統計データによると、結婚相手に二十五歳までに出会った確率は女性の場合五十%以上を占めているらしい。
そこから考えると、昨日、すなわち二十五歳になったばかりで別れた私は憧れの結婚が一歩だけではなく千歩くらい遠のいたといえよう。
十二月に入り一気に空気が冷たくなってきた。少し前まで暑さに疲弊していたのも忘れてしまうほどの氷のような空気が肌を刺す。
十八時、おしゃれに着飾った街路樹が私たちを出迎える。毎年心踊る季節、だけど今年は心が弾まない。
「なっちゃん!」
そう呼ばれて私は振り返る。
ブラウンの巻き髪をなびかせ、今流行りの白いコートに身を包んで、定番のブランドバックを手に彼女はやってきた。
「ひなちゃん」
私が手を挙げるとひなちゃんはキュッと笑い駆け寄ってきた。
「よかった、すぐわかって」
「今日人すごいね」
「もうすぐクリスマスだもんね」
ひなちゃんはコートの袖を握って両手をこする。
「寒いね、どっか入ろうか」
「うん、なっちゃんどこか行きたいところあったんじゃないの?」
「あ、うん、コスメ買いたいと思って」
「じゃあ行こう」
そうして私たちは百貨店の中に入る。
ドアを開けた瞬間に温風が冷えきった体を一気に優しく包み込む。中では薄着でも過ごせるくらいの暖かさとクリスマスソングが軽快に流れている。
「何買うか決めてるの?」
「うん」
私は狙っていたブランドコスメを片っ端から手に取った。
「そんなに?」
ウインドーショッピングだと思っていたひなちゃんは目を丸くする。私はそんなひなちゃんに構うことなくネットで気になっていたコスメを手にした。
「何かお探しでしょうか?」
張り付いた笑顔の女性がやってきて商機を逃すまいとピッタリとくっつく。
「いえ、もう決めているので」
そういっても女性は引き下がらない。
「こちらクリスマス限定色となっていてたいへん人気のお色なんですよ」
今まで限定色、人気、なんて聞いたらたいていの客が食いついてきたんだろう。彼女は自信たっぷりの笑みを浮かべ新作のリップを勧めてくる。
だけど私はそれには目もくれず定番色を手にする。
「お客さま、肌色診断はされたことありますか? お客さまの肌に合ったコスメを選べますよ」
「あ、はい、私ブルベ夏らしいです」
「まぁ! でしたら今お手にしているピンクはとてもお似合いだと思います」
だから手にしているんだ。なんて心の中でつぶやきながらも他にコンシーラーとマスカラ、アイライナー、そしてもうひとつリップを手にしてお会計をした。
女性は満足そうに接客をし、最後に会員になるよう勧めてきた。だけど私は次ここに来るのはかなり先になると思っていたので断った。
これは、私にとって贅沢であり散財なのだ。
定期的にできるものではない。
「どうもありがとうございました」
この時期はこういう商品が飛ぶように売れるだろう、だけどそれは誰かへのプレゼントだったりするんだろうと思うと少し悲しくなった。
「なっちゃんすごい買ったね」
「うん、ずっとほしかったんだ」
「どれもすごい可愛いよ」
「だよね、ネットで見てたんだけど現物見てやっぱり可愛いって思ったもん」
ひなちゃんはなにを買うわけでもないし、私もそれを聞かない。
外に出ると冷たい風が一気に体温を下げる。
「うう、寒いね」
ひなちゃんはそういって体をかがめた。
「お寿司って言ってたけど気分が変わったから焼肉でいい?」
「もちろん」
ひなちゃんが断らないのを知っていてそういう。
「じゃあすぐ近くに美味しい焼肉屋さんあるから行こ」
そういってふたりで一気に走り出した。
冷たい風が体温を奪いきる前にお店の中に入りたかったからだ。
店内は仕事終わりのサラリーマンや子ども連れ、カップルなどで溢れかえっていた。ガヤガヤと騒がしい店内、元々の予定だったお寿司屋さんは静かなのを思い出してこっちの方がいいと思った。ひなちゃんにアイツの話をしたかったから。
「私が頼んでいい?」
