* * *



「もしかして...っ、ミカエル様...ですよね......?」

 記憶を辿りながら、噴水の方に向かっていたのだが向こうから声をかけてくるとは。想定外だったわ。
 深く被っていたフードを、わざと自慢の綺麗な髪の毛が広がるように脱いだ。

「あら、存じてくださっているの?光栄ですわ」

 そして、自分にできる精一杯の笑顔で挨拶をする。
 3度目の人生ということだけあって、とても自然な愛想笑いができるようになった。

 でも、周りにいたのは憎き相手、アイザック・セイレムだけではない。街の人たちが私を見るなり....

「姫様、きてくださったんですか!?」
「丁度パンが焼き上がったところです!!」
「是非うちの店にいらしてください!」
「いえいえ!是非うちに!!」
「自慢の野菜なので、是非持って行ってください!!」
「王妃様によろしく伝えておいてください!!」


 街の人たちが次々に私に声をかけてくれる。流石お父様とお母様。街の発展に力を入れてきただけある。おかげで何もしていない娘の私まで融通が効くなんて。

 見たか、アイザック・セイレム。これが王族の力だ!!
 横目でチラッと様子を盗み見ると、私の方を向いて笑いかけてくる。

「凄いですっ!!憧れちゃいます...っ」
「そんなことありませんわよ。それに、このくらい貴族なら簡単ですわ」
「いいえ...、私には到底できません......」

 と、内心鼻高々に答えておく。
 しかし、ふと疑問が湧いた。憧れる?この光景に?できない?貴族なら下級貴族など関係なく街の人々に好かれれば簡単なこと。だから、憧れちゃう貴方は街の人々に好かれていないのね。そういう意図を込めて答えたのに、それじゃあ私が悪いみたいじゃない。

 でも、改めてアイザック・セイレムの格好を見たらさらに謎が湧いた。
 貴族なはずなのにドレスじゃない。しかも、ところどころ泥がついていて薄汚い。

「名前、聞いてもよろしいですか?」
「あっ、わ、私はアイザック・セイレム....です」
「生まれは?」
「この街でっ...、こう見えて看板娘......なんですよ?」

 怪しまれないように名前から聞き、知りたかった生まれも聞いたのだがどういうことだろう。私が知っているアイザック・セイレムの生まれは貴族。
 じゃあ、これは嘘かしら。どうせ親が人攫いを恐れて平民だと言え、と教えているのだろう。

 でも、セイレム家も、セイレム伯爵、公爵、そんな名前は聞いたことないわ。まあいいわ。こんなこと気にしたって時間の無駄ね。


 それに、イザベラもーー。
 しまった!!イザベラに黙ってここまできたんだった!!!

「ねえ、アイザックさん」
「なっ、なんでしょう...っ」
「今から私と一緒に宮殿で茶会でもしませんか?」
「いいんですかっ?私...っ、人生で一度くらいは行ってみたかったんですっ」

 もう少し誘うのに手こずると予想していたが案外すぐに決まり、驚いている。
 むしろ、早い分にはいい。

 それに!アイザック・セイレムを友達と紹介すれば、私はイザベラからの説教を回避できる!!はず!

「いいですか、アイザックさん。よく聞いてくださいね?」
「はいっ」
「私の貴方は友達です」
「みっ、ミカエル様とお友達なんて、無理ですよっ。嬉しい...けど、恐れ多いし.....っ、実感も湧きませんっ」

 なんか、喋り方が癪に障る。過去もこんな喋り方だったかな。でもとにかくイザベラの説教は回避したい。それに、形だけでも仲良くなれば、殺されずに済むかもしれない。仲良くなっておいてそんはないわ。

「呼び方、ミカエルでいいわ。堅苦しいのは嫌いなの」
「わっ、わかりました...、ミカエル...」
「それでいいわ。私もアイザックって呼ぶから」

 平民でも、特別に名前呼びと呼び捨てを許可してあげるわ。タメ口は許可しないけどっ!アイザック、貴方には敬語がお似合いよ!!

「とりあえず!早く行きましょう!!」
「はっ、はいっ...!」

 何も知らないアイザックはのこのこと私の後ろをついてくる。
 いい気味。


* * *


「イザベラ!ごめんなさい...っ」

 反省しているフリをして申し訳なさそうに全力で謝る。だって、2時間説教フルコースは御免だわ。それに、姫がお友達の前で怒られるなんて恥晒し、イザベラが私にさせるわけがないもの。

「次は、絶対に許しませんからね」
「本当に!?やった!早く帰りましょーっ!!」

 
 やっぱりね!まあ、アイザックが帰った後のことはわからないけれど。とりあえず今は回避できたから充分ね。
 イザベラはチラッとアイザックの方を見て尋ねてくる。

「ミカエル様...、そちらの方は?」
「私のお友達よ。宮殿に招待したいの」
「どっ、どうも初めまして...っ。アイザック・セイレムと申します.......」
「ミカエル様に仕えております。イザベラです」

 「使用人......」とアイザックが呟いている。まっ、平民には雇えないでしょうからね!!羨ましいでしょう!!!
 というかさっきから思うのだけれど、ヒロインってもっと明るい笑顔なんじゃないの?たしか、過去のアイザックもそうだったわ。
 まあ、アイザックはまだ幼いから人見知りが激しいのかもしれない。どうでもいいけど。

「イザベラっ!早く帰りましょう!!」
「わかりましたよ、ミカエル様」

 イザベラが呆れたように返答する。呆れるって何!?

「ふふっ」
「ちょっとアイザック、何笑っているの!?」
「すっ、すみませ...っ」


* * *


「ーー様、あちらの方でございます」
「へえ、いいじゃん。大当たりだよ」