青とセックスした。ずっとそうならないように避けていたけど、我慢の限界だった。
だって俺は、青が好きだ。どんなに諦めようとしても無理だった。柊木の告白を受け入れてつき合ったけど、キスもセックスも無理だった。触られることや身体へのキスは許したけど、唇だけは守った。青とキスした記憶を大切にしたかったから。挿入も無理だった。柊木とセックスしてしまえば、青のことを少しでも諦められるかなと思い、試みてみたけど、俺の身体が拒否した。まず柊木の指一本すら入らない。痛くて気持ち悪くて吐きそうだった。柊木も、そんな俺を見て、無理に入れようとはしなかった。柊木は、優しくていい奴なんだ。柊木を好きになれたら良かったと思う。だけどごめん。俺は、青しかいらない。青だけなんだ。柊木も気づいてたと思うけど、俺は柊木を利用した。青とセックスした今、柊木に話さなければ、謝らなければいけない。
柊木が傍にいてくれて、俺は救われてたよ。青と一緒にはなれないことで、辛くてしんどくて心が壊れそうだったけど、柊木が優しくて救われていたんだ。でも利用するだけ利用して、青が手に入ったから別れるなんて、ひどいよな。ほんとごめん。でも柊木は、優しいから「仕方ないな」と許してくれる。だから俺みたいなひどい奴じゃなく、優しい人と、幸せになってもらいたい。

セックスの後、青と一緒に風呂に入った。まだ母さんは帰っていない。だから二人でインスタントラーメンを食べて、歯を磨いて、それぞれの部屋で寝た。
青は一緒に寝たいと言ったけど、母さんに見つかるとまずい。ようやく普通に戻ってるのに、またおかしくさせてしまう。でも青を受け入れたのだから、いつまでも内緒にはしておけない。この先のことを、考えないとダメだ。だけどもう少し待って。今は、この幸せだけを感じていたい。
ドアの前で拗ねる青にキスをして、おやすみと笑ってドアを閉めた。
部屋に戻る青の足音を聞いて、ベッドにうつ伏せに倒れる。

「腰いて…。青のやつ、無茶しやがって。でも嬉しい」

俺は腰を摩りながら目を閉じる。
青の素肌の滑らかさ、久しぶりのキス、痛くて圧迫感が半端なかったけど、まだ腹の中に残る青のモノの感触。全てが俺を幸せにしてくれる。青、好きだよ、愛してる。大学を出て働くようになって自立できたら、家を出て二人で暮らそう。
疲れていた俺は、夢を見ることなく朝までぐっすりと眠った。


昨夜から昼まで、俺は幸せだった。
だけど今は、とても不幸せだ。
だって、俺の目の前で、青が女の子の部屋に入っていった。肩に腕まで回して。なに?彼女いるんじゃん。それなのに俺を抱いたのかよ。サイテーだな。


休みの今日、少しでも早い方がいいと思い、柊木を呼び出した。いつも待ち合わせに使っていたカフェに現れた柊木の顔を見て、心が痛んだ。辛さから逃げるために柊木を利用して、今は幸せになったからと柊木と別れようとしている。我ながらひどいと思う。
だから、罵られても殴れてもいい覚悟で別れを告げた。
柊木は冷静だった。静かに「どうして?」と聞いた。

「ごめん、好きな人といたいから」
「ふーん、両思いになったんだ?」
「…そうだ」
「そっか。昊がそうしたいならいいよ。俺は少しの間だったけど、昊と付き合えて満足だよ」
「柊木…ありがとう」

柊木は「最後まで下の名前で呼んでくれなかったね」と寂しそうに笑った。そして柊木を残して店を出て、青に「今から会いたい」とメールを送ったのだ。
でも返事が来なかった。青も今日は休みだし、友達と出かけてるのかもしれないと、家へ帰ろうと駅に向かった。そこで女の子といる青を見かけ、心配になって後をつけた。
賑やかな駅前から離れ、住宅街へ向かう二人の背中を見ながら、家まで送ってあげてるだけだと思った。だって青は優しいから。でもそうじゃなくて、青が女の子の肩を抱いてアパートの部屋の中に入ってしまった。
すぐに出てくると期待したけど、しばらく待っても出てこなかった。
ショックだった。手足の指先が急速に冷えてきた。だけど青を想う気持ちは冷めてくれない。きっと、もっとひどい仕打ちを受けても、俺は青を愛してるんだろう。
心の中で知りうる限りの言葉で青を罵倒しながら家に帰る。
でも青のこと、言えないよな。俺だって、柊木と付き合ってた。キスやセックスはしてないけど、それらしいことならしてたから。でも柊木には別れを告げた。悲しそうな顔をしてたけど、柊木は素直に受け入れてくれた。俺の本当の気持ちを、知っていたんだろう。
あーあ、やっと青と繋がれて、これからは離れないと誓ったのにな。嬉しかったのにな。幸せは長く続かないもんだな。

