その夜俺は、いつかの明け方ファミレス前で別れて以来、初めて西原にメッセージを送った。
彼氏といちゃついている最中だったら申し訳ないと思ったが、そんなときに、スマホなんかチェックしないだろうと思い直す。
西原は、転校する前、俺が横恋慕して振られた相手だ。
ちなみに、西原はめちゃめちゃかわいいが男で、俺は生まれながらのゲイなのだ。
(彼氏じゃなくてごめん。てか、今彼氏と一緒だったらごめん。名古屋の伯母さんのうちに引っ越して、今日、新しい学校に行って来た)
すると、すぐに返信が来た。
(今、自分の部屋で一人だよ。学校はどんな感じ?)
(共学で、ガラが悪そうなやつが多くて最初はびびったけど、意外と楽しいかも)
(そうか、よかったね。友達は出来そう?)
(それが、実は……)
(「……」って何? 思わせぶり)
(実は、めっちゃタイプのやつがいた)
変わり身が早過ぎて恥ずかしいが、きっと西原も安心するのではないかと思い、一気に打ち込んだ後、逡巡する前に送信ボタンをタップした。すぐに返信が来た。
(おめでとう! 生野の優しさと繊細さをわかってくれる人だといいな)
なんだよ、偉そうに。そう思いながらも、俺はにやける。
(ありがとう。西原は、彼氏とうまくいってる?)
(バッチリ!!)
ちぇっ、「!」二つかよ。俺のおかげもあるんだから、少しは感謝しろよな。
面白くもないが、俺が余計なおせっかいを焼いたせいで、二人の仲は、以前にも増して深まったのだ。
それから二、三往復やり取りした後、「おやすみ」を言い合って、俺はスマートフォンを置いた。
数日後の夜。
(時間があったら、少し話さないか?)
今頃は、彼氏とよろしくやっているかもしれない。そう思いながらメッセージを送ったのだが、すぐに返信が来た。
(いいよ)
(あれ。今日も一人か?)
(何それ。自分から送信しておいて)
(すまん。彼氏といちゃついてる頃かと思ったから)
(じゃあメッセージ送って来るなよ)
(だから謝ってるだろ。機嫌悪いな)
(生野のせいだろ)
(もしかして、彼氏とうまくいってないのか?)
(そんなことない。毎週、日曜日は彼の部屋に泊まりに行ってるし)
(えっ、そうなのか? そのこと、お母さんは知ってるのか?)
西原の家は母子家庭で、母親は夜の仕事をしているらしいのだが。
(知ってるよ)
あっさり返って来た返信に、俺は驚く。
(お母さんは、二人の関係を知ってるのか?)
(もちろん。何度か会ったこともある)
えっ? えぇっ!? 西原の返信に、俺は度肝を抜かれた。
(それはつまり、二人の関係を認めてるってこと?)
(そうだよ)
なんというさばけた母親なのだ。そして、それをなんでもないことのように言う西原。
俺はまだ、自分がゲイであるということを、家族にも誰にも、とにかく西原と、その彼氏以外には話したことがないし、今のところ、話すつもりもないのだが。
びっくりして固まっていると、さらにメッセージが来た。
(何か話があったんじゃないの?)
あぁ、そうだった。驚き過ぎてすっかり忘れていた。
(そうなんだ。実は相談したいことがあって)
俺は、気を取り直して西原に送信する。
(この前、めっちゃタイプのやつがいたって言っただろ?)
(うん)
(そいつのことで、ちょっと)
(どんな人なの?)
(それがさ。例の絵、覚えてる?)
俺は転校する前、片思いしていた西原を、最初で最後のデートに誘った。そのとき、俺が大好きな画家の個展に行ったのだ。
(もちろん。あのときもらった絵葉書、今も大切にしてるよ)
西原は、俺が一番好きな少年の絵によく似ていた。それが、西原を好きになったきっかけでもある。
(ありがとう。それでさ、そいつ、お前以上にあの絵の少年にそっくりで、それはもう、瓜二つって感じで)
門田は、色白でほっそりとしていて、髪の感じや頬のラインといい、儚げな雰囲気といい、絵にそっくりなのはもちろん、まさに俺の好みにドンピシャなのだ。
(へえ)
俺は調子に乗って送信する。
(妬ける?)
(なんで)
ほんの冗談だ。
(初登校の日、たまたま隣の席になって、まだ教科書がない俺に、自分のを一緒に見ようって)
(優しいね)
門田が机ごと近づいて来ると、ふわりとシャンプーの香りがしたっけ。
(それで、俺の眼鏡がすごく似合ってるって)
俺は極度の近視なのだ。
(いい雰囲気じゃない)
(だけど)
(何?)
