「ひまりんて海とか平気な人なんだぁ! 海仲間出来て嬉しいなぁ〜。もっと早く誘えば良かったよ。女の子ってホラ、肌も髪も紫外線で痛むしサーフィンとか変に筋肉つくし、紗奈なんか『あたおか』だとかって言うし。サーフィンめっちゃ楽しいじゃんね?」
「は、はい。やってみたら、楽しかったです」
「だよねー! あ、あたしのことは、めるって呼んで。めるるでもいいよ。うちの親めっちゃサーファーで、亮司さんとも昔から知り合いでさー。あ、亮司さんて央と夏樹のパパね。メルってフランス語で海って意味らしい。サーファーってそういうあるあるな名前つけがちだからね。ナミとかマリンとかさ。車のナンバープレート1173の奴ってサーファー確定だから。ね、央!」
「え!? あ、あああうんっ、そうだねっ」
「は? なにキョドってんのお前? こいつなんか緊張してんですけど〜」
まさにマシンガントーク。これだけ喋れる人なら、誰かと話す前に身構えてしまう事なんか無いんだろうな・・。汐見君のときも思ったけど、陽キャの人の知り合ってから名前で呼び合うまでのスピードが陰キャ的には異次元の速さなのですが・・。そういえばフォロワーのナミさんも『ナミ』だけど、もしかしてサーファー・・って小説投稿サイトのユーザーがそんな訳ないか。最近投稿サボってるから、コメント来てないな・・。
「じゃあ芽留。俺らはインサイドでやってるから、お前アウト行ってこい。多分どっかに夏樹いるし」
「ん。じゃー。ひまりん、また終わったら話そー!」
「あ、は、はい」
飯岡さんは私達に手を振ると、ボードを手に海へと繰り出した。見事なパドリングであっという間に彼女の姿は波の向こうへと消えて行った。
「アウトって・・なんですか?」
「アウトは沖のこと、インサイドは足のつく浅瀬のことだね。初心者はまずインサイドのスープ(割れた白い波)で練習するけど、慣れたら次はアウトに出て、うねりから乗る練習をするんだ」
「うねり?」
「うねりとはつまり、割れる前の波のことだね。スープみたいに崩れた波は、押してくれるパワーはあるけど不安定だから、サーフィン特有の波を滑り降りるっていう事は出来ないんだ。かと言って割れる前のうねりの状態は、波の面は綺麗でもパワーが無いから乗るのは至難の業だ。だからうねりの波に乗るには、波がちょうど割れ始める場所を見極めて、割れる瞬間の力を利用して滑りださなけりゃいけない。けど波はその日によって割れ始める位置が違うし動いてるわけだから、ちょうどそのタイミングに合わせてパドリングで位置を調整しないといけない訳で・・まぁこれが最初はかなり難しいんだ。人によってはうねりの波に乗るまで、一年以上かかったなんてのも珍しくないわけで・・」
「い、一年もですか!?」
「まぁ、練習の頻度にもよるけどね。それに崩れた波でも乗れりゃ全然楽しいよ。波の上でターンしたりとか派手なアクション決めたいなら、うねりからじゃないと難しいけどね。さ、練習しよ」
二回目だからか、序盤から割と波に乗る事が出来て、そのうち何回かはボードの上に立つ事が出来た。やっぱり立てると喜びで一気にテンションが上がる。辿り着いた波打ち際でボードを抱えると、汐見君がパチパチと拍手しながら寄ってきた。
「だいぶ乗れるようになってきたねー」
「汐見君の教え方が良いからです。ありがとうございます」
「それじゃあさ。今日はせっかくだしアウトまで行ってみようか」
「え・・でも私みたいな初心者が行っても、大丈夫なものなんですか?」
「今日は波数少なくて穏やかだし・・ゲットと波待ちの練習には向いてるかなって。アウトへ出ることをゲッティングアウト、略してゲット。波待ちっていうのは、ボードの上に座って浮いてる状態の事ね。
波の割れる位置は深さで決まるから、同じサイズの波なら概ね同じ位置で割れることになる。割れた波はパワーがあるから、闇雲に突っ込むと波に捲かれたり押し戻されてしまう。だから波の割れるラインを見極めて、波が通過したあと次の波が来るまでの間にそのラインを越えてしまえばいいんだけど、流れがきつかったり波数が多いと中々このラインを越えられなかったりするんだけどね・・今日みたいな日はイージーだし、ただ海の上に浮かんでるだけでも気持ちいいもんだよ」
