「どこいく?」
ファストフード店でテイクアウトしたベーコンの挟まったマフィンをむぐむぐと咀嚼しながらイツキは言う。
真夏の盛り、午前10時の公園は東屋の屋根の下でももう充分に蒸し暑い。
「ほかの部活のやつらはプールいくことになったみたいだけど。ほらあの、でっかい方の。」
「プールはなぁ〜。筋肉見せびらかしマンがいるからやだ。」
「だから見せびらかしてはねぇって。」
「だってコウあんときみんなにペタペタ触らしてさー俺すげーやだったんだからな。」
「それでイツキなんか変だったのか。」
「そーだよ。悪いか。って、なにニヤニヤしてんだよ。」
「いや、ヤキモチかわいいなって。」
頬についた白いザラザラしたマフィンの粉を指で払ってやる。
「ばか。」
何か特別なことをしなくても、こうして2人で過ごしているだけで楽しい。
だけどイツキは恋人(…!)っぽいことがしたいのかもしれないなと、先に食べ終えた俺は早速検索してみた。
「何見てんの?」
イツキが俺のスマホを覗き込む。おでこがくっつきそうだ。
「ははっ『初デートで行くべき10選!』か。初デートて。あはは。」
「だってそーだろ。」
「ふふ。うん。そう。」
「ゲームセンター、カラオケ、……はいつも行ってんな。」
「だなぁ……。あ!俺映画見たい!」
イツキが見たいと言ったのは、こどもから大人まで大人気のアニメ映画だった。
「小学校の時は毎年夏休みに見に行ってたよな。」
「毎回イツキが泣いてな。」
「それコウだろ〜。」
「っでさ、思い出した、エンディングでテーマソングが流れてる時、誰かめっちゃ歌ってるって思ったら隣でイツキが泣きながら熱唱してて、クックックッ」
「感受性豊かな子だったんだよ。」
「にしたって、デケェ声で。っあっはっはっ」
「笑いすぎだろ。やべ、つられる。はははっ」
シネコンの入っている大型ショッピングモールの最寄駅までは電車で20分。公共の場だ、騒いではいけないと思えば思うほど笑いは込み上げ、2人でくすくすと涙を流しながら各駅停車に揺られていった。
✳︎✳︎✳︎
「めっちゃよかったな。……グスッ」
「イツキ泣きすぎ。……。」
「コウだって泣いてんじゃ〜ん、いや〜俺的殿堂入りだわ。あ、パンフ買おうかな。」
「いいな。俺もなんか買おっかな。」
「これは?ほら、限定だって。コウの好きなキャラのやつあるよ。」
「マジだ。こっちのステッカーは?」
鑑賞直後にグッズ売り場に行くのはとても危険だ。あれもこれも欲しくなってしまう。
「コウ、俺トイレ行きたい。」
「行ってこい行ってこい。俺買っとくから。」
「助かる。これ財布渡しとく。」
「おっけ。場所わかるか?」
「ははっ。わかるよ。子供じゃないんだから。いってきまーす。」
「いってらー。」
小走りの背中を見送って列に並ぶ。長蛇の列に見えたが、レジはいくつもあるので意外と直ぐに順番は回ってきそうだ。
えぇとイツキのパンフがいくらだ?一旦俺の財布からまとめて出して……などと考えながら何気なくイツキの財布を開く。と、
「……っ!」
思いがけないモノの存在に、全身の血の気が引いた。
これって……だよな。
冷たくなった指先で財布を元通りにし、深呼吸をする。
えと、だから、これは、
「お次の方ー。」
カウンターの向こうから映画館のスタッフに声をかけられ、引き攣った顔のまま会計をした。
イツキ、なんでこんなもん……いや、使い道なんて、一つしかない。
「コウ!お待たせー。」
のんきな声にびくりとする。
「どした?変な顔して。買えなかった?」
「へっ?いや、どうも?買えたよ。」
「そ?」
「これ……パンフ、と、財布。」
「おっ、さんきゅー。」
「あのさ、イツキ。」
「ん?」
「あー……と、そう、昼飯、どうする?」
「それな!あのさ、今戻ってくる時そっち通ってきたら映画のコラボカフェみたいのやってんだって。そこにしよ!」
ご機嫌だ。水を差すようなことはしたくない。
溢れ出しそうな感情にも言葉にも固く固く蓋をする。
1番大切なのは今目の前にいるイツキの笑顔だ。
過去になにがあって、誰となにをしたかなんて、考えるべきじゃない。
昼飯を終え、ショッピングモールの中をブラブラと歩く。
イツキの好きなブランドの店や、部活の用具が置いてあるスポーツショップ、それからミウの好きなアニメのポップアップストアがあるとかで、欲しがっていたグッズを買っていくことにした。
「え、反対側じゃん。遠いな〜。」
