オレ、日高蒼空がダンス部に入ったのは、人並みに高校生活を謳歌するためで、ミニプリーツスカート穿いて県営球場に晒されるためじゃない。
幻の角煮味玉ハンバーグうどんに釣られたばっかりに……。
「かっ飛ばせー、……」
メガホンを打つ音や吹奏楽部の演奏で、どうせオレの声はかき消される。そう思って口パクしてたら、隣で笑顔を振りまく同中の先輩に小突かれた。
「ちょっと日高! マジメにやりまい」
「チアガールのカッコしてここに立っとるだけでマジメじゃろ」
恨めしげに返せば、先輩はてへっと舌を出す。まあ強くは出られないよな。
唯一男子の新入部員(オレ)を女子九人で取り囲み、
『野球部の県大会、チアの人数足らん。奢るけん日高も踊りまい』
って、とある事実隠して押しきった自覚があるんなら。ちなみにこの人の彼氏、野球部です。
本日、四月第二土曜。十四時、晴天。
県営球場のスタンドには、濃緑のブレザー姿の生徒が百人(全校生徒の1/3)詰めかけている。あと保護者も。
準々決勝だっけ? 我が讃岐高校の野球部、そんな強くないって聞いてたけど。
「次のバッターは山田くんじゃ。せーの!」
ダンス部の部長が、野球部員の名前が書かれたスケッチブックを掲げた。
オレは振りつけを適当にこなす。試合直前に「男子用のユニない」という重大で理不尽な事実を告げられて着せられた、青いミニスカ。脚を高く上げるのは抵抗がある。
いくらオレが茶毛と合ううどん肌に、きっとまだまだ身長が伸びるから筋肉がつきにくい体型の、目も口もでかい可愛い系男子でもだな。
「高校で初彼女つくる予定、いきなり狂うたやないか」
スタンドのやつらが、あー……と溜め息を吐く。モブ田? が凡退したらしい。
オレたちはスタンドのいちばん下に並び、コール促したり踊ったりしてる。グラウンドはほとんど観られない。
チアが踊っていいのは攻撃中のみ。あと何回で終わんだ、とこっそり振り返る。
今、六回裏。あと三回か。でも0対0だから延ちy
――待て。すっげえイケメンが歩いてくる。
「日高、ツーアウトやけん七回裏の準備始めて。ラッキーセブン踊るわい」
何あのイケメン。スポーツ刈りなのにあんなイケメンなことある? 本物のイケメンには髪型関係ねえのか。眉が男らしくて、目は闘争心がみなぎってる。鼻もすっと高い。
「日高?」
半袖ユニフォームの下に黒い長袖のアンダー。なんだっけ、キンセーのとれた身体? ベルトの位置たっか。腰ほっそ。でもなよくはなくて、研ぎ澄まされて無駄がない感じ。
「聞けや日高ァ!」
「だって香川には存在せんレベルの超うどん級イケメンがこっち来よるんじゃもん!」
先輩に耳たぶを引っ張られた。負けじと言い返す。
先輩は首を傾げた後、ぷっと吹き出した。
「日高んとこ来とるんじゃのうて、ただの準備投球。林丈士はうちの二年生エースやけんね」
準備投球って……? わかんないけど、もっとよく見たくて振り返る。
超うどん級イケメン――丈士先輩は、軽くキャッチボールしてた。ちょっと笑ってる?
八重歯が覗いた気がして、目をごしごし擦る。
闘う男の顔を目の当たりにした。オレの気のせいか。
反対側のスタンドが沸く。守備についていた相手チームのメンバーが一斉にベンチへ駆け戻る。
入れ替わりに、丈士先輩がマウンドへ向かった。背中の「1」がめちゃくちゃまぶしい。
立ち姿はよけいな力みがない。真顔でキャッチャーのサインに頷いて、振りかぶる。
長い脚が片方ぐっと上がる。信じられないくらい遠くに踏み込む。
腕をしならせて球を投げる。白球はまっすぐ走り、バァンと気持ちのいい音がした。
ストライク。ど真ん中に、ストライクだ。
七回以降、オレはもともとでかい声をさらに張り上げ、誰よりも真剣にポンポンを振り回した。
「お疲れ様。明日の準決勝、うちらダンス部も頑張ろう」
七回裏にうちが二点入れて、そのまま2対0で逃げきった。オレが勝利の少年神として覚醒したおかげだな。
他の生徒からメガホンを回収したりなんだりしてたら、また丈士先輩がダグアウト前(っていうらしい)へやってきた。
「ピッチャーは一球一球まんでがん投げよる。特に讃岐のエースは速球派やけん、イニング間に準備投球して肩ならしたり、終わった後クールダウンするのが欠かせん」
近くに座ってた、保護者ではなく仕事も歳も謎なおじさん情報。
丈士先輩が、青い「S」のワッペンつき帽子を取って、会釈する。途端、主に保護者が「キャーッ!」と沸く。
でも先輩はそれ以上愛想を振りまくことなく、ゆったりキャッチボールし始める。
この人、ちょっとした動きも様になるなあ……。
偏差値そこそこ、最上階の窓から瀬戸内海が見えるのだけが取り柄と思ってた県立高校に、こんなイケメンがいるとは。
これといったやりたいことがなくて、家から近いって理由で進学したけど、大当たりだったかもな。
