「ええ、早番だったんで五時には終わってました。朝が苦手って人が多いんで、僕が早番に入ることが多いんです。賛歌さんはお仕事、終わる時間は早いんですか?」
「パン屋なんで朝が早くて、そのかわり二時か三時には終わります。忙しかったら残業しますけどね」
 温めなおした料理をテーブルに運び終えると、典十さんはロウソクの形をしたLEDライトをテーブルの中央に置いた。それから店内の明かりを消す。手慣れたようにリモコンでプロジェクターを操作すると、壁にまた映像が映し出された。
「ここで流すのは、学生さんたちが作った短編映画なんです。けっこう面白いって評判なんですですよ。じゃあ食べましょうか」
 いただきますと私たちは手を合わせる。
 私の取り皿を持って、典十さんがグラタンを盛り付けてくれた。
「鮭とキノコとカボチャが入ってるグラタンなんです。チーズ多めでお願いしときました」
「グッジョブです。おいしそう」
 彼は私がグラタンを食べるのをじっと見つめる。
「どうですか?」
「ホワイトソースが最高においしいです。濃厚だけどしつこくない」
「でしょ。これ全部、能瀬さんが作ってるんです。僕と同じで、高校生の頃からここで働いてるんですよ。最初は映画館の方にいたんだけど、バリスタの勉強をしてこっちで働くようになったんです。二歳上なんで弟みたいに可愛がってもらってます」
 映画は高校を舞台にした初恋と失恋を描いたお話だった。主人公の女の子がちょっとひかるちゃんに似ている。
「それで同僚の息子さんのスマホの件、進展ありました?」
「それなんですけどね……」
 真衣さんから昨日聞いた話を彼に聞かせた。
「典十さんの推理、当たってましたね。妹さんがからんでるんじゃないかっていう」
「でも、スマホは結局戻ってこなかったわけですね」
「諦めるみたいです」
「スマホの契約は解除したんですよね?」
「だと思います」
「じゃあ、盗んだスマホはどうやって使ってるんだろう。無料のWi-Fiを探して使ってるのかな」
「家にWi-Fiがあるかも」
「親にバレずに使ってる?」
 そこまで考えなかった。確かにネットにつながってないスマホを使うのは、かなり面倒くさそうだ。
 彼はバゲットにグラタンをのせて食べた。私もマネしてみる。このバゲットも能瀬さんが焼いたんだろうか? 外側が香ばしくて中はもちっとしている。
「お友達の脚本は進みましたか? 犯人を誰に設定したのか気になってたんです」
 それなんですけど、と私は持参したノートを広げて二人の間に置いた。
「犯人候補は四人いるんです」
 典十さんは真琴が書いたメモを読む。
「えーと……クレームを言ってきた取材先の店主、言い寄ってきたカメラマン、マンションのトラブルメイカー、学生時代のいじめっこ」
 現在の彼らの状況も真琴から聞いてわかった範囲で書き込んである。
「この中に犯人がいそうに思いますか?」
 彼はちらっと上目づかいに私を見た。
 家族や恋人、ストーカーの存在についても、真琴に聞いたままを話して聞かせる。
 彼はノートを真剣な表情で見つめていたが、やがて首を傾げて低く唸った。
「これって……本当の話なんじゃないですか? 脚本の設定じゃなくて」
「えっ」
 私は自分でもどうかと思うぐらい動揺した声を漏らしてしまった。バレた?
「誰かに脅迫されたんですか? ゴルフクラブを持って自宅に襲いにいくぞ、って」
 あぁ、予知がバレたわけではないんだ。誰も予知したなんて思うわけがない。
 私は内心ホッとしながらも、返答に困った。正直にすべて話すか、それともあくまで脚本の内容だとしらを切りとおすか。
 典十さんは真剣な面持ちで私を見つめている。
 でもここはやっぱり、予知以外は正直に話して相談にのってもらうほうが得策だろう。
「嘘ついてごめんなさい。実はそうなんです」
 私が頭を下げると、典十さんは「やっぱり」と呟いて息を吐き出した。
「最初からなんかおかしい感じがしたんです。変な脚本の書き方するんだなぁって」
「そりゃそうですよね……」
 冷静に考えてみると、無理なやり方だった。
「でも、なにか事情があって隠したいんだろうなと思ったから黙ってたんです。ただ、きちんと相談にのるなら、正直に話してもらったほうが力になれるかもと思って」
 すみませんでしたと私はまた頭を下げた。
「そんな、謝らなくていいですよ」
 典十さんは本当にいいひとだ。さすが私の未来の恋人なだけある。
 今日ははりきってワンピースを着てきたけど、いつものスウェット姿とは違うことに気づいてくれてるのだろうか。
 さりげなく襟もとのリボンに触れてみたりする。薄手のニットワンピースで色は上品な水色を選んだ。袖がふっくらしていて、袖口から少しだけレースが覗いているのも可愛い。
 私は意味もなく手でリボンをいじり続けたが、典十さんはノートに視線を落とすと眼鏡のフレームを慎重に上げた。
「となると、テーブルの上の菱餅とか、犯人がかぶっていた覆面とかのディテールは想像ですか?」
「え? いやそれは……」
 どうしよう。予知で見た映像について、どう説明しよう。
「えっと、その……イラストのようなものが一緒に入っていたんです。襲いかかるシーンを描いた」
 彼は目を大きく見開くと、興奮したように身を乗り出した。
「そうなんですか? そのイラスト、見たいな」
「いえ……友達が見て、気持ち悪いって捨てちゃって、手元にはもうないんです」
 我ながら嘘がスラスラ出てきて怖くなる。
 彼はがっかりしたように椅子に深く座りなおした。
「犯行シーンを絵にして送りつけてくるなんて、ちょっと猟奇的な犯人ですね」
「どうでしょうね。脅しの一種かと……」
 イラストの嘘はさらっと流して欲しい。
「それであんなにディテールが細かかったんですね」
「えぇ、カラーだったので、桃の花とか菱餅とかもすぐにわかって」
 ふんふんと彼は頷いていたが、はっとしたように私を見た。
「まさか、脅迫状も捨ててしまったとか?」
「はい……残念ながら。友達は最初、いたずらだと思ったみたいで」
「じゃあ、書いてあった内容を詳しく教えてくれますか?」
 ゴルフクラブで襲撃に行く、殺しに行く、などという直接的で物騒な内容の脅迫文が届いたと言えば、彼は警察に通報しようと言いそうな気がする。でも実際は予知で見ただけなので、それはまずい。
「(会いに行くから待っていろ)と書いてあったそうです」
 彼はスマホのメモ帳に入力しはじめた。
「会いに行くから待っていろ……ある意味脅迫ですよね。でも、何か危害を加えるとは書いてない。そのかわり、ゴルフクラブで殴りかかる絵を一緒に送りつけてきた。宛先はお友達宛てでした?」
 私は小さく頷く。
「当然、差出人の名前とかは書かれてなかったですよね? あっても偽名かな」
「なかったようです」
「消印は?」
 私は首を横に振る。犯人の居場所はわからない。適当な場所を言うわけにもいかない。
「直接、郵便受けに入れてあったそうです」
 玉乃みたいに。
「お友達って実際にライターさんなんですか?」
「はい。高校の同級生で、曽根真琴って言います」
「男の方ですか?」
「いえ、女の子です」