茶谷くんはかっこいい。長い前髪からキリッとした目がちらっと見えるとこ。ふわふわの黒髪。おれの倍はある身長。頬づえを突いててもねこと遊んでても絵になる。口数が少ないのもクールだし、しゃべったら意外に柔らかい声がする。あこがれない人はいない。
……ほんと、なんでおれと恋人なんだろ?
おれはどこにでもいる一般人。ふつーの顔、固めの髪質、ギリ子どもより高い身長。
茶谷くんと並んだら大学生と中学生って感じ。同い年の高校生なんだけど。
凡人のおれだけど、しいていえば人より少しお人好し。頼まれたことは断らない。よく言えば誠実、悪く言えば、……断れない性格。
だから茶谷くんに告白されたときも断れなかった。
イヤじゃなかったけど、ふしぎではある。なんでおれ?
年齢イコール恋人いない歴だったおれには正直、好きとか恋とか、よくわからない。家族や友達の好きとは違う?
茶谷くんはおれのどこが好きなんだ?
そんなことをボーッと考えてると、いつの間にかホームルームが終わってた。
リュックを背負おうとして、横から声をかけられる。
「泉! ちょっといいかな」
「なに?」……イヤな予感。
「先生に書類運び頼まれちまって。でもこのあと用事でさ」
「あー、いいよいいよ、おれ持ってく」
「マジで! サンキュー」
クラスメイトを見送ると、今度は茶谷くんがぬっと現れた。
「ごめん、一緒に帰るの遅らしてもいいかな」
こくりとうなずくと、短くつぶやく。
「俺も手伝う」
「えっ、悪いよ」
「その方が早く一緒に帰れる」
首を軽くかたむけて、細めた目で見つめてくる。
「手伝ったら、だめ?」
「……っ、だめじゃないけど」
茶谷くんはニコッとして、いそいそと書類の方に駆けていった。
……断れないよ、そんな顔されたら!
けっきょく書類の半分以上を茶谷くんが持ってくれてる。廊下を歩きながら茶谷くんがしゃべる。
「泉はいつもがんばってるね」
「ぜんぜんだよ。今も茶谷くんに大体持ってもらってるし」
茶谷くんはムッとする。
「いや、がんばってる。断言する」
「そ、そんなに……?」
声の強さにとまどうけど、うれしくもなる。
「そう言ってくれるのは茶谷くんだけだよ」
言ってからちょっと後悔した。だって他の人が悪いみたいじゃん。
頼まれるのはうれしい。信じて任せてくれるってことだし。おれもしたくてしてるし。
……でも、後でなんにも言われないのは、ちょっとさびしいかな、なんて。
がんばったねって、言ってほしい、なんて。
「泉」
見上げる。茶谷くんは真剣な顔で言う。
「今日、俺の家に来て」
「……えっ」
「泉を甘やかす会を開く」
……はい?
書類を片し、早足で歩き、なかばひっぱられて学校を出る。
気づいたときには茶谷くんの部屋にいた。
モノトーンの部屋は物が少なめだ。おれんちとは違う香りがする。うちがみかんなら、ここは甘い石けん。いつも茶谷くんからしてる香り。
部屋全体が茶谷くんみたいでドキドキする。知らない気持ちだ。
隣に茶谷くんが座る。いつもなら気にしない近さがおちつかない。
おそるおそる聞く。
「えっと、甘やかすって、どうやって」
「ん、こうやって」
するりと腕が腰に回る。おれの体が跳ねる。
「だいじょうぶ、抱きしめるだけ」
ゆっくり肩が近づいて、茶谷くんの重さが体に伝わっていく。背中全体を腕で抱えられる。
茶谷くんの胸の中に埋もれる。体があったかい。ひとってこんなにあったかいんだ。
おれもぎこちなく腕を伸ばす。腰に手を置いて、きゅっと力を入れる。
体温と匂いで頭がふわふわしてくる。耳元で鳴る茶谷くんの声がおまじないのようにしみていく。
「ほかにしてほしいことはある?」
うわついた頭に一つ、浮かび上がる。言おうとして、ためらって、消え入るような声で言う。
「あ、頭を、なでてほしい、かも」
