1.取材相手の男性オーナーからのクレーム。店の紹介文が気に入らない、自分が話した内容と違うとクレームがあった。言われた通りに修正したあと、特にトラブルはなし。

2.数回一緒に仕事をした年上のカメラマンから言い寄られた。やんわり断り、その後連絡はとっていない。SNSで「B級ライターに袖にされた」と冗談めかして呟かれたが、その他の嫌がらせはなし。

3.マンション内にゴミ捨てのルールを守らない女性がいて、住人の誰かが匿名で手紙を入れたらしい。彼女のゴミ捨て時に二度遭遇してしまい、顔を合わせる度に睨まれるようになった。クレームを入れた住人と疑われている節あり。

4.学生時代にいじめてきた相手がSNSで話しかけてきた。ブロックした後、反応はなし。

「頑張って思い出してみたんだけど、これぐらいしかないんだよね。元々、他人とはなるべく関わらないようにしてるからトラブルにならないの。どれもゴルフクラブで襲われるような恨みをかっているとは思えなくない?」
 私はメモ用紙を真剣に読んでから頷いた。
「そうだね。どれもよくあるささいなトラブルというか……犯罪に至るようなものには思えない。四番の相手は女性?」
 真琴は頷いた。
「なら、三番と四番は除外してもいいんじゃないかな。犯人は男性だろうから。共犯者がいれば別だけど」
「共犯者までいくと、もう私にはわからないな」
「そうだね……一番も除外していいんじゃない。そのお店、いまもまだ営業してるの?」
「うん、けっこう流行ってるみたい」
「そうなんだ。二番のカメラマンはどう? 仕事がうまくいってないとかはない?」
「仕事はわからないけど、私生活は順調みたいだよ。SNSで彼女とデートしてきたとかのろけてたから」
「チェックしてたの?」
「ううん。予知のこと知ってからSNSを確認したの」
 私たちはもう一度メモを見ながら考えこんだ。
「そうなると、どれも犯人候補にはならなそうだね。完全に除外はできないけど……」
「だよね」
「金銭目的の強盗なのかな?」
 私の言葉に真琴は指先で顎をいじりながら頷く。
「その可能性はあるよね。一応、ベランダや窓に防犯対策をしておいた。元々、補助鍵はつけておいたんだけど、プラスして防犯ブザーも取り付けた。あと、ベランダに音の鳴るものを敷き詰めるとか。ドアはチェーンをいつもしてるし、届け物は宅配ボックスを使ってる。基本、家には誰も入れないから、知らない人が来てもドアを開けることは絶対にない」
「真琴のマンションはオートロックだよね」
「うん。防犯カメラもある」
 私は少し迷ったが、遠慮している場合ではないと口を開いた。
「家族が家に来ることはあるの?」
 真琴は首を横に振った。
「ここ何年かは来てないよ。顔が見たいって言われたら外で会うか、私が実家に帰ってる。前に親が来た時、掃除や食生活のことに口出しされて、喧嘩みたいになったの。だから親でも家には入れないようにしてる」
 私は頷いたあと、異性関係は? と訊ねた。真琴の表情は変わらない。
「そっち系が全然ないことは、賛歌が一番よくわかってるんじゃない」
「でも一方的に好意を抱かれることもあるでしょ。ストーカーみたいなことをされてると感じたことは?」
「もしそんな不安があったら、ここに太字で書いてると思う」
 真琴はノートのメモをとんとんと指先で叩く。
「そうなると、真琴本人を狙ったんじゃなくて、金銭目的でたまたま真琴の家に押し入ったてこと?」
「別にここ、高級マンションでもないのにね」
 強盗の場合、犯人は真琴をどうするだろう?
 殴って抵抗させないようにしたあと手足を縛り、金品を奪って逃走する? 命までは奪わないかもしれないけど、こればっかりは予測ができない。
 ひとつわかっているのは、犯人は真琴にゴルフクラブで殴りかかるということだけだ。
「ひな祭りまでは防犯ブザーを握りしめて生活することにするよ」
 真琴はノートを閉じ、私たちはアイスを食べた。
「そういえば真琴って、毎年、桃の節句のお祝いをするの?」
「しないよ」
「今年はする予定だった?」
 彼女は首を横に振る。
「ひな祭り関連の仕事を受けることはありそう?」
「これまでにもなかったし、今年もないよ。だってB級グルメとは関係ないでしょ」
「じゃあなんで、予知ではひな祭りに関係するものが家にあったんだろう?」
「桃の花に白酒、ひなあられ、菱餅だっけ。私が買うとは思えないな」
「じゃあ誰かがくれた? 取材先でもらったとか」
「私が行くのはB級グルメのお店だよ。お店の商品をお土産にもらうことはあるけど、桃の花やひなあられをもらうとは思えない」
 じゃあ、いったいどうして、桃の花やひなあられが真琴の家にあったんだろう?
 この違和感は犯人の正体と関係しているんだろうか。
「事件が終わるまで、居候させてもらえないかな? 私が一緒なら、少しは安心でしょ」
 私のお願いに、真琴は首を傾げた。
「それは難しいと思う。私は家で原稿を書くし、自分以外の人間と長時間一緒にいると、緊張してストレスがたまっちゃうから」
「ひな祭りの前後数日だけでもいいよ。真琴の気持ちはわかるけど、これは命が関わってる問題だから、簡単には引き下がれない」
 真琴は私をじっと見返した。
「賛歌も危ない目にあうかもよ」
「わかってる。だから、二人できちんと対策練ろうよ」
 真琴は考え込んでから、渋々といったように頷いた。
「考えておく。返事は保留でもいい?」
「いいよ」
 断られなかっただけでもマシだ。
 真琴は疲れたようにテーブルに頭を寝かせた。
「なんかずっと変な気持ちなんだ。もしかすると、あと二ヶ月足らずで死ぬかもしれないでしょ。そう思ったら、急に力が抜けちゃって。もっと私、真剣にたくさん脚本を書いておくべきだった。一作でもいいから、映像化された自分の作品を見てみたかったな」
「なに言ってんの。真琴は死なないよ。そういう予知、私は見てないから」
「三月三日以降も私が生きているような予知を見たら、すぐに教えてね」
 ほんとにそうだ。私はすぐにでもそういう予知を見るべきだった。



 翌日の日曜日。
 放置していた水回りの掃除をしていると、母から電話がかかってきた。
『こっちに来るって話だけど、来週の日曜はどう?』
 朝の鎌倉の海を一緒に歩きたいと言うので、ちょっと早いが九時に約束をした。
 体調は特に問題はないと聞いてほっとした。母は豆腐屋や旦那さんのことを少し話してから、十分ほどで電話を切った。
 掃除がひと段落ついた頃、今度は父から電話がかかってきた。
『これから行ってもいいか?』
「え。うちに来るの?」
『ちょっとでいいからさ。なんか京子が謝りたいらしんだ』
「謝るってなにを?」
『ほら、あの女に賛歌の住所教えちゃっただろ?』
 そのことか。
「気にしてないって言ってよ」
『そう言ったんだけど、ずっと気にしててさ。賛歌に嫌われたんじゃないかって……』
 嫌ったりしないと言いかけると、もしもしと女性の声が聞こえてきた。京子さんに電話をかわったようだった。
『京子です。ごめんなさいね、お休みのところ。おいしいケーキを買ったから、一緒に食べない?』