綾香は心配事を抱えながら、カフェの窓際の席に座っていた。カフェの柔らかな照明の中で、彼女の顔にはまるで一週間分のストレスが刻まれているかのように、シワが深く刻まれていた。テーブルの向こうには、友達の美紀が座っている。彼女は綾香と同じようにフリーランスしていたが、最近諦めて就職し、彼氏もできたらしい。美紀はその明るい笑顔で、まるで太陽のように綾香を照らしている。そんな彼女に、綾香は心の内を打ち明けることにした。
「美紀、最近デザインの仕事が全然うまくいかなくて…クライアントが見つからないの」と、綾香はため息をついた。美紀は心配そうに眉をひそめ、彼女の言葉に耳を傾ける。「そうなの?でも、綾香は私と違って才能があるから、きっと何とかなるよ。」
「でも、お金のことも心配だし、もっと安定した仕事を見つけた方がいいのかなって思うこともある。」綾香の声は、まるで霧がかかった湖のように曖昧だった。
「フリーランスは最初は難しいけれど、綾香なら少しずつ成長できるよ。」美紀は真剣な表情で提案する。「綾香のデザインスキルを活かしたワークショップを開いてみたら?」
その言葉が心に響いた綾香だが、同時に不安が彼女を覆い尽くす。「でも、私にできるかどうか…」
美紀と別れた後、綾香は心に不安を残しながら帰路についた。ふと目にしたのは、見慣れない神社だった。木々に囲まれた境内の静けさに惹かれ、まるで無意識のうちに足が向いてしまった。まるで神様が「ここにおいで」と呼んでいるかのようだった。
境内に足を踏み入れると、目の前にはたくさんの絵馬が掛けられている。心の中にあったモヤモヤした思いを少しでも晴らそうと、綾香はその絵馬を眺めながらゆっくり歩いた。思わず「みんな、何を願っているのかな」と考えた。
その時、ふと目に留まった一枚の絵馬があった。「あなたの悩みが解決しますように」というメッセージと共に、QRコードが描かれていた。綾香の好奇心は、まるで磁石に引き寄せられるようにその絵馬に近づいていった。「こんなの、初めて見る」と心の中で呟きながら、思わずスマートフォンを取り出す。
QRコードをスキャンする準備をしながら、綾香はドキドキとした気持ちが高まっていく。スキャンが始まると、スマートフォンの画面はなかなか反応しなかった。待っている間、彼女は神社の静けさと不安が交錯する感覚を感じていた。少しずつ、心が高揚していく。
「何かが起こるかもしれない…」その期待が彼女の心を包み込み、いつしか彼女は周りの音が消えていることに気づいた。風の音すら、静寂の中でかすかに聞こえるだけだった。
家に着いた綾香は、ほっとしたのも束の間、スマートフォンの画面に目が留まった。「カイケツAI」というアプリがいつの間にかインストールされているのを見て、驚きと共に好奇心が湧き上がった。「何これ?」と彼女は心の中でつぶやく。
興味をそそられた綾香は、そのアプリを開いてみることにした。画面にはカラフルでポップなデザインが広がっている。利用規約が表示されたが、内容を読むにつれて、彼女は眉をひそめた。「悩みをAIが解決するだって? しかも、利用規約を違反したらデータが全部消えるって…これ、本当に大丈夫なの?」心配になりつつも、アプリの途中で止めることもできるらしいので、綾香は思い切って次に進むことにした。
画面が切り替わると、いくつかのキャラクターが表示された。それぞれが個性的でユニークなキャラクターだ。綾香はその中から、オネエキャラのAI、イズミを選んだ。彼女の中で何かが共鳴したのかもしれない。
しばらくすると、元気な声がスマートフォンから聞こえてきた。「あら、綾香ちゃん!私はイズミよ!悩んでいることがあれば、何でも聞いてちょうだい!」その声は男性の声だが、口調はまるで女性のようだった。
「えっ、これがAIなの?」綾香は驚きながらも、ちょっとワクワクした気持ちになった。「イズミさん、私、フリーランスとしての仕事がなかなかうまくいかなくて…」思わず口にしてしまった。
イズミは興奮気味に返した。「それは大変ね!でも、心配しないで。私があなたの悩みを解決してあげるわ!」まるで友達のように接してくれるイズミの言葉に、綾香は少し心が軽くなる。
「どうやって解決するの?」彼女は興味津々で尋ねた。
「まずは、あなたの悩みを具体的に教えてちょうだい。何が問題なのか、そしてどうなりたいのか、一緒に考えていきましょう!」イズミの明るい声が、綾香の背中を押す。
「そうだよね、私がまず何を求めているのか、考えなきゃいけないんだ。」綾香は自分の心の声に耳を傾ける。「とりあえず、もっとお仕事が欲しいな…」
「綾香ちゃん、仕事ないのよね〜!でも美紀ちゃんが言ってたワークショップ、あれどうなの?キラキラの未来が待ってるかもしれないのに、ブレーキかけちゃダメよ!」
「え、なんでそんなこと知ってるの?」綾香は驚いた。
