昊は成長するにつれて、どんどんと綺麗(きれい)になっていく。


俺が中学に入った頃には、その辺の女の子達など(かす)んでしまうくらいに昊は綺麗だった。
そのせいで、やたらと男にモテた。
俺が中学に入る前からモテていたみたいだけど、中学に入ってからも、昊が男に告白されている所を何度も見かけた。
昊は全て断っていたけど、たまにしつこい奴がいる。
俺が傍にいる時は、強引に迫る奴から昊を守っていた。
俺が傍にいない時は、昊の親友の夏樹が守ってくれた。
昊に言い寄る奴らにイライラしたけど、昊がそいつらと付き合うことはないと安心していた。
でも中一の二学期に入った頃に、あいつが現れたんだ。
俺のサッカー部の先輩、篠山海音が。

その日は部活がなく、昊と一緒に帰る約束をしていた。
俺が先に門で待っていたけど、なかなか昊が来ない。
まだ終わってないのかとスマホを取り出していると、夏樹が急いで歩いて来るのに気づいた。

「夏樹、終わったの?昊が来ないんだけど」
「青、よかった。おまえを(さが)してたんだよ」
「なに?」
「…おまえ、怒るなよ?昊、サッカー部の篠山に連れて行かれたんだよ。俺もついて行こうと思ったけど、どうしても外せない用事があってさ。だからおまえを捜してた。早く行って昊を守ってやれ」
「わかった。どこ?」
「体育館の方に向かってたぞ。青、手は出すなよ」
「さあな。夏樹っ、ありがとう」

夏樹が笑って手を上げる。
俺も手を上げながら、体育館に向かって走り出した。

体育館の周りを歩いて昊を捜す。すぐに学校をぐるりと囲む塀と体育館の間にいる昊と篠山を見つけた。
篠山が昊の肩に手を置いて、極端に顔を近づけて何かを話している。
俺はカッとなって飛び出そうとしたけど、こちらに顔を向けた昊と目が合いやめた。本当は飛び出して篠山を殴りたい。俺の昊に触れるなと叫びたい。だけどそんなことは、してはダメなんだろう。俺は気にしないけど、昊が周りから変な目で見られたら困る。それに…俺は昊が好きだけど、昊は俺を弟として見ている。当たり前だ。だから俺の気持ちはバレてはいけない。バレて昊が離れてしまったら嫌だし辛い。だからせめて弟としてでいいから、昊の傍にいたいんだ。
少し様子を見ようと壁の陰に隠れていると、走ってくる足音が近づいてきた。昊だ。
俺は両手を広げて待ち構える。すぐに昊が現れて俺の胸にぶつかった。俺は強く抱きしめる。

「いってぇ…あっ、青っ。大丈夫か?」
「俺は大丈夫…。てか、あいつに何言われたの?」
「あー…告白された…」
「ちっ!またかよっ。どいつもこいつもムカつく!昊も呼び出されたらすぐに俺を呼べよ」
「えー。だって今日のは待ち伏せされたんだから仕方ねぇよ」
「…昊はなんて言ったの」
「無理って言った。だって篠山のこと、そういう風に見てないし。はあ…本当に困るよ。なんで男にばっかモテるんだろ。俺も青みたいに(きた)えた方がいいのかな…」

俺はギョッとする。
昊は抱きしめると柔らかい感触がする。女の裸を見たことはないけど、たまに洗面所で鉢合わせた時に見る昊の裸体は、誰よりも白くてきれいだと思う。

「青?どうした?」
「別に。じゃあ帰るよ」
「おう。なんか腹減ったなぁ。どっか寄る?」
「寄ってもいいけど…。母さんが今夜はハンバーグだって言ってたと思う」
「えっ!マジでっ?じゃあ早く帰んないとなっ」
「ぷっ!」
「なんだよ…」
「昊はかわいいよな」
「はあ?子供っぽいって言いたいのかよ。おまえの方がまだまだ子供じゃねぇか」
「ええ?どこが…」
「図体はデカくなったのに俺と一緒に寝たがるところ。おまえに場所を取られて狭いんだよ」
「えー。じゃあ別で寝る?」
「いや…まあ…いんだけどよ」

照れてふい…と顔をそらす昊が、愛しくてたまらない。
俺に文句を言ってても、俺が寂しそうにするとすぐに折れてしまう昊。好きだ。大好きだ。この気持ちを昊に話すことはない。だけど誰よりも傍にいて、昊を守るから。だから昊も俺の傍にいて。

昊がはっきり断ったというのに、篠山はしつこかった。
昼休みになると昊のクラスに来て、一緒に弁当を食べようとする。昊が断っても引かないらしい。
見かねた夏樹が、四時限目の授業が終わるとすぐに、昊を空き教室へと連れ出してくれた。
俺もその教室に行き、しばらくは三人で食べていたけど、そのうちに颯大も加わって四人になった。
颯大とは小学一年の時からの友達だ。昊にもよく懐いている。一時は昊のことが好きなんじゃないかと勘ぐりもしたけど、好きは好きでも(あこが)れの好きだった。そして、俺の気持ちを知る唯一の人物。俺が自分の気持ちを打ち明けた時、嫌がったり軽蔑(けいべつ)したりせずに、真剣に聞いてくれて「(むく)われないのは辛いよな」と(なぐさ)めてくれた。本当に優しくて良い奴なんだ。
その颯大に空き教室で弁当を食べることになった流れを話すと、「俺も行く」と付いてきたのだ。

