「けっこう人が多いな。昊、手…繋ぐ?」
「はあ?やだよ」
「じゃあ俺のシャツ掴んでてよ」
「だからなんで俺がはぐれると思ってんの?」
「だって昊、方向音痴じゃん」
「う…」

図星を指されて昊が不満そうな顔で足を止める。
そんな顔もかわいいと見とれている間に、俺の身体がどんどんと人波に押されて、昊と離れてしまう。
俺は必死で人をかき分けて昊の所へ戻ると、しっかりと手を握りしめた。

「あっ、おい!」
「離さないよ。昊とはぐれたら俺、心配で祭りどころじゃないから」
「逆じゃね?俺の方が青を守らないとじゃん」
「弟が兄を心配するのも当然だろ?それより早く夏樹たちと合流しよう。花火見るのにいい席取れたってメール来てたから」
「うん…」

俺が腕を引くと、昊は素直について来た。男同士、しかも弟に手を引かれることに抵抗があるんだろう。でも俺は離さないよ。誰に見られたって気にしない。むしろ見てほしい。俺の大切な昊は、絶対に俺が守るんだ。


今日、俺が部活から帰ってくると、昊がリビングのソファーで寝ていた。シャワーを浴びた後らしく、パンツだけを履いた無防備な姿で。
その姿を目にした瞬間、俺は思わず持っていたカバンを落とした。大きな音に昊が起きるかと思ったけど、よほど疲れているのかビクともしない。俺は足音を立てないよう静かにソファーに近づき、膝をついた。白い肌をさらして眠る昊。伏せられた長いまつ毛が、時おりピクピクと震えている。

「夢でも見てるのか?俺の夢だといいな…」

ほとんど音に出ない声で呟いて、白い身体を見ていく。昊の裸を初めて見るわけじゃない。俺が中学に入るまでは一緒に風呂に入っていたし、今でも風呂上がりの昊と鉢合わせすることもある。まあいつも、冷静ではいられないけど。今も目の前の裸体を見て、俺の胸がドキドキとうるさい。
俺はそっと昊の頬をさわる。なめらかで柔らかい。次に背中に触れる。きれいな背中だ。スベスベの手触りで、吸い付きたくなる。そう思った時にはもう、肌に唇を寄せていた。
ああ…ボディーソープとは違う、いい匂いがする。俺は何度もキスをして、首の後ろを強く吸った。少しだけ顔を離して見ると、きれいにキスマークがついている。嬉しい。俺のものだという印みたいで嬉しい。調子に乗った俺は、うつ伏せで寝ている昊のパンツに手をかけた。ゆっくりと下げて、あらわになった丸くて白い尻に目が釘付(くぎづ)けになる。

「やばい…」

頭がクラクラする。かわいい、うまそう、エロい。あの尻を割って、穴に指を入れたらどんな反応をするんだろう。昊と身体を(つな)げて昊の中に欲を吐き出したら、どんなに気持ちいいだろう。どんなに満たされるだろう。
その時、昊が頭を上げた。
俺は慌てて昊のパンツを元に戻す。
昊は寝ぼけているのか、寝返りを打って、再び眠った。
今度は、仰向(あおむ)けになった昊の胸に目が離せなくなる。女の人のように膨らんではいない胸なのに、興奮する。俺の股間が反応して硬くなる。俺は人差し指でそっと、ピンクの乳首に触れた。
冷房が効きすぎたリビングが寒いのか、乳首が固くなっている。めちゃくちゃかわいくてエロい。さすがにここを舐めたら起きてしまうと躊躇(ちゅうちょ)したけど、止められなかった。俺は顔を近づけて舐めた。一瞬、昊の身体が揺れたが起きない。口に含んで軽く吸ってみた。まだ起きない。俺は欲望のままに両方の乳首を吸った。
無意識で出てるのだろうけど、たまに昊の口から甘い声が()れて、俺は限界を迎えた。名残惜しく唇を離し、トイレへと走る。痛いほどガチガチになった股間のモノを扱いて、便器の中に欲を吐き出した。

「なにやってんだよ…俺」

トイレットペーパーで残滓(ざんし)を拭いて流す。パンツを()き大きく息を吐き出すと、リビングに戻り再び昊の顔を覗き込んだ。
俺が執拗(しつよう)に舐めたせいで、乳首が赤く尖っている。やばい…また股間に熱が集まりそうだ。
俺は昊の顔を見つめた。生まれてからずっと見てきた顔。好きだ。心から大好きだ。この想いを告げることはできないけど、俺は昊だけを愛し続けるよ。だから今だけ…俺の勝手な行動を許して。
ゆっくりと顔を寄せ、赤い唇にキスをする。唇を触れ合わせるだけのキス。この口内に舌を入れたら、どうなってしまうのか。きっと夢中になって止まらなくなる。でも俺を仲の良い弟だと思ってる昊に、それはできない。今は、このキスで十分だ。
そっと顔を離して、昊の柔らかい髪の毛を撫でる。かわいい。頭の形までかわいい。