腕に引き寄せられて、二人で床に寝転がる。茶谷くんは腕を肩の方に抱え直すと、大きい手でおれの頭をなでてくれる。
硬い髪が頭の上で、あっちを向いたりこっちを向いたり。太い指が髪をすく。
肌を包んでいた手のひらが離れるとすっと冷えた空気が通る。でもまた手のひらが戻ってきて、じんわり動いていく。
茶谷くんが低くて優しい声で言う。
「泉はいつもがんばってるね」
おれは少しためらってからつぶやく。
「そうかな」
「そうだよ。俺が保証する」
茶谷くんの胸でおでこをこする。
「茶谷くんはどうしてそんなに優しいの」
おれなんかに、の部分だけ言葉が消えてしまう。
「だって、俺は知ってるから」
なでながら言う。
「教室で朝の準備をしてくれてることも、みんなより多く掃除してくれてることも、ちゃんと知ってるよ。がんばってる泉がずっと好きだった」
茶谷くんは顔を首元から離す。おれの頭の後ろに手を置いて、まっすぐおれを見る。
垂れた前髪がサラサラと揺れて、髪の間から目がのぞく。いつもはキリッとした目が柔らかく曲がって、大きな瞳におれの影が見える。
「誰かを大事にしてくれる君を、俺は一番に大事にしたかったんだよ」
おれはくちびるをきゅと結ぶ。自然と目がうるんでしまう。
ほんとうに、どうして一番欲しい言葉をくれるんだろう。
おれが一番欲しくて、もらえなくて、あきらめて、自分すらだましてもういいやって思ってた言葉。
きみがずっと見てくれてたんだね。
おれは熱くなる頬が恥ずかしくなって、うつむき、上目がちになる。
「茶谷くん。また……甘やかしてくれますか」
「もちろん」
薄くくちびるを引いて笑った。その笑顔を直視できなくて、頬から胸に飛び込む。「なでて」の合図と思われたのか、背中を引き寄せてなでられる。
それがまた恥ずかしくて、でも突き放すこともできなくて、むしろ服にしわが寄るくらいぎゅーっと抱きしめてしまう。
好きとか恋とか今もわからない。だってこんなに愛されたことない。返し方もわからない。
抱きしめられたりなでられたりすると、気持ちがぐちゃぐちゃになって、ふわふわして、なにがなんだかわからなくなってしまう。
でも、なんにもわかってないけれど。
おれは茶谷くんを一生手放せないなぁ、って叫びたい!
腰にひっついた体は、まだ離れられそうにない。
……ほんと、なんでおれと恋人なんだろ?
おれはどこにでもいる一般人。ふつーの顔、固めの髪質、ギリ子どもより高い身長。
茶谷くんと並んだら大学生と中学生って感じ。同い年の高校生なんだけど。
凡人のおれだけど、しいていえば人より少しお人好し。頼まれたことは断らない。よく言えば誠実、悪く言えば、……断れない性格。
だから茶谷くんに告白されたときも断れなかった。
イヤじゃなかったけど、ふしぎではある。なんでおれ?
年齢イコール恋人いない歴だったおれには正直、好きとか恋とか、よくわからない。家族や友達の好きとは違う?
茶谷くんはおれのどこが好きなんだ?
そんなことをボーッと考えてると、いつの間にかホームルームが終わってた。
リュックを背負おうとして、横から声をかけられる。
「泉! ちょっといいかな」
「なに?」……イヤな予感。
「先生に書類運び頼まれちまって。でもこのあと用事でさ」
「あー、いいよいいよ、おれ持ってく」
「マジで! サンキュー」
クラスメイトを見送ると、今度は茶谷くんがぬっと現れた。
「ごめん、一緒に帰るの遅らしてもいいかな」
こくりとうなずくと、短くつぶやく。
「俺も手伝う」
「えっ、悪いよ」
「その方が早く一緒に帰れる」
首を軽くかたむけて、細めた目で見つめてくる。
「手伝ったら、だめ?」
「……っ、だめじゃないけど」
茶谷くんはニコッとして、いそいそと書類の方に駆けていった。
……断れないよ、そんな顔されたら!
