祭りの翌日から、柊木から頻繁に連絡が来た。二人で出かけたいという内容のメールだ。しばらく既読無視をしていたら電話がかかってきた。それも無視していたけどあまりにもしつこいので、祭りから一週間後に会う約束をした。
しかし柊木は友達がいないのか?もしかして俺が初めての友達?だからこんなにもしつこく絡んでくるのだろうか。
そんな疑問も、会った時に聞いてみようと思った。

柊木と約束した日、玄関で靴を()く俺に、青が「どこに行くの?」と聞いてきた。青に気にかけてもらえることは嬉しい。だけど先週、青と柊木の初対面は最悪な雰囲気だった。だから何となく、柊木と会うとは言えなかった。ただ「友達と会う」とだけ、靴の紐を結びながら顔を上げずに言った。

「友達って誰?」
「おまえの知らないヤツ」
「それって…」

尚もしつこく食い下がってくる青から逃げるように俺は立ち上がると、即座に玄関を出た。家の敷地を出て振り返る。当然だけど、青は追いかけては来ない。そりゃそうだよな。兄の交友関係なんか興味ないよな。俺が会うのが嫌いな篠山かどうかだけ、確認したかったんだろうな。
俺はたすき掛けにしたカバンを正しい位置に戻すと、憂鬱(ゆううつ)な気分で重い足を前に出した。

待ち合わせ場所には、すでに柊木がいた。柊木の前を通り過ぎる女の子達が、チラチラと柊木を見ている。黙って真面目な顔で立っている柊木は、かなりかっこいい。チラチラと見てしまう気持ちもわかる。絶対にモテるのに、どうして柊木は、執拗に俺を誘うのか。俺と会っても話が弾むわけじゃないのに。
俺は、本当は、涼しいリビングで青と一緒に映画を観たりゲームをしたいんだ。わざわざ暑い外に出たくない。だけど無理なんだ。だって青は、もう子供じゃないから。中学生になってから、ずいぶんと大人ぽくなった。俺よりもどんどん大きくなり、声が低くなった。青の大きな手で触れられると、俺の身体が熱くなってしまう。だから青と二人でいたいけど、青の傍にはいられなくて逃げてしまう。
のろのろと柊木に近づいていると、また二人組の女の子達が、柊木を見ていた。しかも見ただけじゃなく、柊木に声をかけている。
いつもにこやかな柊木が、女の子達の方を見ずに、無表情で何かを話している。すると女の子達は、バツが悪そうに、そそくさと離れていった。
そこそこ可愛らしい女の子達だったのに、きっぱりと断ったのか。柊木はその言動から軽そうに見えるけど、実際は真面目なのかと少しだけ興味を持った。
柊木が俺に気づいた。先ほどとは一転、華やかな笑顔になる。
思わずドキッとしてしまった俺は、自分自身に舌を打った。青の笑顔の方が華やかでかっこいいのに、バカか俺は。
柊木が前に立つなり「早いね」と嬉しそうに言う。

「柊木の方が早いじゃん。俺は時間通り」
「俺は楽しみで落ち着かなくて早く出てきちゃっただけだから。じゃ、行こうか」
「ああ。柊木はモテるんだな」
「え?ああ…さっきの女の子たち。背が高くて目立つからかなぁ」
「俺なんかよりさっきの子達といた方が楽しいんじゃねぇの」
「え…うそ…()いてる?」
「は?バカか」

気持ち悪いことを言うなと、足を早めて隣を歩く柊木より前に出た。
柊木が慌てて横に来て「ごめんごめん」と笑う。

「俺がモテようが昊は何とも思わないか。…ていうか、(つなぐ)って呼んでくれないの?」
「だって友達じゃねぇし」
「ええっ、俺たちの関係って…」
「ただの知り合い」
「マジかぁ」

シュンと(うつむ)く柊木を見て、密かに笑う。
篠山から助けてくれたことは感謝するけど、ベタベタと寄ってきてしつけぇヤツだなとめんどくさく思っていた。だけど話してみると意外と楽しいし、表情がくるくると変わって見ていて飽きない。まあ暇つぶしにたまに付き合ってやってもいいかと考えていると、「昊」と呼ばれて顔を上げた。