しばらくは平穏だった。篠山もようやく諦めたのか、昊のクラスに来ることも無くなった。
そして秋も深まる頃に、文化祭が開催された。
文化祭と言えば、定番の男女逆転メイド喫茶がある。だけど中学では飲食販売は禁止だ。
俺は厳しい校則に感謝した。マジでよかった。もしそんなもんが(もよお)されたら、絶対に昊は女装させられる。みんなが昊に()かれてしまう。俺はなるべく、誰にも昊を見せたくないんだ。
結果中学生らしく、俺のクラスはお化け屋敷を、昊のクラスは迷路を作った。
文化祭当日、俺は昊と回りたかったし、そうしようと思っていた。だけど、どうしても休憩時間が合わない。
俺は不貞腐(ふてくさ)れながら颯人と受付に座っていた。すると見かねた颯人が、クラスの奴に休憩時間を変わってほしいと頼んでくれた。
俺はその人物を見て、少しだけ迷った。
俺のことを思って頼んでくれた颯人には感謝する。だけどなんでその子に頼んじゃうかな。その女子は、俺に告白してきた子だった。当然断ったのに、借りを作りたくはないんだよな…。

「青、よかったな!早く行けよ」
「あ…うん。悪いな」

でも颯人の好意とその子の善意を無下(むげ)にはできない。
俺は颯人と女子に手を上げると、三年生の教室へと急いだ。

昊の教室に着くと、タイミングよく昊が出てきた。

「昊!」
「青?まだ休憩じゃないだろ?」

俺は昊の前で足を止め、太ももに手をついて肩で息をした。

「はあっ…あー疲れたっ」
「走ってきたの?」
「そう…」

俺の額から頬に流れ落ちた汗を、昊が手のひらで(ぬぐ)う。
俺の心拍数が一気に上昇する。
俺を見上げながら「あつそーだな」と笑う昊が愛しくてたまらない。俺より頭一つ分小さな昊がかわいくて、強く抱きしめたくてたまらない。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えて、昊に手を伸ばしかけたその時、夏樹に呼ばれて正気に戻った。

「青じゃん。なにしてんの」
「…休憩時間、代わってもらったんだ。だから昊と回ろうと思って来た」
「そうなんだ?じゃあ早く行こうぜ」
「うん…」

俺は(うなず)き、昊の腕を掴んで笑う。

「ごめん昊…俺の汗、ついちゃったね」
「いいぜ。こうやって拭けばいいし」
「おいっ、俺のシャツじゃん!」
「あははっ!だっておまえの汗だし?」
「そだけど!」
「ほら行こう。時間が無くなる」
「うぐ…」

昊が、俺に掴まれた腕を引いて歩き出す。
昊の腕を掴んでるのは俺なのに、まるで昊に手を引かれているような感覚になり、なんだか嬉しい。
周りの人達に見られてる気がするけど、どうでもいい。昊が触れるのは、俺だけなんだ。昊に触れていいのも、俺だけなんだ。周りのヤツらに見せつけてやる。
夏樹を先頭に廊下を進んでいると、視線を感じて横を見た。

「ちっ…」

自然と舌を打ってしまった。
篠山だ。教室の扉の前に立ち、腕を組んで俺を(にら)んでいる。
くそっ、嫌なヤツに会ってしまった。なんだよあの目…絶対にまだ昊を(あき)らめてないじゃん。俺が昊の腕を掴んでるから、怒ってる目じゃん。
俺は昊の腕を強く引いた。
昊がよろけて、俺の胸に倒れてくる。

「うわっ!青っ、なに…」
「ムカつくやつがいた。昊、あっち見んなよ」
「え?」

しまった、余計なことを言った。見るなと言われれば見たくなるのが人間というものだ。昊が振り返り、篠山が照れたように笑った。しかしなれなれしく手を上げかけた篠山を無視して、昊が歩き出す。

「ほんとだ。胸糞(むなくそ)わりぃから早く行こうぜ、青、夏樹」
「ははっ!おまえってキレイな顔してんのに毒舌ぅ」
「夏樹うるせー」
「口も悪いんだからぁ」
「数学のノート貸さなくてもいいんだな?」
「あっ、あっ、ウソですごめんなさい昊くん」
「あははっ!」

二人の軽快なやり取りを見て、俺の気持ちが明るくなった。この二人は本当に仲がいい。それに夏樹は昊を変な目で見ていない。純粋に友達として仲がいい。だから俺は、夏樹が昊の傍にいてくれることに、心底安心してるんだ。