俺はなんだか冷静になれた。頭がすっと、クリアになった気がする。
 「おばさんが、どういうつもりか知らねぇけど。さっきから、いろいろ気づいてすごいなとは思うよ。だけど、じゃあ、気付いたならなおそうとは思わないの? トイレの紙は? 食器は? 初盆の準備は? 何一つ手を出さないで、口だけ出してあげつらうのって親切って言うより、いじわるなんじゃないの?」

 深呼吸をして唇を舐める。口が乾いてしょうがない。

 「倫久と理央君が二人で生活を始めて半年近くたった。その間心配じゃなかったの? なんで一度も見に来なかったの? 倫久は高校生だし、理央君は保育園児だ。俺だったら心配で毎日見に来るよ。それって倫久たちが失敗して、助けを求めるのを待ってたの?」
 おばさんとおじさんをじっと睨みつけた。
 「……最低だな」
 ぜんぜん、冷静になれてなかった。
 「祐一郎、本当のことが一番傷つくんだよ」
 フォローのようなフォローじゃない言葉だ。倫久も全然冷静じゃなかった。追い打ちをかけてきた。
 「でも、おかげで俺たちは二人で生活できるって証明できたし。いまさら口も手も出させないよ」
 倫久はおばさんたちを睨んで、俺の方に顔を向ける。
 「オレのために怒ってくれてありがとう」
 「ん」
 おばさんは違う、違うと言っているが、それはおばさんの主観だ。外の蝉みたいな鳴き声にしか聞こえない。

 にらみ合っていると玄関のチャイムが鳴った。お寺さんが来たようだ。

 お寺さんは、倫久が準備した初盆飾りを褒めてくれた。おばさんとは対照的だ。
 低い朗々とした読経を聞いて、倫久の両親に手を合わせる。ちらりと見た、倫久の姿勢の良さと凛とした横顔に、自分も背筋を伸ばした。つい、一番怒りたいだろう倫久を差し置いて、俺が怒ってしまった。反省で空気となっていた。

 おばさんたちは、お寺さんが帰るタイミングで帰っていった。


 倫久はやれやれと、ソファに座って天井を見上げている。俺も隣に座って、理央君を膝に乗せた。
 「18歳になったら理央の成年後見人になるつもりだ。オレ5月生まれだから、あと半年経てば、誰も口も手も出させなくできる」
 倫久は顔を上げてまっすぐ前を見ている。
 「俺は倫久も心配だよ。そうやって理央君を守るって言ってんの。倫久だって守られる年だろ」
 倫久はこっちを向いて、手を伸ばしてくる。なんでか握手を求められた。
 「大丈夫、オレのことはきっと、祐一郎が見てくれる」
 俺は握手をし返して、ちょっと考えた。
 「見てるのが俺で良いのか?」
 「祐一郎が良いって言ってる。」
 握っていた手を少し緩めると、その分強く握り返された。
 「そか」
 「そうだ。オレの剣道の試合見ただろ。オレはガンガン攻めて相手に突っ込んでいくタイプなんだ」
 「おう」
 自分でもこんな真夏のさなか、ソファにくっついて座り、暑いよりも心地いいと思うのは、もう好きだと言ってるようなもんじゃないかと思う。
 理央君があくびをして、つられて俺もあくびをした。自分が思うよりも、気を張っていたのだろう、気付けば夕陽が部屋に差し込むまで寝ていた。