寒さがこたえ始める11月────。
私は風に晒されながら、浜辺でじっと佇んでいた。
手に握られているのは、動画撮影用のデジタルカメラ・・央君と芽留ちゃんのライディング動画を撮影する為だ。近頃の私の週末はもっぱら、この撮影に費やされているのである。
撮影した画像を央君の部屋でPCに繋いで確認し、改善点を検証するという事を初めて、一カ月が経とうとしている。最早これは部活に近い。
「やっぱりボトムに降りきって無いんだよなぁ、多分・・」
画像を見ながら央君は呟いた。
「自分ではすごい降りてるつもりなんだけどなぁ。こうして見るとまだもっと下まで降りれそうだよね」
「だけど今ぐらいの位置でも、なんか前より失速してる気がするんだよな。ボトムに降りた分、登る距離が長いからだと思うけど・・やっぱりボトムターンが上手くいってないって事なのか・・?」
央君と芽留ちゃんは揃って、うーんと首を傾げた。
競技サーフィンはフェイスと呼ばれる波の斜面を登ったり降りたりしながら加速しターンなどの技へ繋げ、そのライディングの素晴らしさを競う競技。
しかし、上手く加速するには波のパワーゾーンをキープしなければならない。単純な上下の動きだけではなく、ピークから離れすぎると波はパワーを失ってしまうため、カットバックと呼ばれる方向転換でピークの近くまで戻る事も必要。そして最も重要なのはボトムターンと呼ばれる、波の斜面を降りた場所(ボトム)で再び上へと登る為のターンだ。いかに斜面を降りるときに加速したスピードを殺さぬようにボトムターンを行うことこそ、力強いトップターンや、エアリアルという空中技へと繋げる為の鍵なのである。
しかし一番のポイントは、スノーボードやスケボーと違い、波は動いている上に、波毎に動きも傾斜もパワーゾーンも異なる。それを瞬時に理解し適したライディングを組み立てる・・これは並大抵の難易度ではないのである。『横ノリ系』と一括りにする人が多いが、サーフィンはスポーツの中でも特殊中の特殊と言ってよい。
少しでも二人の力になりたい一心で、私はサーフィンの教本を何冊も読破した。乗り手としては超初心者である私だが、知識だけは着実に蓄えられてはいるのだけれど。
「でもプロ選手みたいな豪快なターンを決めるにはボトムまで降り切らないとだよね? ・・ちょっと夏樹にも聞いてみる・・?」
芽留ちゃんが伺う様な目を向けると・・央君は鬼を降臨させた。
「あいつの事なんか知らん!」
私と芽留ちゃんは苦い顔で目を見合わせた。これから協力して再び夢を目指すのかと思われた三人だったが・・央君と夏樹君はまさかの険悪ムードなのだ。その理由────夏樹君は最近週末になると草加部さんと出掛けてしまうから。なんでもこの志田の海以外の波にも慣れる為に、トライアル開催地である茨城県の大洗海岸はもちろんの事、色んなサーフスポットを巡っているらしいのだ。海にはその地形や砂のつき方、岩礁の有無など、浜毎に癖の様なものがあり、競技開催地で練習を積むのは当然有利なんだろうけど。それはある意味、一緒にトライアルを受ける二人を、容赦なく出し抜く行動な訳で・・。
お陰で央君はピリピリしていて、夏樹君の話題を出すのも憚られる始末。子供の頃からベッタリだった二人のこんな険悪な状態は初めてだと、芽留ちゃんも驚いているのである。
「俺らとプロと何が違うんだろ。ちょっと見比べてみるか」
央君はそう言って、世界のトップスターが集まるワールドツアーDVDをプレイヤーにセットしたのだが、二人はしばらくして眉を曇らせた。
「なんか凄すぎてよくわからん・・」
「そもそも波のサイズも質も全然違うし。それにケリー・スレーターは凄すぎて見ても参考にならないとは良く聞くよね」
「この辺の海でやってるやつにするか」
彼はそのDVDをやめて、すぐ近くの志田下と呼ばれるポイントで開催されたイベントDVDを再生した。海外の有名サーフブランド主催のイベントで、日本のトッププロだけでなく世界的なプロサーファーも来日したサーフィン界の大イベントである。
「・・何でこんなにボトムで反発したみたいに一気に上に上がれるんだろ?? 波のせいにしたくなるなぁ」
「でも志田下だし、こことほぼ変わんない筈だよね・・。何で? ライン取りの問題?」
分からん・・と二人は途方にくれてため息をついた。だけど私は────あるプロ選手のボトムターンの瞬間でポーズボタンを押した。
「もう一度二人の動画見せてもらっていいですか?」
「え? もちろんいいけど・・」
DVDを再生していたテレビの横にPCを並べて、二人のライディングフォームと見比べて、私はある考えに至った。