「へぇ・・そういうもんですか・・」
気軽な気持ちでそう返事をしたのだけれど、実際はそんなに穏やかなものではない。ボードを手に抱えてスープの波をジャンプで乗り越え、波の割れるギリギリの位置まで詰めていく。
「次の波が行ったら漕ぎ始めるぞ陽葵! 一回パドル始めたらとにかく漕ぎ続けろ!」
言われた通り、慌ててボードに飛び乗った。慣れない手つきで水を掻き、前を進む汐見君について行こうと必死になるも・・
「向こうに次の波来てる! 急げ陽葵!」
たったの数分間のことなのに、普段運動ゼロにインドア派人間に、フルパワーで水を掻き続けるのは耐えがたい負荷。そもそもボードの上で寝転がり胸を反る体制を維持することですら、背筋がピクピクと引きつる感覚。すぐに腕が鉛の様に重く、息が上がってきてしまう。
「あとちょっと! もうちょい! 漕げ漕げ!」
波がどんどん迫ってくる。隣をキープする汐見君の激励を受け、限界を超えてパドルした。波が到達し、あわや目の前で割れるかというところを間一髪で通過し、波は私の人一人分すぐ脇で白く崩れ落ち始めたのが見えた。
「オッケー陽葵! 頑張ったね!」
彼のそんな賞賛も、ゼーゼーと息が上がり無残な返事しか返せない。
「あ・・ありがと・・ございま・・」
「あはは。ちょっと息整えよっか。こっからはゆっくりで大丈夫だからね」
パドリングのレクチャーを受けながら、汐見君の先導でゆっくりとブレイクポイントと呼ばれるところまで移動をする。ブレイクポイントとは砂のたまり具合や岩礁などの関係で一部だけ浅くなっているなどの理由で、その上で波が割れやすいポイントのことだそうで、当然ながらその海それぞれの特徴のようなものらしい。途中、上半身を引き上げていた背筋が悲鳴をあげて、ボードの上でうつ伏せに寝そべった体制で休憩をする。汐見君の話の通り、ゲットするときは激しく感じた海は、アウトに出ると驚くほど穏やかだ。
「綺麗・・」
今まで海に入ったのは、海水浴シーズンの混雑する海で、足のつく浅瀬の範囲だけだ。人気の無い波打ち際が今はあんなに遠くに見える。360度周囲に広がる海と空の静かな青には、例えようもない美しさがある。揺蕩う海の心地よい揺れの上に浮かんで、ぼーっと地平線を眺めていると、ボードを跨いで座った体制で隣りに浮かんでいた汐見君が、こう声をあげた。
「あ。陽葵、さかないるよ」
「えっ?」
彼の指差す方向を覗き込むと、透明な青の中に、キラリと光る銀色を見つけた。そこには小魚が数匹、群れを成して海中に揺れ動いている。
「えー!? すごい、こんな近く泳いでるの?」
「こういう小魚は結構普通にいるね。飛び魚とぶつかって痛っ!てなるのは割とサーファーあるあるというか。ごく稀にだけど亀とか、あとはスナメリっていうイルカみたいのも居たりする」
「イルカ? すごぉい・・」
ゆらゆらと光を反射する海中を、しげしげと見つめていると、隣で汐見君がクスッと笑ったのが聞こえた。顔をあげると、彼の優しげな笑顔と目が合って、ドキリとしてしまう。海の上とはいえ汐見君の横でボードの上に寝転んでいる状況が急に恥ずかしく思えてきて、私は戸惑って目を逸らしてしまった。
「も、もう休憩大丈夫です。行きましょう」
そう言うと彼は・・
「なんだ。敬語に戻っちゃったか。可愛かったのに」
などという問題発言をした。
か、可愛いとか・・
やめて下さいよ。急に意識してしまって、どうしたらいいか分からなくなる────・・
「顔真っ赤だよ陽葵ちゃーん?」
「か、揶揄うのやめて下さいっ!」
「はは。ねぇ陽葵」
「・・はい」
「そろそろ名前で呼んでよ」
汐見君の優しい視線が絡みつくみたいな熱を発してる気がして、居心地悪くて目が合わせられない。
