サーフィンスクールは午前の部と午後の部の二回、一部につき二時間半の指導を行う。初心者プランと中級者向けのステップアッププランがあって、それに最近増えてきたのはsupプラン。客がひとつのプランにまとまってくれればいいのだけどそう上手くはいかないもので、父さんと俺と夏樹、それぞれ5、6名の客の面倒を見る事になる。一人につき一万円近い料金を貰っている事を考えると、有難い事ではあるのだが。夏場の客入りは汐見家にとってのボーナス的な存在ではある。

 午後のスクールを終えて戻ってきた俺は、ガラス越しにカフェの中を覗いた。中にはレジに立つ芽留と、その奥でパフェを作っている陽葵の姿が見えた。その一生懸命そうな姿に、ほっこりと心が和む。

(頑張ってるぅ・・かわいいっ)


"それって・・俺に会う為に頑張ってくれると思ってもいいの?"

"うん"


 先日の陽葵とのやり取りが頭を過ぎると、思わず顔がニヤけてしまう。あんなのキュンとしちゃうよねぇ。人前に出るの絶対ダメぽいのに、俺の為に苦手な事にも挑戦してくれるとか超かわいくない? 

 だけど────・・


(もうだいぶ更新ないのって、もしかして俺のせい?)

 以前陽葵が執筆していた連載作品は、夏休み前に完結を迎えた。それ以降新作が公開されたという通知はまだない。

 もしかしてっつーか、絶対ここで毎日のようにバイトしてるせいだよなぁ。人知れず応援するつもりが、なんかめっちゃ邪魔しちゃってる? 全然考えてなかったよぉそんなの。でもなぁ。俺がバイト減らせとか言ったら、なんで?って話になるもんなぁ。


 陽葵は・・いつ俺に執筆活動のこと、話してくれるんだろう・・


「ちょっと央。邪魔なんだけど」

「えぇ!? 俺ってやっぱり邪魔!?」

 振り返るとそこには、顔を顰めた紗奈の姿が。あ、ドア塞いじゃってましたか。

「あーごめんごめん。紗奈おつかれ〜」

「何突っ立って一人でニヤついてんのよ・・」

 紗奈は呆れた様子でつっこんだあと、俺の見ていた方へと視線を向けて・・

「え。もしかして春日さん眺めてニヤついてた? キモっ」

「ちっ、違う違う! やっぱ夏はお客さん多くて賑やかでイイね!みたいな!」

 図星を突かれて俺は慌てた。やっぱり俺ってキモい奴なのか・・悲し。

「てゆーかさ、央・・なんで春日さんと付き合ってんの?」

「ん? なんでって?」

「だって・・なんかあの子、暗いしウジウジしてるしさ。ぼっちなの当然つーか・・正直どこがいーんだろって。普段学校でもカラミなかったのに、なんでなのかなって・・」

 あれ? もしかしてこれって、前に陽葵の言ってた・・

「それって『釣り合わない』ってやつ?」

「まー、正直そうだよね。央なら私とかのがノリ合いそうじゃん。私もけっこう央のこと気になってたのにな、なんて」

「え?」

 紗奈がちょっと照れた顔で頬をかいた。はぁ・・やっぱり陽葵の言うとおりとやかく言ってくる女っているんだな・・。つーかもしかしてこいつ、ワンチャンあると思って言ってんな。俺正直、紗奈みたいな目立つ男みんな狙ってるみたいな奴って苦手なんだよなぁ。ここは後々のことも考えて、冗談ぽくでもちゃんと断っといた方がいいだろう。

