「分かったかもしれません・・」

「え!?」

 央君と芽留ちゃんが勢いよく私の方へ視線を集めた。

「ボトムターンは遠心力を利用するってどの本でも書いてあるんですよね」

「うん、そうだね」

「私、子供の頃親に無理やりスノーボードのスクールに参加させられた事があるんですけど・・その時に先生が言ってたんです。ターンのコツは自分を中心にボードを回転させるイメージだって」

「回転させる?」

「そうです。例えて言うならコンパスの様に重心を軸に円を描く・・遠心力って円運動ですから、サーフィンもこれと同じなのではないかと。つまりです。ボトムターンは上に進むわけでは無いんですよ」

「え?」

 ポカンとする二人に、私はポーズした画像に指差しながら説明をした。

「ボトムに降りて再び上に上がるこの動きを円で考えたとき、重心はその中心点に無ければいけません。降るときは前方、降りきったときは真向かい、そして上がり始めるときは後方にあるという事です。そう考えたときにフォームを確認すると、このプロ選手はしっかり後方に身体が向いているのに対して、央君と芽留ちゃんは、進行方向である上へ向けて身体が開いてしまってますよね?」

「────なるほどぉ!!」

 央君と芽留ちゃんは揃って大声をあげた後、二人で顔を見合わせた。

「父さんがボトムターンのときは後ろ見るとあがりやすいって言ってたの、あれそういう意味か! 後ろ見るって顔を向ける訳じゃなくて、身体を重心に向ける為ってこと!?」

「てか、プロ選手がボトムターンのときよく水面触ってるの、あれカッコいいからじゃなくて重心に手を置いてるってことなんじゃね!?」

「陽葵ありがと! なんかやっと分かった気がするわ。サーファーってみんな頭悪いから、そういう理論的に説明する奴って居ないんだよなぁ」

「はぁ? 亮司さんは頭悪くないし!」

 

 海入って動画撮って反省してまた海に入る────私達はひたすらそれを繰り返した。二人のマネージャーかの様にサポートをする日々も、それなりに楽しかったし。


 だけど・・私にとっては温かいこの場所は、冬の到来とともに消えてしまったのだ。




 

◆◇◆◇◆◇


 12月に入り、いつの間にか街はクリスマスカラーである赤と緑で飾られていた。学校帰りに私は駅前の商業施設を何となくフラフラしていて。

(央君へのクリスマスプレゼント、何がいいのかな・・)

 スポーツショップへ足を踏み入れてみたけど、冬という事でサーフギアのコーナーは極僅かであった。冬用のセミドライスーツのオーダー受付中と書かれたマネキンの近くに、数枚の板とフィンやリーシュコードといった必須アイテムが並べられている。サッと眺めてみたけど、私のお小遣いで購入出来そうな値段のものはあまり無い。

 やっぱりサーフギアって高いなぁ。央君がお父さんの負担を気にする気持ちも分かる。残念だけどサーフィン関連のものは諦めて、店を後にした。外へ出るとまだ五時だというのにあたりが暗い。日の出る長さが最も短いこの時期、学校終わりに海に入るのが難しい二人は、亮司さんの勧めでサーフスケートというサーフィン練習用のスケートボードで練習をしていて、カメラマンである私の出番も少なくなった。


 そんなときだった。ずっと更新が止まっていた小説投稿サイトを私が久々に開いたのは。トップページに表示されていたのは、大手出版社主催の『漫画原作賞』開催の告知であった。何気なく応募要項へ目を通すと、大賞賞金三十万円の記載が見えた。

(三十万あったら・・央君の新しいウェットスーツもボードも買ってあげられるな・・)

 最初の動機はそんなもので。私は久しぶりにPCの画面と向き合った。

 あれからずっと考えていた。私の書きたいもの。それはやっぱり────央君のこと。


 自分の間違いに気付けた。少しずつでも勇気を出す事を覚えた。人を知ることも恋をする気持ちも、誰かの力になりたくて強くなれる事も、全部全部、央君が教えてくれたから。


 勘違いから始まった私の恋。流行り要素なんか要らない。私のこの経験が、読んだ誰かの何かを変え得るような・・そういうものが書きたいんだ。



『タイトル: 嫌いなあいつに呪いをかけたら何故か付き合うことになった』



 長い間動かなかった指が、驚くほどに走った。だけどそれは────やってはいけない禁断の行為だったんだ。


 それはきっと・・私への罰。

 





 その日は普段と変わらず央君とお昼を食べる約束をしていて。彼の好きな卵焼きの入った二人分のお弁当を持ってあの渡り廊下で待っていた。渡り廊下入り口のドアが開かれ、その奥から彼は約束どおりに姿を現した。

 ただ、いつもの明るい表情ではなく────・・



「あ・・央君、これ央君の分のお弁当・・」


 そう言って私がお弁当を差し出しても・・その表情が笑顔に変わる事はなかった。



「嫌いなあいつに呪いをかけたら、何故か付き合うことになった」

「え・・?」


 一瞬、何を言われたのか理解が追いつかなかった。

 それは私が投稿した作品の名前。

 どうして────。


「お前のフォロワーにナミっているだろ。あれ、俺なんだよ」


 ────え・・?

 ずっと応援コメントを送ってくれていたナミさんの正体が・・央君・・?

 そんな馬鹿な。この高校に入ってから誰にも話していないのに、どうしてそれが私だって知ってるの? 


「この投稿サイト、姉ちゃんの勤めてる会社の運営してるやつなんだよ。付き合う前から知ってるの、お前が小説書いてること」

「・・え・・?」


 あまりにも唐突に突きつけられた事実。戸惑いの目で彼を見つめた私に向けて、彼はスマホを突きつけた。そこに表示されていたのは、私の新作投稿ページの表示された見覚えのある画面。



「これって俺のことだよな?」



 そして彼は笑った。その冷た過ぎる瞳の色を見たとき、私は自分のしたことの間違いを悟った。

 彼は明らかに不快を露わにしている。心臓が警鐘を鳴らす様に心音が大きく鼓動を鳴り響かせ、身体は焦りで冷たい汗を吹き出し始める。


「お、央君・・?」

「おかしいと思ったんだよ。お前がずっと見てたのはどう考えても俺じゃなくて夏樹の方だったし・・嫌われてる気はしてたけど、まさか呪われてたんだとは」

「ち、違うの、央君っ・・」

「でもこうして作品にしたって事は、良いネタ作りになったってこと? 良かったね、我慢して嫌いな男と付き合ってみて」



 違うの────。

 始まりは確かに間違いだったけど・・

 でも今は違うの。


 心から貴方の事を想っているの。だからこそ書きたかったの。それは間違いから始まる、本当の恋のお話だから・・。



「違うの・・! 今は央君の事が本当に大好きだから、私・・」


「それは本当? それとも嘘? どっからが本当でどこまでが嘘かなんて、俺には分かんねーし」


 そして彼は私に、冷たい目のままこう言った。



「悪いけどもう、お前とは付き合えねぇわ」






 これはきっと罰。



 後ろ暗い感情で一瞬でも人を呪ってしまった────私への代償。