『人を呪わば穴二つ』


「いやぁ〜、マジかぁ。そうだったんかぁ。俺全然気付かなかったわ〜」


 隣を歩く汐見君は上機嫌で、何かをひっきりなしに喋っていた。あの後「んじゃ一緒に帰るかー」と言われて、私達は教室で鞄を取って玄関へと歩みを進めているのだが。


 私にとってはそれは『連行』。


 何故こんな事態になった? 人を呪ったりしたからバチが当たったとしか思えない。一体どうすれば・・


「俺てっきり、春日さんに嫌われてると思っててさ〜」

 
 正解!!


「あ。春日さんて呼ぶのもなんかアレだよな。陽葵(ひまり)でいい?」


 !? 嫌ぁぁ! 汐見君に突然下の名前で呼ばれるとか、クラスの女子の目が怖すぎ! 陽キャの距離の詰め方早すぎる!


「い、いやその・・」

「陽葵も名前で呼んでねー。あとさ、連絡先交換しよ」


 え────(嫌)。



 「これ読み込んでー」とサッとスマホを差し出す汐見君。その顔が輝くばかりの笑顔で、言わなきゃいけない言葉が、益々罪悪感に呑まれて出なくなってしまう。


 私は貴方を好きじゃない。
 むしろ嫌いで、呪いをかけたって・・


「し、汐見く・・」

「やったー、ついに陽葵の連絡先ゲットー!」


 その心からの笑顔が────胸に突き刺さった。

 どうしよう私・・益々最低な奴に────・・



 しかしその時。


「あれー、央じゃーん! まだいたー?」


 そこに居たのは、いつも汐見君と一緒にいるクラスの一軍女子。明るい茶髪に日焼けした肌、耳にはピアスをつけたギャル系美少女・飯岡芽留(いいおかめる)さんが立っていて・・。

 そして彼女は、汐見君の後ろにいた私を見つけると、驚いたように目を見開いた。


「・・あっ! ひまりん・・!」



 ────まずい!!

 私は反射的に、猛然とダッシュしてその場から走り去った。
 汐見君と仲の良い一軍グループの女子にこんな場面を見られたら、間違いなく陰口の対象になってしまう・・!


 でも今飯岡さん、なんか「ひまりん」て言わなかったか? 気のせいか? てゆうかそもそも、汐見君が「付き合う」って言ったのはどういう意味? まさか本当に私なんかと交際するって意味じゃないよね。でもそれならなんで連絡先交換? 揶揄われてる? 罰ゲーム的なアレか? なんなの? なんなのコレ────・・!?



 何から逃げているのかは分からないけれど・・とにかく私は一心不乱に走り続け、駅で電車に駆け込んだ。家に着くまでの約一時間、グルグルとそんな事を考え続けていた。