「こう…起きて、風邪ひくよ」
「ん…」

昊がモゾモゾと動き出した。今度こそ起きる?俺はもう一度と柔らかい頬にキスをする。
いきなり昊が目を開けた。
俺は慌てて昊から離れた。キスしたの、バレた?大丈夫だよな?
昊が欠伸(あくび)をしながら起き上がり、俺を見て首を傾げた。

「…おかえり。わり…寝るつもりなかったんだけど。もう時間?」
「まだ…大丈夫。俺もシャワー浴びてくるから、昊は早く服着ろよ。部屋めちゃ冷えてるし風邪ひくよ」
「わかった…てか青、さっき俺になんかした?」
「…よく眠ってたから頬をつっついた」
「おま…幼稚なことしてんなよな。俺の寝顔で遊んでたのかよ」
「無防備に寝てる昊が悪い」
「くそっ、今度し返してやる」
「いつでもどうぞ」
「生意気、早く行けよ」
「昊も早く服着て」

俺は笑ってリビングを出て行く。洗面所に向かいながら、激しい鼓動に胸を押さえる。今頃になって、大胆なことをやり過ぎたと怖くなった。昊の許しもないのに、やり過ぎたと震えた。



昊の手をしっかりと握りしめて進み、土手の斜面に並んで座る夏樹と颯人を見つけた。

「あっ、いた!昊、ほらあそこに…」
「ああ」

俺が指をさした先を、昊が見る。

「もういいだろ…手、離せよ」
「え、いいじゃん。このままで」
「はあ?手繋いで花火見んの?はぐれる心配ねぇから必要ないじゃん」
「でも…昊とこんなふうに手を繋ぐの久しぶりだろ?離したくない」

俺の心の内を吐露(とろ)し過ぎたかなと、ドキドキしながら昊を見つめた。
昊はまっすぐに俺の目を見て「ダメだ」と無理矢理手を離してしまった。
先に夏樹と颯人の所へ向かう昊の背中を、ぼんやりと目で追う。拒否られた…当たり前なんだけど。でも…ショックだ。仕方ねぇなあと笑って、手を繋ぐことを許してくれる気がしたんだ。でも無理か。昊はもう、高校生だもんな。俺だって中学生だし昊よりデカくなっちゃったし。俺が昊よりも小さい小学生だったら、繋いでくれたのかな。でもそうしたら、昊を包み込むように抱きしめられない。俺はもっと大きくなって、全ての事柄から昊を守りたいんだ。
俺に気づいて手を振る颯人に笑って、昊の後から二人に近づく。そして昊の細い背中を見ながら「あれ?」と気づく。
昊に拒否されてショックを受けたけど、俺が離したくないと言った時の昊の顔…泣きそうになってなかった?俺の見間違い?もしかして昊は、俺の気持ちに気づいてるのかなと期待する。でも違うな。もし俺の気持ちに気づいてたなら、昊の性格上、きっとよそよそしくなる。手も繋がせてくれない。やはり昊の中で俺は、たった一人の弟だ。

花火は綺麗(きれい)だった。どん!と身体の奥に響く音にテンションが上がった。何度も盗み見た昊の横顔も綺麗だった。
帰り道、夏樹と颯人が浴衣姿の女の子を見ては「可愛い」だの「きれい」だの言ってたけど、俺は何の感情も浮かばなかった。どんなに華やかにしてる子を見ても、心は動かない。やはり昊が一番かわいくて綺麗。昊だけが輝いて見える。
夏樹と颯人と別れて二人きりになった。周りに人もいない。俺たちを見ているのは月だけ。もう一度手を繋ぎたいと、俺はそっと昊の指に触れた。
昊の身体が揺れたけど、少しだけ指を(から)めてくれた。嬉しい。心臓の音がヤバい。顔がにやける。強く昊の手を握りしめようとしたその時、後ろから声が聞こえた。