「うん」
ひなちゃんはメニューを見ない。
私はメニューを開きいくつか注文する。
「生ふたつ。カルビとハラミとロースを二人前、あとホルモンかミノかハツ……うーん、ハツ! これを一人前、あとサラダ。それとライスふたつ。とりあえずそれで」
「かしこまりました」
メニューを閉じ視線だけ上げていちおう聞く。
「よかった?」
「うん! もちろん」
細身の女ふたりにこれは頼みすぎだと思う。だけど私は人より食べるし、ひなちゃんはどうかわからないけど、今日はたくさん食べて嫌なことを忘れたいからと思って頼んだ。
生が届くと乾杯をした。私は一気に半分近く飲んだけど、ひなちゃんは数口飲んでジョッキをテーブルに置いた。お酒が苦手なのかもしれない。
それか、ゆっくり飲むタイプなのかもしれない。
「聞いてよひなちゃん」
「どうしたの?」
「彼氏と別れた。私ね、本気で結婚したかったんだ」
「マジかぁ」
「うん、二股かけられてた」
「サイッテー」
「でしょ」
ビールと同時に届けられた枝豆を摘んで口に運ぶ。
「でもさ、そんな浮気するような男と結婚しなくてよかったね」
「まぁね」
「そんな男、浮気相手の方にあげちゃいな」
「私なんだよね」
「え?」
「うん、多分だけど、浮気相手の方が私っぽい」
「そうなんだ」
本命ですらなかった自分にもそれに気づかなったことにも嫌悪感を覚える。
ひなちゃんはしゅんと眉を下げビールをまた数口口に含んだ。
今日はこの愚痴を聞いてもらいたかった。
だからひなちゃんを呼んだ。
「ひなちゃんが来てくれてよかった、ありがとね」
「ううん、全然だよ」
最初にサラダが届き、そして次々に焼肉が届いた。それを黙々と焼く。
私がトングを持ちひなちゃんと自分のタレ皿に交互に置く。
ひなちゃんは皿に載せられる度に肉を食べた。載せれば載せただけいくらでも食べた。
お腹も満たされて酔いもいい感じに回ってきた。
お会計をして外に出ると先に外に出ていたひなちゃんが寒そうに手をこすっていた。
「じゃあ行こっか」
「ご馳走さま」
「うん」
ちらりと時計を確認した。時刻は二十時になろうとしている。
ピッタリだ。
イルミネーションのど真ん中、私たちは別れる。
「いろいろ付き合わせてしまってごめんなさい。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
私は頭を下げる。
「いえ、私こそ今日は楽しかったです、ありがとうございました」
ひなちゃんもぺこりと頭を下げる。
「あっ、待ってくださいね、封筒に入れてきてるんです」私はカバンをガサゴソと漁り封筒を探しだす。「あったあった、はい、これ、利用料です」
「ありがとうございました。またのご利用、お待ちしています」
そして私は踵を返す。
光り輝くイルミネーションが眩しくて思わず目を細める。抉られるほどの心臓の痛みが少しだけ和らいでいくのを感じる。
明日からまた、頑張ろう。
そう、思った時だった。
目の前を通るカップル、楽しそうに手を繋いで、しだいに彼女の方は彼氏の腕に絡みついた。
私がほしかったブーツを履いて、私と似たような顔立ちの彼女は、私が好きだった彼に笑顔を向ける。
彼も愛おしそうな顔で彼女を見つめる。
私は足がすくんで歩けなくなってしまった。
踏ん張ることなんてできずに溢れ出す涙。そのおかげで視界が揺れてふたりが見えづらくなる。よかった、これで見なくて済む。
大きく息を吸って吐く。
だけどそれは小刻みになって、涙が止まらなくなって下を向く。声が漏れそうになった、その時だった。
「なっちゃん」
後ろから声がして振り返る。
ひなちゃんが立っている。
「ひなちゃん?」
「今から四時間、レンタル友達依頼してもいいですか?」
ひなちゃんはそういうと手に持っているさっき私が渡したはずの封筒を私のポケットに入れた。
「いいの?」
涙で顔が崩れる私にひなちゃんはきゅっと笑う。