「なに?」
「今日の映画、つき合ってくれてありがとう」
「別に、俺も観たかったし」
「でもさ、他の誰かとも行けただろ?俺と行ってくれてありがとう」
「だから礼を言われることじゃない。あ、言っとくけど食べ物は買うなよ。俺は映画館では食わないし隣で食われるのも嫌いだ」
「大丈夫。俺も食べないで観る派」
「ふーん、ならいいけど」

待ち合わせ場所から映画館までは歩いて十五分ほどだ。歩道は建物の影になっているけど、より影がある方へと俺を歩かせ、柊木には時おり日が当たる。柊木の茶髪が日に透けて、金髪に見える。
俺は横目で見て思う。キラキラしてきれいだな。柊木に何度も誘われて、会って何すんだよと面倒に思ったけど、映画を観るって聞いて安心した。映画だと喋んなくていいからな。本当は青と観に行きたいけど、部活に塾にと忙しい青の邪魔はしたくない。そういえば青、俺と同じ高校に行くって言ってたな。そうか、俺を追いかけてきてくれるんだな…嬉しい。でも青の頭だと、もっと上の学校も狙えるのに。なんで俺と同じ所に…。

「着いたよ」
「え…」

肩を掴まれて思考をとめた。いつの間にか映画館の入口に来ている。

「どうしたの?気分悪い?」
「いや…大丈夫」
「そう?しんどい時は言えよ」

柊木が俺の頭に手を乗せて、心配そうに覗き込んでくる。
柊木の色素の薄い目を見ていると、心の内を見透(みす)かされているように感じて嫌な気持ちになる。
俺は「トイレに行く」と言って、その場から逃げた。

映画はそこそこ面白かった。期待してなかったけど、最後まで集中して観れた。
俺と柊木は、トイレに寄ってから映画館を出た。外の(まぶ)しい日差しに思わず顔を(そむ)けると、横から「日差しが強いねぇ」と柊木が言った。

「ハンパなく眩しい。目が痛てぇ」
「俺、いい物持ってるよ。はいこれ」

柊木がカバンから何かを取り出した。俺の手に握らされた物を見て「なにこれ」と顔を上げる。

「え?サングラス。これ良くない?」
「なにが」
「デザインが。このブランド好きなんだよね」
「ふーん、柊木がかければいいじゃん」
「今はいいよ。昊が眩しそうだからどうぞ」
「え…かっこ悪くね?」
「全然!カッコいいと思うから、どうぞ」

俺は手の上のサングラスを見た。
確かにこんな形のサングラスをかけてる人をよく見る。流行(はや)ってるのか?でもさ、こういうの、海とかでかけるんじゃなくて?街中でもいいのか?まあ、かけてる人をよく見るからいいのか。
俺は素直にかけてみた。そして少しだけテンションが上がる。これ、いいかも。眩しさが軽減されてすごくいい。かけ心地も悪くない。問題は、俺に似合ってるかどうかだ。すれ違う人々が柊木じゃなく俺を見ている。ということは、やっぱり変なんじゃねぇの?
俺はすぐにサングラスを取って、柊木に返す。
柊木が、俺と手に持つサングラスを交互に見て驚いている。

「え?かけないの?」
「いい。柊木がかけろよ。おまえの方が似合ってそうだし」
「そうかなぁ。でも昊にそう言ってもらえるの、嬉しいよ」

そう言って、柊木がサングラスをかけた。
ほら、やっぱりそうだ。柊木の方が似合ってんじゃん。モデル見たいじゃん。KーPOPアイドルみたいじゃん。なんて口に出しては言ってやらないけど。
しばらく並んで歩いていると、柊木の腹が鳴った。

「腹減ったのか」
「うん、ごめん。昊、どこかの店に入ろうよ」
「いいけど…店に入る時、そのサングラスはずせよな」
「もちろん」

少し歩くとカフェが見えてきた。確かもう少し先にも新しいカフェができていたはず。一度入ってみたいと思ってたけど、オープンしたばかりで混んでるよな。だから手前の店でいいか。
俺は店を指さして柊木を見上げる。

「なあ、あそこでいい?」
「ん?ああ、あそこに見えてるオシャレな店?いいよ」
「じゃあ決まり。行こうか」

店に着くと、柊木が扉を開けて俺を先に通してくれる。そして店員に「奥の席へどうぞ」と言われ、柊木を先頭に歩く。しかし柊木が途中で足を止めたので、不思議に思って俺も柊木の隣で足を止めた。そして夏樹と青を見つけた。

