『いきなり走ってったけど、どした?』


 ど・・どう返せばいいもんか・・?

 そもそも汐見くんはどうして私にあんな────。


"付き合ってみる?"


 汐見君の少し照れながらも、伺う様な上目遣いを思い出して、何やらドキンと心臓が疼いた。そんなことを男の子に言われるのはもちろん初めての事だ。


「あ、相手が誰でも、取り敢えず試しに付き合ってみるタイプ・・てこと、なのかな・・」


 陽キャの人凄すぎる。思考が私とはそもそも違うんだ。罰ゲームの線も捨て切れないけど。

「でも待てよ。それならすぐ別れるってのが濃厚な線・・」

 そうだよ。向こうは好きになってから付き合うんじゃなくて、取り敢えず付き合ってみて合う人を探してるってことだ。私みたいなのと彼が合うことなど有り得ないのだから、早々に・・


「ごめん。やっぱ無理」


 という展開になる。それならわざわざ呪いをかけたなんて酷い告白をしなくとも、フラれるのを待っていれば全て丸く収まるのでは・・? それにもしかして────。




『エピソードがどこかで見たことのあるものばかりで目新しさを感じず』



「これって・・チャンスかもしれない・・」


 夏樹君とタイプは違えど、彼はクラスの中心にいるモテ男子で、いわゆる少女漫画のヒーローポジの人。陽キャの人達の生態を知る。どんな事を考えてどんな風に行動して、「付き合って」いる男女が一体どんな事をして過ごすものなのか。

 フラれるまでの少しの間だけでも、それを知る絶好の機会(チャンス)────・・



「と、とりあえず、メッセの返信しないとっ。既読無視は友達でもダメだろうし」


『すみません。急用を思い出しまして』


 そう返信を返したけど、そのあと汐見君からの返信は何も無かった。結構アッサリしたものだけど、まぁお試しの関係なんだしこんなものなんだろう。


 そういえば今日はナミさんからのコメントも無かったな・・




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その人の声に私はやっぱり反射的に、ビクリと肩を飛び上がらせた。


「陽葵!」


 突然ガシッと捕まれた肩。振り返るとそこにはもちろん、汐見君の姿があった。だけどいつもの明るい笑顔ではなく、不機嫌そうな表情をしていて・・


 あれ? 汐見君何か、怒って・・?


 だけどその違和感は一瞬で別の不安に飲み込まれた。何故なら私達の少し前には、田村さんが歩いていたから・・


(ま・・まずい!)


 汐見君を好きだと言っていた彼女。名前呼びなんかされているのを聞かれたら、益々陰口の対象に・・。とにかく、人に見られるのはよろしくない!!


「お・・お昼にあの渡り廊下にいます!」

「はぁ!? ちょっと待っ・・」


 私は言い逃げとばかりにその場から走り去った。

 だけどよくよく考えたら────少しの間とはいえ、誰にも目撃されずに汐見君と交際するとか、不可能なのではないだろうか・・??


「・・やっぱり・・無理・・かも・・」


 ゼーゼーと息を切らせながら、一人そう呟いた。こんなに毎日全力ダッシュするのも、もう無理かも・・。






「なんで逃げんの?」

 
 案の定、汐見君は私の行動を不審に思った様で、お昼休みに渡り廊下に現れるなり、早速そう詰め寄った。


「す・・すみません。周りに人が、いましたもので・・」

 汐見君はしばらく押し黙った後・・首を傾げた。

「それの何がダメなの?」

 ですよね陽キャの人・・!

「ですから・・変な目で見られそうなんで。汐見君みたいな人気者と私とじゃ・・正直、釣り合いが取れてないと思います」

 汐見君はしばらく押し黙った後・・益々首を傾げた。

「ごめん。言ってることちょっとよく分かんねぇわ」

 そして彼は、私に曇りのない真っ直ぐな視線を寄越した。

「釣り合う釣り合わないって、それ誰が決めんの? 自分が誰と居たいかは自分が決める事だし、百歩譲ってそんなん言う奴いたとして、無視すりゃいいって話だろ?」

 ズキンと心が軋んだ痛みをあげた。まるで自分の弱さを批判されているようで。
 汐見君の言ってることは正しいのだろう。それを批判だと思うこと事態が私の被害妄想で。勝手に傷ついて勝手に追い詰められて、問題なんか全部自分の中にあるんだって本当は気がついてる。

 だけど怖くて友達作りも恋も出来ない────そんな弱い人間もいるんだよ・・


「汐見君には分かんないです・・」


 まただ。こうやって劣等感でいっぱいになるから・・私はこの人が嫌いだ。


「汐見君みたいな目立つ男子の相手が私のような陰キャ女じゃ、女子は納得しません。誹謗中傷の対象になるんです。誰に何を言われても気にしないなんて私には無理です。言われたら言われただけ、ちゃんと傷つきますから。
だから無理だと思います。やっぱり汐見君とは────」


 言いかけた瞬間。

 ムギュッと、突然口を押さえられた。
 汐見君の・・大きな手に。

 びっくりして目が────合った。
 
 なんでこの人・・こんなに焦った顔してるんだろう・・?


「分かった、とりあえず付き合ってるのは秘密にしよう!」

 彼は私の口にやった手をぱっと離すと、狼狽えた様に私から視線を逸らせた。

「そうだよなー、女子の世界ってなんか色々面倒だって聞くし。周りから冷やかされたりするのも気まずいもんな。ごめん俺いつも考えなしで!」


 ────どうして・・

 そんな風に謝るの。価値観の合わない奴だって失望すればいいじゃない。こんな卑屈な私に合わせてまで一緒にいる必要なんて無いじゃない。

 益々自分が嫌になる────・・


「汐見君は・・どうして私なんかと付き合おうと思ったんですか? 汐見君なら正直、他にいくらでも彼女なんか出来ると思いますし」


 真面目くさった顔でそう聞いた。すると彼はしばらく押し黙った後・・やっぱり首を傾げた。


「気になってる子が相手も自分のこと気にしてるって分かったら、普通付き合おうと思わん??」


 え────────────────?



 "気になってる子"・・?



 え・・? え・・・・・・


 えぇぇえぇぇぇ????



 自分でもそうと分かるくらい、真っ赤になった。

 彼の言った言葉が消化不良で。すんなりと飲み下すことなんか出来なくて。

 私はまた彼から逃げ出してしまったんだ。



「すみません、急用を思い出したので、これで失礼します!」