ぼやきつつも、だからやめようとはならない。2人のかわいいかわいい妹なのだ。
俺達が小学校に入学した年に完成したこのモールは、当時の俺たちには途方もなく広くデカく見えたのだが、それから数年経った今日も相変わらず縦にも横にもデカくて、きっと全ての店を見るのは一生かかっても不可能だろう。
世界がゾンビに支配されてしまったら、逃げ込むのはここが良いという世論にも納得。なんならゾンビと棲み分けだってできるかもしれない。
スキップするように少し前を歩くイツキの綺麗なうなじに見惚れる。
ここに触れた手があったんだろう。触れられた時、イツキはどんな顔をしたんだろう。財布の中にあったアレを誰かと……。
イツキがゾンビになったら俺が喜んで身を差し出すのは考えるまでもない。が、そんなことよりきっと俺はイツキを噛んだどこぞのゾンビに激しく嫉妬するんだ。
「なぁ、聞いてる?」
ふいに、イツキが振り向いた。
「聞いてるよ。母さん達の話だろ?」
「そーそー。帰ってくるの、明後日じゃん?何時っていってたっけ。」
「どうだったかな、夕方って言ってた気がする。」
「なーんかあっという間だったよなー。」
「だな。……って、あれ、サクマじゃね?」
「サクマ?」
「やば!こっちくる!」
2人で慌てて通路を曲がり、流行りの服に身を包んだマネキンの陰でひそひそと話す。
「あいつらプール行くって言ってたのになんでいるんだ??」
「入場制限してたのかもな。夏休みだし。」
「……てかさ。隠れる必要なくね?」
イツキが丸い目をきょとんとさせて言った。
「……それもそうだ。」
顔を見合わせて笑う。
「なんか咄嗟に。ふふっ」
「俺も。あはは。」
「どーする?サクマ達と合流する?」
「うーん。……今日は、コウと2人がいい、とか言ってみたり。」
か、かわいい。
「俺もおんなじこと考えてた。」
そう答えると、イツキは花が咲いたみたいに笑った。
「じゃ、ミッション!サクマ達に見つからずにミウの欲しがってたグッズを手に入れろ!」
「よっしゃ、行こ!」
「ちょい待って、手。」
慌てて隠れた時、思わず繋いだ手。すごく熱い。
「……このまま行くか。」
「へっ?コウ、いーの?」
「だめかな。」
「……いいと思う。いいよ。このまま行こ!」
「ん。」
ファストフード店でテイクアウトしたベーコンの挟まったマフィンをむぐむぐと咀嚼しながらイツキは言う。
真夏の盛り、午前10時の公園は東屋の屋根の下でももう充分に蒸し暑い。
「ほかの部活のやつらはプールいくことになったみたいだけど。ほらあの、でっかい方の。」
「プールはなぁ〜。筋肉見せびらかしマンがいるからやだ。」
「だから見せびらかしてはねぇって。」
「だってコウあんときみんなにペタペタ触らしてさー俺すげーやだったんだからな。」
「それでイツキなんか変だったのか。」
「そーだよ。悪いか。って、なにニヤニヤしてんだよ。」
「いや、ヤキモチかわいいなって。」
頬についた白いザラザラしたマフィンの粉を指で払ってやる。
「ばか。」
何か特別なことをしなくても、こうして2人で過ごしているだけで楽しい。
だけどイツキは恋人(…!)っぽいことがしたいのかもしれないなと、先に食べ終えた俺は早速検索してみた。
「何見てんの?」
イツキが俺のスマホを覗き込む。おでこがくっつきそうだ。
「ははっ『初デートで行くべき10選!』か。初デートて。あはは。」
「だってそーだろ。」
「ふふ。うん。そう。」
「ゲームセンター、カラオケ、……はいつも行ってんな。」
「だなぁ……。あ!俺映画見たい!」
イツキが見たいと言ったのは、こどもから大人まで大人気のアニメ映画だった。
「小学校の時は毎年夏休みに見に行ってたよな。」
「毎回イツキが泣いてな。」
「それコウだろ〜。」
「っでさ、思い出した、エンディングでテーマソングが流れてる時、誰かめっちゃ歌ってるって思ったら隣でイツキが泣きながら熱唱してて、クックックッ」
「感受性豊かな子だったんだよ。」
「にしたって、デケェ声で。っあっはっはっ」
「笑いすぎだろ。やべ、つられる。はははっ」
シネコンの入っている大型ショッピングモールの最寄駅までは電車で20分。公共の場だ、騒いではいけないと思えば思うほど笑いは込み上げ、2人でくすくすと涙を流しながら各駅停車に揺られていった。
✳︎✳︎✳︎
「めっちゃよかったな。……グスッ」
「イツキ泣きすぎ。……。」
「コウだって泣いてんじゃ〜ん、いや〜俺的殿堂入りだわ。あ、パンフ買おうかな。」