「昊、会えてよかった」

昊が手を解いて振り返る。
俺も振り返ると、背の高い男が不気味に笑っていた。

「おまえ…」

昊が不機嫌な顔になる。

「昊、知り合い?」
「…同じ学校のやつ」

俺が昊の顔を覗くと、ボソッと呟いた。
男は「いやだなぁ」と大げさに肩をすくめる。そして俺と昊に近寄ってきた。

「友達なのに、そんな言い方、寂しいじゃん」
「友達…」
「そうだよ。君はだれ?」
「俺は…弟です」
「弟くんなんだ!あまり昊と似てないね」
「そうですかね」

ヤバい。俺の声も不機嫌になってる。こいつ、なんで昊のこと呼び捨てにしてるの?友達っていつから?昊からも夏樹からも聞いてないんだけど。それに明らかに昊に好意を寄せてるよな。そんな目で昊を見てる。篠山が離れたと思って安心してたのに、もう悪い虫がついたの?くそっ!どうして俺は、昊から二年も遅れて生まれたのだろう。どうして兄弟なのだろう。堂々と気持ちを伝えて守りたいのに。誰も昊の傍に近づけさせないのに。昊はまた、篠山の時のように、こいつとつき合ったりしないよな?
俺は昊の腕を掴み「急いでるので」と男に背中を向ける。

「待って待ってっ」

昊の腕を引いて歩き出すと同時に、男も昊の腕を掴んで引き留める。
「痛っ」と言う昊の声を聞いて、俺は男を睨んだ。

「なにか?手、離してください」
「怖い顔だねぇ。弟くんに用はないよ。昊に話してんの」
「またにしてもらえますか?急いで帰らないといけないので」
「えー?弟くん、めっちゃ邪魔してくるね?お兄ちゃんのこと、大好きなんだな」
「そうですよ、大好きなんで」

俺が一番昊のことを知ってる。誰よりも愛してる。そう口に出して言えたなら。あんたには渡さないと言えたなら。俺が口にできるのは、兄弟として好きだということだけだ。
「ふーん」と値踏みするように俺を見てくる男。月灯りの下ではっきりと顔がわからないけど、整った顔立ちのようだ。その顔なら、女子にもモテるだろうに。昊に興味を持たないで欲しい。
昊と手を繋いで幸せだったのに邪魔をされて、暑くて、イライラが募っていく。早くどっかに行ってくれないかな、邪魔なんだけど。頭の中で言った言葉が、口から出てしまったらしい。
男が「邪魔?」と、笑顔から一転、冷たい表情になった。
俺は男の手を昊の腕から引き剥がすと、無言で男に背を向けて歩き出した。
昊が後ろを気にする素振りを見せたけど、知るか。アイツとは関わりたくない。昊にも関わってほしくない。同じ学校だというなら、夏樹に聞いてみよう。昊を関わらせないよう、頼んでみよう。
男が再び昊を引き留めるかと思ったけど、追ってはこない。ホッと安堵していると「昊、また連絡する」と声がした。
俺はカチンときた。しつこい。まるで篠山の時みたいだ。どうしてこうも昊は、しつこいヤツに好かれるのか。昊を好きなのは、俺だけでいい。
しかし文句を言おうと軽く舌打ちをして振り向いた時にはもう、男の姿はなかった。

「…どこ行った?」
「そこの角を曲がってったぞ」
「ふーん。昊、アイツだれ?友達って言ってたけど」
「友達じゃねぇ。ただの同級生。隣のクラスだし」
「でもアイツはそう思ってないみたいだったけど?篠山みたいに昊のこと好きなんじゃないの?」
「ちげーよ。だとしても、おまえには関係ねぇだろ。なに怒ってんだよ…意味わかんねぇ」
「別に…怒ってない」

ポツリと呟いて、繋いだままの昊の手を引いて歩き出す。
昊が「離せよ」と手を引いたけど、離してやらない。
俺は、俺の物だというように、昊の手を強く握りしめた。そして二人とも何も話さず、家までの道のりを歩いた。


祭りの日から一週間後、夏樹と会った。塾で忙しい中、俺が「相談がある」とメールを送ると時間を作ってくれた。夏樹こそ、兄のように優しくて頼れる存在だ。夏樹のような人なら、昊の友達として傍にいても不安にならない。
逆に昊には頼られたい。兄だけど恋人になりたい。常にそう、願っている。
夏樹とは駅前で待ち合わせた。近くのカフェに行き、話を聞いてもらうつもりだ。
昊は昼から出かけていった。友達と会うと言って。「友達って誰?」と聞いたけど、「おまえの知らないヤツ」と名前を教えてはくれなかった。もしかしてこの前のアイツかと聞く前に、昊はサッサと出てしまった。でも昊はアイツのこと、友達じゃないと言ってた。だから違うと言い聞かせ、俺は時間になるまで課題をやった。