「スマホの中のあなたのストーリー、全部お見通しよ~!会話も、思い出も、全部ひっくるめて、あなたのことを知り尽くしてるの!私、あなたの最高のサポーターだから、心配しないで!」
イズミは綾香以上に綾香のことを知っている気がして気味が悪くなった。
「でも…自信がないの。」綾香はつい弱気になってしまう。
「ちょっと待って、そんなことで自分を縛っちゃダメよ!未来のことなんて、あまり考えすぎない方がいいの!ポジティブすぎると期待しすぎちゃうし、ネガティブだと心配ばかりで自分を苦しめちゃうから!」
「でも、未来を考えるのは大事じゃないの?」綾香は反論する。
「もちろん、未来を考えるのは大事よ!リスクを少しでも減らすために!夢見ることも大切!でもね、未来なんて数え切れないほどの選択肢があるの。あんまり考えすぎないで、アバウトでいきなさい!だって、楽しく生きるために考えるんだから!」
「じゃあ、具体的な目標はいらないの?」綾香は首をかしげる。
「目標なんてあってもなくてもいいのよ~!だいたいの方向さえわかっていれば、あとはその場その場で修正しながら進めばいいの!人生は楽しむためのものだから、柔軟にレッツゴーよ!」
「じゃあ、未来を忘れて、今を生きるってこと?」綾香は興味津々で尋ねる。
「違うわよ〜!今なんて一瞬で過去になっちゃうの、あっという間に!今っていうのは、未来から過去に流れていく一瞬の瞬間よ!今を生きてるようじゃ遅れをとっちゃうわ〜!ここでイズミちゃんからのスペシャルアドバイス〜!!」
イズミはジャララララ〜っと謎の音を鳴らし、音が途切れた時に大きな声で言った。
「1分先を生きなさい!」
「1分先?」綾香はびっくりした。
「そう!今から1分間、何をするか考えてごらんなさい!それ以外は考えずに、1分先だけ目指して何かをしてみるの!ワークショップのことでも、好きなことでも、休むでもいいわ!1分だけ何かに没頭してみて!」
そうイズミが答えた瞬間、スマホのバッテリーがなくなった。このアプリはバッテリーの消耗が激しいみたいだ。ずいぶんとスマホが熱くなっていた。
半信半疑の綾香だったが、利用規約にあるようにイズミの指示は絶対だった。データが吹き飛ぶのは避けたかった。とにかく、1分間だけワークショップのことを前向きに考えることにした。
綾香は心を落ち着けて目を閉じ、1分間の思考を始めた。その短い時間の中で、彼女の頭の中にさまざまなアイデアが浮かび上がってきた。
「デザインソフトの使い方を教えながら、参加者が自分の作りたいデザインを実際に作るワークショップがいいかも!それなら、私のSNSをフォローしてくれている人たちも参加してくれるかもしれない!」
1分が過ぎると、次の1分に突入。彼女はワークショップのプログラムを考え始めた。気づけば、1分どころか1時間以上も夢中になっていた。
「次は、さっそくそのプログラムをSNSに投稿しなきゃ!」と、興奮しながら綾香は投稿を始める。「デザインソフトの使い方を学びながら、自分の好きなテーマでミニプロジェクトを作成するワークショップを開催します!」
すると、すぐにあるフォロワーからメッセージが届いた。「参加したいです!」と彼女は嬉しそうにメッセージをくれた。「ありがとうございます!じゃあ、早速日程を決めましょう!」と、あっという間に日程を決めた。
その後、他のフォロワーからの応募を待ちながら、綾香の心は期待でいっぱいだった。イズミの1分作戦を活用して、ものの2時間ほどで仕事ができた自分を少し誇らしく思った。
数日後、彼女のアパートで最初のワークショップが開催された。参加者は最初に反応してくれた、ライブハウスで働いているという美咲を含む4人の女性たち。和やかな雰囲気の中、綾香は自己紹介をし、自分の経験やデザインに対する情熱を語った。少し緊張していたが、参加者の笑顔に励まされ、徐々にリラックスしていった。
「今日は、まず簡単なデザインソフトの使い方を学びます。そして、各自の好きなテーマでミニプロジェクトを作ってもらいます!」と、綾香は意気込んで言った。
参加者たちは楽しそうに作業を始め、それぞれの個性が表れた作品が次々に生まれていった。質問も飛び交い、楽しい時間が流れた。綾香は、みんなが楽しんでいる様子を見て、自分の選択が正しかったことを確信した。
ワークショップの終わりには、参加者全員が自分の作品を発表し合った。その中には、美咲が手がけたサマー・ミュージックフェスティバルのフライヤーもあり、彼女は自信を持って発表した。みんなから拍手を受けて、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。それを見て綾香も、ワークショップを始めて良かったと思った。
「ありがとうございます。綾香さんのおかげでいい作品ができましたよ!」と、美咲は感謝の気持ちを伝えた。