「分かったかもしれません・・」
私は風に晒されながら、浜辺でじっと佇んでいた。
手に握られているのは、動画撮影用のデジタルカメラ・・央君と芽留ちゃんのライディング動画を撮影する為だ。近頃の私の週末はもっぱら、この撮影に費やされているのである。
撮影した画像を央君の部屋でPCに繋いで確認し、改善点を検証するという事を初めて、一カ月が経とうとしている。最早これは部活に近い。
「やっぱりボトムに降りきって無いんだよなぁ、多分・・」
画像を見ながら央君は呟いた。
「自分ではすごい降りてるつもりなんだけどなぁ。こうして見るとまだもっと下まで降りれそうだよね」
「だけど今ぐらいの位置でも、なんか前より失速してる気がするんだよな。ボトムに降りた分、登る距離が長いからだと思うけど・・やっぱりボトムターンが上手くいってないって事なのか・・?」
央君と芽留ちゃんは揃って、うーんと首を傾げた。
競技サーフィンはフェイスと呼ばれる波の斜面を登ったり降りたりしながら加速しターンなどの技へ繋げ、そのライディングの素晴らしさを競う競技。
しかし、上手く加速するには波のパワーゾーンをキープしなければならない。単純な上下の動きだけではなく、ピークから離れすぎると波はパワーを失ってしまうため、カットバックと呼ばれる方向転換でピークの近くまで戻る事も必要。そして最も重要なのはボトムターンと呼ばれる、波の斜面を降りた場所(ボトム)で再び上へと登る為のターンだ。いかに斜面を降りるときに加速したスピードを殺さぬようにボトムターンを行うことこそ、力強いトップターンや、エアリアルという空中技へと繋げる為の鍵なのである。
しかし一番のポイントは、スノーボードやスケボーと違い、波は動いている上に、波毎に動きも傾斜もパワーゾーンも異なる。それを瞬時に理解し適したライディングを組み立てる・・これは並大抵の難易度ではないのである。『横ノリ系』と一括りにする人が多いが、サーフィンはスポーツの中でも特殊中の特殊と言ってよい。
少しでも二人の力になりたい一心で、私はサーフィンの教本を何冊も読破した。乗り手としては超初心者である私だが、知識だけは着実に蓄えられてはいるのだけれど。
「でもプロ選手みたいな豪快なターンを決めるにはボトムまで降り切らないとだよね? ・・ちょっと夏樹にも聞いてみる・・?」
芽留ちゃんが伺う様な目を向けると・・央君は鬼を降臨させた。
「あいつの事なんか知らん!」
私と芽留ちゃんは苦い顔で目を見合わせた。これから協力して再び夢を目指すのかと思われた三人だったが・・央君と夏樹君はまさかの険悪ムードなのだ。その理由────夏樹君は最近週末になると草加部さんと出掛けてしまうから。なんでもこの志田の海以外の波にも慣れる為に、トライアル開催地である茨城県の大洗海岸はもちろんの事、色んなサーフスポットを巡っているらしいのだ。海にはその地形や砂のつき方、岩礁の有無など、浜毎に癖の様なものがあり、競技開催地で練習を積むのは当然有利なんだろうけど。それはある意味、一緒にトライアルを受ける二人を、容赦なく出し抜く行動な訳で・・。
お陰で央君はピリピリしていて、夏樹君の話題を出すのも憚られる始末。子供の頃からベッタリだった二人のこんな険悪な状態は初めてだと、芽留ちゃんも驚いているのである。
「俺らとプロと何が違うんだろ。ちょっと見比べてみるか」
央君はそう言って、世界のトップスターが集まるワールドツアーDVDをプレイヤーにセットしたのだが、二人はしばらくして眉を曇らせた。
「なんか凄すぎてよくわからん・・」
「そもそも波のサイズも質も全然違うし。それにケリー・スレーターは凄すぎて見ても参考にならないとは良く聞くよね」
「この辺の海でやってるやつにするか」
彼はそのDVDをやめて、すぐ近くの志田下と呼ばれるポイントで開催されたイベントDVDを再生した。海外の有名サーフブランド主催のイベントで、日本のトッププロだけでなく世界的なプロサーファーも来日したサーフィン界の大イベントである。
「・・何でこんなにボトムで反発したみたいに一気に上に上がれるんだろ?? 波のせいにしたくなるなぁ」
「でも志田下だし、こことほぼ変わんない筈だよね・・。何で? ライン取りの問題?」
分からん・・と二人は途方にくれてため息をついた。だけど私は────あるプロ選手のボトムターンの瞬間でポーズボタンを押した。
「もう一度二人の動画見せてもらっていいですか?」
「え? もちろんいいけど・・」
DVDを再生していたテレビの横にPCを並べて、二人のライディングフォームと見比べて、私はある考えに至った。
「分かったかもしれません・・」