海って不思議だ。この開放感のせいなのか、普段は気恥ずかしくて出来ないことも、許されるような気がしてしまう。
「・・・・央、くん・・」
彼は太陽のような眩しい笑顔で笑った。
「は、はい。やってみたら、楽しかったです」
「だよねー! あ、あたしのことは、めるって呼んで。めるるでもいいよ。うちの親めっちゃサーファーで、亮司さんとも昔から知り合いでさー。あ、亮司さんて央と夏樹のパパね。メルってフランス語で海って意味らしい。サーファーってそういうあるあるな名前つけがちだからね。ナミとかマリンとかさ。車のナンバープレート1173の奴ってサーファー確定だから。ね、央!」
「え!? あ、あああうんっ、そうだねっ」
「は? なにキョドってんのお前? こいつなんか緊張してんですけど〜」
まさにマシンガントーク。これだけ喋れる人なら、誰かと話す前に身構えてしまう事なんか無いんだろうな・・。汐見君のときも思ったけど、陽キャの人の知り合ってから名前で呼び合うまでのスピードが陰キャ的には異次元の速さなのですが・・。そういえばフォロワーのナミさんも『ナミ』だけど、もしかしてサーファー・・って小説投稿サイトのユーザーがそんな訳ないか。最近投稿サボってるから、コメント来てないな・・。
「じゃあ芽留。俺らはインサイドでやってるから、お前アウト行ってこい。多分どっかに夏樹いるし」
「ん。じゃー。ひまりん、また終わったら話そー!」
「あ、は、はい」
飯岡さんは私達に手を振ると、ボードを手に海へと繰り出した。見事なパドリングであっという間に彼女の姿は波の向こうへと消えて行った。
「アウトって・・なんですか?」
「アウトは沖のこと、インサイドは足のつく浅瀬のことだね。初心者はまずインサイドのスープ(割れた白い波)で練習するけど、慣れたら次はアウトに出て、うねりから乗る練習をするんだ」
「うねり?」
「うねりとはつまり、割れる前の波のことだね。スープみたいに崩れた波は、押してくれるパワーはあるけど不安定だから、サーフィン特有の波を滑り降りるっていう事は出来ないんだ。かと言って割れる前のうねりの状態は、波の面は綺麗でもパワーが無いから乗るのは至難の業だ。だからうねりの波に乗るには、波がちょうど割れ始める場所を見極めて、割れる瞬間の力を利用して滑りださなけりゃいけない。けど波はその日によって割れ始める位置が違うし動いてるわけだから、ちょうどそのタイミングに合わせてパドリングで位置を調整しないといけない訳で・・まぁこれが最初はかなり難しいんだ。人によってはうねりの波に乗るまで、一年以上かかったなんてのも珍しくないわけで・・」
「い、一年もですか!?」
「まぁ、練習の頻度にもよるけどね。それに崩れた波でも乗れりゃ全然楽しいよ。波の上でターンしたりとか派手なアクション決めたいなら、うねりからじゃないと難しいけどね。さ、練習しよ」
二回目だからか、序盤から割と波に乗る事が出来て、そのうち何回かはボードの上に立つ事が出来た。やっぱり立てると喜びで一気にテンションが上がる。辿り着いた波打ち際でボードを抱えると、汐見君がパチパチと拍手しながら寄ってきた。
「だいぶ乗れるようになってきたねー」
「汐見君の教え方が良いからです。ありがとうございます」
「それじゃあさ。今日はせっかくだしアウトまで行ってみようか」
「え・・でも私みたいな初心者が行っても、大丈夫なものなんですか?」
「今日は波数少なくて穏やかだし・・ゲットと波待ちの練習には向いてるかなって。アウトへ出ることをゲッティングアウト、略してゲット。波待ちっていうのは、ボードの上に座って浮いてる状態の事ね。
波の割れる位置は深さで決まるから、同じサイズの波なら概ね同じ位置で割れることになる。割れた波はパワーがあるから、闇雲に突っ込むと波に捲かれたり押し戻されてしまう。だから波の割れるラインを見極めて、波が通過したあと次の波が来るまでの間にそのラインを越えてしまえばいいんだけど、流れがきつかったり波数が多いと中々このラインを越えられなかったりするんだけどね・・今日みたいな日はイージーだし、ただ海の上に浮かんでるだけでも気持ちいいもんだよ」