そして私の手を取ると、彼とは別の道を風をきって走りだした。
仮友と笑えば
了
そこから考えると、昨日、すなわち二十五歳になったばかりで別れた私は憧れの結婚が一歩だけではなく千歩くらい遠のいたといえよう。
十二月に入り一気に空気が冷たくなってきた。少し前まで暑さに疲弊していたのも忘れてしまうほどの氷のような空気が肌を刺す。
十八時、おしゃれに着飾った街路樹が私たちを出迎える。毎年心踊る季節、だけど今年は心が弾まない。
「なっちゃん!」
そう呼ばれて私は振り返る。
ブラウンの巻き髪をなびかせ、今流行りの白いコートに身を包んで、定番のブランドバックを手に彼女はやってきた。
「ひなちゃん」
私が手を挙げるとひなちゃんはキュッと笑い駆け寄ってきた。
「よかった、すぐわかって」
「今日人すごいね」
「もうすぐクリスマスだもんね」
ひなちゃんはコートの袖を握って両手をこする。
「寒いね、どっか入ろうか」
「うん、なっちゃんどこか行きたいところあったんじゃないの?」
「あ、うん、コスメ買いたいと思って」
「じゃあ行こう」
そうして私たちは百貨店の中に入る。
ドアを開けた瞬間に温風が冷えきった体を一気に優しく包み込む。中では薄着でも過ごせるくらいの暖かさとクリスマスソングが軽快に流れている。
「何買うか決めてるの?」
「うん」
私は狙っていたブランドコスメを片っ端から手に取った。
「そんなに?」
ウインドーショッピングだと思っていたひなちゃんは目を丸くする。私はそんなひなちゃんに構うことなくネットで気になっていたコスメを手にした。
「何かお探しでしょうか?」
張り付いた笑顔の女性がやってきて商機を逃すまいとピッタリとくっつく。
「いえ、もう決めているので」
そういっても女性は引き下がらない。
「こちらクリスマス限定色となっていてたいへん人気のお色なんですよ」
今まで限定色、人気、なんて聞いたらたいていの客が食いついてきたんだろう。彼女は自信たっぷりの笑みを浮かべ新作のリップを勧めてくる。
だけど私はそれには目もくれず定番色を手にする。
「お客さま、肌色診断はされたことありますか? お客さまの肌に合ったコスメを選べますよ」
「あ、はい、私ブルベ夏らしいです」
「まぁ! でしたら今お手にしているピンクはとてもお似合いだと思います」
だから手にしているんだ。なんて心の中でつぶやきながらも他にコンシーラーとマスカラ、アイライナー、そしてもうひとつリップを手にしてお会計をした。
女性は満足そうに接客をし、最後に会員になるよう勧めてきた。だけど私は次ここに来るのはかなり先になると思っていたので断った。
これは、私にとって贅沢であり散財なのだ。
定期的にできるものではない。
「どうもありがとうございました」
この時期はこういう商品が飛ぶように売れるだろう、だけどそれは誰かへのプレゼントだったりするんだろうと思うと少し悲しくなった。
「なっちゃんすごい買ったね」
「うん、ずっとほしかったんだ」
「どれもすごい可愛いよ」
「だよね、ネットで見てたんだけど現物見てやっぱり可愛いって思ったもん」
ひなちゃんはなにを買うわけでもないし、私もそれを聞かない。
外に出ると冷たい風が一気に体温を下げる。
「うう、寒いね」
ひなちゃんはそういって体をかがめた。
「お寿司って言ってたけど気分が変わったから焼肉でいい?」
「もちろん」
ひなちゃんが断らないのを知っていてそういう。
「じゃあすぐ近くに美味しい焼肉屋さんあるから行こ」
そういってふたりで一気に走り出した。
冷たい風が体温を奪いきる前にお店の中に入りたかったからだ。
店内は仕事終わりのサラリーマンや子ども連れ、カップルなどで溢れかえっていた。ガヤガヤと騒がしい店内、元々の予定だったお寿司屋さんは静かなのを思い出してこっちの方がいいと思った。ひなちゃんにアイツの話をしたかったから。
「私が頼んでいい?」
「うん」
