新学期に入っても、日常は変わらない。
 ただ、オレは休み明けの確認テストで、順位を20番以上もあげた。言われてみれば、ほぼ毎日倫久と頭を突き合わせて勉強していた。なんなら、ちょっと勉強を楽しいと思い始めた。
 「げ、祐ちゃん。めちゃくちゃ成績上がってんじゃん」
 俺の前の席をまるで自分の席のように座って睨んでいるのは、友人のヒロだ。
 「まぁな」
 そしてチラリと倫久の方に視線をやると、ばっちり目が合った。ついうれしくて親指を立ててやったぜってポーズをとった。すると、倫久もびしっと親指を立てて笑った。
 「え、祐ちゃん。どしたの今の」
 「俺もたまには友達が増えるってことよ」
 また視線を窓に移して、ぼーっとする。出された問いに答えることも面白いと思ったが、それに対して結果が出るというのも面白いと思った。勉強を頑張ってみてもいいかもしれない。
 「あぁ、そいえば、ヒロは進路決まった?」
 「え、祐ちゃんが初めて俺に興味を持った!」
 よくわからない感激をされた。
 「いいから……進路」
 「オレは家が酒屋だから農学部かな。そこで発酵の勉強とかする」
 「え、思ったよりしっかりしてる」
 ヒロは照れ隠しにおどけて、褒めるな褒めるなと胸を張る。
 「いいな、俺さ。何もないんだよね」
 机に突っ伏して大きくため息を吐いた。
 「ねぇ、二人で何の話してるの」
 この声は倫久だ。オレは顔を上げて「進路」と端的に答えた。
 「委員長が俺らに話しかけた!」とヒロは驚いていた。内心俺も驚いてはいる。
 「後期はもう、HR委員にはならないから、委員長ではないよ」
 「え?」
 倫久は周りがひそかにこちらに注目しているのに気づいていないのだろうか。ふつうに話を続けていた。
 「長瀬君は何委員だったっけ?」
 「福祉委員」
 「じゃあ、オレも後期は福祉委員になろうかな」
 俺は今度こそ驚いて顔を上げた。
 「え?」
 今の発言が届いた範囲は、ざわめいている。
 そして宣言通り、委員会決めで倫久は俺とおなじ福祉委員になった。

 おかげで、倫久が落ちぶれたとかなんとか言われている。なんだかすごくもやもやした。自分が思う通りの人間でいてほしいなんてエゴだろ。
 そして、はっと気づく。俺は……俺は倫久に何を求めて話しかけんなって言っていたんだろう。

 「ごめん、福祉委員って何するの?」
 委員会の集まりに行く途中、倫久が俺に聞いてくる。
 「募金と購買部の担当だ。俺は購買のメニューを増やすためだけに、福祉委員をやっている」
 「すごい、祐一郎らしい」
 俺らしいかどうかはわからないが、冬はおでん缶と出汁缶を導入する予定だ。


 そして、倫久のおかげで、おでん缶と出汁缶は導入されることが、満場一致で可決された。
 「やっぱすごいな、倫久って」
 「祐一郎だって、夏の購買にアイスが登場したのは、祐一郎のおかげだったんだね」
 「あれはたまたま近所の駄菓子屋が引退を機に設備を寄付してくれたからだ」
 「なんか、みんなで頑張ったみたいに言ってたけど、駄菓子屋さんと交渉して、もらってきたのも祐一郎らしいじゃん」
 「倫久って誰の手柄だとか、割とちっさいこと言うんだな」
 倫久が眉をひそめて、見上げてくる。
 「ああいうのは公共の利益って言うんだろ。みんなでアイス食べられた! おいしいでいいんじゃねぇの?」
 「祐一郎っぽい」
 「倫久っぽくないな」
 倫久がきょとんとして、首をかしげる。
 「オレっぽいって、なんだろうな」
 「教師に頼られたり? 困ってる人を助けたり? なんか、聖人君子みたいな」
 「まぁ今まではそうだったかも。そうするべきだと思ってたからね。でもさ……人を助けられるのって自分に余力がないと無理だよ。オレはもう誰かのために何かするなんて疲れちゃった」
 あぁ。やっぱり俺も倫久に役割を押し付けて一員だったんだな。
 「そか」
 倫久を見ると、少し緩んだ空気を出していた。まぁ隙が無い倫久も凛としてかっこいいが、こういう緩んだ倫久もまた倫久らしいのかもしれない。人は多面体でできている。見ている部分と見ていない部分があって、俺に見せるいろんな倫久はどれも無理がなくて親しみやすくある。
 「てか。ふつうにしゃべってる」
 倫久の評判によくないからと話しかけるなと言っていたのに。
 「別に、オレと祐一郎が話すのがよくないなんて、思うやつと仲良くなりたいと思わないし、悪い影響を与えるなんて言ってくる奴から教わることもないと思うし」
 笑ってしまった。なんだか、倫久が人間臭い。遠くから見ていた彼とは印象が変わる。好きな方へ。
 「そか」
 「そだよ、だから今日から毎日、学校でも祐一郎に話しかけるし。俺は長嶋君より祐一郎の友達になるから」
 長嶋君……ヒロのことか。
 「そこ張り合わなくても、もう倫久はかなり友達じゃないか?」
 倫久がうれしそうに笑った。
 オレの悩みなんて人にとってはどうでも良くて、オレのどうでもよいことが人には大切なのかもしれない。
 「一番が良いな」
 遠くからあがめるように見ていた時より、人間臭い倫久は、以前よりずっとかっこいいと思う。