なんでここに青と夏樹の二人がいんの?二人は仲が良いけど、俺抜きで出かけることなんてなかったよな?
椅子にもたれた夏樹が俺に気づいた。こちらに視線を向けたまま、青に何か話している。俺がいると教えたのか。青が勢いよく振り向いた。

「昊っ」
「やあ弟くん、こんにちは。偶然だねぇ」
「ちっ…」

俺が口を開くよりも早く、柊木が反応した。それが気に入らなかったのか、青が怒った顔にいる。
俺は焦った。柊木と二人でいる所を、青には知られたくなかった。
どう青に声をかければ…と考えていると、夏樹が柊木の前まで来た。穏やかに笑っているけど、目が笑っていない。夏樹も怒っているようだ。

「どうも、昊と同クラの宮下です。昊とは小学校からの友達」
「あ、知ってる!クラスの女子が君のこと話してたから。へぇ、宮下くんは昊の家族とも仲良いんだ?」
「そうだね。青は弟みたいなもん」
「ふーん」

柊木が青を見ている。
しかし青は俺を見ていた。
俺は青の視線に耐えられず、目を逸らした。今、青は何を思ってる?柊木のこと、篠山みたいに俺に付きまとってるしつこいヤツと思ってそうだな。嫌悪感が剥き出しで、それが俺にも向けられているようで、嫌だ。

「せっかくだから、こっちに座れよ。ほら、昊は青の隣」
「うん…」

夏樹が柊木を自身の隣に強引に座らせた。
俺は一瞬だけ青を見て、青の隣に座る。家では毎日隣に座っているのに、なぜか緊張する。

「なに頼む?」
「えーと、俺はアイスコーヒー。昊は?」
「俺…」
「昊はアイスミルクティーだよ」
「…ああ、うん」

夏樹がメニューを柊木に渡して聞く。
俺の注文は、青が即座に決めた。
青は俺の好みをよく知っている。当然だ。生まれた時からずっと一緒の兄弟なんだから。俺のことを誰よりも知ってくれていることが嬉しい。でも逆に悲しくもある。兄弟という関係は、永遠に変えることができない。
隣からピリピリとした空気を感じて見ると、青が怖い顔で柊木を見ていた。
しかし柊木は全く気にもしていない。「へぇ、そうなんだ」と頷き、「覚えておくよ。他には何が好き?」と聞いてきた。
隣の青が、明らかにイライラとしている。
俺はあまり柊木と喋らないようにしようと決めて、青と夏樹を交互に見た。

「おまえら二人で何してたんだ?珍しくないか?たまたま会った?」
「あーうん、そう。そんで暑かったから店に入ろうってなった」

俺の質問に、夏樹が答える。青を見ると、俺と視線を合わせずに夏樹を見て頷いている。
先に視線を逸らせたのは俺だけど、気に入らない。気に入らないから、青を見つめて名前を呼ぶ。

「青」
「…なに?」

ほら、やっぱり。俺が呼ぶと、青は必ず俺と目を合わせる。昔からずっとそうだ。思い通りの結果に満足して、俺は口角を上げた。

「こんな暑い中、どこに行くつもりだったんだ?今日は部活は休みだろ」
「…本屋だよ。どうしても欲しい問題集があったんだ」
「ネットで買えるじゃん」
「すぐに欲しかったから」

俺は今度は逸らさずに、青の視線を受け止めた。しかし青の強い眼差しに根負けして言葉に詰まっていると、注文した飲み物が運ばれてきた。
俺はストローを突き刺しアイスミルクティーの氷をかき混ぜながら、青に聞く。

「で?買ったのかよ」
「まだ。本屋に行く前に夏樹に会ったから」
「ふーん」

なんだろう…面白くない。俺抜きで二人が会ってたから?俺は柊木と出かけていたし、二人は偶然に会ったそうだから、気になることは何もないのに。

「昊はどこに行ってたの?」
「…え?」

いきなり話をふられて、反射的に顔を上げた。別に隠す必要はない。ただ柊木と映画を観ただけ。友達となら普通のことだろ?柊木が俺に近すぎることが困るけど。距離感がおかしいんだよ。青の前でベタベタとするの、やめてくれよな。
俺は正直に話そうと口を開きかけた。しかし先に柊木が声を発した。