家に帰ると、母さんが玄関を入ったところに立っていた。俺を見て「おかえり」と笑ったけど、目が笑っていない。
俺の心臓が早鐘を打ち始める。昨夜のこと、バレた?母さん、あの時と同じ顔をしている。怖い。
しかし母さんは怒って暴れたりしなかった。ただ静かに、「今から出かけるから」と言った。

「どこに?」
「私の実家。少し前からおばあちゃんの体調が悪いのよ。あなた大学生なってから会ってないでしょ?たまには顔を見せてあげて」

俺の目を見ずに早口でまくしたてる母さんの口元を、ぼんやりと見ていた。
ばあちゃん家に行くのは本当なのか、それとも俺を連れ出す口実なのか。でも断れそうな雰囲気ではない。青だって会ってないじゃんと思ったけど、口には出さない。
俺も母さんから視線を逸らすと、「別にいいけど」と呟いた。

「よかった。じゃ、行こっか」
「泊まり?荷物はどうする?」

リビングに鞄を取りに戻る母さんの背中に向かって聞く。
母さんは、一瞬動きを止め、振り向かずに言う。

「日帰りよ。だから荷物はいらない」
「…ふーん、わかった」

今から行くと帰りが遅くなると思うけど。日帰りなんだ。
母さんが何を思っているのか、わかるようでわらからない。でも今は、従うしかないんだろうな。それに、気分転換にはいいかもしれない。じっとしてると、今の俺はいらないことを考えてしまうから。
リビングの入口で母さんを待つ。ぼんやりとリビングを見ていた俺は、違和感を感じた。それが何かわからなかったけど、車に乗り、ばあちゃん家がある隣県に入ったところで、ようやく気づいた。
隣でハンドルを握る母さんを盗み見て、納得する。
そうか…そういうことか。いいよ、母さんがそうしたいなら。
俺は窓の外を流れる景色を眺めながら、女の子の肩を抱いた青の姿を思い出した。
どうせ元より叶わなかった想いだ。兄弟として傍にいるだけでよかったのに、身体を繋げることができた。愛してるとも言ってくれた。それが嘘だったとしても、嬉しかった。幸せだった。もう満足だろ。これ以上を望んだら、贅沢ってもんだ。
先ほどまで暗く重苦しかった胸の中が、フッと軽くなった気がした。


ばあちゃん家には、暗くなりかけた頃に着いた。ばあちゃんもじいちゃんも、突然訪ねてきた母さんと俺に、驚いていた。だけどすごく喜んでくれた。それに心配していたけど、ばあちゃんの体調は、それほど悪くはなかった。よかった。
夕飯を一緒に食べ、すぐに帰るという母さんに、「家が大丈夫なら泊まっていって」とばあちゃんが言う。その寂しそうな顔に、俺はぜひそうしろと頷いた。

「母さんは泊まって行きなよ。明日、父さんに迎えに来てもらえばいいじゃん」
「ダメよ。今日出なきゃ…え?父さんにって、昊は?」
「俺は帰るよ。明日はバイトがあるし」
「なら私も一緒に帰る」
「なんでだよ。たまには親孝行しなよ、母さん。俺は一人で大丈夫」
「昊…?」

不安そうな様子の母さんの目を見つめて、俺は深く頷いた。
大丈夫だ、母さんの不安は取り除いてあげるから。だから母さんはここにいて。俺と一緒にいくことはない。
昊も泊まりなさいと言うばあちゃんとじいちゃんに謝って、俺は母さんから車のキーを受け取った。そしてばあちゃんとじいちゃんに元気でいてくれるように、母さんには気をつけて帰るように言うと、車に乗りこみ真っ暗な闇に向かってアクセルを踏んだ。

