瞳が物語る

その瞳は、彼女に惹かれてる。
『あれ』が人が恋に落ちた、ということなのだろうか。

ある日、僕はいつも通り『charmée』で働いていた。店閉めが近くなる遅い時間、女性が来店する。年は僕と近いくらいだろう。少し疲れた様子が見える。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ。」
そう案内すると、ふらふらとソファに座った。
「すみません。ココアください。ホットで。」
「かしこまりました。」
ぎゅっと目を閉じる様子が見えた。もう最後のオーダーだろうし、気持ち多めにクリームを絞る。ふわふわと揺れるクリームにスプーンをつけて持っていく。ココアを置く瞬間、彼女と目があった。しとり、と濡れたような瞳が、人を惹き込みそうだ。その瞳が、くるりと考えるようにまわった。
「…おすすめのケーキありますか?」
ケーキ?僕は少しキョトンとしたが、笑顔を作る。おすすめなら、期間限定がいいだろうか。メニューを見せる。
「このかぼちゃのプリンケーキ、今日からなんです。」
「それ、お願いします。」
注文を受け、キッチンへ戻る。ケーキを置くと、彼女は、ほっとしたような様子だった。
「僕、奥にいるので、ごゆっくりどうぞ。何かあったら呼んでくださいね。」
今日はもう僕だけだし、店閉めは時間通りでなくてもいいだろう。そう思い、キッチンの奥で、片付けと明日の仕込みをはじめた。

静かな空間、優しい光。あたたかな匂い。僕は自分のカフェの空気に癒される。カラリン、と小さく音が聞こえた気がした。いつものアイツだろう。これだけ片付けたら、見に行くか。昔から知るアイツは勝手に座って作業を始めるだろうし。そう思い、ジャッと皿を洗うために水を出した。片付け終わり、店内に戻る。
「ねぇ、こっち見てよ。」
予想通りいたアイツが、想定外のことをしていた。かぼちゃのプリンケーキを食べていたはずの女性の顔をのぞきこんでいる。僕の角度からは、女性の顔が見えない。女性と目があったらしいアイツが、くらりと吸い寄せられる。どういうわけか、アイツは年齢にそぐわない色っぽい表情で、女性にキスでもするかのように近づいた。キスする寸前に、女性がビクリと後ずさる。
「あの、私…帰るので…っ。」
震えた小さい声が聞こえ、それまでの様子を見ていなかったかのように「今、キッチンから来ました」を装う僕。
「お会計お願いします。」
女性が焦ったように財布を出す。
「はい。ありがとうございます。」
「あの…ご馳走様でした。ココアもケーキも、美味しかったです。」
パッとあげた顔は、来た時よりは顔色がいい。
「ありがとうございます。ぜひまた来てください。」
僕が言うと、女性は、ホッとした顔をした後、足早に店を出た。
「ん〜〜〜…」
残された人物は、ソファーに沈み込んで呻く。
「涼、僕の店でナンパ?いい度胸だね。」
そう、声をかけると、涼は片目だけ開けた。
「え…あれ、ナンパ?」
「話しかけてたんじゃないの?」
「そうだけどさ…」
ちょっと考えて、バツの悪そうな顔をした。
「んあ〜〜〜…」
手で顔を覆い、もう一度、ソファーに沈む。
「ここで寝ないでよ。」
僕は涼にそう言って、キッチンに戻った。