ひなちゃんはメニューを見ない。
私はメニューを開きいくつか注文する。
「生ふたつ。カルビとハラミとロースを二人前、あとホルモンかミノかハツ……うーん、ハツ! これを一人前、あとサラダ。それとライスふたつ。とりあえずそれで」
「かしこまりました」
メニューを閉じ視線だけ上げていちおう聞く。
「よかった?」
「うん! もちろん」
細身の女ふたりにこれは頼みすぎだと思う。だけど私は人より食べるし、ひなちゃんはどうかわからないけど、今日はたくさん食べて嫌なことを忘れたいからと思って頼んだ。
生が届くと乾杯をした。私は一気に半分近く飲んだけど、ひなちゃんは数口飲んでジョッキをテーブルに置いた。お酒が苦手なのかもしれない。
それか、ゆっくり飲むタイプなのかもしれない。
「聞いてよひなちゃん」
「どうしたの?」
「彼氏と別れた。私ね、本気で結婚したかったんだ」
「マジかぁ」
「うん、二股かけられてた」
「サイッテー」
「でしょ」
ビールと同時に届けられた枝豆を摘んで口に運ぶ。
「でもさ、そんな浮気するような男と結婚しなくてよかったね」
「まぁね」
「そんな男、浮気相手の方にあげちゃいな」
「私なんだよね」
「え?」
「うん、多分だけど、浮気相手の方が私っぽい」
「そうなんだ」
本命ですらなかった自分にもそれに気づかなったことにも嫌悪感を覚える。
ひなちゃんはしゅんと眉を下げビールをまた数口口に含んだ。
今日はこの愚痴を聞いてもらいたかった。
だからひなちゃんを呼んだ。
「ひなちゃんが来てくれてよかった、ありがとね」
「ううん、全然だよ」
最初にサラダが届き、そして次々に焼肉が届いた。それを黙々と焼く。
私がトングを持ちひなちゃんと自分のタレ皿に交互に置く。
ひなちゃんは皿に載せられる度に肉を食べた。載せれば載せただけいくらでも食べた。
お腹も満たされて酔いもいい感じに回ってきた。
お会計をして外に出ると先に外に出ていたひなちゃんが寒そうに手をこすっていた。
「じゃあ行こっか」
「ご馳走さま」
「うん」
ちらりと時計を確認した。時刻は二十時になろうとしている。
ピッタリだ。
イルミネーションのど真ん中、私たちは別れる。
「いろいろ付き合わせてしまってごめんなさい。今日はとても楽しかったです。ありがとうございました」
私は頭を下げる。
「いえ、私こそ今日は楽しかったです、ありがとうございました」
ひなちゃんもぺこりと頭を下げる。
「あっ、待ってくださいね、封筒に入れてきてるんです」私はカバンをガサゴソと漁り封筒を探しだす。「あったあった、はい、これ、利用料です」
「ありがとうございました。またのご利用、お待ちしています」
そして私は踵を返す。
光り輝くイルミネーションが眩しくて思わず目を細める。抉られるほどの心臓の痛みが少しだけ和らいでいくのを感じる。
明日からまた、頑張ろう。
そう、思った時だった。
目の前を通るカップル、楽しそうに手を繋いで、しだいに彼女の方は彼氏の腕に絡みついた。
私がほしかったブーツを履いて、私と似たような顔立ちの彼女は、私が好きだった彼に笑顔を向ける。
彼も愛おしそうな顔で彼女を見つめる。
私は足がすくんで歩けなくなってしまった。
踏ん張ることなんてできずに溢れ出す涙。そのおかげで視界が揺れてふたりが見えづらくなる。よかった、これで見なくて済む。
大きく息を吸って吐く。
だけどそれは小刻みになって、涙が止まらなくなって下を向く。声が漏れそうになった、その時だった。
「なっちゃん」
後ろから声がして振り返る。
ひなちゃんが立っている。
「ひなちゃん?」
「今から四時間、レンタル友達依頼してもいいですか?」
ひなちゃんはそういうと手に持っているさっき私が渡したはずの封筒を私のポケットに入れた。
「いいの?」
涙で顔が崩れる私にひなちゃんはきゅっと笑う。
そして私の手を取ると、彼とは別の道を風をきって走りだした。
仮友と笑えば
了