けっきょく書類の半分以上を茶谷くんが持ってくれてる。廊下を歩きながら茶谷くんがしゃべる。
「泉はいつもがんばってるね」
「ぜんぜんだよ。今も茶谷くんに大体持ってもらってるし」
茶谷くんはムッとする。
「いや、がんばってる。断言する」
「そ、そんなに……?」
声の強さにとまどうけど、うれしくもなる。
「そう言ってくれるのは茶谷くんだけだよ」
言ってからちょっと後悔した。だって他の人が悪いみたいじゃん。
頼まれるのはうれしい。信じて任せてくれるってことだし。おれもしたくてしてるし。
……でも、後でなんにも言われないのは、ちょっとさびしいかな、なんて。
がんばったねって、言ってほしい、なんて。
「泉」
見上げる。茶谷くんは真剣な顔で言う。
「今日、俺の家に来て」
「……えっ」
「泉を甘やかす会を開く」
……はい?
書類を片し、早足で歩き、なかばひっぱられて学校を出る。
気づいたときには茶谷くんの部屋にいた。
モノトーンの部屋は物が少なめだ。おれんちとは違う香りがする。うちがみかんなら、ここは甘い石けん。いつも茶谷くんからしてる香り。
部屋全体が茶谷くんみたいでドキドキする。知らない気持ちだ。
隣に茶谷くんが座る。いつもなら気にしない近さがおちつかない。
おそるおそる聞く。
「えっと、甘やかすって、どうやって」
「ん、こうやって」
するりと腕が腰に回る。おれの体が跳ねる。
「だいじょうぶ、抱きしめるだけ」
ゆっくり肩が近づいて、茶谷くんの重さが体に伝わっていく。背中全体を腕で抱えられる。
茶谷くんの胸の中に埋もれる。体があったかい。ひとってこんなにあったかいんだ。
おれもぎこちなく腕を伸ばす。腰に手を置いて、きゅっと力を入れる。
体温と匂いで頭がふわふわしてくる。耳元で鳴る茶谷くんの声がおまじないのようにしみていく。
「ほかにしてほしいことはある?」
うわついた頭に一つ、浮かび上がる。言おうとして、ためらって、消え入るような声で言う。
「あ、頭を、なでてほしい、かも」
腕に引き寄せられて、二人で床に寝転がる。茶谷くんは腕を肩の方に抱え直すと、大きい手でおれの頭をなでてくれる。
硬い髪が頭の上で、あっちを向いたりこっちを向いたり。太い指が髪をすく。
肌を包んでいた手のひらが離れるとすっと冷えた空気が通る。でもまた手のひらが戻ってきて、じんわり動いていく。
茶谷くんが低くて優しい声で言う。
「泉はいつもがんばってるね」
おれは少しためらってからつぶやく。
「そうかな」
「そうだよ。俺が保証する」
茶谷くんの胸でおでこをこする。
「茶谷くんはどうしてそんなに優しいの」
おれなんかに、の部分だけ言葉が消えてしまう。
「だって、俺は知ってるから」
なでながら言う。
「教室で朝の準備をしてくれてることも、みんなより多く掃除してくれてることも、ちゃんと知ってるよ。がんばってる泉がずっと好きだった」
茶谷くんは顔を首元から離す。おれの頭の後ろに手を置いて、まっすぐおれを見る。
垂れた前髪がサラサラと揺れて、髪の間から目がのぞく。いつもはキリッとした目が柔らかく曲がって、大きな瞳におれの影が見える。
「誰かを大事にしてくれる君を、俺は一番に大事にしたかったんだよ」
おれはくちびるをきゅと結ぶ。自然と目がうるんでしまう。
ほんとうに、どうして一番欲しい言葉をくれるんだろう。
おれが一番欲しくて、もらえなくて、あきらめて、自分すらだましてもういいやって思ってた言葉。
きみがずっと見てくれてたんだね。
おれは熱くなる頬が恥ずかしくなって、うつむき、上目がちになる。
「茶谷くん。また……甘やかしてくれますか」
「もちろん」
薄くくちびるを引いて笑った。その笑顔を直視できなくて、頬から胸に飛び込む。「なでて」の合図と思われたのか、背中を引き寄せてなでられる。
それがまた恥ずかしくて、でも突き放すこともできなくて、むしろ服にしわが寄るくらいぎゅーっと抱きしめてしまう。
好きとか恋とか今もわからない。だってこんなに愛されたことない。返し方もわからない。
抱きしめられたりなでられたりすると、気持ちがぐちゃぐちゃになって、ふわふわして、なにがなんだかわからなくなってしまう。
でも、なんにもわかってないけれど。
おれは茶谷くんを一生手放せないなぁ、って叫びたい!
腰にひっついた体は、まだ離れられそうにない。