気になっていることを書き込む。
(俺は一目惚れだけど、そいつはどっちなのかなって)
つまり、ゲイなのかどうか。女が好きなのならば、どうしようもない。
(生野はどうしたいの?)
(それは、出来れば付き合いたいけど)
本音を言えば、まだ西原のことも好きだ。だが、いつまでも見込みのない恋にしがみついていてもしかたがない。
それよりも、俺の大好きな絵の少年にそっくりな、出会ったばかりの門田と新しい恋を始めることが出来たら……。
そう思い、あえて西原に恋の相談をしたのだ。返信が来た。
(まずは友達付き合いから始めて様子を見てみたら?)
(そうだな)
(あせっちゃ駄目だよ)
(うん)
(いきなりグイグイ来られると引く)
(もしかして、俺のこと?)
(まぁ、そういうことになるかな)
かつて俺は、西原に対する気持ちを抑えきれなくて、しつこくつきまとって嫌がられたのだ。
(俺、そんなに感じ悪かった?)
(正直、最初はデリカシーのないやつだと思った)
(そうか)
わかってはいても、はっきり言われるとショックだ。
(でも、本当はすごく優しくて繊細なんだって、今はわかってるよ。一緒に探し物をしてくれたり、彼に話をしに行ってくれたり)
西原が、恋人に贈られたチェーンを失くして困っていたとき、一緒に探して、俺が見つけた。
それと、彼の恋人の心の中に、かつて愛した、すでに亡くなった人が今もいて、そのことで西原が苦しんでいることを知り、お節介にも、西原だけを見てほしいと話しに行ったことなのだが。
(知ってたのか?)
それは、俺が独断でしたことで、西原は知らないとばかり思っていたのだが。
(うん。あのときは、すごく驚いた)
最初で最後のデートのとき、夜の川沿いのベンチで、俺は西原に恋人の話を聞かせてほしいと言った。二人の幸せな話を聞いて、それで彼のことを諦めるつもりだったのだ。
だが、恋人の心が自分だけのものにならないことに悩み、涙をこぼす西原を見て、我慢出来なくなった俺は、彼の華奢な肩を掴んで無理矢理キスをした。
舌を差し入れた俺を思い切り突き飛ばし、なおも泣き続ける彼を見て、ひどく後悔したのだった。
(あのときはごめん)
(生野が彼のところに行ったこと?)
(そうじゃなくて)
(何?)
俺は思い切って書き込んだ。
(川沿いのベンチでキスしたこと)
(何を急に。いきなり話が飛ぶね)
(あのことがあったから、彼氏のところに行ったんだ)
(そう)
(聞いてもいいか?)
(駄目)
(おい!)
(駄目だって言っても聞くくせに)
正解。俺は聞く。
(あのとき、なんで泣いたんだ?)
(それは、急にされて驚いたから)
それはそうだが、ファーストキスでもあるまいし、その前から、彼氏とはもっとイヤラシイことを何度もしていたはずだ。
彼の甘く柔らかい舌の感触を思い出しながら、俺は送信する。
(でも、ずっと泣き止まないからすごく困った。あれはなんで?)
(秘密)
(おい!)
だが、西原の返信に、夜更けの部屋で、俺は一人赤面した。
(それは、無意識のうちに生野の舌に答えそうになった自分にショックを受けたからだよ。
彼以外にそんなふうになることはないと思っていたのに、生野のキスで体の奥が疼いたから)
俺は、西原のあどけない顔を思い出す。あの顔で、「体の奥が疼く」とか……。
まぁ、恋人がいて、やることをやっているのだから当たり前かもしれないが、それにしても。
しばし呆然としていると、西原からメッセージが来た。
(相談はもういいの?)
俺はようやく我に返る。
(その前に、俺が彼氏に会いに行ったこと、知ってたんだな)
(彼に聞いたから。初めは怒られるかと思った。二人のことを生野に話したこと)
全部、俺が西原から無理矢理聞き出したのだ。
(ごめん)
(でも、大丈夫だった。生野のことも、礼儀正しかったって)
(そうか。でも、余計なことをして悪かったな)
(そんなことない。あの後たくさん二人で話した)
(俺も少しは役に立てたのか)
(少しじゃないよ)
(俺を肴に盛り上がったんだろ)
俺は、茶化すつもりでそう送ったのだが。
(うん。いつもは僕の体を大切に扱ってくれるのに、すごく荒々しくて。聞いたら、生野に焼きもち焼いてるって。
その後、もう一度した。いつもは僕のほうからねだってばかりだけど、彼がしようって)
彼氏といちゃついている最中だったら申し訳ないと思ったが、そんなときに、スマホなんかチェックしないだろうと思い直す。
西原は、転校する前、俺が横恋慕して振られた相手だ。
ちなみに、西原はめちゃめちゃかわいいが男で、俺は生まれながらのゲイなのだ。
(彼氏じゃなくてごめん。てか、今彼氏と一緒だったらごめん。名古屋の伯母さんのうちに引っ越して、今日、新しい学校に行って来た)
すると、すぐに返信が来た。
(今、自分の部屋で一人だよ。学校はどんな感じ?)