来た道とは違う道を進む。ばあちゃん家がある街から少し離れると、民家が疎らで灯の少ない暗い道が続く。その暗い道をずっと進んで行くと、更に真っ暗な山道に入る。なだらかなカーブが永遠と続く山道を進みながら、青のことばかりを考えていた。

思えば、俺は青が生まれた瞬間から、青しか目に入らなかった。きっと前世は恋人だったんだ。死んだ後も傍にいたくて、いちばん身近な兄弟になったんだ。生まれた瞬間から一緒にいられたことは、素直に嬉しい。だけど、せめて血が繋がっていなければ…そうすれば、堂々とはいかないかもしれないけど、愛してると言えたのに。世界中の人に公表できたのに。でも、そう思っているのは俺だけだ。青はちゃんと、女の子と付き合えている。なら俺は、邪魔だよな。それに俺も、他の人と幸せそうにしてる青を見るのは辛い、耐えられない。だから母さんの望みどおり、皆の前から消える。本当は母さんは、俺と一緒に消えてくれるつもりだったんだろう。だけど母さんが巻き添えになることはないよ。父さんが悲しむじゃん。俺だけいなくなればいい話だ。青も、俺がいなくなれば、もう悩まなくて済むだろ?

俺の頭の中は、すっきりとしていた。気持ちも落ち着いている。何も怖くない。こんなふうに青の前から消えるけど、青は俺の事、忘れないでくれるかな。忘れないでほしい。おまえを愛した俺のことを。
不思議と怖くはなかった。そして悲しくもなかった。先ほどまで会っていた祖父母の優しい笑顔を思い出して、少し鼻の奥が痛くなったけど、何とか耐えた。祖父母には元気で長生きしてほしい。そのうち青が結婚してひ孫を見せに来てくれるよ。そんな未来を想像して、それがあるべき形なんだと自身に言い聞かせた。
母さんも悩ませてごめん。でも青を好きになったことは謝らないよ。俺は青を好きになって良かったと思ってるから。
すれ違う車もない暗い道を見つめながら、様々なことを思い出す。子供の頃、山で怪我をしたこと。その怪我がきっかけで、夏樹と仲良くなれたこと。あ…そうだ。夏樹にはちゃんとお礼を言いたい。

俺はハザードランプをつけて路肩に車を止めると、スマホを手に夏樹の番号を探してタップした。三回コールした後に「昊、今どこ?」と焦った声がした。

「出るの早いな」
「青から連絡があったんだよ。家に母親と昊がいないって。車もないって。二人に連絡しても出ないって」
「ああ…」

そういえばマナーモードにして鞄の底に入れてたから気づかなかった。青、連絡くれてたのか。

「で?どこにいる?」
「祖父母の家。ばあちゃんの体調が悪いからって母さんに連れて行かれたんだよ」
「そっか…ならいいけど。青にも連絡入れとけよ」
「わかった。なぁ夏樹、俺はおまえと仲良くなれて楽しかったよ。ありがとな」
「はあ?なんだそれ」
「なんでも。ちょっと言ってみたかっただけ。じゃあな」
「あっおい、まっ…」

