優しい君の隠しごと



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朔夜side



15分後。
今まで何回もお世話になった、あの病院へと到着した。
そして俺は母に電話をかける。



「はあっ……か、母さん?」
『朔っ?』
「唯鈴は……っ」
『今もう病院に着いてて、お医者様に看てもらってるんだけど……っ』
「病院のどこにいるのか、教えて!」



そして俺は、母さんから伝えられた場所へ向かった。
そこには、不安な顔をしながら椅子に座っている母さんの姿があった。
俺が視界に入ったのか、母さんは少し安心したような顔をする。



「朔……っ」
「唯鈴は……」
「今、そこで……」



母さんは、目の前にある病室を指さす。



唯鈴は無事なのか、今日が命日なら何時に死んでしまうのか。
良くない想像が頭を巡ってならない。
どうすることも出来ないため、俺も母さんの隣に座って待っていることにした。



「朔……唯鈴ちゃんも、紘さんみたいにいなくならないわよね……?」
「っ……」



唯鈴が苦しんでいる原因を知っている俺は、母さんが安心するような言葉をかけられない。
あの笑顔は一年限定のものだったなんて、とても言えない。
暗い表情をする俺を見て、母さんは泣き出してしまう。



「母さん……」



愛する人を失って、とても辛いはずだ。
そんな時に唯鈴までこんなことになっているのだから、泣きたくもなるだろう。
すると、下を向く俺たちのもとへとある人物がやってきた。



「朔夜くん」
「!あ……」



その人は、あの名札を付けていない看護師だった。



「唯鈴ちゃんのこと、不安よね」
「っ……はい」
「唯鈴ちゃんは大丈夫よ、絶対に」
「!」



絶対(・・)という言葉を使ってまで、唯鈴の無事を伝えてくる看護師。
一瞬だけその言葉に救われるも、俺はそんなはずない、と決めつけてしまう。



何も知らないからそう言えるんだ。
だって唯鈴は……今日、死んでしまう運命なんだから。
もう、決まっているのだから。



信じたくないはないけど、その看護師の大丈夫は無責任だと思ったから。
心の中でそう、呟く。



そこから30分ほど誰も何も話さないでいると、病室のドアが開けられた。



唯鈴は……!?



中の様子を伺うと、ベッドに横になっている唯鈴の姿があった。



唯鈴の状態はどうなのか、気になって仕方がない俺に、医者らしき男は言った。



「何も問題が見られません」



と。



俺は、それにすぐ納得した。
1年前もそうだったから。
捧げる側の者である唯鈴は、ただ命日が迫ってきただけで、病気な訳ではないのだ。
つまり、今の唯鈴の体は健康体そのもの。
ただ、今日のどこかで、静かに眠りにつくだけ。



喜べないけど、既に唯鈴が死んでしまった訳では無いことが分かったから、俺は一安心する。



まだ、唯鈴と話せる。



そう思い、俺は病室へ飛び込んだ。



「唯鈴!」



唯鈴は目を覚ましており、分かっているけど、点滴も何もない状態でベッドに横たわっていた。



いざ唯鈴の姿を目の前にすると、涙が溢れて止まらなかった。



唯鈴はまだこの世界にいる。
俺の、目の前に。



最後の力を振り絞って、唯鈴のそばへ行く。



「い、すず……っ」
「うん、朔くん。来てくれてありがとう」
「なんでっ……黙って、たんだよ……っ」



すると唯鈴は、余命一日未満であるにも関わらず、いつも通りの笑顔を浮かべて言った。



「だって……ほら、朔くん泣いちゃうでしょ?」



そして右手で、俺の左頬に触れる。



「ごめん、唯鈴、ごめん……っ」
「その様子だと……私が捧げる側の者だってこと、知っちゃったか」



唯鈴、俺はそんなふうに笑えないよ。
自分を責めずにいられるわけないだろ?