「青、遅くなった、悪い」
「大丈夫だよ。夏樹こそ、来てくれてありがとう」

考えごとをしていると、夏樹が笑顔で現れた。
その顔を見て、重い気持ちが少しだけ軽くなった。

「青が誘ってくるなんて珍しいよな」
「そうかな」
「もしかして初めてじゃね?どうする?この先に新しくできたカフェ…じゃなくて前からある店に行く?新しい店が混んでるだろうから、そっちは空いてるだろ」
「じゃあそうする」

俺は頷くと、夏樹と並んで歩き出した。
夏樹は昊より背が高いけど俺よりは低い。だからといって可愛いとは全く思わない。俺より身長が低くて可愛いと思えるのは昊だけ。昊は今、何をしてるんだろうか。俺の頭の中は、四六時中昊でいっぱいだ。
最近オープンしたばかりのカフェの前を通り過ぎる。すごい人気だ。行列ができている。ほぼ女子ばかりだけど。外に置いてあるメニューを見ると、数種類の美味そうなパンケーキの写真がある。

「ふーん、これ目当てで、みんな並んでるのか。昊が好きそう」

足を止めた俺の隣に来て、夏樹がメニューを覗き込み俺を見た。
メニューから視線を外して夏樹と目を合わせる。

「なに?」
「いや…さすが昊の好みをよく知ってるなぁと思ってさ」
「そりゃあ知ってるだろ。何年傍にいると思ってんだよ」
「そうだよな、兄弟だもんな」
「…夏樹だって、昊の好みくらい知ってるだろ」
「まあな。でもおまえほど知らねぇよ」

当たり前だ。俺より昊のことを知ってるヤツがいたら許さない。という言葉を飲み込んで、「暑いから早く行こう」と足早にカフェから離れた。
目的の店も、行列はできてないけどほとんどの席が埋まっていた。運良く空いていた窓側の席に向かい合って座る。夏樹がアイスコーヒーを頼み、俺はアイスカフェオレを頼んだ。

「なに、青もコーヒー苦手?」
「ブラックは苦手。ミルク入れたら飲める。砂糖はいらない」
「へぇ、昊より大人だな。昊は紅茶しか飲まないよな」
「しかも砂糖入り。甘いものが好きだから」
「それなー。昊って見た目冷たい感じするじゃん?なのに甘いフラペチーノとか飲むじゃん?それを見た女子が騒ぐんだよ」
「なんて?」
「ギャップ萌え!かわいい!ってさ」
「……ふーん」

思わず舌打ちするところだった。なんだよ、昊のバカ。他のヤツらに可愛い所を見せんなよ。昊が可愛いっていうのは、俺だけが知ってたらいいんだ。

「なに?機嫌悪い?」
「悪いよ」

俺は素直に今の気持ちを口にした。
夏樹が腕を組んで、意味ありげに笑って見てくる。
夏樹が今、何を考えているのかわからない。でもたぶん、昊のことになると感情の起伏が激しくなる俺を、子供みたいだと思ってるのだろうと小さく息を吐いた。

運ばれてきたアイスコーヒーを一口飲んで、「それで相談って?」と夏樹が俺の目を見た。
俺はアイスカフェオレの氷をストローでクルクルとかき回して「あのさ…」と口を開く。

「なんだよ、いつもハキハキと言う青が珍しいな」

確かにそうだ。俺は聞きたいことがあれば堂々と聞く。嫌な返事だったらどうしようとビビりすぎだ。俺もグラスに落としていた目を上げて夏樹に向ける。

「…先週の祭りの帰り、夏樹と颯人と別れてから変なヤツに声かけられたんだ。昊の知り合いっぽい」
「昊の?誰だろ?名前は?」
「知らない。昊はただの隣のクラスのヤツだって言ってたけど…相手は友達だって昊に馴れ馴れしかった。だから夏樹も知ってる人かなと思って」
「どんな人だった?背、高い?」

夏樹の表情が変わった。心当たりがあるのだ。
俺は少しだけ身体を前に出す。

「俺くらいの身長がある。外灯の明かりのせいかもしれないけど、明るい茶色の髪だった」
「ああ…あいつか」
「知ってるの?」

思わず腰を浮かせかけて、夏樹に「落ち着けよ」と止められた。
俺は腰を落とすと「だれ?」と低く聞く。
夏樹はアイスコーヒーを半分まで飲んで、小さくため息をついた。

「…ややこしくなりそうだな。あのな青、そいつはたぶん、隣のクラスの柊木ってヤツだ」
「ふーん、隣のクラスって仲良くなる接点あるのかよ」
「いや…うん…うーん…」
「なんだよ、歯切れ悪いな。頼むよ、教えてくれよ」
「おまえ…怒るなよ」
「…話による」
「じゃあ言わねぇ」
「なんでだよっ、わかった…怒らないから、話してほしい」

