「央がひまりんをアウトに連れてきたのって、良いとこ見せようとしてたんじゃないかっていう」
飯岡さんと二人で入ったシャワールームで彼女はおもむろにそう言った。
「へ・・?」
「今日のトップターン気合い入ってたもんなー。あたし的には決まった後のドヤぁって顔、キモかったけど。アイツひまりんの前だと、なんかいつもキモいんだよな」
「き、キモい・・ですか?」
「そう。なんか良いとこ見せたろ!てのが出ちゃってるというか。でもね、ほんとに良い奴なんだよ央って。で? ぶっちゃけどうよ? 央のことちょっとは気になってたりする?」
飯岡さんは面白いほどニヤニヤした顔で私の方を覗き込んできた。表情がすごく豊な人だ。
だけど・・央君とは一応、『付き合って』いる訳で・・。彼はその事を飯岡さんにもまだ話していないんだな。私が言わないでくれと頼んだから、それを守ってくれているんだろうけど・・。
(ちゃんと話した方がいいよね・・。央君と飯岡さんは幼馴染で仲が良いみたいだし、これからもこうして海で会うこともあるだろうし・・)
「ねー! 今度から学校でひまりんも一緒にお昼食べようよー。央達も一緒だし、きっと楽しーよー!」
「・・すみません。それは遠慮しておきます・・」
「えー!? なんで!?」
「そ、それは・・私はファッションの事とかSNSとか、流行りのものに疎くてですね・・それに話も上手くないですし、皆さんの中に入っても、盛り下げてしまうと思いますし・・それに・・その・・じ、実はですね・・」
「実は・・?」
「先日からその・・お、央君と・・お付き合いさせて頂く事に・・なりまして・・」
「な、なんだってぇ────!?」
飯岡さんの絶叫がシャワールームに響き渡り、私は自分でも分かるくらいに、顔を真っ赤に染め上げた。
「いつの間にそんなところまで!?」
「ちょ、ちょっと色々ありまして・・ですからその・・飯岡さんの仲の良い女の子で、もしも央君に好意を持っている人が居たりしたら・・飯岡さんが板挟みになってしまうのではないかと・・」
「え・・?」
央君はクラスの中心人物だし、誰かしら彼を好きな女の子くらいきっといるだろう。彼女はそれまでの興奮をピタリと止め、驚いたような表情を見せた。本当に表情が豊だ・・。
「そういえば紗奈は央狙いだけど・・でもアイツは他にも狙ってる男いっぱいいるしな・・?」
それはどうなんでしょう・・。やっぱりとてもお話について行けそうもありません・・。
「でもさ、ひまりんて・・やっぱりカッコいいよね」
「え?」
「だってそれもアタシが困ったコトにならないよう考えてくれたって事でしょ? 前に田村ちゃんの事で央にビシッと物申したときも思ったけど、なんていうかさ、自分の事よりも相手の事を優先して考えられるって言うかさ・・アタシひまりんのそういうトコ、好きだなぁ〜」
その彼女の言葉に、今度は私の方が驚いてしまった。まさか飯岡さんにそんな事を言われるなんて・・ギャルっぽくて苦手だと思っていたけど、結局私は偏見でしかこの人達を見ていなかったのだと思う。
陰キャだ陽キャだと勝手なラインを引いていたのは私の方。央君も飯岡さんも・・私のことをそんな目では少しも見ていなかったというのに────。
「あ、ありがとうございます・・。
私も、その・・飯岡さんの周りまで巻き込んでしまうような明るさとか、誰にでも壁なく接せられるところとか・・自分には無いので、凄く憧れます・・」
「えー!? 褒められたぁ。なんか嬉し〜」
表情豊かな彼女は、やっぱりまた嬉しそうな笑顔へと表情を変えた。
少しずつ始めよう。
歪んでしまった自分の目線を、少しずつでも矯正していこう。
人を知る事も自分を伝える努力も、その小さな一歩を積み重ねて
いつか私もこの人達のように、自由に跳べたらいいな────・・
◇◆◇◆◇◆◇◆
シャワーと着替えを終えて小屋の外へ出ると、汐見兄弟は既に着替えを終えて話込んでいた。私達がシャワールームを独占していたけど、二人はどこで着替えてるんだろう。彼等は私達を見つけると、隣りのカフェを指差した。
「飯ウチでいい? 芽留も行くだろ」
「あ、うん。ちょっと先行ってて」
飯岡さんはそう言うと、「ひまりんちょっと来て」と言って私の手を引いた。連れて行かれた先は女子トイレだった。彼女はそこでポーチの中からコスメを取り出し、化粧を始めたのだ。
「えっ? ひまりん、化粧しないの?」
「あ、はい・・やり方がちょっとよく、分からないもので・・」
「あ、今度紗奈に教えてもらう? あいつめっちゃプチプラコスメ詳しいよ」
そして彼女は唇にリップを塗り、鏡をチェックしながらこう言った。
「やっぱり好きな人にはさ、ちょっとでもカワイイと思って貰いたいじゃんね」
え・・?
