私は簡単に真琴について説明した。仕事内容や住んでいる場所。過去のいじめのせいで人付き合いが苦手で、私もまだ家に招かれてはいないことも。
「それなら犯人は顔見知りだとしても、簡単には自宅に入れないわけだ」
「そうなんですけど、無理矢理侵入するのかもしれません。強盗みたいに」
「そうですね……」
「背後から突然ゴルフクラブで襲いかかられたら、どうすればいいでしょう?」
 私はグリーンのハンドバッグからボールペンを取り出して、ノートに予知で見た映像を描いてみせた。覆面男がゴルフクラブをふりかぶって、真琴に襲いかかる瞬間を。
 典十さんは難しい顔で絵を見つめ、首を傾げた。
「この状況にならないようにしないとだめしょう。こうなってしまったら、もう……」
 アウト。
 やっぱりそうか。
 それでもどうにかしないといけない。
「安全な場所に身を隠すべきです。犯人が知らない場所に。引越しするとか、実家に身を寄せるとか」
「真琴はいまの家から動かないと思います。そういう事情があるんです」
 予知は必ず現実になる。
 どこへ逃げても意味がないのだ。
 もし引越したり、他のところで寝泊まりしようとしたりしたら、必ず邪魔が入るはずだ。過去に、予知した未来を変えられるか試してみたことがあったけれど、無理だった。予想外の邪魔が入って、結局予知した通りに事が起きたのだ。
「典十さんに一緒に考えてもらいたいのは、このシーンが起きたあとのことなんです。このあと、どうすれば真琴を救い出せるのか、私は知りたいんです」
「自宅に侵入されて襲われることを前提として、対策を考えるとうことですか?」
「そうです」
「そもそも防犯対策というのは、自宅に侵入されないようにするものだと思うんです。防犯カメラとか防犯ブザーを鳴らして、犯行を抑止する。凶器を持って侵入されてしまったら、なす術がないと思います。警備会社と契約しても、人が駆けつけるまでには時間がかかります」
 典十さんの言っていることは正しい。予知で見た状況は絶望的なのだ。たとえ、うまく最初の一撃を避けられたとしても、真琴一人でなにができるだろう。
「もし真琴が武器を携帯していたらどうでしょう? 相手はひるんで逃げ出しませんか?」
「それはそうですけど、逆に武器を奪われて余計窮地に陥る可能性もあると思いますよ」
「じゃあ、その場に私もいるとしたら? 二人で武器で対抗したら、相手もそれ以上襲ってこないんじゃないでしょうか」
 典十さんは驚いたように私を見た。
「賛歌さん、真琴さんの家で寝泊まりするつもりなんですか?」
「そうしようと思ってます。ひな祭り当日を含めた何日か」
「真琴さんは家に泊めてくれるって言ってるんですか?」
「迷ってますけど、無理にでも泊まらせてもらいます」
「危ないですよ。賛歌さんも被害に遭うかもしれない」
 私だって怖い。
 でも、そんな恐ろしい瞬間に真琴を一人でいさせるわけにはいけない。
「私はただそばにいてあげたいんです。たとえ助けることができなくても。一人であんな怖い目にはあわせたくない」
 映画はいつの間にか終わっていた。
 典十さんは静止した壁の映像をちらっと見ると、立ち上がって明かりをつけにいった。リモコンでプロジェクターを切り、席に戻ってくる。
「じゃあ僕も助太刀します」
 椅子に座りながら彼はさらっと言った。
「それはだめです」
「友達にレスリングしてるやつがいるんです。僕が頼めば用心棒役を引き受けてくれると思います。用心棒って昔の映画みたいですね」
 はは、と彼は笑う。
「だめです。そういうつもりで相談したんじゃないですから」
「わかってます。でも、それしかないと思いませんか? 一人より二人がいいなら、男二人が加わったほうが心強いでしょ?」
 私は首を横に振る。危険なあの場面に典十さんやお友達を巻き込むわけにはいかない。
「賛歌さんがお友達のことを第一に思っているなら、僕の提案を受け入れるべきです。あ、僕らベランダでも大丈夫ですから。冬にキャンプしたことあるし、寒さには強いんで。三月ならけっこうもう夜も暖かいだろうし」
「でも……真琴が承諾しないと思います。私が泊まるのも渋るのに、見知らぬ男性二人が家に泊まるなんて絶対に無理です」
 ともすると、私まで拒絶されかねない。
「そこは賛歌さんになんとか説得してもらうしかないです」
 そりゃあ、四人でいたらきっと安心だ。たとえ真琴が犯人に襲われたとしても、すぐに犯人を取り押さえて警察や救急車を呼ぶこともできるだろう。
「わかりました。説得してみます」
 あとでよく考えてみよう。なにかいい説得の仕方があるはずだ。
「賛歌さん、一人で悩まないでくださいね。なんでも僕に相談してください。一緒に考えますから」
 彼は思い出したようにLEDライトのキャンドルを手に取って電源を切った。
「典十さん、なんでそんなに親切なんですか」
 目が合うと、彼は照れ笑いを浮かべた。
「友達なんですから当たり前です。あ、僕ら、友達ですよね?」
 私は笑顔で頷く。
「友達です。じゃあ私も、なにかあった力になるので相談してくださいね」
「わかりました。賛歌さん、もしよかったらまたここで、対策会議しませんか?」
「いいんですか?」
「ええ。映画チェックはこまめにしたほうがいいですし」
 そう言って、さっきまで映画が写っていた白壁を指差す。
「でも私、全然観られてなかったです」
「僕もです」
 私たちは同時に吹き出した。
 さっきまですごく深刻な話をしていたのに、こうして笑えている自分たちが不思議だった。



 その週の金曜日、十時半頃の早い時間に沢井さんが店にやって来た。
 他のお客さんはちょうどいなかった。
「お嬢ちゃん、いる?」
 沢井さんは私をお嬢ちゃんと呼ぶ。私はひょいと売り場に顔を出した。
「こんにちは」
 挨拶をすると、彼は神妙な顔で手招きする。
「なんですか?」
 仕事中なのでお喋りに付き合うことはできない。
 房子さんは困ったような顔で沢井さんを見るばかりだ。ちらっと鉄郎さんが気にするようにこちらを見る。
 沢井さんは厨房の近くまで来て、顔をこちらにぬっと突き出した。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 昨日、あんたの知り合いがここで変な話してたよ」
 変な話?
 なんのことかわからずに沢井さんの顔を見返していると、慌てたように奥から鉄郎さんが出てきた。
「沢井さん、すみませんけどその話は……」
 房子さんは俯きながら固まってしまっている。
「だってよお、また来たら迷惑だろ? 予知がどうたらこうたら、俺にも変な勧誘チラシ渡してきてよ。ほらこれだよ」
 沢井さんがズボンのポケットから取り出したチラシを見て、私は青ざめた。(予知会)の勧誘チラシだ。笑顔の私の母と玉乃夫婦が肩を組んでいる写真が大きく載っている。
「変な女だったよ。お嬢ちゃんも予知ができるとか、わけのわかんないことべらべら喋ってさ。あれはどんな知り合いなの? 気をつけたほうがいいよ」
 玉乃が昨日ここに来たんだ。
 どうして職場がわかったんだろう。昔、お母さんが話したのかもしれない。