「いいな。俺もなんか買おっかな。」
「これは?ほら、限定だって。コウの好きなキャラのやつあるよ。」
「マジだ。こっちのステッカーは?」
鑑賞直後にグッズ売り場に行くのはとても危険だ。あれもこれも欲しくなってしまう。
「コウ、俺トイレ行きたい。」
「行ってこい行ってこい。俺買っとくから。」
「助かる。これ財布渡しとく。」
「おっけ。場所わかるか?」
「ははっ。わかるよ。子供じゃないんだから。いってきまーす。」
「いってらー。」
小走りの背中を見送って列に並ぶ。長蛇の列に見えたが、レジはいくつもあるので意外と直ぐに順番は回ってきそうだ。
えぇとイツキのパンフがいくらだ?一旦俺の財布からまとめて出して……などと考えながら何気なくイツキの財布を開く。と、
「……っ!」
思いがけないモノの存在に、全身の血の気が引いた。
これって……だよな。
冷たくなった指先で財布を元通りにし、深呼吸をする。
えと、だから、これは、
「お次の方ー。」
カウンターの向こうから映画館のスタッフに声をかけられ、引き攣った顔のまま会計をした。
イツキ、なんでこんなもん……いや、使い道なんて、一つしかない。
「コウ!お待たせー。」
のんきな声にびくりとする。
「どした?変な顔して。買えなかった?」
「へっ?いや、どうも?買えたよ。」
「そ?」
「これ……パンフ、と、財布。」
「おっ、さんきゅー。」
「あのさ、イツキ。」
「ん?」
「あー……と、そう、昼飯、どうする?」
「それな!あのさ、今戻ってくる時そっち通ってきたら映画のコラボカフェみたいのやってんだって。そこにしよ!」
ご機嫌だ。水を差すようなことはしたくない。
溢れ出しそうな感情にも言葉にも固く固く蓋をする。
1番大切なのは今目の前にいるイツキの笑顔だ。
過去になにがあって、誰となにをしたかなんて、考えるべきじゃない。
昼飯を終え、ショッピングモールの中をブラブラと歩く。
イツキの好きなブランドの店や、部活の用具が置いてあるスポーツショップ、それからミウの好きなアニメのポップアップストアがあるとかで、欲しがっていたグッズを買っていくことにした。
「え、反対側じゃん。遠いな〜。」
ぼやきつつも、だからやめようとはならない。2人のかわいいかわいい妹なのだ。
俺達が小学校に入学した年に完成したこのモールは、当時の俺たちには途方もなく広くデカく見えたのだが、それから数年経った今日も相変わらず縦にも横にもデカくて、きっと全ての店を見るのは一生かかっても不可能だろう。
世界がゾンビに支配されてしまったら、逃げ込むのはここが良いという世論にも納得。なんならゾンビと棲み分けだってできるかもしれない。
スキップするように少し前を歩くイツキの綺麗なうなじに見惚れる。
ここに触れた手があったんだろう。触れられた時、イツキはどんな顔をしたんだろう。財布の中にあったアレを誰かと……。
イツキがゾンビになったら俺が喜んで身を差し出すのは考えるまでもない。が、そんなことよりきっと俺はイツキを噛んだどこぞのゾンビに激しく嫉妬するんだ。
「なぁ、聞いてる?」
ふいに、イツキが振り向いた。
「聞いてるよ。母さん達の話だろ?」
「そーそー。帰ってくるの、明後日じゃん?何時っていってたっけ。」
「どうだったかな、夕方って言ってた気がする。」
「なーんかあっという間だったよなー。」
「だな。……って、あれ、サクマじゃね?」
「サクマ?」
「やば!こっちくる!」
2人で慌てて通路を曲がり、流行りの服に身を包んだマネキンの陰でひそひそと話す。
「あいつらプール行くって言ってたのになんでいるんだ??」
「入場制限してたのかもな。夏休みだし。」
「……てかさ。隠れる必要なくね?」
イツキが丸い目をきょとんとさせて言った。
「……それもそうだ。」
顔を見合わせて笑う。
「なんか咄嗟に。ふふっ」
「俺も。あはは。」
「どーする?サクマ達と合流する?」
「うーん。……今日は、コウと2人がいい、とか言ってみたり。」
か、かわいい。
「俺もおんなじこと考えてた。」
そう答えると、イツキは花が咲いたみたいに笑った。
「じゃ、ミッション!サクマ達に見つからずにミウの欲しがってたグッズを手に入れろ!」
「よっしゃ、行こ!」
「ちょい待って、手。」
慌てて隠れた時、思わず繋いだ手。すごく熱い。
「……このまま行くか。」
「へっ?コウ、いーの?」
「だめかな。」
「……いいと思う。いいよ。このまま行こ!」
「ん。」