という事は・・好きな人がこの場にいるってこと・・? さっきの私への反応からみて央君ではないだろうし、という事は・・
「飯岡さんの好きな人って・・夏樹君ですか・・?」
美男美女のサーファーカップル。正直、お似合い過ぎて眩しさしかない。
しかし飯岡さんは────めちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
「は? な訳ないじゃん。夏樹ってアイツ、なんか変くない??」
めちゃくちゃ違った!!
でもじゃあ飯岡さんの好きな人って・・?
困惑顔で苦笑いを浮かべると、飯岡さんはコソッと私に耳打ちしてきた。その時の表情が何だか妙に可愛らしい女の子の顔をしていて、思わずドキッとしてしまった。
「あたしの好きな人はね・・亮司さん。央と夏樹のパパだよ」
パ────・・
「既婚者は駄目ですよ!?」
「ひまりんマジメー」
いや、真面目って・・パ、パパ・・? 友達のパパ・・? 確かにお父さんもやたら顔が良かったけど、一体今何歳・・ていうか不倫だよねそれ?
「亮司さん独身だし」
「え?」
驚いて彼女の方を見ると、飯岡さんは何やらヤバそうな目の色でメラメラと闘志を燃やしていた。
「あの女も出てった訳だし? ちょうどあたしも結婚できる年っていうか? これはもう頑張るしかないっていう神の啓示としか思えない!」
「あの女って・・お二人のお母さん、ですよね?」
「そう! ちょっと美人でおっぱい大きくて誰にでもニコニコ人当たりが良くて亮司さんてものがありながらすぐ男にモテようとする、あざと中年女なのよ!」
「つまり完璧ってことですね・・」
「でももう離婚したんだからいいの!」
離婚・・
"その日どんなに辛い事があっても、リセットできるんだよなぁ"
央君────。
央君の『忘れたくなる辛いこと』って・・もしかしてお母さんの事なんですか・・?
「あ! 二人には離婚のことあたしが言ったって、内緒ね。とりあえず触れないどいてやって」
「は、はい・・。わかりました・・」
飯岡さんと二人で入ったシャワールームで彼女はおもむろにそう言った。
「へ・・?」
「今日のトップターン気合い入ってたもんなー。あたし的には決まった後のドヤぁって顔、キモかったけど。アイツひまりんの前だと、なんかいつもキモいんだよな」
「き、キモい・・ですか?」
「そう。なんか良いとこ見せたろ!てのが出ちゃってるというか。でもね、ほんとに良い奴なんだよ央って。で? ぶっちゃけどうよ? 央のことちょっとは気になってたりする?」
飯岡さんは面白いほどニヤニヤした顔で私の方を覗き込んできた。表情がすごく豊な人だ。
だけど・・央君とは一応、『付き合って』いる訳で・・。彼はその事を飯岡さんにもまだ話していないんだな。私が言わないでくれと頼んだから、それを守ってくれているんだろうけど・・。
(ちゃんと話した方がいいよね・・。央君と飯岡さんは幼馴染で仲が良いみたいだし、これからもこうして海で会うこともあるだろうし・・)
「ねー! 今度から学校でひまりんも一緒にお昼食べようよー。央達も一緒だし、きっと楽しーよー!」
「・・すみません。それは遠慮しておきます・・」
「えー!? なんで!?」
「そ、それは・・私はファッションの事とかSNSとか、流行りのものに疎くてですね・・それに話も上手くないですし、皆さんの中に入っても、盛り下げてしまうと思いますし・・それに・・その・・じ、実はですね・・」
「実は・・?」
「先日からその・・お、央君と・・お付き合いさせて頂く事に・・なりまして・・」
「な、なんだってぇ────!?」
飯岡さんの絶叫がシャワールームに響き渡り、私は自分でも分かるくらいに、顔を真っ赤に染め上げた。
「いつの間にそんなところまで!?」
「ちょ、ちょっと色々ありまして・・ですからその・・飯岡さんの仲の良い女の子で、もしも央君に好意を持っている人が居たりしたら・・飯岡さんが板挟みになってしまうのではないかと・・」
「え・・?」
央君はクラスの中心人物だし、誰かしら彼を好きな女の子くらいきっといるだろう。彼女はそれまでの興奮をピタリと止め、驚いたような表情を見せた。本当に表情が豊だ・・。
「そういえば紗奈は央狙いだけど・・でもアイツは他にも狙ってる男いっぱいいるしな・・?」