なんて見惚れてたら、バチッと目が合った。
「オマエさあ」
え、オレ? きょろきょろしてみる。周りにはめろってる保護者しかいない。
「オマエだよオマエ」
丈士先輩に向き直る。やっぱり目が合ってる。
「一年?」
「あ、ハイ」
「ふーん」
それきり、三球無言。なぜかドキドキしてきた。声までハスキーなイケメンだ。
「いちばん似合ってるじゃん、それ」
「それ、って……」
しゃがんでメガホンを重ねてたオレは、慌ててミニスカートの裾を引っ張った。
スタンドのほうが一段高くなってて、ちょうど先輩の目線の高さ。インナーパンツ穿いてても、無性に恥ずい。
そんなオレを見て、丈士先輩がほんのり口角を上げる。
「明日も踊ってくれんの?」
「ハ……ハイ! 甲子園まで踊ります!」
恥ずいけど期待されたからにはと、オレが唯一知ってる高校野球ワードを使って請け合えば、丈士先輩のキャッチボールが一拍止まった。
かと思うと、にやりと笑う。
「いいぜ。連れてってやんよ、甲子園」
――って、言ってたのに。
日曜の準決勝。讃岐高は、0対1で負けちまった。オレが洗濯間に合わなくてミニスカ穿いてなかったから?
「去年は春休み中にとっくに負けとったのに比べたら、ね」
「また次があるわいな」
「準決勝の舞台は春夏秋通じて十八年ぶりや。野球推薦のない県立がようやった」
先輩も保護者も謎おじさんも、さっぱりしてる。
でもオレは笑えなかった。幻の角煮味玉ハンバーグうどんの店行くって言われても。
ゲームセット後の丈士先輩の背中が、昏く燃えてるように見えたから。自分が打たれたせいだって。悔しいしふがいないしむかつくって。
今日はクールダウン中もスタンドを見てくれない。帽子を深く被ったまま。
だから、心の中で声をかけた。
「丈士先輩、今日もかっこよかったっスよ。次はもっとでっかく応援しますんで、明日には先輩の笑顔が戻っとりますように」
幻の角煮味玉ハンバーグうどんに釣られたばっかりに……。
「かっ飛ばせー、……」
メガホンを打つ音や吹奏楽部の演奏で、どうせオレの声はかき消される。そう思って口パクしてたら、隣で笑顔を振りまく同中の先輩に小突かれた。
「ちょっと日高! マジメにやりまい」
「チアガールのカッコしてここに立っとるだけでマジメじゃろ」
恨めしげに返せば、先輩はてへっと舌を出す。まあ強くは出られないよな。
唯一男子の新入部員(オレ)を女子九人で取り囲み、
『野球部の県大会、チアの人数足らん。奢るけん日高も踊りまい』
って、とある事実隠して押しきった自覚があるんなら。ちなみにこの人の彼氏、野球部です。
本日、四月第二土曜。十四時、晴天。
県営球場のスタンドには、濃緑のブレザー姿の生徒が百人(全校生徒の1/3)詰めかけている。あと保護者も。
準々決勝だっけ? 我が讃岐高校の野球部、そんな強くないって聞いてたけど。
「次のバッターは山田くんじゃ。せーの!」
ダンス部の部長が、野球部員の名前が書かれたスケッチブックを掲げた。
オレは振りつけを適当にこなす。試合直前に「男子用のユニない」という重大で理不尽な事実を告げられて着せられた、青いミニスカ。脚を高く上げるのは抵抗がある。
いくらオレが茶毛と合ううどん肌に、きっとまだまだ身長が伸びるから筋肉がつきにくい体型の、目も口もでかい可愛い系男子でもだな。
「高校で初彼女つくる予定、いきなり狂うたやないか」
スタンドのやつらが、あー……と溜め息を吐く。モブ田? が凡退したらしい。
オレたちはスタンドのいちばん下に並び、コール促したり踊ったりしてる。グラウンドはほとんど観られない。
チアが踊っていいのは攻撃中のみ。あと何回で終わんだ、とこっそり振り返る。
今、六回裏。あと三回か。でも0対0だから延ちy
――待て。すっげえイケメンが歩いてくる。
「日高、ツーアウトやけん七回裏の準備始めて。ラッキーセブン踊るわい」
何あのイケメン。スポーツ刈りなのにあんなイケメンなことある? 本物のイケメンには髪型関係ねえのか。眉が男らしくて、目は闘争心がみなぎってる。鼻もすっと高い。
「日高?」
半袖ユニフォームの下に黒い長袖のアンダー。なんだっけ、キンセーのとれた身体? ベルトの位置たっか。腰ほっそ。でもなよくはなくて、研ぎ澄まされて無駄がない感じ。
「聞けや日高ァ!」
「だって香川には存在せんレベルの超うどん級イケメンがこっち来よるんじゃもん!」
先輩に耳たぶを引っ張られた。負けじと言い返す。
先輩は首を傾げた後、ぷっと吹き出した。
「日高んとこ来とるんじゃのうて、ただの準備投球。林丈士はうちの二年生エースやけんね」
準備投球って……? わかんないけど、もっとよく見たくて振り返る。
超うどん級イケメン――丈士先輩は、軽くキャッチボールしてた。ちょっと笑ってる?
