とりあえず、ゴミの処理も終わって、次は倫久たちの部屋に行くことになった。制服がぐちゃぐちゃだった。どうやら普通に洗濯してしまったらしい。うちの学校の制服は、普通に洗濯してしまうと、しわがすごい。
 スラックスは何とかなるが、シャツは無理だったみたいだ。
 「洗濯がこんなに難しいなんて知らなかった。シャツとか、アイロンされてるのが当たり前で、いざしようとしたら、すごく難しかったんだ。こっちのしわを取るとこっちにしわがついたりして……」
 自嘲するようにつぶやいた。
 「いやまぁ、それが普通じゃね?」
 また、「いやまぁ」を発動して、自分の語彙の少なさにがくぜんとした。
 「安心しろ、スラックスはとっておきの干し方があるから」と。とっておきと言っても裾をそろえて干すだけなのだが、カッコつけて言ってしまった。重いほうを下に干せば自重でしわが伸びることを説明すると、また尊敬するまなざしを受けた。なんだか、癖になりそうだ。
 「あと、シャツが無理なら制服選択にポロシャツあったからあれにしたらいい」
 倫久はシュバッとスマホを取り出して、タタタタとメモを取っていた。

 そこへ、先ほどぶりの母が顔を出した。
 「頑張らないのが家事のコツよ……そうね、服とかはもうぜんぶ、ハンガーで干しちゃって。それをそのまま仕舞う方式にしたほうがいいかもね。服の数を減らせばその方がラクよ」
 がつがつと、服を拾っていって全部洗面所に運んでしまった。
 「美緒さんってすごいね。家の母さんとは違うすごさがある」
 倫久の尊敬するまなざしは、割り込んできた母に掻っさらわれしまった。

 大掃除は昼を越すかと思われたが、倫久が頑張っていたおかげだろう午前中で終わった。理央と旺次郎は大人しく二人で、リビングで遊んでいたみたいだ。ちょっとだけ片付けた気配が見えたので頭を撫でてほめちぎっておいた。

 洗濯が終わった母が、リビングに戻ってくる。
 「よし、お片付けができたご褒美にピザがいい人! マックがいい人!」
 突然の多数決で、お昼はマックに決まった。母のおごりだ。


 昼からは倫久と母で金の話をしていた。なんだかんだ言って、こういう時、母がいてよかった頼れる大人がいるのは倫久も安心だろう。危うく母を尊敬しそうになる。

 俺は旺次郎と理央君を膝にのせて、テレビを見ながら過ごした。
 「ボクのランドセル。見たい?」
 理央君の突然のお誘いに旺次郎が答えていた。
 二人でパタパタと、奥へ駆けて行った。突然のボッチである。仕方なく、冷蔵庫を開けて作れそうなものを物色する。倫久の母親はすごくまじめな人だったのだろう。調味料は見たことないような無添加だとか。九州のしょうゆとかが並んでいた。ここを見ただけでもわかるあの兄弟は大切に育てられたんだろうな。

 だから、弟を取られたくないと泣いたのだろう。

 しなしなの人参と、芽が出そうなじゃがいもが野菜室にあった。とりあえず、甘めのきんぴらにしてタッパに詰めた。こういうのは胡麻をかけておけばとりあえず美味しい。

 見ると母と倫久の話も終わり、理央と旺次郎もリビングに帰ってきていた。


 帰り際、倫久が視線を泳がせながらこちらをちらりと見る。
 「あのさ……RINE聞いてもいい?」
 「ん?……あぁ」
 スマホ画面にはすでにQRコードが表示されていた。
 「ん」
 倫久のアイコンは剣道の垂れのアップだった。俺のアイコンはスニーカーだ。
 「落ち着いたら、学校には来いよ」
 「うん」
 「まぁでも学校では話しかけてくんなよ。あんま、いいこと言われないから。なんかあったら、RINEしろ」
 学校には柵が多い、教師の覚えがめでたい倫久と、目をつけられている俺とでは一緒にいるだけでいらぬ邪推を呼ぶ。
 「そうだよね。オレなんかと仲良くしたら祐一郎のイメージが悪くなるよね」
 「逆だろ」
 「そんなこと……「あるんだよ」
 「そっか、でも迷惑を掛けたいわけじゃないから」と、倫久は引き下がった。

 帰りの車で母が言うには、倫久の家にはちゃんと弁護士も税理士もいて金の問題はないそうだ。ただやはり日常生活を送るには教わる人が足りない。
 「あんた、とも君のこと見てあげなさいよ」
 二人はいつの間にか、美緒さん、とも君と呼びあうほど親交を深めたらしい。言われなくても見ていた。同じクラスになってからずっと。