僕の彼女は、量子的だ。
量子的と言っても量子のような振舞いを見せるという訳ではなくて、彼女は粒子でありまた波でもあるという意味ではないし、ましてや彼女の存在位置は確率でしか表すことができないという意味でもない。
いや、気まぐれな彼女の性格を考えればそういった解釈もあながち間違いではないのだけれど、単に理系女子をこじらせた彼女が、何かにつけ量子論にこじ付けた話題を振ってくる……そういった意味で量子的なのだ。
「EPRパラドックスって知ってる?」
ほら、今朝も開口一番これである。待ち合わせ場所に遅れて現れた彼女は、挨拶をすっ飛ばしていきなり量子論の話を始めた。
「量子論の矛盾を指摘する思考実験……だっけ?」
僕たちは、肩を並べて通学路を歩き始めた。
今日が七月七日だから、付き合い始めてもうすぐ一ヶ月になる。恋人になって日が浅い二人は、手は握れどキスすらまだしていない清い関係なのだ。量子論なんかじゃなくて、もっと高校生らしい話題で距離を縮めたい。
彼女の悪戯っぽい性格を可愛いと感じてしまうし、それに容姿も僕好みだ。それにおっぱいだって大きくて、歩くたびにたゆんと揺れる。波の性質を持つのは、何も量子ばかりではない……って、僕は朝っぱらから、何を言ってるんだ!? でも仕方ないじゃないか。僕だってエッチなことに興味津々のお年頃なのだ。
「で、EPRパラドックスがどうしたって?」
「どういう思考実験なのか、説明できる?」
「確か、ある粒子がAとBに崩壊して、十分な時間の後に遠く……例えば何光年も離れる。Aの運動を観測すれば、Bの運動も同時に確定する……だったかな」
並んで歩く彼女の表情を、ちらりと盗み見る。
「心配しなくても合ってるわよ。何光年も離れてるのに、Bの状態がAの観測結果に依存するのはおかしい……という主張よ」
ちなみにEPRというのは、アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼン、三人の学者の頭文字らしい。相対性理論で有名なアインシュタインが、量子論にも関わっていたとは、恥ずかしながら知らなかった。
「えーっと、それで何だっけ。スピン0の粒子が分離した場合、Aが右回転ならBは反対向きで同量の回転になるんだったよね。どちらに回転しているかは、観測するまで重ね合わせになるんだっけ」
「そうね。観測するまでは、右回転の状態と左回転の状態が、重ね合わせの状態で共存していると解釈するの。観測することによって、どちらか一つの状態に収縮するわ」
「Aを観測して右回転に収縮すれば、その瞬間Bは左回転に収縮する……」
「Aを観測した瞬間に、その情報が瞬時に何光年離れたBに瞬時に伝わって確定するのはおかしいというパラドックスね」
「何回聞いても、状態の重ね合わせとか収縮って理解できないな」
「ちなみにEPRパラドックスは、現在では実際に起こる相関関係として捉えられているわ。EPR相関とか、量子テレポーションと呼ばれているの」
やめてくれ。これ以上ややこしい話は、勘弁してほしい。
「ところで、私に姉が居ることは知ってるかしら?」
「知ってるさ。同じ高校の一年上の先輩じゃないか」
「私も姉も、体育がある日は、スカートの下に体操着を穿いて登校するわ」
「え? 何の話!?」
「そして、私のクラスと姉のクラスでは、ちょうど入れ替わるように体育の授業があるの」
立ち止まって、彼女の顔を覗き込む。
「つまり、私が体操着を穿いている日は姉はパンツだけだし、私がパンツだけの日は姉が体操着を穿いているわ」
「は、はぁ……」
「つまり私のスカートの中を観測して事象収縮すれば、同時に姉のスカートの中身も収縮するってことよ」
「お、おう……」
思わず、彼女の下半身を見遣る。膝上まで詰めた制服のスカートから、長い脚がスラリと伸びている。彼女のクラスでは、今日は体育の授業はないはずだ。
「観測するまで、体操着の状態とパンツの状態が共存してるのよ。観測することによっていずれかに収縮するし、姉のスカートの中も同時に収縮するわ」
そんなの、観測するまでもなく確定してる……なんて、野暮なことは言わない。この場合、観測者って僕じゃないか。スカートの中を覗くチャンスを、つぶす訳がない!