「へぇ・・そういうもんですか・・」
気軽な気持ちでそう返事をしたのだけれど、実際はそんなに穏やかなものではない。ボードを手に抱えてスープの波をジャンプで乗り越え、波の割れるギリギリの位置まで詰めていく。
「次の波が行ったら漕ぎ始めるぞ陽葵! 一回パドル始めたらとにかく漕ぎ続けろ!」
言われた通り、慌ててボードに飛び乗った。慣れない手つきで水を掻き、前を進む汐見君について行こうと必死になるも・・
「向こうに次の波来てる! 急げ陽葵!」
たったの数分間のことなのに、普段運動ゼロにインドア派人間に、フルパワーで水を掻き続けるのは耐えがたい負荷。そもそもボードの上で寝転がり胸を反る体制を維持することですら、背筋がピクピクと引きつる感覚。すぐに腕が鉛の様に重く、息が上がってきてしまう。
「あとちょっと! もうちょい! 漕げ漕げ!」
波がどんどん迫ってくる。隣をキープする汐見君の激励を受け、限界を超えてパドルした。波が到達し、あわや目の前で割れるかというところを間一髪で通過し、波は私の人一人分すぐ脇で白く崩れ落ち始めたのが見えた。
「オッケー陽葵! 頑張ったね!」
彼のそんな賞賛も、ゼーゼーと息が上がり無残な返事しか返せない。
「あ・・ありがと・・ございま・・」
「あはは。ちょっと息整えよっか。こっからはゆっくりで大丈夫だからね」
パドリングのレクチャーを受けながら、汐見君の先導でゆっくりとブレイクポイントと呼ばれるところまで移動をする。ブレイクポイントとは砂のたまり具合や岩礁などの関係で一部だけ浅くなっているなどの理由で、その上で波が割れやすいポイントのことだそうで、当然ながらその海それぞれの特徴のようなものらしい。途中、上半身を引き上げていた背筋が悲鳴をあげて、ボードの上でうつ伏せに寝そべった体制で休憩をする。汐見君の話の通り、ゲットするときは激しく感じた海は、アウトに出ると驚くほど穏やかだ。
「綺麗・・」
今まで海に入ったのは、海水浴シーズンの混雑する海で、足のつく浅瀬の範囲だけだ。人気の無い波打ち際が今はあんなに遠くに見える。360度周囲に広がる海と空の静かな青には、例えようもない美しさがある。揺蕩う海の心地よい揺れの上に浮かんで、ぼーっと地平線を眺めていると、ボードを跨いで座った体制で隣りに浮かんでいた汐見君が、こう声をあげた。
「あ。陽葵、さかないるよ」
「えっ?」
彼の指差す方向を覗き込むと、透明な青の中に、キラリと光る銀色を見つけた。そこには小魚が数匹、群れを成して海中に揺れ動いている。
「えー!? すごい、こんな近く泳いでるの?」
「こういう小魚は結構普通にいるね。飛び魚とぶつかって痛っ!てなるのは割とサーファーあるあるというか。ごく稀にだけど亀とか、あとはスナメリっていうイルカみたいのも居たりする」
「イルカ? すごぉい・・」
ゆらゆらと光を反射する海中を、しげしげと見つめていると、隣で汐見君がクスッと笑ったのが聞こえた。顔をあげると、彼の優しげな笑顔と目が合って、ドキリとしてしまう。海の上とはいえ汐見君の横でボードの上に寝転んでいる状況が急に恥ずかしく思えてきて、私は戸惑って目を逸らしてしまった。
「も、もう休憩大丈夫です。行きましょう」
そう言うと彼は・・
「なんだ。敬語に戻っちゃったか。可愛かったのに」
などという問題発言をした。
か、可愛いとか・・
やめて下さいよ。急に意識してしまって、どうしたらいいか分からなくなる────・・
「顔真っ赤だよ陽葵ちゃーん?」
「か、揶揄うのやめて下さいっ!」
「はは。ねぇ陽葵」
「・・はい」
「そろそろ名前で呼んでよ」
汐見君の優しい視線が絡みつくみたいな熱を発してる気がして、居心地悪くて目が合わせられない。
海って不思議だ。この開放感のせいなのか、普段は気恥ずかしくて出来ないことも、許されるような気がしてしまう。
「・・・・央、くん・・」
彼は太陽のような眩しい笑顔で笑った。