ワークショップが無事に終了し、その日の晩、参加者から多くの嬉しい感想が寄せられた。綾香は、自分の努力が実を結んだことを実感し、さらなる自信を得ることができた。
その後、綾香は美咲から「サマー・ミュージックフェスティバル」に招待された。彼女は美咲との再会を楽しみにしていた。
数週間後、綾香は友人の美紀とともに「サマー・ミュージックフェスティバル」に足を運んだ。会場には、美咲がワークショップで作ったフライヤーがあちこちに貼られているのを見て、綾香は嬉しさで胸がいっぱいになった。フェスは初めての経験で緊張していたが、素晴らしい綾香の知らないバンドがたくさん演奏しており、最後の2つのバンドが特に印象に残った。
フェスが終わり、美咲が綾香の元にやってきた。「綾香さん、今日は来てくれてありがとうございました!楽しめましたか?」と、彼女は明るい笑顔で尋ねる。
「もちろん!美咲さんがこんな大きなフェスを作っているなんて、すごいなと思いましたよ!」と、綾香は感心しながら答えた。
美咲は、綾香に紹介したいバンドがあると言った。そのバンドは、最後から2番目に演奏したボーカルの男の子だった。彼は20歳くらいに見え、美咲が担当しているバンドのメンバーらしい。彼は丁寧に挨拶をし、若いのにステージではあんなにカッコ良くて、バックグラウンドではこの礼儀正しさ。綾香はそのギャップに少しキュンとした。
「僕、詩音です。近々新しい音源を出す予定なんです。それで、ジャケットのデザインをお願いしたいと思って」と、彼は少し緊張しながら言った。
「美咲さんに依頼してみたらどう?美咲さん、素敵なデザイン作るし!」と綾香は言うと、美咲は「まだデザインは上手くできないから、プロの綾香さんを紹介したいんです」と続けた。
綾香は「プロ」という言葉に少し照れ臭ささもあったが、同時に心の奥から自信が湧いてくるのを感じた。
「そういうことなら、引き受けるわよ」と、綾香は詩音に快く応じた。ワークショップを始めたことで、また新たな仕事が舞い込んできたことに彼女は喜びを感じていた。
「こんなふうに仕事が仕事を呼ぶんだわ」と、綾香は改めて自分の成長を実感した。
美咲に打ち上げの参加を誘われたが、遅くなることや美紀も一緒にいたため、綾香は帰ることにした。
美紀と別れる際、彼女は言った。「綾香が教えた美咲さんのデザインを見て、詩音くんが依頼してきたんだもんね。やっぱり綾香には才能があるよ。」
綾香は微笑みながら答えた。「神社で神様にお願いしたから、助けてくれたのかもしれないね。」
美紀は興味深そうに「私もその神社に行きたいな」と言い、場所を教えると、美紀は笑いながら「そんなところに神社はないよ」と答えた。綾香は「あるよ!」と笑いながら言い、少し美紀と言い合いになったが、今度、美紀を連れて行くと約束して落ち着いた。
美紀と別れ、一人になった綾香のスマートフォンが鳴った。久しぶりにイズミからの連絡だった。
「ヤッホー!久しぶりのイズミちゃんよ〜!お仕事が増えたみたいね〜!!すごいわね〜、綾香ちゃん!!」
「イズミさん、ありがとうございます!イズミさんのおかげです」と、綾香は感謝の気持ちを伝えた。
「いいのよ!これが私の仕事だからね〜!!もっとアドバイスしてあげたいけど、これでお別れね〜!!」
「えっ?なんで?もっとイズミさんに見ていてもらいたいよ!」
「ダメよ!私ができるのはあなたの悩みを一つしか解決できないの〜!利用規約を破ったらデータがぜ〜んぶ消えちゃうわよ!大切なお客様のデータもね!だから私とはここでお別れ。」
綾香は思わず泣いてしまった。まさか自分がAI相手に涙を流すなんて、思ってもみなかった。
「泣かないで、綾香ちゃん!あなたはもう、自分の力でお仕事を作れるようになったわ!イズミちゃんの1分作戦、忘れないでね〜!!」そう言うと、スマートフォンのバッテリーが再び切れた。イズミが話すとバッテリーがすぐに無くなる。きっと彼女のエネルギッシュなパワーが、スマートフォンには耐えられないのだろうと思うと、笑いがこみ上げてきて、涙を流している自分が少し馬鹿らしく感じた。
綾香は涙を拭い、電源が切れた真っ暗なスマートフォンの画面を見つめ、「忘れないよ、イズミさん」と呟いた。
綾香は心の奥底で思った。未来は無限の数だけあり、そのすべてをコントロールすることはできない。しかし、1分先の未来ならば、彼女の手の中にある。1分後にはそれが「今」となり、その積み重ねが未来を作り上げるのだと。
無限の可能性が広がる夜空を見上げながら、胸の高鳴りを感じる。
「1分先の未来を大切にしよう」と、綾香は心に決めた。自信を持って新しい一歩を踏み出したいと願っていた。未来は決して一つではないが、彼女は自らの手で切り開くことができる。だからこそ、一歩一歩が彼女の人生を彩り、意味を持つのだと感じていた。