「か、観測するの……僕だよね?」
喉を鳴らして、生唾を飲み込む。
「観測……したいの?」
人通りのない路地に入り、彼女は背中を向けたままスカートの端をつまむ。
キスもしたこと無いのに、パンツ見せてくれるとかどんな女神様だよ。パンツ見れるじゃん。パンツ! パンツ!
「準備はいいかしら?」
そう言うと彼女は頬を赤く染めながら、つまんだスカートの端を少しづつ上げ始める。
太ももが露わになり、紺色の生地が見える。理系女子はみんな白を穿くものだと思っていたけど、紺とはまた大人っぽい。少しづつ露わになる下着に、僕の気分も最高潮に……って、あれ? パンツにしては、ゴツくない!?
「あの、それ、何を穿いてるの?」
「何って、体操着?」
「体操着……だと!?」
「だって今日の一時間目の数学、明日の体育と入れ替えになったし……」
期待はあらゆる苦悩のもと、そう言ったのはシェイクスピアだっただろうか。まったくもってその通りだと今、身をもって知った。期待が大きかった分、苦悩も大きい。元通りに下ろされたスカートの向こう側、虚数世界をただ見つめる。
けれども落ち込んでる場合じゃない。考えろ、考えるんだ! 事象は確定した。しかし再びスカートが下ろされた今、パンツと忌々しい体操服の両者は、再び共存しているんじゃないのか? もう一度観測すれば、パンツに確定するんじゃないのか?
それとも、一度確定した事象はくつがえらないのか? だったら確定前まで、観測する前まで戻してくれ! やり直しを要求する!!
「パンツ見せてくれよ!!」
僕の魂の叫びが、晴れ渡る朝の空に響き渡った。
量子的と言っても量子のような振舞いを見せるという訳ではなくて、彼女は粒子でありまた波でもあるという意味ではないし、ましてや彼女の存在位置は確率でしか表すことができないという意味でもない。
いや、気まぐれな彼女の性格を考えればそういった解釈もあながち間違いではないのだけれど、単に理系女子をこじらせた彼女が、何かにつけ量子論にこじ付けた話題を振ってくる……そういった意味で量子的なのだ。
「EPRパラドックスって知ってる?」
ほら、今朝も開口一番これである。待ち合わせ場所に遅れて現れた彼女は、挨拶をすっ飛ばしていきなり量子論の話を始めた。
「量子論の矛盾を指摘する思考実験……だっけ?」
僕たちは、肩を並べて通学路を歩き始めた。
今日が七月七日だから、付き合い始めてもうすぐ一ヶ月になる。恋人になって日が浅い二人は、手は握れどキスすらまだしていない清い関係なのだ。量子論なんかじゃなくて、もっと高校生らしい話題で距離を縮めたい。
彼女の悪戯っぽい性格を可愛いと感じてしまうし、それに容姿も僕好みだ。それにおっぱいだって大きくて、歩くたびにたゆんと揺れる。波の性質を持つのは、何も量子ばかりではない……って、僕は朝っぱらから、何を言ってるんだ!? でも仕方ないじゃないか。僕だってエッチなことに興味津々のお年頃なのだ。
「で、EPRパラドックスがどうしたって?」
「どういう思考実験なのか、説明できる?」
「確か、ある粒子がAとBに崩壊して、十分な時間の後に遠く……例えば何光年も離れる。Aの運動を観測すれば、Bの運動も同時に確定する……だったかな」
並んで歩く彼女の表情を、ちらりと盗み見る。
「心配しなくても合ってるわよ。何光年も離れてるのに、Bの状態がAの観測結果に依存するのはおかしい……という主張よ」
ちなみにEPRというのは、アインシュタイン、ポドルスキー、ローゼン、三人の学者の頭文字らしい。相対性理論で有名なアインシュタインが、量子論にも関わっていたとは、恥ずかしながら知らなかった。
