「サーフィンのDVDいっぱいあるね」

 私が本棚のラインナップを物色していると、央君が隣にやって来て、私の肩の後ろから覗き込んだ。それが友達よりも近い距離な気がして、どきりとしてしまう。

「何か見てみる? あ、これとかいーんじゃない。ソウル・サーファー。ベサニー・ハミルトンていう実在のサーファーの実話を元にした映画なんだ。ベサニーは元々天才って期待されてたサーファーなんだけど、13歳のときにサメに襲われて、片腕を無くしちゃうんだよね」

「え? それ実話なんですか?」

「そりゃもう、アメリカでは有名な実話だよ。サメは普段人間を襲わないんだけど、波待ちしてるサーファーを海亀と間違えて襲うことがあるらしいんだ。ベサニーは片腕になってもサーフィンに復帰して、WCTワールドツアーへも出場できるような世界のトップ選手の中の一人になった」

「片腕で・・? すごい」

「すごいなんてもんじゃないよ。俺らでも苦労するパドルやテイクオフを、片腕で一体どうやってるんだろうな。理解できんけど。こっちにはベサニーも出場してる実際のツアーDVDもあるし、これも後で見てみる? ワールドツアーの出場権を獲得できるのは世界でたったの32名。一年かけて世界の有名サーフスポットを巡るツアーなんだけど、日本では考えられないくらいの大波がくるから、見ると結構面白いよ。その中でもやっぱり、ハワイのノース・ショアの波は笑っちゃうくらいヤバいから。10mとかだよ? 最初CGかなと思ったもん。下はリーフ(岩礁)だし、間違えて波に撒かれたらホントに死んじゃうくらいの、命懸けなんだよね」

 彼がキラキラした子供のような笑顔で捲し立てる様子に、私はついクスッと笑ってしまう。

 央君は本当に・・サーフィンが大好きなんだな。


 DVD鑑賞が始まってしばらくのこと、ベッドでゴロンとしながらそれを見ていた央君が、グーグーと寝息を立て始めた。連日朝から夕方まで海に入り、夜はバイトもしてるのだもん、きっと相当疲れているんだろう。しばらく寝かせておこう。
 映画が終わってもまだ起きないので、お手洗いをお借りしようと部屋を出た。トイレを探して一階へ降りたはいいが勝手に開けていいものか躊躇していると、足音を聞きつけたのか、リビングのドアが開いて亮司さんが顔を出した。

「ひまりちゃん? どした?」

「あ、お手洗いお借りしたいなー、と」

「あれ?央は?」

「寝ちゃったので、起こすのも悪いかなー、なんて思いまして」

「ありゃ。そっか悪いね。あいつ疲れてるみたいで」

 亮司さんにトイレの場所を聞いて用を済ませて外へ出ると、再び亮司さんが顔を出した。

「ひまりちゃん、あいつ起きるまでこっちいたら。暇でしょう」

 う・・別に暇でもいいんだけどな。でも断るのも失礼ぽいし・・。おずおずとリビングへ足を進めると、私はそこで見てはいけないものを目にする。それは上半身裸のままソファの上で、猫の様に丸くなり寝転がる夏樹君の姿・・。


 推しのオフショット。しかも美人すぎて妙にエロカワイイ。これは鎖ついた首輪とか着けさせたらだいぶイケナイ画に・・ってなんてこと考えてんだ。眼福を通り越してこれは目に毒だ。見ない様にせねば。


「夏樹ー。昼メシどうすんだ?」

「んー。カフェのやつはヤだ。もう飽きた」

「また面倒くさいこと言って・・じゃあたまには自分で作れよ。お前もそろそろ料理の一つや二つ、作れるようにならなきゃダメだろ?」

「無理。父さんやって」

「聞いてた俺の話? ・・まぁいいや。じゃあひまりちゃんもいるし、なんか出前でも取るかぁ。外行くの怠いしなぁ・・。ひまりちゃん苦手なものある? この辺って田舎でUberとかやってないから、近所のうどん屋さんくらいしか選択肢ないんだけどさ」

 そうか。汐見家はお母さん居ないみたいだし、渚さんももう帰っちゃったし。男世帯って大変そうだな。

「あの・・もし良かったら、何か作りましょうか」

「ええ!? いいの!?」

「はい・・冷蔵庫に材料が何かあれば、ですけど・・」

「俺オムライスがいい」

 見るとソファの上にゴロンとしたままの夏樹君が、こちらに視線だけを向けている。推しにリクエストされてしまった。かわいい。

「あ・・はい。卵あるか、見てみますね・・」

 冷蔵庫を物色すると、卵も玉ねぎもハムもあったので、早速料理に取り掛かった。ご飯を炊き、その間に材料を刻み、玉ねぎとハムの半分は野菜スープの方の具材にもなってもらう。レタスも見つけたので、ハムの残りと茹で卵を散らしてサラダも作った。炊けたご飯でケチャップライスを作り、卵を乗せて出来上がり。央君の分は取り分けておき、起きたら卵だけ焼き直すことにした。
 出来上がった料理をテーブルに並べると、亮司さんはキラキラとその整った顔を輝かせ、過剰なくらいに喜んでくれた。

「ありがとぉひまりちゃぁぁん。いいお嫁さんになるね♡ すぐにでもウチにお嫁に来てくれてもいいんだよぉ? ね、おいしーよね夏樹!」

「ん。うまい」

「お、お役に立てて良かったです」


 みるみると減っていく二人のお皿に多少呆気に取られていると、ふと、テーブルの上に置かれたカレンダーが目についた。8月29日の欄に「誕生日」と書いてある。

「29日は・・どなたかの誕生日なんですか?」

「ああうん。夏樹のね」

「あ、じゃあ央君もってことですよね」

 その言葉に、一瞬空気がピリッとしたのが分かった。