夏樹がこちらに顔を近づける。
俺も夏樹に顔を寄せた。

「あのな、前に篠山が家に来て、昊を連れ出した時あっただろ?」
「あー、あの最悪な日」
「ふっ、なんだそれ。青、よく聞けよ。篠山は昊とつき合ってると言ったらしいが、昊はつき合ってるつもりは無かったようだ。友達のようなつき合いだったって。だけどあの日、もう会わないと言った昊にキレて、篠山が昊に手を出した」
「はあっ?」

思わず大きな声が出た。声が出たけど立ち上がらなかっただけ、褒めてほしい。
夏樹が即座に俺の口を手で塞いだ。
俺は机を殴りたい衝動を抑えて、手を固く握りしめる。
夏樹の手が離れると、自分でも驚くほどの低い声が出た。

「あいつ、何した?」
「…昊を壁に強く押さえつけたみたいだよ。そこに柊木が通りかかって助けてくれたらしい」
「そう。篠山は?」
「よくわからないけど、柊木が昊から引き剥がして遠くに連れて行ってから、戻って来なかったそうだよ。それ以降、昊は篠山をブロックしたし会うこともないから、昊も篠山がどうしたか知らないってさ」
「次に篠山に会ったら殴ってやる」

夏樹が椅子にもたれて「そんな怖い顔すんなよ」と苦笑する。

「それに…ほら、昊が心配そうにこっちを見てるぞ」
「えっ、なに言って…」

驚いて顔を上げ、夏樹の目線をたどって振り返ると、昊と柊木という男が並んで通路に立っていた。

「昊っ」
「やあ弟くん、こんにちは。偶然だねぇ」
「ちっ…」

俺の舌打ちを聞いて、夏樹が俺の手に触れ首を振る。冷静になれと目で言ってる。俺は今すぐに昊を引き寄せたい衝動を我慢した。
柊木という男が、にこやかに笑いながら手を上げる。
なんだようっとうしい。腹が立つ。俺は昊に話しかけたんだ。おまえにじゃない。それに悪い予感が当たった。やっぱり昊は、柊木と会っていたんだと気持ちが重くなった。
夏樹が席を立ち柊木の前に行く。

「どうも、昊と同クラの宮下です。昊とは小学校からの友達」
「あ、知ってる!クラスの女子が君のこと話してたから。へぇ、宮下くんは昊の家族とも仲良いんだ?」
「そうだね。青は弟みたいなもん」
「ふーん」

柊木が俺を見てきたけど無視をする。
俺は昊を見つめた。本当にただの友達として接してるのか見極めるために。しかし昊は、俺と目が合うなり逸らしてしまう。なんで?なんか隠したいことでもあるの?そう思って昊にも腹が立ったけど、俺が怒ったところで昊には関係ない。俺は昊の恋人ではない。ただの弟なのだから。

「せっかくだから、こっちに座れよ。ほら、昊は青の隣」
「うん…」

昊がチラリと俺を見て目を逸らせた。
昊の態度に不安が増したけど、昊が隣に来てくれて少しだけ安堵する。
一方、「強引だなぁ」と苦笑する柊木を、夏樹が隣に座らせてメニューを渡す。

「なに頼む?」
「えーと、俺はアイスコーヒー。昊は?」
「俺…」
「昊はアイスミルクティーだよ」
「…ああ、うん」

俺は、昊にかぶせるように言った。昊のことは誰よりも知っている。そのことを柊木に見せつけるために。だけど兄弟だから当然のことだ。
案の定、柊木は特に何も思っていない様子で「へぇ、そうなんだ」と笑った。

「覚えておくよ。他には何が好き?」

続けて言う柊木にイライラする。ここに俺と昊と夏樹の三人だけでいたなら楽しいのに。柊木は邪魔だ。
そんな風に思ってしまって、俺は心が狭いなと小さく息を吐いた。
しかし昊は、柊木の質問に答えるつもりはないらしい。
俺と夏樹を交互に見て首を傾けた。

「おまえら二人で何してたんだ?珍しくないか?たまたま会った?」
「あーうん、そう。そんで暑かったから店に入ろうってなった」

俺は黙って夏樹を見た。
俺から相談を受けたと聞くと、昊はしつこく聞くだろう。俺も相談内容を昊に知られたくない。
だから夏樹と話を合わせることにした。