「映画だよ。先週公開したばかりの。知ってるかな」

柊木が優しい声音で言う。
しかし青は変わらず怖い顔のままだ。

「ああ、あれか。知ってます。なぁ昊、もう一つ観たいって言ってたの、あるじゃん。それは俺と行ってよ」
「いいぜ。いつ行く?」
「家に帰ってから相談しようよ」
「そうだな」

ようやく青の表情が穏やかになった。俺の好きな優しい顔だ。安心した俺は、アイスミルクティーを一気に飲んだ。
柊木もアイスコーヒーを飲み干し、腰を浮かしかける。

「じゃあ、そろそろ俺た…」
「昊と青、今から行けば?おまえら、中々日が合う時がねーだろ?」

夏樹が柊木の言葉に割って入ってきた。俺の気持ちを知っている夏樹が、協力しようとしてくれている。ただ青の反応が気になって、俺は恐る恐る青を見上げた。
青が一瞬驚いた顔をした後に、こちらを向いて笑顔で言う。

「そうだな。昊、今から行こうよ。柊木さんは昊と映画を観終わってるから、もういいですよね?」
「えー?俺、まだ昊と遊びたいんだけど」
「昊は?どうする?」

柊木の言葉など聞こえてないかのようにスルーして、青が首を傾けて俺を見てくる。
俺は、青が怒っていないことにホッとした。そしてゆっくりと頷く。当然、青といたいから。

「青、映画観に行くか」
「うん」

柔らかく笑う青に、俺の胸がキュウと締めつけられる。いまだかって、理由は分からないけど、俺にだけしか向けられたことのない優しい笑顔。そんな顔を向けられたら再認識してしまう。心から好きだ、青。
前方から柊木の不満気(ふまんげ)な声が聞こえる。

「行っちゃうの?つまんないなぁ」
「暇なら俺がつき合ってやるぞ」

面倒くさそうに夏樹が息を吐く。
先ほどまで温和な表情だった柊木が、真剣な顔になり周りの空気がピリッと冷えた気がした。

「いい、俺は昊と遊びたいんだ。今日はもう帰るよ」
「ふーん、そ」

夏樹の雰囲気も怖いものに変わる。
一応謝った方がいいのかと口を開きかける前に、柊木が席を立った。

「じゃあまたね、昊。今度は一日俺につき合ってくれよ」
「……ああ」

少し罪悪感を持った俺は、小さく頷く。途端に隣からも冷たい空気を感じて、()ねるように顔を上げて青を見た。
青は、なんの感情も読み取れないような冷たい目で柊木を見ている。

「柊木さん、昊も忙しいから、あまり邪魔しないでくださいね」
「それは昊が決めることじゃないの?弟くんにしろ宮下くんにしろ過保護だよねぇ。まあ、昊が魅力的だから仕方ないよね」

はは!と笑って机にアイスコーヒーの代金を置き、柊木は店を出ていった。
夏樹がテーブルの上の金を手に取り「俺達も出るか」と立ち上がる。
「そうだね」と青が腰を浮かせたので、俺も鞄を持って席を立った。

青と観る映画は、なぜか緊張した。いつもなら好みの映画を一緒に観て、後で感想を言い合うことが楽しみなのに。
俺と青は無言で映画館を出て、青の斜め後ろをついて行く。
目の前の大きな背中を見て、小さく息を吐く。やはり青は怒っている気がする。でも何に対して怒ってるのかがわからない。俺、なんかしたっけ?
俺のため息が聞こえたのだろうか。青が足を(ゆる)めて隣に来た。

「昊どうしたの?さっきの映画、つまんなかった?」
「いや、まあ面白かったと思う」
「ほんと?なんか口数が少ないから」

いや、おまえのせいだろうが。おまえだって喋んねーじゃん。俺がそっと顔を上げると、青と目が合った。
まだ何か言いたげな様子の青に、俺の鼓動が跳ねる。

「なに?」
「……聞いてもいい?」
「なにを」
「柊木…さん、ってなんなの?篠山みたいに昊のこと、好きなの?」
「は?なにそれ。ただの友達だ。気持ちわりーこと言うな」
「ごめん…」