「えーっと、それで何だっけ。スピン0の粒子が分離した場合、Aが右回転ならBは反対向きで同量の回転になるんだったよね。どちらに回転しているかは、観測するまで重ね合わせになるんだっけ」
「そうね。観測するまでは、右回転の状態と左回転の状態が、重ね合わせの状態で共存していると解釈するの。観測することによって、どちらか一つの状態に収縮するわ」
「Aを観測して右回転に収縮すれば、その瞬間Bは左回転に収縮する……」
「Aを観測した瞬間に、その情報が瞬時に何光年離れたBに瞬時に伝わって確定するのはおかしいというパラドックスね」
「何回聞いても、状態の重ね合わせとか収縮って理解できないな」
「ちなみにEPRパラドックスは、現在では実際に起こる相関関係として捉えられているわ。EPR相関とか、量子テレポーションと呼ばれているの」
やめてくれ。これ以上ややこしい話は、勘弁してほしい。
「ところで、私に姉が居ることは知ってるかしら?」
「知ってるさ。同じ高校の一年上の先輩じゃないか」
「私も姉も、体育がある日は、スカートの下に体操着を穿いて登校するわ」
「え? 何の話!?」
「そして、私のクラスと姉のクラスでは、ちょうど入れ替わるように体育の授業があるの」
立ち止まって、彼女の顔を覗き込む。
「つまり、私が体操着を穿いている日は姉はパンツだけだし、私がパンツだけの日は姉が体操着を穿いているわ」
「は、はぁ……」
「つまり私のスカートの中を観測して事象収縮すれば、同時に姉のスカートの中身も収縮するってことよ」
「お、おう……」
思わず、彼女の下半身を見遣る。膝上まで詰めた制服のスカートから、長い脚がスラリと伸びている。彼女のクラスでは、今日は体育の授業はないはずだ。
「観測するまで、体操着の状態とパンツの状態が共存してるのよ。観測することによっていずれかに収縮するし、姉のスカートの中も同時に収縮するわ」
そんなの、観測するまでもなく確定してる……なんて、野暮なことは言わない。この場合、観測者って僕じゃないか。スカートの中を覗くチャンスを、つぶす訳がない!
「か、観測するの……僕だよね?」
喉を鳴らして、生唾を飲み込む。
「観測……したいの?」
人通りのない路地に入り、彼女は背中を向けたままスカートの端をつまむ。
キスもしたこと無いのに、パンツ見せてくれるとかどんな女神様だよ。パンツ見れるじゃん。パンツ! パンツ!
「準備はいいかしら?」
そう言うと彼女は頬を赤く染めながら、つまんだスカートの端を少しづつ上げ始める。
太ももが露わになり、紺色の生地が見える。理系女子はみんな白を穿くものだと思っていたけど、紺とはまた大人っぽい。少しづつ露わになる下着に、僕の気分も最高潮に……って、あれ? パンツにしては、ゴツくない!?
「あの、それ、何を穿いてるの?」
「何って、体操着?」
「体操着……だと!?」
「だって今日の一時間目の数学、明日の体育と入れ替えになったし……」
期待はあらゆる苦悩のもと、そう言ったのはシェイクスピアだっただろうか。まったくもってその通りだと今、身をもって知った。期待が大きかった分、苦悩も大きい。元通りに下ろされたスカートの向こう側、虚数世界をただ見つめる。
けれども落ち込んでる場合じゃない。考えろ、考えるんだ! 事象は確定した。しかし再びスカートが下ろされた今、パンツと忌々しい体操服の両者は、再び共存しているんじゃないのか? もう一度観測すれば、パンツに確定するんじゃないのか?
それとも、一度確定した事象はくつがえらないのか? だったら確定前まで、観測する前まで戻してくれ! やり直しを要求する!!
「パンツ見せてくれよ!!」
僕の魂の叫びが、晴れ渡る朝の空に響き渡った。