曜日が休みなので、毎週日曜日の夜は彼の部屋に泊まり、月曜日はそこから登校するのだと聞いた。
 
(ゆうべは彼氏とやりまくったんだろ)

(ゆうべだけじゃなくて、朝も。ちょっと腰が痛いかも)

(相変わらずお盛んだな)

(聞かれたから正直に答えたのに。もう寝る)

(ごめんごめん。許してくれ)

 結局Sな西原に翻弄される俺。

(しょうがないな。いいよ)

 俺は続ける。

(あのさ、例の彼のことだけど)

(門田くんだっけ)

(うん)

(何か進展はあった?)

(進展ってほどじゃないけど、いろいろ話した)

 それを聞いてほしくて、こうしてチャットしているのだ。
 
(どんな話?)

(どうして今頃転校して来たのかって聞かれて、事情を話したら、えらく同情してくれた)

 両親が経営していた会社が倒産し、家も手放すことになったので、俺は通っていた大学付属の私立高校をやめ、両親と離れて、伯母の家で暮らすことになったのだ。
 
(優しいんだね)

(うん。「困ったことがあったらなんでも言って」って)

(いい感じじゃん)

(まあな。彼は両親と兄貴と暮らしてるって)

 西原が言う。

(兄弟ってどんな感じなのかな。僕は一人っ子だから)

(俺も。伯母さんにも子供がいないから、そういうのはよくわからない)

 なんだか話がそれてしまった。俺は軌道修正する。
 
(それで、話のついでに思い切って聞いてみたんだ)

(例のこと?)

(うん。彼女はいるのかって)

(なんて言った?)

 俺の質問に、門田は恥ずかしそうに俯きながら答えたっけ。
 
(「そんなのいないよ」って)

俺は、ふとあることが気になって、西原に質問した

(お前、彼氏が初恋だって言ってたよな)

(うん)

(最初から、彼氏がゲイだってわかってたのか?)

 バイトの面接に行って、緊張して具合が悪くなった西原を介抱してくれたのが、そこで働いていた今の恋人だったと聞いた。
 
(わからなかったけど)

(けど?)

(そんなことは考えもしなかった)

(それくらい電撃的に恋に落ちたってこと?)

(そうなのかな)

 うらやましい。うらやまし過ぎる。
 
(それで、すぐに付き合うことになったのか?)

(うん)

(どんなふうに?)

(ほしがるね)

 俺は焦れる。

(いいから教えろよ)

 前にも聞いたことがあるのだが、そこらへんのことはうやむやにして話してくれなかったのだ。
 
(自分の感情にびっくりして、彼が用事を足している間に黙って帰っちゃったんだ。そうしたら、夜になって電話があって)

(それで?)

(すぐに彼のマンションに行って、その日のうちに愛し合った)

 え……。それはつまり、したということか。
 
(ずいぶん積極的だな)

 それに急展開過ぎる。
 
 西原も西原だが、それを受け入れる彼氏もどうかと思う。
 
 西原の年上の恋人は、誠実そうで常識人に見えたが、それだけ西原が魅力的だったということか。
 
(だって、彼は僕の運命の人だから)

(ふうん)

 なんだか馬鹿馬鹿しくなって来た。俺は、ようやく一目ぼれした相手に彼女がいないと知っただけで、そこから一歩も進めていないというのに。
 
 ふと思う。進展しないのは、俺が門田にとって運命の相手ではないからだろうか……。
 
(僕のことはもういいよ。門田くんとは、それからどうなった?)

 もの思いに沈んでいた俺は、我に返って返信する。
 
(彼は、クラスの中では比較的おとなしそうなグループに属してて)

 お坊ちゃま学校から公立の高校に転校した俺は、最初、ガラの悪いクラスメイト達にビビったのだが、全員がそうだというわけではない。
 
(生野もそこに入ったの?)

(そうなんだけど、ちょっと)

(何か困ったことでもあった?)

(なんか、オタクっぽいやつが多くて)

(別にオタクが悪いとは思わないけど)

(それはそうだけど)

 俺はアニメにも鉄道にも、ゲイだけに女性アイドルにも興味がないので、話に入っていけない。
 
(門田くんもオタク?)

(なんか、ラノベが好きとか言ってたけど)

(それなら生野も読んで、一緒に盛り上がればいいじゃん)

(ラノベって、異世界に転生してどうとかってやつだろ?)

(よく知らないけど、そういうのばっかりじゃないんじゃない? ミステリーとか恋愛ものとか)

(BLとか?)

(ボーイズラブ? それもあるかもね)

 もしも門田が読んでいるのがBLならば話は早いが、そんなにうまくはいかないだろう。たとえ読んでいたとしても、堂々とBLを読んでいるとは言わないだろう。
 
 そこで俺は、どさくさにまぎれて聞いてみる。
 
(ちなみにお前の趣味は?)

(これといってないけど、買い物とか、あとは写真とかかな)

 そういえば、西原の恋人は料理人で、西原は、彼の作った料理の写真を撮りためているらしい。
 
(生野の趣味は絵画鑑賞でしょ?)

(うん。あと、ちょっとだけイラスト描いたり)

(知らなかった!)

(言ってないからな)

(それって十分オタク趣味だと思うけど)

(そうなのか)

 今言われるまで気づかなかった。西原が言う。
 
(今度見せてよ)

(いやだよ、恥ずかしい)

(今から画像送って)

 え……。
 
(しょうがないな)

 西原にせがまれると断れない。俺は観念して、自作のイラストの画像を送信した。
 
(すごいじゃん)

(そうか?)

(これって、もしかして門田くん?)

(違う)

(そうか、モデルはいないのか)

(いや、いる。お前)

(え。僕ってこんな感じ?)

(うん。泣き顔がかわいかったから、思い出しながら描いた)

 なかなか返信が来ない。ちょっと不安になる。
 
(怒った?)

(怒ってないけど、生野には、僕ってこんなふうに見えてるの?)

(デフォルメはしてるけど)

(ふうん)

(気に入らないか?)

 俺自身は、よく描けたと思って、けっこう気に入っているのだが。

(別に。生野がいいなら)

 やっぱり気に入らないらしい。
 
(お前が見せろって言うから)

(だから別にいいって言ってるじゃない。僕はそんなパーカー持ってないけど)

 パーカーが気に入らないのか?

(パーカーは俺の創作だけど、ごめん)

(謝らなくていいよ)

 俺はため息をつく。恋の相談をしていたはずが、どんどん話が脱線した挙句、なぜか俺は西原の機嫌をそこね、あたふたしている。
 
 新しい恋に踏み出そうとしているはずなのに、やっぱり西原に嫌われたくない。たとえ、俺を好きになってくれるはずなどないとわかっていても。