「うちの店でバイトぉ!?」

 央君に駅まで送ってもらう帰り道。バイトの件を彼に話すと、彼は驚いて目を丸くした。

「だ、駄目・・でしたか?」

「いや、そうじゃないんだけどさぁ・・。芽留と、それに紗奈もバイトするって言ってたぞ。知ってるよな、うちのクラスの鈴木紗奈」


 え・・


「えぇぇ!? そうなんですか!?」

「うん。やっぱり聞いてなかったか・・」

 うちのクラスの鈴木さんて・・央君や飯岡さん達といつも一緒にいる、化粧バリバリの一軍女子・・その中に入るって結構、恐ろしい事態なのでは・・。どうしよう、やっぱり断って・・


「まぁ・・俺はウチでバイトしてくれたら嬉しいけどね。会えるし」


 その言葉だけでもドキンとするのに。
 手に────別の手の感触を感じて、私は思わずびくりと身体を硬直させた。


「ま、陽葵が嫌なら無理にとは言わないけどさ。俺、夏休みはバイトと家の手伝いと両方あるから、あんまり会えないかなぁ、なんて」


 手、手・・繋いで・・

 さ、さらっとやるなぁ。やっぱり慣れてるんだろうか。

 急に不安になった。付き合ってまだ間もないのに、夏休み中ほとんど会えないとか、大丈夫なのかな? しかもカフェに女の子のバイトがいっぱいいる状態で。私のことなんかすぐに忘れられて、新学期始まったら新しい彼女が出来てたりして。そしたらもう一緒にサーフィンなんて出来ないだろうし、寂しすぎる・・。

 それに何より・・「会いたい」って、思ってくれてるわけだし────。


「や・・やります、バイト」


 私がそう言うと、彼はぱぁっと明るい表情になった。

「ほんと!?」

「は、はい。頑張ります」

「それって・・俺に会う為に頑張ってくれると思っても、いいの?」


 不意に顔を覗き込まれて、私は真っ赤になった。

(な・・なんて恥ずかしいこと聞くのよ、陽キャの人は・・)

 心臓がドキドキと音を鳴らす。だ、だけど・・肯定したら彼が喜んでくれることはもう分かってるんだし、逃げるところじゃない。自分の気持ちを伝える努力をしなきゃ・・


「・・うん・・」


 真っ赤になってる顔をあまり見られたくなくて下を向いていたけど、それきり彼が何も言わないから不思議に思った私は、そっと隣の彼を盗み見たのだけれど。

 何故か彼は顔を背けていた。でも耳が赤くなっている事に気がついて。

 照れてる?・・央君、可愛い────・・



「・・やべー。かわいーし。照れる」



 彼が、私が思っていたのと同じ事を言った。



 『彼氏彼女』ってどういう関係なのかよく分からなかったけど・・

 もしかして何も意識しなくても、気がついたらそうなっているものなのかな・・?







 ────そしてあっという間に日は過ぎていき、夏休みがやって来ました。


「へー・・春日さん。ほんとにバイトするんだ」

「・・はい。どうぞ宜しくお願いします、鈴木さん・・」

 同じクラスの一軍女子・鈴木紗奈さんは「よろしくー」と素っ気ない感じで挨拶を返した。彼女にだけ私と央君の事を隠すのは面倒だしそもそも無理だろう、という事で、彼女には央君と飯岡さんから事前に話しをしておいて貰った。
 確か以前飯岡さんが「紗奈は央狙い」だと言っていた気がするし、私を見る目が冷ややかな気がするのはそのせいなのだろうか。

 それはドリンク用のサイダーが無くなったので、倉庫にストックを取りに行き、戻ってきたときの事だった。


「なぁんかさぁー、イライラしない? 春日さんて」


 それは間違いなく鈴木さんの声。話しの相手は多分、飯岡さんで。咄嗟に、裏口のドアにかけた手を止めてしまった。


「は? なんで?」

「なんかオドオドしてるしさぁ。何言っても、はいとかしか返しないし。てゆうかなんで敬語? 同クラなんだし普通に話せばよくね? なんかウチらがそうさせてるみたいじゃん。イラっとすんだよねそういうの。いかにも私か弱いですっつーか、央に助けられ待ちって感じしてさ」

「あー・・。央のことちょっと狙ってたのに、取られたから嫉妬? みたいな?」

「違うわ! あざといだろっつってんの!」



 ────久しぶりに味わったな、こういう感覚・・。

 さっきまで笑顔で喋ってた人が、突然手のひら返したみたいに自分の事を悪く言っていて。

 一体何が本当なのかと、全部が分からなくなる。心の中がざらざらしたものに覆い尽くされていく、そんな感覚・・



「別に助けられ待ちとかしてないと思うよ。あれは央が勝手にお節介してたってだけだし。ひまりん普通に良い子だし?」



 ────びっくりして思わず、顔を上げた。


 飯岡さん・・私の悪口言わないの・・?


「えぇ〜? そうかなぁ? 私はどうも好きになれないわ、ああいうタイプ・・」

「まー、そのうち喋ってたら分かるんじゃん? それにひまりんにも、紗奈の良さ分かると思うし」



 ・・中学の頃────陰口を耳にしたら周りの人全員から疎まれている様な気がして、途端に人が怖くなった。目を合わせることが怖くて、そうやって次第に下を向く癖がついた。どう話したら不快感を与えないのかいちいち考えるのが億劫になって、会話を避ける様になった。


 だけど今は、皆が皆そうではないのだと・・私の事をちゃんと好きになってくれる人もいるって、ちゃんと分かったから────・・


 止めていたドアノブに、再び手をかけた。私がドアを開けると二人は同時に、こちらを振り返った。

「サイダー取ってきたんで、ここ置いときますね」

「ありがとー、ひまりん」


 鈴木さんはふいっと目を逸らした。当然だけど私には、マイナス評価を覆してすぐに打ち解けるなんて芸当は出来ない。

 だけど私も避けてばかりじゃなくて、自分を知ってもらう努力をしないと。傷ついても・・央君達の居る海の存在があれば、きっとリセット出来るはずだから。