だから唯鈴は、俺の分まで笑うように、笑顔を絶やさず話し続ける。



「私も初詣の時に知ったんだ。ほんとびっくりしちゃった。でも……余命わずかだってことは、最初から分かってたの」
「なん、で……」
「分かっちゃうの。こうなりたいっていう夢があったとして、その夢のことを考えてたら、頭の中の自分が言ってくる。そんなの無理だよ、って。こうなりたいって思ってるのも、自分なのにね。おかしいよね」



自分自身が生きることを否定してくるのは、どれほど辛かっただろう。
きっと、俺とは比べ物にならないほど苦しんだはずだ。
それなのに唯鈴は優しいから、周りの人間に気を遣わせないように常に笑顔で。
そんな唯鈴の夢を、俺は知らない。



「……唯鈴の夢って、なんなんだ?」



その問いに、唯鈴は初めて遠い目をして微笑んだ。



「朔くんのね、お嫁さんになること」
「っ………」
「初詣の時もお願いしたけど、叶いそうにないや……っ」



そして見えた、唯鈴の涙。
初詣の時、秘密と言って教えてくれなかった唯鈴の願いごと。
それがまさか、俺のお嫁さんになることだなんて、夢にも思わなかった。



俺と唯鈴は両思いだ。
だから、結婚するのは嫌じゃない、むしろそれを望んでいる。
なのに、唯鈴の人生は今日で終わってしまう。
俺を助けなければ確かに存在した、唯鈴の人生。
まだ15歳の少女だ。
明日で、16歳になる少女だ。
これから幸せなことがたくさんやってくるはずなのに、それを無いものにしたのは俺だ。
いっそのこと、俺のことを憎む言葉を吐いて欲しい。
でも、唯鈴がそんなことをする性格ではないのは、痛いほど知っている。
だから余計に、胸が詰まる。



「朔くん、私のこと好きって言ってくれたのに、ありがとうしか言えなくてごめんね」
「っ違う、あれは俺が……!」



俺が、ありがとうしか言えない理由を作ってしまったから。



「ううん、私のせい。先に好きって言ったのは私だから」



例え泣いていたとしても笑顔を浮かべる唯鈴に、俺は腹が立ってさえくる。



「唯鈴は優しすぎるんだよっ……1番辛いのは唯鈴なのに、人のために自分の命まで捨てて……」
「違うよ朔くん、捨てたんじゃない。私自身が君に生きてて欲しいって望んだから、捧げたんだよ」



こんな俺が生きてても、何もいい事なんか……



「あ、朔くん今自分を悪く言ったでしょ」
「え……」



心を読まれ、一瞬だけ悲しみより驚きが勝ってしまう。



「朔くん、その時手を強く握る癖があるんだよ。知らなかった?」



自分でも知らない癖を唯鈴が知っていることに、自分がどれほど唯鈴に愛されているのか思い知らされる。
唯鈴は天井を見上げて、震える声で言った。



「最後の一年、私本当に幸せだったよ。これは夢なんじゃないかとか、もう私は死んでて、ここは死後の世界なんじゃないかとか、たくさん考えるくらい。だから、今日で私は死んじゃうけど、朔くんが代わりに生きててくれるし、悲しくなんか……ないよ……っ?」



そう言った君の姿が、今にも消えてしまいそうで。
それが気の所為でないことが、余計に辛い。



「嘘ついてるの、分かりやすすぎるんだよ……っ」



その俺の言葉に、唯鈴はやっと本心を話し始めた。



「っ……朔くん、私ね。本当はもっと生きたいの、ずっとずっと朔くんといたいのっ……だって私、朔くんのこと大好きだもん……っ」



唯鈴の願いを叶えてあげたい。



そう強く思った時、今まで俺の頬に触れていた唯鈴の手の力が、弱まったのを感じた。



「……え……」



開いた口の隙間から掠れた声が出てくる。
でも、唯鈴はそれよりも弱々しい声で、左手で何かを手渡しながら言った。



「朔くん、今まで、ありがとう……この、手紙……読んで、ね……」



そして、唯鈴はゆっくり目を閉じた。



「い……す、ず……?」



頭が真っ白になる。



「お、おい、唯鈴。結婚して、俺のお嫁さんになるんだろ?だから……だからっ、目ぇ開けろよ……っ!」



何も、返事は帰ってこない。
でも呼吸はしていて、命の灯火が消えた訳では無い。
ただ、眠っただけだ。
でも唯鈴と言葉を交わせることは、もう無いかもしれない。



「……う、あああっ……!」



爪が手のひらに食い込むくらい力を込めて拳を作り、ベッドの端を何度も叩く。
そして、目の前にある物をグチャグチャにしてやりたい衝動に駆られる。
でもどうしたって、唯鈴から手渡された手紙だけは、握りつぶすなんて出来なかった。