それはどうなんでしょう・・。やっぱりとてもお話について行けそうもありません・・。
「でもさ、ひまりんて・・やっぱりカッコいいよね」
「え?」
「だってそれもアタシが困ったコトにならないよう考えてくれたって事でしょ? 前に田村ちゃんの事で央にビシッと物申したときも思ったけど、なんていうかさ、自分の事よりも相手の事を優先して考えられるって言うかさ・・アタシひまりんのそういうトコ、好きだなぁ〜」
その彼女の言葉に、今度は私の方が驚いてしまった。まさか飯岡さんにそんな事を言われるなんて・・ギャルっぽくて苦手だと思っていたけど、結局私は偏見でしかこの人達を見ていなかったのだと思う。
陰キャだ陽キャだと勝手なラインを引いていたのは私の方。央君も飯岡さんも・・私のことをそんな目では少しも見ていなかったというのに────。
「あ、ありがとうございます・・。
私も、その・・飯岡さんの周りまで巻き込んでしまうような明るさとか、誰にでも壁なく接せられるところとか・・自分には無いので、凄く憧れます・・」
「えー!? 褒められたぁ。なんか嬉し〜」
表情豊かな彼女は、やっぱりまた嬉しそうな笑顔へと表情を変えた。
少しずつ始めよう。
歪んでしまった自分の目線を、少しずつでも矯正していこう。
人を知る事も自分を伝える努力も、その小さな一歩を積み重ねて
いつか私もこの人達のように、自由に跳べたらいいな────・・
◇◆◇◆◇◆◇◆
シャワーと着替えを終えて小屋の外へ出ると、汐見兄弟は既に着替えを終えて話込んでいた。私達がシャワールームを独占していたけど、二人はどこで着替えてるんだろう。彼等は私達を見つけると、隣りのカフェを指差した。
「飯ウチでいい? 芽留も行くだろ」
「あ、うん。ちょっと先行ってて」
飯岡さんはそう言うと、「ひまりんちょっと来て」と言って私の手を引いた。連れて行かれた先は女子トイレだった。彼女はそこでポーチの中からコスメを取り出し、化粧を始めたのだ。
「えっ? ひまりん、化粧しないの?」
「あ、はい・・やり方がちょっとよく、分からないもので・・」
「あ、今度紗奈に教えてもらう? あいつめっちゃプチプラコスメ詳しいよ」
そして彼女は唇にリップを塗り、鏡をチェックしながらこう言った。
「やっぱり好きな人にはさ、ちょっとでもカワイイと思って貰いたいじゃんね」
え・・?
という事は・・好きな人がこの場にいるってこと・・? さっきの私への反応からみて央君ではないだろうし、という事は・・
「飯岡さんの好きな人って・・夏樹君ですか・・?」
美男美女のサーファーカップル。正直、お似合い過ぎて眩しさしかない。
しかし飯岡さんは────めちゃくちゃ嫌そうな顔をした。
「は? な訳ないじゃん。夏樹ってアイツ、なんか変くない??」
めちゃくちゃ違った!!
でもじゃあ飯岡さんの好きな人って・・?
困惑顔で苦笑いを浮かべると、飯岡さんはコソッと私に耳打ちしてきた。その時の表情が何だか妙に可愛らしい女の子の顔をしていて、思わずドキッとしてしまった。
「あたしの好きな人はね・・亮司さん。央と夏樹のパパだよ」
パ────・・
「既婚者は駄目ですよ!?」
「ひまりんマジメー」
いや、真面目って・・パ、パパ・・? 友達のパパ・・? 確かにお父さんもやたら顔が良かったけど、一体今何歳・・ていうか不倫だよねそれ?
「亮司さん独身だし」
「え?」
驚いて彼女の方を見ると、飯岡さんは何やらヤバそうな目の色でメラメラと闘志を燃やしていた。
「あの女も出てった訳だし? ちょうどあたしも結婚できる年っていうか? これはもう頑張るしかないっていう神の啓示としか思えない!」
「あの女って・・お二人のお母さん、ですよね?」
「そう! ちょっと美人でおっぱい大きくて誰にでもニコニコ人当たりが良くて亮司さんてものがありながらすぐ男にモテようとする、あざと中年女なのよ!」
「つまり完璧ってことですね・・」
「でももう離婚したんだからいいの!」
離婚・・
"その日どんなに辛い事があっても、リセットできるんだよなぁ"
央君────。
央君の『忘れたくなる辛いこと』って・・もしかしてお母さんの事なんですか・・?
「あ! 二人には離婚のことあたしが言ったって、内緒ね。とりあえず触れないどいてやって」
「は、はい・・。わかりました・・」