『ひまわりの花のように太陽の元で元気な笑顔を咲かせる子に育つように』


 それが陽葵の名前の由来だ。その親の想いに全く応えることなく、私は陰キャに成長した。

 人と接するよりも、黙々と本を読むのが好きだった。小学校高学年に上がって、漫画というものに出会った。小さな冊子の中で繰り広げられる、キラキラ輝くときめきの詰まった物語。こんなに面白いものがあるのかと、その時の衝撃は忘れられない。将来は漫画家になりたいと思ったけど────私には絵を描く才能が全く無かった。

 だけどある時、紙面で見つけたとあるページ。それは新人の漫画家さんを募るコンクールの記事の中の「シナリオ部門」という文字だった。


 シナリオだけなら私にも書けるかも────そう思ったのが小説を書き始めた最初のきっかけ。


 だけど最近は・・全くと言っていいほど、文章を打つ指が動かない────。






◆◇◆◇◆◇◆



 例によって倉庫に置かれているドリンクのストックを取りに出ると、ちょうどスクールから戻ってきたお客さんが、シャワーや着替えの順番を待ってたむろしていた。

「ね〜ね〜。一緒にお昼ご飯食べよ〜? 奢ってあげるからぁ〜」

 その声に気づいて私は思わず振り返る。そこには大学生と思しきお姉さん達に取り囲まれる央君と夏樹君の姿があった。

「俺ら午後もスクールあるんで時間ないんすよね。着替え面倒ですし」
「え〜。じゃあまた今度行こ〜よ〜。夏樹く〜ん、連絡先交換しよ〜?」
「こいつの個人的な連絡先は教えられません。店の決まりです。再度ご参加の際はショップ公式の方へお願いします」
「ええ〜? じゃあしょうがないから央君のでいいや」
「しょうがないって何? 俺ならイケるって思われてるのなんで??」


 彼等二人が大人のお姉さん達にキャーキャーと囲まれるのは最早日常茶飯事。二人共イケメンだもんなぁ。

 でもそれを見ていて分かった事がある。
 央君は夏樹君以上の────ブラコンだ。



「央と夏樹君てさ、なんか変じゃない?」

 鈴木紗奈さんの声に、私と飯岡さんは視線を集めた。

「特に央さ。なっちゃんご飯は? なっちゃんタオルは? なっちゃん誰とメッセやってんの俺の知らない人?って、え? なに? お母さんなの? てかメッセのやり取りまで把握してんのかよ。いい加減引くわあの二人。双子って皆あんな感じなのかなぁ?」

「あー・・。まぁあいつらは昔っからあんな感じだからなぁ〜・・」

 飯岡さんは渋い顔をして、幼馴染との昔話を語り始めた。

「夏樹ってなんかどっか抜けてるとこあって、逆に央はちょっとお節介っていうか・・だから昔からあれやこれや夏樹の世話焼いてたんだけどさ。
でも小3の夏に、夏樹が変質者の女に車で連れ去られそうになるって事件が起きて」

「え!?」

「あいつ昔から可愛かったからな〜。央が気づいて事なきを得たんだけど、それから益々央の過保護がヒートアップしたっつーか・・。あたしなんか央に『夏樹を連れ出すならちゃんと帰りは家まで送り届けろ』ってキレられた事あったしね。いや、女のあたしは…?てなったよね」

「やば…。でもそれって子供の頃の話でしょ? いい加減もういいだろって感じ? 春日さんもアレ嫌じゃないの?」

「え?」

 突然飛び火を受けて私は気の抜けた声をあげた。鈴木さんは相変わらずの顰め顔でズイッとこちらへと詰め寄ってくる。

「せっかくここでバイトしてんのに、お昼一緒にとったっていっつも横に夏樹君も居るし。しかも食べた後すぐ二人とも爆睡してるし。たまには二人きりでとかって気は使えないんかなぁ、あいつら二人共!」

「え? い、いや私は別に・・」

 どちらかと言うと微笑ましいと言うか、戯れ合うイケメン兄弟、眼福・・なんて思ってましたけど。

「春日さんもさぁ、もうちょっとハッキリ思ってること言った方がいいよ! 目の前で寝られたら私はキレるね。私と話したいとか思わないわけ?って」

「でも・・連日スクールの開催で一日中海ですし、央君はその後も他でバイトしてますし、疲れてるんですよ、きっと」

「だからってさぁ。ムカついたりしないわけ?」

「・・困らせたくないんで」


 苦笑いでそう答えると、鈴木さんは呆れたような表情で露骨にため息をついて見せた。こいつノリ合わねーなって思われてそう。

 正直なところ二人きりになって何をするかという・・いちゃいちゃ・・とかは想像つかないし。
 私のレベルではまだ、顔を見れるだけで十分だしなぁ。隣で昼寝してる姿を見てほっこりしてたけど、でもそれってもしかして私に魅力が無いせいってことなのかな・・? 


「そういや春日さんてさ、なんでいつも敬語なの? つーかそれ、ウチらがそうさせてるみたいだし、マジでやめてくんない?」

「あ。そーだよね。ひまりん、名前でも呼んでくれないし」

 鈴木さんと飯岡さん二人の視線に挟まれて、私はどきりと心臓を震わせた。


"なんかさぁ、イラッとすんだよね。央に助けられ待ちっていうかさ"


 前に聞いてしまった二人の会話が蘇る。

 そうだよね・・。こういう卑屈なところが人を苛つかせるんだ。でもちゃんと話をしないと。せめてそういうつもりじゃないんだってことだけでも分かって貰えるように。


「中学のとき、イジメにあってたんです」


 益々見下されるかもしれない。でも結局、今の私はそういう人間だから。


「自分を下に見るのがもう癖というか・・皆さんとは対等じゃない、そういう気持ちの現れなんだと思います。直さなきゃとは、自分でも思ってるんですけど・・」


 ここはもう中学校じゃない。


"キャハハ! キモオタのくせに〜"


 あの場所とは違うんだと頭では分かっていても、心に染みついたものはそう簡単に拭えない。


 書けなくなってしまった物語。

 だって私は央君にそれを話せていない。これからも話せる気がしない。またあんな言葉を投げつけられるのが怖くて・・

 私にとって『書く』とは何だろう。好きな人に隠さなければならないようなものが本当に私の夢なんだろうか。

 単なる逃げ場。そう思ったら────次に何を書けばいいのか全部分からなくなってしまった。



「ふーん・・」


 鈴木さんは相変わらず冷たいような表情で、そう呟いた。一軍ギャルの彼女には元々理解できない感情なのかもしれない。


「すいません。なるべく早く直せるようにしますね・・」

「春日さんさぁ。・・化粧って、した事ある?」


 え??


「いえ・・。ない、ですけど」


 なんで突然化粧の話? 意表をつかれた私に向けて、何故か鈴木さんは不敵な笑みを浮かべた。


「今日バイト終わり、ちょっと時間ある?」