柊木の名前を出されてイラついた。青に対してじゃない。ぐいぐいと距離を()めてくる柊木と、それを断れない俺に対して腹が立つ。
しかし自分が怒られたと思ったのか、青が黙ってしまった。
青の態度を見て、俺は少しだけ、あらぬ事を考える。もしかして青、嫉妬してる?俺と柊木のことを疑って…。はっ、そんなわけないか。青はきっと、兄が取られたように感じて寂しいだけなんだろう。そう考えて、今度は俺が悔しく感じて、目を逸らした青に俺を見て欲しくて、肩が触れそうな距離で歩いていた青の手を、そっと握った。
思惑通り、青が驚いた顔でこちらを向く。
俺はわざといたずらっぽく笑って、繋いだ手を持ち上げた。

「ほら、ここ人が多いじゃん。おまえが迷子にならないように、繋いでてやるよ」

一瞬、青が泣きそうな顔をした…と思ったけど、青も俺と同じように意地悪に笑う。

「は?子供の頃に迷子になってたの、昊の方じゃん。それに昊は変な人に絡まれやすいから、俺が守ってやるよ」

言葉の後に、青が意地悪な顔をやめて優しく笑った。それを見て俺は泣きそうになった。
なんだよ、そんな顔するなよ。勘違いするじゃんか。おまえが俺を、兄としてではなく、好きなんじゃないかって。
俺は笑みを消して、まっすぐに青の目を見つめた。ダメだ、言ってはダメだと脳内で俺が叫んでる。だけど想いが(あふ)れて(たま)らなくなった俺が、口を開きかけたその時だった。

「あれ、青くん?何してるの?」

すぐ真横から聞こえた声に、青がビクリと身体を揺らして俺の手を振りほどいた。
二人揃って横を向く。すぐ近くに肩より少し長い黒髪の、目の大きな女の子がいた。その大きな目が、青と俺を交互に見る。
青が俺を背後に隠すようにして、ためらうように話し出す。

「あ…佐藤さん、こんにちは。買い物に来たの?」
「うん。今から友達と会うんだけど…青くんも友達と?」

佐藤さんと呼ばれた女の子が、青の背中に隠れた俺を覗き込んだ。目が合った俺は、仕方なく小さく頭を下げる。その時、青が小さく息を吐いた。
とたんに俺の胸がツキンと痛む。「なんだよ、俺がおまえの知り合いと会っちゃ、マズイのかよ」と口の中で文句を言う。小さすぎて青にも佐藤さんにも聞こえてはいない。
今の青の態度で一気に気持ちが萎えた俺は、青と佐藤さんの横を通って、「先行くわ」とさっさと歩き出した。

「え?昊っ、待っ…」
「え?お友達どうしたの?」
「ごめんっ、またな!」

青が焦った様子で追いかけてくる。
俺は走り出した。走って逃げた。今、青の顔を見たら、余計なことを口走ってしまいそうで、怖くて逃げた。なんで手振りほどいたんだとか、一緒にいるとこ見られんの嫌なんだろとか。しかも友達ってなんだよ。否定しろよ。まあ否定したって、兄だと紹介されるだけだけど。
俺は人をかき分け細い路地に逃げ込む。しかしろくに運動もしていない俺が、サッカー部の青を撒けるはずもなく、呆気なく追いつかれてしまう。
俺は掴まれた手を強く引く。だけど青の手の力は強くて離れない。

「なに…追いかけてくんな」
「なんでだよ。先に行くなよ」
「別に…いい歳して兄弟で出かけてるの、見られたくないだろ」

決して青の方を見ないようにして、嫌な言葉を口にする。くそっ、何言ってんだ俺…。自分が嫌になる。こんな拗ねたような態度、したくないのに。
クイと手を引かれて足を前に出した。
青が俺の手を引いて歩き出したのだ。
俺は、汗でTシャツの色が変わった青の背中を見る。

「なあ、家に帰りたいんだけど」
「そのつもりだけど?同じ家に住んでるんだから、一緒に帰るよ」
「でもさ、おまえ、あの子置いてきてよかったのかよ」
「なんで?ただのクラスメイトだし、今は昊といるじゃん」
「でも、俺といるの、見られたくなかったんだろ?」
「なんでそう思うの?」
「すげー勢いで手を離したじゃん」
「…あれは」

言い淀んだ青に、俺はなんだか泣きそうになった。これ以上話すと声が震えてしまう。
結局俺と青は、家に着くまで何も話さなかった。