「あ〜ごめん。俺、芽留と紗奈はマジでナイわ」

「はぁ!? なんでよ!?」

「話合うからこそ友達枠っての? 仲良い奴らの中で軽いノリで付き合ったり別れたりするのって輪を乱すっていうか、周りまで気まずくなるから嫌なんだよね〜」

「ま、まぁ、それはそうだけど・・。だからってなにも春日さんと付き合わなくても・・」

 紗奈はまだ納得してないといった風な、むっとした表情を見せた。めんどくさ。なんで関係ないこいつにこんな詰められなきゃなんないんだよ。女ってほんと訳わからん。

「陽葵の言うことってさ、嘘じゃないって思えるんだよね」

「嘘じゃない?」

「そう。俺らみたいに人と話すの得意な奴じゃないからさ。だから素直にそう思えるんだよね。普段全然喋らないこいつがわざわざ言葉にするってことは、こいつにとって大事なことなんだろうって。頑張って伝えようとしてくれてるってことなんだろうなーって・・」

 ガラスの向こうの陽葵を見る。あの子は俺の視線になんて気付きもせずに、相変わらずキッチンの中で慌ただしく作業に集中していた。



「そういうのってさ、なんか刺さるよね」



 隠し立てせず、ガラスの先へ思いっきり愛し気な目を向けてやった。可哀想なんて思わない。何がいいのかって聞いたのはこいつなんだから、本気で惚気てやったまで。


「・・・・ふーん・・。そうなんだ」


 紗奈は相変わらず浮かない表情でドアを開け、店の中へと入って行った。なんか変に陽葵に辛くあたったりしないといいけど。あとで芽留に聞いてみよ。これ以上俺のことで陽葵が余裕を無くすような事にはしたくない。

 俺は夏樹みたいに本物じゃないなら捨てようなんてことは思わないけどさ。でも特別なものとそうでないものの区別は、やっぱりあるんだよ。



 だけど近頃の俺を悩ますものは陽葵のことだけではない。それは────・・


「え〜、夏樹くんて高校生なったばっかりなのぉ〜? かわいい〜♡」

「はぁ。ども」

「え〜? やだ素っ気ない〜かわいい〜♡」
「ねぇ、次また来たら今度は夏樹くんが教えてくれるの〜?」


 SUPスクール参加のお姉さん四人組が夏樹を取り囲んでいる。SUPやる女ってなんでこうイケイケなんだ? 偏見か? 単なる数の利か? 昔は女みたいな顔って揶揄われてた夏樹だけど、今やアイドル級のイケメン。年々女の群がり方が倍増している気がする。ストーカー被害とかも心配だし、可愛いすぎる弟を持つと本当に気苦労が絶えないものだ。それに放っておくと夏樹って暴言吐きそうだし、ショップの口コミに影響するのはマジで困る。


「ね〜、連絡先教えて・・」

「今日はご参加ありがとうございました〜! ご連絡の際はショップ公式に連絡して下さいね〜!」

 群がるお姉さん達の間に割って入り、ショップカードを奴等に強引に押し付け、夏樹の手を引いた。

「俺らはただの手伝いなんで。ご質問はあっちのオジサンに聞いて下さいねー!」

 お姉さん達を置き去りにして、俺は夏樹を攫って店の裏にある自宅へと逃げ込んだ。父さんもイケメンだし、奴らの標的は父さんに移るだろう。

「はー、疲れた。女ってなんで集団になるとあんなエグいのかね」

「ほんと。一人だと絶対話しかけてなんてこないくせに。これから毎日あんなの居ると思うと憂鬱・・」

「あんまりしつこい奴とかいたら俺に言えよ夏樹! 俺が適当に追い払ってやるから。あと連絡先とか聞かれても絶対教えちゃダメだからね? 分かった?」

 俺がそう息巻くと・・夏樹はクスッとその美貌に笑顔を見せた。


「うん。分かった」



 その笑顔に俺は軽い懐かしさを覚えた。思えば夏樹とこんなに一緒にいるのは久しぶりのことだ。高校入ってクラスは別だし、こいつは早朝から海行ってるから、俺がバイトから帰ってくる頃にはもう寝てたりするし。

 前はこうして何をするにも一緒なのが当然だった。たまにはこんなのもいいのかもしれない。せめて夏の間くらいは────。
 

 カフェに顔だせば陽葵と芽留もいるし。夏休みは忙しくて大変だけど・・なんだか楽しくもある。