(共学で、ガラが悪そうなやつが多くて最初はびびったけど、意外と楽しいかも)
(そうか、よかったね。友達は出来そう?)
(それが、実は……)
(「……」って何? 思わせぶり)
(実は、めっちゃタイプのやつがいた)
変わり身が早過ぎて恥ずかしいが、きっと西原も安心するのではないかと思い、一気に打ち込んだ後、逡巡する前に送信ボタンをタップした。すぐに返信が来た。
(おめでとう! 生野の優しさと繊細さをわかってくれる人だといいな)
なんだよ、偉そうに。そう思いながらも、俺はにやける。
(ありがとう。西原は、彼氏とうまくいってる?)
(バッチリ!!)
ちぇっ、「!」二つかよ。俺のおかげもあるんだから、少しは感謝しろよな。
面白くもないが、俺が余計なおせっかいを焼いたせいで、二人の仲は、以前にも増して深まったのだ。
それから二、三往復やり取りした後、「おやすみ」を言い合って、俺はスマートフォンを置いた。
数日後の夜。
(時間があったら、少し話さないか?)
今頃は、彼氏とよろしくやっているかもしれない。そう思いながらメッセージを送ったのだが、すぐに返信が来た。
(いいよ)
(あれ。今日も一人か?)
(何それ。自分から送信しておいて)
(すまん。彼氏といちゃついてる頃かと思ったから)
(じゃあメッセージ送って来るなよ)
(だから謝ってるだろ。機嫌悪いな)
(生野のせいだろ)
(もしかして、彼氏とうまくいってないのか?)
(そんなことない。毎週、日曜日は彼の部屋に泊まりに行ってるし)
(えっ、そうなのか? そのこと、お母さんは知ってるのか?)
西原の家は母子家庭で、母親は夜の仕事をしているらしいのだが。
(知ってるよ)
あっさり返って来た返信に、俺は驚く。
(お母さんは、二人の関係を知ってるのか?)
(もちろん。何度か会ったこともある)
えっ? えぇっ!? 西原の返信に、俺は度肝を抜かれた。
(それはつまり、二人の関係を認めてるってこと?)
(そうだよ)
なんというさばけた母親なのだ。そして、それをなんでもないことのように言う西原。
俺はまだ、自分がゲイであるということを、家族にも誰にも、とにかく西原と、その彼氏以外には話したことがないし、今のところ、話すつもりもないのだが。
びっくりして固まっていると、さらにメッセージが来た。
(何か話があったんじゃないの?)
あぁ、そうだった。驚き過ぎてすっかり忘れていた。
(そうなんだ。実は相談したいことがあって)
俺は、気を取り直して西原に送信する。
(この前、めっちゃタイプのやつがいたって言っただろ?)
(うん)
(そいつのことで、ちょっと)
(どんな人なの?)
(それがさ。例の絵、覚えてる?)
俺は転校する前、片思いしていた西原を、最初で最後のデートに誘った。そのとき、俺が大好きな画家の個展に行ったのだ。
(もちろん。あのときもらった絵葉書、今も大切にしてるよ)
西原は、俺が一番好きな少年の絵によく似ていた。それが、西原を好きになったきっかけでもある。
(ありがとう。それでさ、そいつ、お前以上にあの絵の少年にそっくりで、それはもう、瓜二つって感じで)
門田は、色白でほっそりとしていて、髪の感じや頬のラインといい、儚げな雰囲気といい、絵にそっくりなのはもちろん、まさに俺の好みにドンピシャなのだ。
(へえ)
俺は調子に乗って送信する。
(妬ける?)
(なんで)
ほんの冗談だ。
(初登校の日、たまたま隣の席になって、まだ教科書がない俺に、自分のを一緒に見ようって)
(優しいね)
門田が机ごと近づいて来ると、ふわりとシャンプーの香りがしたっけ。
(それで、俺の眼鏡がすごく似合ってるって)
俺は極度の近視なのだ。
(いい雰囲気じゃない)
(だけど)
(何?)
