・・生きた心地がしなかった。


 クラスの人気者男子と、学校のアイドルである推し。そんな二人に囲まれて、しかも手には推しから貰ったパン。味など最早分からない。

 私の日常はどうしてこんな事になってしまったのだろう。弁当を献上するだけでも畏れ多いのに、私の様なクラスの爪弾き者が推しとお昼ごはんを共有するなど、それは冒涜です。私は壁になりたいだけなんです。


「あ。すげー美味い。ひまりサンて料理上手いんだな」

 しかも有難いお言葉を頂戴した!? ファンサ!?

「あっ、ありがとうございます・・!」


 だけど何故か汐見君が鬼みたいな顔してる? なんで? 何か味付け失敗した??


「央、食わないの? ならちょうだい」

「食うわ! クソ美味いわバカ! もう黙っとけお前!」



 ────クソ美味い。・・



 なんでだろう。さっきナッキー様にも『美味い』とお言葉を頂いたのに・・


 『憐れまれてる』というフィルターが外れたら、汐見君の言葉はなんだかくすぐったい様な、今度は変な感じがする。


 同じ『美味い』なのに。どうしてなんだろう・・






◆◇◆◇◆◇◆



 もう二度と学校内での推しとの接触は避けたい。

 そう願っていたのに。

 あのお方はなんと、公衆の面前で私の名前を呼んだ────。



「あ。ひまりサン」


 あまりの事に私は、両手に持っていたゴミ袋をボトッと地面に落としてしまった。それを見たナッキー様は、私の方へと近づいてきて・・


「半分もつよ。弁当のお礼」


 そう言って彼はゴミ袋を拾い上げ、返答も聞かずにスタスタとゴミ捨て場のある校舎裏の方へと歩き出した。


 な────。

 ナッキー様はいつも注目を集めている。つまり今この瞬間も、校舎のどこからか彼を見つめている女子が必ずいる。

 ナッキー様が女子のゴミ捨て手伝ってるところを見たことがあるか? いや、否。つまりこれは事件。私の壁モブポジを脅かす大変な事態。



「し・・汐見さん!!」


 私がガシッと彼の持つゴミ袋を掴むと、彼は不思議そうにこちらを振り返った。


「? 俺名前言ってなかったっけ。夏樹」

「そ、そうではなくてですね・・(多分この学校で知らない人居ないですよ) お、お礼は・・有難いですが結構です! というか学校内であまり、私に声をかけて頂くのは、如何なものかと!」

「? なんで?」

「そ、それはその・・汐見さんは、アイドル的存在なので。私みたいなのと会話してると、ファンの皆さんが悲しみます!」

「・・・・?」

 あ。分からん、みたいな顔してるなー・・

「それって俺にどう関係ある? 俺は俺の好きなときに、好きな人間に声をかける。それの何がいけないの?」

「そ・・それは・・」


 お兄さんと同じ様なこと言うんだな────。

 私だって分かってるよ。そんなのファンの勝手な理想を押し付けてるだけで、そっちの言い分が正しいことくらい。

 でもそうやって舞台に上がる勇気なんかなくて壁になるしかない弱い人間も、世の中には沢山いるわけで・・


「雑音でしょ、そんなの」

「え?」

「自分をよく知りもしない人間に何言われても、そんなの雑音でしょ。最初は耳障りでも、聞くべきものに集中してれば、そのうち波の音みたいに何も気にならなくなる」


 彼はそう言って、再び歩き始めた。


 雑音・・

 学校中から注目を浴びているこの人は・・きっと私なんかとは比べ物にならないくらいに雑音が大きいのだろう。


 『聞くべきもの』ってなんだろう。

 私にはそれが無いから、いつまでも雑音が煩く聞こえるのだろうか。逃げたくなってしまうくらいに・・



「ひまりサンてさ。ほんとに央と付き合ってないの?」

 え・・? 
 突然飛躍した質問を受けて、私は動揺した。

「えっ、はい、あの・・た、多分・・」

「でも弁当作ってくるくらいだし、好きなんじゃないの? 央のこと」



 どきりとした。


 ────『好き』?


 私が・・汐見君のことを・・?



 クラスの中心の一軍男子なのに?
 自分はオタクの陰キャなのに?
 格差がすごいのに?
 価値観正反対なのに?
 あんなに嫌いだったのに?


 色んなことが思い浮かんだけど、でもそれは全部、『好き』かどうかの本質的な答えには繋がらない気がする。


 あの二人きりの海で、いつもより汐見君の言葉がすんなりと受け止められたのは、そういう雑音が無かったせい?


 夏樹君。『聞くべきもの』ってもしかして、自分の本心を突き詰めろってことですか────?



「ま、まだ・・よく分かりません・・」


「・・ふーん・・」



 だけど夏樹君は────そこで予想外の発言をする。



「なら、俺にする?」




 驚いて。

 私は思わず、彼の方を見た。


 傍らの校舎の壁に、夏樹君は手をついた。

 私を見下ろす整った美貌に、妖しい魅力のある微笑を浮かべて────。



「央はやめて、俺と付き合ってみる?」