七月の上旬に期末試験は終わり、あとは消化試合のような授業がだらだらと続く。そうしているうちに三者面談があるために早く帰らされるようになった。それに合わせて、倫久は休んでいた部活へ出ていた。
 保育園のお迎えが六時半で、そこから一分でも遅刻すれば超過料金がかかる。部活は授業が終わって二時間だが、剣道部は練習が終わった後、皆で床掃除をする慣例があるそうだ。それをしていると六時半のお迎えには間に合わないため。平日の部活はほとんど参加できなくなっていた。

 中途半端になっていたのが心残りだったのだろう。
 「オレ、今週末の県大会に出たら、部活を辞める」
 倫久はそう言っていた。あんなに楽しそうに部活に出ているのにと思うが、彼には彼の思うところがあるのだろう。
 「祐一郎、応援に来てよ。俺の最後の試合」
 「ん」
 少し寂し気な横顔に気付かないふりをした。
 「祐一郎に見てほしいんだ」
 場所は近くの総合体育館だ。そこなら、理央君や旺次郎もつれて見に行ける。って、そのあと続いた言葉にすぐに反応できなかった。
 恐る恐る見下ろすと、倫久は少し耳を赤くして笑っていた。余計に言葉が出てこない。試合の日に食べるものってなんだ。うん? カツ丼? カツサンド? カツカレー……頭が一生懸命に日常を探り出す。
 週末はカツを揚げようと心に誓った。

 きっと言葉に他意はないのだろう。俺のような下心などない純粋に……。いや、俺の気持ちだって純粋だ。

 ☆☆

 夏の体育館は想像を絶する蒸し暑さだった。理央君と旺次郎のリュックの中には熱中症対策の水筒と塩ラムネ。汗拭きタオルと背中タオルの変えも入れて準備万端だ。

 剣道の試合は声を出して応援してはいけない。だから、旺次郎と理央君は応援用に拍手の練習をたくさんした。彼らはやる気満々だ。俺は見つかってもばれないようにキャップを深く被って適当な場所に座った。
 剣道の観戦は保護者が多いようだ。

 日程表を見ると今日は男子個人戦、女子団体戦、明日が女子個人戦、男子団体戦だった。今日の倫久の出番は第3コートの第二試合。ちょうど座ったところからもよく見える場所だった。
 倫久に限らず、剣道着を着ていると皆、礼儀正しく強そうに見える。倫久は次の試合だからか、コートの外でスタンバっていた。
 俺は剣道のルールをよく知らないが、竹刀同士を向けあってじりじりと間合いを詰めたり、踏み込むときの足の音にびっくりしたり。かなり見ごたえがあった。なんというか、武士だ、ここにいるのはみな武士の生き残りだ。
 見ていた試合は、背中に赤い帯を挟んである方が、すごい速さで二連続、胴を打ち抜き勝ち上がったみたいだ。
 入れ違うように倫久が入ってきた。
 先ほどの選手たちはせわしなく動いていたが、倫久は竹刀の先を動かすだけで、あまり動かないタイプのようだ。相手の選手がじれて、踏み込んだところにコテと一本入れた。見惚れていて拍手が遅くなる。かっこいい。理央君も旺次郎も練習の成果を発揮して、拍手を送っていた。
 続いて、倫久は竹刀を上下に揺らしながら間合いを詰めていく。相手はガンガン行こうぜにコマンドを入れなおしたのか。バンバン打ち込み始めた。倫久はそれを冷静にさばいている。
 声がすごい。
 大振りになった相手が、大きく振りかぶったところを、後ろに下がることでいなし。振り下ろしたところをコテで一本取った。
 白い旗が二本シュバッとあがって、一人はバサバサ振っている。
 どういうことだ? だが、今ので決まったみたいだ。
 倫久は二回戦に上がったらしい。コートから出て周りを見渡している。その視線が俺たちに向いた。ちいさくコテを振って見せた。
 なんかもうすべてかっこよかった。
 「理央君の兄ちゃん。かっこいいな」
 理央君もうなずいて、にこにこしている。ルールなんてわからなくても倫久が強いのはわかった。まっすぐなのも。
 倫久は結局、ベスト8まで勝ち進んだが、そこでシードと当たり負けてしまった。全国へはいけなかった。