気になっていることを書き込む。
(俺は一目惚れだけど、そいつはどっちなのかなって)
つまり、ゲイなのかどうか。女が好きなのならば、どうしようもない。
(生野はどうしたいの?)
(それは、出来れば付き合いたいけど)
本音を言えば、まだ西原のことも好きだ。だが、いつまでも見込みのない恋にしがみついていてもしかたがない。
それよりも、俺の大好きな絵の少年にそっくりな、出会ったばかりの門田と新しい恋を始めることが出来たら……。
そう思い、あえて西原に恋の相談をしたのだ。返信が来た。
(まずは友達付き合いから始めて様子を見てみたら?)
(そうだな)
(あせっちゃ駄目だよ)
(うん)
(いきなりグイグイ来られると引く)
(もしかして、俺のこと?)
(まぁ、そういうことになるかな)
かつて俺は、西原に対する気持ちを抑えきれなくて、しつこくつきまとって嫌がられたのだ。
(俺、そんなに感じ悪かった?)
(正直、最初はデリカシーのないやつだと思った)
(そうか)
わかってはいても、はっきり言われるとショックだ。
(でも、本当はすごく優しくて繊細なんだって、今はわかってるよ。一緒に探し物をしてくれたり、彼に話をしに行ってくれたり)
西原が、恋人に贈られたチェーンを失くして困っていたとき、一緒に探して、俺が見つけた。
それと、彼の恋人の心の中に、かつて愛した、すでに亡くなった人が今もいて、そのことで西原が苦しんでいることを知り、お節介にも、西原だけを見てほしいと話しに行ったことなのだが。
(知ってたのか?)
それは、俺が独断でしたことで、西原は知らないとばかり思っていたのだが。
(うん。あのときは、すごく驚いた)
最初で最後のデートのとき、夜の川沿いのベンチで、俺は西原に恋人の話を聞かせてほしいと言った。二人の幸せな話を聞いて、それで彼のことを諦めるつもりだったのだ。
だが、恋人の心が自分だけのものにならないことに悩み、涙をこぼす西原を見て、我慢出来なくなった俺は、彼の華奢な肩を掴んで無理矢理キスをした。
舌を差し入れた俺を思い切り突き飛ばし、なおも泣き続ける彼を見て、ひどく後悔したのだった。
(あのときはごめん)
(生野が彼のところに行ったこと?)
(そうじゃなくて)
(何?)
俺は思い切って書き込んだ。
(川沿いのベンチでキスしたこと)
(何を急に。いきなり話が飛ぶね)
(あのことがあったから、彼氏のところに行ったんだ)
(そう)
(聞いてもいいか?)
(駄目)
(おい!)
(駄目だって言っても聞くくせに)
正解。俺は聞く。
(あのとき、なんで泣いたんだ?)
(それは、急にされて驚いたから)
それはそうだが、ファーストキスでもあるまいし、その前から、彼氏とはもっとイヤラシイことを何度もしていたはずだ。
彼の甘く柔らかい舌の感触を思い出しながら、俺は送信する。
(でも、ずっと泣き止まないからすごく困った。あれはなんで?)
(秘密)
(おい!)
だが、西原の返信に、夜更けの部屋で、俺は一人赤面した。
(それは、無意識のうちに生野の舌に答えそうになった自分にショックを受けたからだよ。
彼以外にそんなふうになることはないと思っていたのに、生野のキスで体の奥が疼いたから)
俺は、西原のあどけない顔を思い出す。あの顔で、「体の奥が疼く」とか……。
まぁ、恋人がいて、やることをやっているのだから当たり前かもしれないが、それにしても。
しばし呆然としていると、西原からメッセージが来た。
(相談はもういいの?)
俺はようやく我に返る。
(その前に、俺が彼氏に会いに行ったこと、知ってたんだな)
(彼に聞いたから。初めは怒られるかと思った。二人のことを生野に話したこと)
全部、俺が西原から無理矢理聞き出したのだ。
(ごめん)
(でも、大丈夫だった。生野のことも、礼儀正しかったって)
(そうか。でも、余計なことをして悪かったな)
(そんなことない。あの後たくさん二人で話した)
(俺も少しは役に立てたのか)
(少しじゃないよ)
(俺を肴に盛り上がったんだろ)
俺は、茶化すつもりでそう送ったのだが。
(うん。いつもは僕の体を大切に扱ってくれるのに、すごく荒々しくて。聞いたら、生野に焼きもち焼いてるって。
その後、もう一度した。いつもは僕のほうからねだってばかりだけど、彼がしようって)