「ねーねー、カラオケ行かなーい?」
放課後の教室で一軍グループの鈴木紗奈さんが鏡を手にリップを塗り直しながらそう呟くと、隣にいた茶髪色黒のギャル・飯岡芽留さんが勢いよく手を挙げた。
「行きたい! これやりたい!」
「なにそれ? 誰の曲?」
「は? 知らない? 今踊ってみたでめっちゃバズってるし」
「央は? 今日バイト?」
「いや、行けるよ。せっかくだし皆誘うか。は〜い、この後カラオケ行ける人〜」
汐見央のこの一言にクラス内は浮き足だったが、私は消していた黒板と同化すべく気配を消した。陰キャに人前で歌って踊るという選択肢は無い。そんなの平気で出来る性格ならそもそも陰キャになってない。今日は日直でゴミ出しも植木の水やりもあるし、最悪それを理由に断れもする。むしろ良かったと言えるだろう。
そのとき、隣で同じく日直の田村ユカさんが、何やらオロオロしているのに気がついた。察するに、多分カラオケに参加したいが、日直の仕事が終わるまで皆に待ってくれとは言い辛い…といったところか。まだ入学して三ヶ月足らずのこの時期、クラス内での親睦を深めていく途中段階な訳で、孤立しない為にもクラスのイベントにはなるべく参加したいと思うのは自然なことなのだろう。
「田村さん。もしだったら私、日直の仕事やっておきますよ」
「えっ・・で、でも・・春日さんはカラオケ、行かないの?」
「私は家が遠いので参加しないつもりです。だから大丈夫です」
「え、そうなの・・? じゃ、じゃあ悪いけど、お願いしちゃってもいいかな・・?」
私が頷くと、田村さんは笑顔で輪の中へと入って行った。そのまま何事もなければ良かったのに────・・
「春日さん、行かないの?」
その声にどきりとした。それはやはり、汐見央の声だったから。振り返るとそこには真面目な顔の汐見君と、クラスメイト達の視線が一斉にこちらに向けられていた。
・・嫌な予感がした。
「あ・・す、すいません、私は・・」
「・・行くなら待ってるけど。てゆうか日直、もう一人は?」
心臓が騒めいた気がした。
これは・・何か変な流れなのでは。
案の定、友人達の輪の中で、田村さんは青ざめた様子でおずおずと手を挙げた。
「わ、わたし・・です」
────最悪だ。私の意図を全く無視して、まるで田村さんを断罪するかの様なこの空気。
中学の頃────自分に対する陰口にはもちろん、傷ついていた。
だけどそれよりもっと居心地が悪かったのは、人の陰口が叩かれる場に居合わせてしまったとき・・
"てゆうかさ、あの子たまにイラッとしない〜?"
例えようもない、なんだか心をザラザラとした何かで削られているような気持ち悪さ。いつの間にか自分も加害者になっている。そういう心の重苦しさ。
そんなものに関わりたくなかったから・・私は一人で居ることを選んだ。なのにどうして────放っておいてくれないの?
「春日さん一人にやらせるの? それって・・」
「やめて下さい」
汐見君の言葉にいつも感じていた、暗い憤り。いつもは呑み込んでいた感情が、他人を巻き込みたくないという一心で爆発してしまった。
「私から日直の仕事はやっておくから行ってきてと田村さんに言ったんです。私と田村さんの間には何の遺恨もありません。なのにどうしてそんな風に言うんですか? 勝手に田村さんを悪者にして、私を仕事押し付けられてる可哀想な人に仕立てあげて・・そういうの、迷惑以外の何ものでもないですから」
シーンと静まり返った教室の中で、驚いたようにこちらを見る汐見君と目があった。
や・・やってしまった────・・
放課後の教室で一軍グループの鈴木紗奈さんが鏡を手にリップを塗り直しながらそう呟くと、隣にいた茶髪色黒のギャル・飯岡芽留さんが勢いよく手を挙げた。
「行きたい! これやりたい!」
「なにそれ? 誰の曲?」
「は? 知らない? 今踊ってみたでめっちゃバズってるし」
「央は? 今日バイト?」
「いや、行けるよ。せっかくだし皆誘うか。は〜い、この後カラオケ行ける人〜」
汐見央のこの一言にクラス内は浮き足だったが、私は消していた黒板と同化すべく気配を消した。陰キャに人前で歌って踊るという選択肢は無い。そんなの平気で出来る性格ならそもそも陰キャになってない。今日は日直でゴミ出しも植木の水やりもあるし、最悪それを理由に断れもする。むしろ良かったと言えるだろう。
そのとき、隣で同じく日直の田村ユカさんが、何やらオロオロしているのに気がついた。察するに、多分カラオケに参加したいが、日直の仕事が終わるまで皆に待ってくれとは言い辛い…といったところか。まだ入学して三ヶ月足らずのこの時期、クラス内での親睦を深めていく途中段階な訳で、孤立しない為にもクラスのイベントにはなるべく参加したいと思うのは自然なことなのだろう。
「田村さん。もしだったら私、日直の仕事やっておきますよ」
「えっ・・で、でも・・春日さんはカラオケ、行かないの?」
「私は家が遠いので参加しないつもりです。だから大丈夫です」
「え、そうなの・・? じゃ、じゃあ悪いけど、お願いしちゃってもいいかな・・?」
私が頷くと、田村さんは笑顔で輪の中へと入って行った。そのまま何事もなければ良かったのに────・・
「春日さん、行かないの?」
その声にどきりとした。それはやはり、汐見央の声だったから。振り返るとそこには真面目な顔の汐見君と、クラスメイト達の視線が一斉にこちらに向けられていた。
・・嫌な予感がした。
「あ・・す、すいません、私は・・」
「・・行くなら待ってるけど。てゆうか日直、もう一人は?」
心臓が騒めいた気がした。
これは・・何か変な流れなのでは。
案の定、友人達の輪の中で、田村さんは青ざめた様子でおずおずと手を挙げた。
「わ、わたし・・です」
────最悪だ。私の意図を全く無視して、まるで田村さんを断罪するかの様なこの空気。
中学の頃────自分に対する陰口にはもちろん、傷ついていた。
だけどそれよりもっと居心地が悪かったのは、人の陰口が叩かれる場に居合わせてしまったとき・・
"てゆうかさ、あの子たまにイラッとしない〜?"
例えようもない、なんだか心をザラザラとした何かで削られているような気持ち悪さ。いつの間にか自分も加害者になっている。そういう心の重苦しさ。
そんなものに関わりたくなかったから・・私は一人で居ることを選んだ。なのにどうして────放っておいてくれないの?
「春日さん一人にやらせるの? それって・・」
「やめて下さい」
汐見君の言葉にいつも感じていた、暗い憤り。いつもは呑み込んでいた感情が、他人を巻き込みたくないという一心で爆発してしまった。
「私から日直の仕事はやっておくから行ってきてと田村さんに言ったんです。私と田村さんの間には何の遺恨もありません。なのにどうしてそんな風に言うんですか? 勝手に田村さんを悪者にして、私を仕事押し付けられてる可哀想な人に仕立てあげて・・そういうの、迷惑以外の何ものでもないですから」
シーンと静まり返った教室の中で、驚いたようにこちらを見る汐見君と目があった。
や・・やってしまった────・・