夏樹が喋ってる途中で電話を切る。怪しかったかな。まあいいか。すぐに折り返して夏樹から電話がきたけど出なかった。
スマホを鞄に戻そうとして、そういえばすごい数の着信履歴がついてたなと、もう一度引き寄せる。タップして見ると、父さんから三件、青からは数え切れないくらい、着信があった。メールも入っていた。今どこにいる?とか電話に出てとか。すげー焦ってる。ふふっ、なんで?おかしいな。だっておまえは、彼女と楽しい時間を過ごしてたんじゃねぇの?家に俺がいないからって、なんでこんなに電話かけてきてんだよ。
ぼんやりとスマホを眺めていると、また振動しだした。青からの着信だった。反射的にタップしそうになって、慌てて右手を引っ込める。
ダメだ、出るな。出て何を話すんだよ。彼女のことを聞くのか?怖くて聞けないくせに。だからといって、他の他愛ない話なんかできない。
しばらくして着信音が切れると、俺は青に短いメールを送った。そして電源を切り、鞄の中にスマホを放り込んだ。
シートに背を預けて、ふぅ、と息を吐き出す。
母さんの顔を見てわかった。母さんは、昨日の俺と青のセックスを見てしまったんだ。だから先に帰った俺を連れ出して、死のうとしたんだ。ごめんな、嫌なもの見せて。俺には幸せな行為だったけど、母さんには嫌悪しかないよな。それなのに一緒に死のうとしてくれて、ありがとう。その気持ちだけで嬉しいから。
俺はこれからもずっと、青を求めてしまう。でも青は、俺じゃなくてもいいみたい。それを説明したって、母さんは安心しないだろう?俺と青がいるかぎり、いつまた二人が繋がるかと心配で、おかしくなるだろう?だからこれでいい。俺一人がいなくなればすむこと。簡単なこと。あ、ただ母さんの車壊しちゃうけど。もう古かったからいいよな。俺の保険金で新しいの買えよ。俺は母さんに何もしてやれなかったからさ、せめて…。
せめてもの親孝行だと考えてやめた。親より先に死ぬなんて、どう考えても親不孝だろ。俺はとんでもない親不孝者だよ。その代わり、俺の分も、青は母さんと父さんに孝行してくれよ。
俺は座り直すと、エンジンをかけた。そしてギヤをドライブに入れようとして、あまりの眩しさに顔を上げた。
対向車線側から、車のライトが迫ってくる。

「え?なんで?」

思わず声が出た直後に、眩しさで視界が白く染まり、ひどい衝撃を受けた。その次に軽い浮遊感を、そしてまた衝撃を受けた瞬間、意識が無くなった。


夢を見た。子供の頃の夢。いつも青と一緒で、毎日青と遊んだ。夏樹と颯人もいた。楽しかった。ずっとこんな日が続いてほしいと願っていた。だけど続かなかった。俺が青を愛したから。青を弟として見れなかったから。その気持ちを隠し通せなかったから。でも、ずっと自分の気持ちを隠して青の傍にい続けるより、一瞬でも想いが通じて、一度でも身体を繋げることができたことは、幸せだと思う。
子供の頃の夢と暗い無音の闇の中にうずくまる光景を、交互に繰り返して見た。これらの合間に、家族の声が聞こえた。「大丈夫だ」という父さんの声。涙声で「ごめんね」と謝る母さん。そして「俺を置いて行くな」と震える大好きな青の声。今はどういう状況なのだろう。俺はまだ、死んではいない?それとも死にかけてる?確か対向車線から車が迫ってきて、ぶつかったんだよな。ガードレールがあったから、崖下には落ちなかったのかな。子供の頃に、そんなに高くはなかったけど、崖から落ちて怪我してるからな。二度も落ちてたら笑えねぇよ。
青の声を聞いて目を開けたかったけど、瞼どころか指先一つ動かせない。あれ?やっぱり死んでる?と思ったけど、名前は知らないけどドラマとかでよく見る心音を示す機器のピコンという音も聞こえる。ということは、まだ生きてるんだ。なんだ、助かったのか。この先、意識が戻ったら、青に彼女がいる事実を見せつけられる。それは死ぬよりも辛い。耐えられない。だから消えたかったのに。今は身体を動かせないから、消えることもできない。
俺は悲しくて辛くて、声を上げて泣きたくなった。だけどそれすらもできない。その時、まるで人形のように横たわる俺の頬に、ポタリと何かが落ちてきた。目を開けて確認することができないけど、それが何か、すぐにわかった。
俺の顔の上から、鼻の詰まった青の声がしたから。青が泣きながら、俺の名前を呼んでいたから。
青、泣いてくれるんだ。俺のために。じゃあさ、かわいそうな俺のために、彼女と別れてくれよ。もし俺の意識が戻ってそう言えば、青はきっと別れてくれる。でもさ、そんな無理矢理は望んでいない。青が俺以外の誰かとつき合っていることは辛くて耐えられないけど、無理に別れさせることはしたくない。俺ってほんと天邪鬼。面倒くさい性格してる。もうどうすればいいのかわからない。だからこのまま目を覚まさなくてもいいや。
俺は死ぬことも生きることもできずに、眠り続けることを望んだ。