八重歯が覗いた気がして、目をごしごし擦る。
闘う男の顔を目の当たりにした。オレの気のせいか。
反対側のスタンドが沸く。守備についていた相手チームのメンバーが一斉にベンチへ駆け戻る。
入れ替わりに、丈士先輩がマウンドへ向かった。背中の「1」がめちゃくちゃまぶしい。
立ち姿はよけいな力みがない。真顔でキャッチャーのサインに頷いて、振りかぶる。
長い脚が片方ぐっと上がる。信じられないくらい遠くに踏み込む。
腕をしならせて球を投げる。白球はまっすぐ走り、バァンと気持ちのいい音がした。
ストライク。ど真ん中に、ストライクだ。
七回以降、オレはもともとでかい声をさらに張り上げ、誰よりも真剣にポンポンを振り回した。
「お疲れ様。明日の準決勝、うちらダンス部も頑張ろう」
七回裏にうちが二点入れて、そのまま2対0で逃げきった。オレが勝利の少年神として覚醒したおかげだな。
他の生徒からメガホンを回収したりなんだりしてたら、また丈士先輩がダグアウト前(っていうらしい)へやってきた。
「ピッチャーは一球一球まんでがん投げよる。特に讃岐のエースは速球派やけん、イニング間に準備投球して肩ならしたり、終わった後クールダウンするのが欠かせん」
近くに座ってた、保護者ではなく仕事も歳も謎なおじさん情報。
丈士先輩が、青い「S」のワッペンつき帽子を取って、会釈する。途端、主に保護者が「キャーッ!」と沸く。
でも先輩はそれ以上愛想を振りまくことなく、ゆったりキャッチボールし始める。
この人、ちょっとした動きも様になるなあ……。
偏差値そこそこ、最上階の窓から瀬戸内海が見えるのだけが取り柄と思ってた県立高校に、こんなイケメンがいるとは。
これといったやりたいことがなくて、家から近いって理由で進学したけど、大当たりだったかもな。
なんて見惚れてたら、バチッと目が合った。
「オマエさあ」
え、オレ? きょろきょろしてみる。周りにはめろってる保護者しかいない。
「オマエだよオマエ」
丈士先輩に向き直る。やっぱり目が合ってる。
「一年?」
「あ、ハイ」
「ふーん」
それきり、三球無言。なぜかドキドキしてきた。声までハスキーなイケメンだ。
「いちばん似合ってるじゃん、それ」
「それ、って……」
しゃがんでメガホンを重ねてたオレは、慌ててミニスカートの裾を引っ張った。
スタンドのほうが一段高くなってて、ちょうど先輩の目線の高さ。インナーパンツ穿いてても、無性に恥ずい。
そんなオレを見て、丈士先輩がほんのり口角を上げる。
「明日も踊ってくれんの?」
「ハ……ハイ! 甲子園まで踊ります!」
恥ずいけど期待されたからにはと、オレが唯一知ってる高校野球ワードを使って請け合えば、丈士先輩のキャッチボールが一拍止まった。
かと思うと、にやりと笑う。
「いいぜ。連れてってやんよ、甲子園」
――って、言ってたのに。
日曜の準決勝。讃岐高は、0対1で負けちまった。オレが洗濯間に合わなくてミニスカ穿いてなかったから?
「去年は春休み中にとっくに負けとったのに比べたら、ね」
「また次があるわいな」
「準決勝の舞台は春夏秋通じて十八年ぶりや。野球推薦のない県立がようやった」
先輩も保護者も謎おじさんも、さっぱりしてる。
でもオレは笑えなかった。幻の角煮味玉ハンバーグうどんの店行くって言われても。
ゲームセット後の丈士先輩の背中が、昏く燃えてるように見えたから。自分が打たれたせいだって。悔しいしふがいないしむかつくって。
今日はクールダウン中もスタンドを見てくれない。帽子を深く被ったまま。
だから、心の中で声をかけた。
「丈士先輩、今日もかっこよかったっスよ。次はもっとでっかく応援しますんで、明日には先輩の笑顔が戻っとりますように」